作品タイトル不明
1388 ジュニアの冒険:斜陽vs昇陽
弟ノリトの登場ですっかり話が変わっていたが、本題はそんなことじゃなかった。
商人武闘会だ。
商人同士で戦って、戦って、戦い抜いて……。
その頂点を決める商人ファイト。
彼らは戦い抜くためこの場にいるのだった。
なんで?
「あの……オベローヌさんもここにいるということは……!?」
恐る恐る尋ねる。
「はい、私も参戦します。ヴァルプルギス商会の代表として」
ですよねぇ!
彼が生粋の商人だというなら出場しない理由がない。
何しろこの武闘会に勝ち抜いた賞品は、とても魅力的なもののようだから。
でも、ウチのノリトと繋がりがある時点で既に間接的に農場と取引しているようなものじゃないの?
いいの?
「商人武闘会で優勝すれば、向こう一年の農場国との通商権を独占できる。そんな特権に心ときめかない商人はおりませんでしょう。チャンスがあるなら掴みに行く、それもまた商人の生き様です」
「本当にいい跡取りだなあ」
シャクスさんが遠い目をしていらしゃる。
現実と理想のギャップに心がすり潰されていらっしゃる。
「ケケケケケケそういうことよ! 今年の優勝者はオベローヌ様で決まりだなあ! 恥かきたくなきゃ棄権をお勧めするぜ!」
弟よ、だからなんでそんなに三下ムーブなんだ?
「オベローヌ様にはオレたちが全力支援するから勝利は益々揺るがねえぞ! オベローヌ様本来の基礎力に加えて、ウェーゴ驚異の科学力を見るがいい!!」
「それでは失礼いたします。次はリングの上でお会いいたしましょう」
爽やか青年商人のオベローヌさんは去り際も爽やかだった。
「……」
それを呆然と見送るシャクスさん。
「……違いすぎる。技量、人格、知性、気品優雅さ勤勉さ。……何もかも」
誰と比較しているか、今更言うまでもない。
僕たちの後方で、いまだに何が起こっているのかも理解できずアホ面を晒している、このパンデモニウム新商会長が……。
「シャゼス! わかっているのか!? あの新進気鋭の商会長にお前が勝てる確率は万に一つだ! 敗れれば宣言通り、お前をパンデモニウム商会長の座から降ろす!」
「うーん、まあなんとかなるっしょー?」
「なんでそんなに他人事なんだ!?」
シャクスさんが怒鳴るのもわかる。
この人、自分が崖っぷちに立たされていることをちゃんと理解できているのだろうか?
しかも唯一の突破口にオベローヌさんという巨大な壁が立ちはだかった。九死に一生の望みすら絶たれた状態だというのに。
「心配性だなオヤジは。このオレが、あんな雑魚商会の会長に負けると思ってるの?」
「思っているが」
「え?」
父親からの即答に一瞬怯むシャゼスさん。
しかしすぐさまふてぶてしさを取り戻す。
「いやいや、よく考えてみてよ。オレは魔国一の大商会、パンデモニウム商会の会長。対して向こうは塵芥みてえな弱小商会長だぜ。どう考えてもオレが勝つに決まっているだろう?」
「はー…………」
シャクスさんから吐き出される重苦しいため息。
「楽観的過ぎる。すべてにおいてな。物事は総合的に見るべきだ。自分に都合のいい状況だけ並べても、現実はお前の甘い考えに沿ってくれないぞ」
「どういうこと?」
シャゼスさんは、まだ状況が飲み込めてない。
そんな跡取りにシャクスさんは苦悶の表情。
「この戦いに商会の大きさは関係ない。個人戦だからな。オベローヌくんとの戦いとなった場合、あくまで問題となるのはお前自身とオベローヌくん自身の技量だ。そしてその個人的技量においてお前は、オベローヌくんに到底及ばない」
これまで積み重ねてきたものの差が圧倒的だもんな。
直接見てきたわけじゃないが、シャゼスさんは大商会の息子という立場に胡坐をかき、これまでずっと好き放題してきたんだろう。
みずからを磨くことなく遊び惚けるばかり。
万人に平等な時間をずっと空費し続けてきた。
それに対してオベローヌさんは、下積みから努力し続けて酸いも甘いも噛み分けてあの地位に着いたのだろう。
積み上げられた経験からくる人間力の差は圧倒的。
それはついさっき判明した、ノリトという巨大ビジネスチャンスを巡る対応の差で明らかだ。
……それが武闘会でどう結果につながるかわからんのだけれど。
「心配性だなオヤジはー、オレはアンタの息子で、パンデモニウム商会長を継ぐぐらいの人材だぜ。負けるわけねえじゃんかよ」
「だからそれは……」
「まっ、大船に乗ったつもりでいなって。このオレが華麗に優勝してやっからよ! 今夜は祝勝パーティーだぜ!」
「だからパーティーやめろって……!」
しかしシャゼスさんは留まることはない。
自信の大きさだけはこの会場ダントツトップ。
その自信が果たして最後まで持つだろうか?
そんなシャゼスさんが最初に戦う相手は……。
……早速オベローヌさんだった。
* * *
「ぐぼっはぁああああああッッ!?」
案の定吹っ飛ばされるシャゼスさん。
始まった瞬間から勝敗は完全に見えていた。
「ヴァルプルギス商会商談奥義! 誠心誠意拳!」
「どぼふぁああああああああああッッ!?」
相変わらず何をやっているかわからない。
しかしシャゼスさんが一方的にぼてくり回されているのはわかる。
やはり二人の実力差は明らかだった。
もう数秒もしないうちに決着はつくだろう。
「あの大バカ者……だからいったのに」
シャクスさんは悲壮的に頭を抱え……。
「いぇーい、さすがオベローヌ様! そのまま畳みかけろ! 目潰ししろ目潰し!」
そしてノリトも大いに白熱していた。
「さらにヴァルプルギス商会商談奥義! 信用第一蹴!」
「ぐぼらぁああああああッッ!?」
「からの錐揉み旋風安心保障突き!!」
「ひでぶッ!」
一方的な戦いであったがここまで盛り上がるのは、やはりこの試合……善玉と悪玉が明確にハッキリしているからだろう。
勧善懲悪は誰もが好むところだ。
親の七光りだけで商会長の座に就いたパリピ御曹司。
一方で下積みから経験し苦労を重ねた叩き上げ跡継ぎ。
どっちを応援したくなるかなんて火を見るより明らか。
そんなわけで会場は熱気吹き上げる一体感に包まれていた。
「オベローヌ! オベローヌ! オベローヌ!」
「オベローヌ! オベローヌ! オベローヌ! オベローヌ! オベローヌ! オベローヌ! オベローヌ! オベローヌ!」
湧き上がるオベローヌコール。
恐らく彼こそが、この時代が生んだ寵児だろう。
少なくとも魔国の商業界において、彼こそが時代の顔となるだろう。
かつてはパンデモニウム商会のシャクスさんがそうであったように。
オベローヌさんはこの若さで早くも頭角を現し始めている。
それに対してシャゼスさんのなんと無様なことか。
先代シャクスさんが天下に轟く大商人であっただけに、二代目のお粗末さがありありと克明になる。
正確には二代目じゃないんだが。
しかし跡取りがあんなではパンデモニウム商会は落ち目なのだと皆が確信するところだろう。
稀代の大商人も、親としては目が曇ったのだと。
これから天に昇る太陽と、西の空に沈みゆく斜陽。
その二つを同時に見ているかのような戦いだった。
「パンデモニウム商会のシャクス会長と言えば、魔国で商いに関わるなら知らないものはない。私も幼い頃から尊敬していた」
オベローヌさんが静かに言う。
言われる方のシャゼスさんは地面に倒れ込みピクピク痙攣していた。
あれもう勝負ついてんじゃね?
「そんなシャクス殿のあとを継ぐのがアナタというだけで、彼の築いた富も名声もすべて空しく消え去る。時代の流れとはそのようなものか」
「ぐべべべべべ……」
シャゼスさんもう意識がないんじゃないか?
肺の空気が口から漏れ出す音しかしないんだが?
「へっへっへ……綺麗ごとばかり並べやがって……」
あッ、意識あった。
血反吐を吐きながら起き上がる。
「だったら見せてやろうじゃねえか、大商人シャクスのあとを継ぐ、オレ様の力量ってヤツをな……!!」