作品タイトル不明
1389 ジュニアの冒険:潮目
「どいつもこいつも七光り! 七光り! コシヒカリと煩えんだよ!!」
シャゼスさんが立ち上がる。
さっきまでサンドバッグと大差ないぐらいボコボコにされていたのに。
あそこまで深手を負いながら、それでも立ち上がれるなんて相応の精神力がないと無理だ。
意外に根性のある人だったのか?
「オレはシャゼス! オヤジのシャクスからパンデモニウム商会を受け継いだ立派な二代目だ! テメエらごとき木っ端に文句言われる筋合いはねえぞ!」
正確には二代目ではありません。
パンデモニウム商会はもう何代も続いているので。先代のシャクスさんがとりわけ有名なだけで。
「文句など言っていない。ただ不出来な跡取りに、偉大な功績が無意味にされるのを嘆いただけだ」
剛速球ド正論。
しかし、それに怯むシャゼスさんではない。
「それが文句だって言ってんだよ! オレが商会長になったからには、オレが商会を盛り立ててやる! オヤジ以上にな!」
「できないことは口にしない方がいい」
「できるかできないかをお前が勝手に決めるなってんだよ!」
これはある意味凄い。
戦況は完全不利なのに、気持ちだけは一歩も引いていない。
ほとんど負けている今の状況を理解できていなければ、できない芸当だ。
つまりアホでなければ。
「そうだそうだー!」
え?
「真面目なだけが取り柄の優等生がよー」
「お前なんかといてもつまんないんだよー!」
「その点シャゼスさんといるのは楽しいぜー!」
なんだ?
戦いを見守る観客席から、ブーイングしてくる一団が?
身なりは派手で……なんだかシャゼスさんと同類の匂いがする?
「あれは……シャゼスの遊び仲間?」
やっぱりそうですか!?
シャクスさんが答え合わせしてくれた。
「ヴァルプルギス商会の扱う商品てつまんないんだよなー!」
「オレもたまに利用するけど、ビビッとくるものがなくて結局何も買わないんだよなー」
「生活必需品ぐらいしかないぜ、ヴァルプルギス商会で買うものなんてなー!」
そこまで言うと誹謗中傷では?
やめるんだ、個人攻撃はやめるんだ!
「お……お客様の意見として真摯に受け止めます……!」
そしてオベローヌさんは大人だ!
あんなブーイングにも言い返さないなんて!
「うむ、たしかにシャゼスは面白いからのう」
さらに誰だーッ!?
なんだッ!? いかにも偉そうな魔族のおじいさん!?
「シャゼスはよく遊んでいるお陰で、芸術品や娯楽品の目利きはたしかじゃからのう。ワシにもよい商品を紹介してくれる。シャクスはいい跡取りを得たものよと思ったものじゃ」
「ああっ、あの御方は!?」
知っているのか、誰!?
「ば、バアル様!?」
「大魔王バアル様だぁああああ!」
大魔王?
一体何!?
「先代の魔王だな、今の魔王ゼダンさんの前に魔王だった人だ」
ノリト!?
いつの間にこっちきて解説役まで!?
「元々芸能娯楽に趣向が深い人で、そのせいで魔王の座を追われたってぐらいの人だ。同じく遊び人のシャゼスとは気があったんじゃねえの」
そんなことよく知ってるなノリト?
「あの人のところにもスポンサーお願いに行ったからな。あの人の場合興味は芸術とかそっち系だったんで、オレの研究には興味示してくれんかったけど」
そっかー。
色んな所に精力的に出歩いてるなー。
「農場に来たこともあったらしいけど兄貴尾は覚えてねえの? オレは覚えてなかった」
僕も記憶にない。
観客席にご来賓の大魔王様に、周囲の注目が集まる。
「あのパンデモニウム商会のバカ息子、大魔王様と繋がりがあったのか?」
「たしかに気が合いそうではあるが……」
身代を潰すバカ息子だとばかり思われていたシャゼスさんの意外なる人脈に、会場全体が揺れていた。
「へへへへへ……少しは驚いたか? オレだって何もしてないわけじゃないんだよ! さあ、ここからが華麗な逆転劇の幕開けだ!」
「契約成立アロー!」
「ほぶげぇえええええええッッ!?」
なんか醸した逆転ムードの空しく、必殺の一撃によってズタボロに敗れ去った
景気よく上空高く打ち上げられたあと、そのまま墜落していった。
試合終了。
勝者は大方の予想通りヴァルプルギス商会長オベローヌさん。
終わってみれば何とも堅い一戦であった。
「シャゼスさーん!」
「しっかりー!」
さっきまでシャゼスさんを応援していた取り巻きたちが駆け寄っていた。
あれで人望のある男なのだな。
リング上では、いまだしっかりと立つオベローヌさんが歓声を受けていた。
「さすがオベローヌ様! 最強! 最高ぅ!!」
ノリトもゴマすりを欠かさない。
だが、これでシャゼスさんシャクスさん父子の交わした約束が確定してしまった。
『優勝しなければ解任』という親子の間で交わされた約束が。
「そのことなのじゃがなシャクス前会長」
うわぁッ!?
いつの間にか大魔王様が近くに!?
「シャゼスをクビにするの、ちょっと待ってくれんかのう。ワシはコイツを気に入ってるんじゃ。コイツが魔国商業のトップにいれば、これからの世の中もっと面白くなるかもしれんぞ」
「大魔王様、しかしながら約束が……」
一旦困ったような顔つきを見せるシャクスさん。
しかしながらすぐに……。
「……わかりました。大魔王様たっての頼みとあらば」
「まあ、長い目で見てやるがいい。特に目をかけておらぬ者が思わぬところで化けるかもしれんぞ。ワシの息子のようにな、ハハハハハハハ」
愉快そうに肩を鳴らしながら去っていく大魔王さん。
そしてズタボロで転がっている意識不明のシャゼスさんだけが残った。
「……バアル様は文化芸術に心酔する御方で、そのために魔王の座から追われたほど。それゆえに代替わり直後は反動も凄くてな」
「はい?」
「即位されたゼダン様が質実剛健なのもあって、奢侈なものはそれだけで罪……とされるような風潮があった。そういうものを扱う商人は、それこそ死活問題に関わるほどでした」
なんか急に語りだすシャクスさん?
「それを助けてくださったのがバアル様です。退位させられたとはいえ、それなりに発言力がありましたからね。あの方は、一部の国民に人気があるのは今も昔も変わりません」
はあ。
「いわば魔国商人は全員、あの方に恩があるのです。あの方に乞われれば誰も文句は言えません」
……ん?
その口ぶりは、予定通りだったってこと?
シャゼスさんが解任の瀬戸際で大魔王様に救われることが?
「もちろんです。そもそもバアル様を招待したのは吾輩なのですから」
えええええええええ?
「シャゼスはもちろん無能です。勉強も身に入らず遊ぶことばかり好きで、商会を預けるにはとても才覚が足りません。……しかし、無能ではありますが、有害ではない」
はあ。
「吾輩が幼い頃から叩き込んできただけに、商売について最低限のことは身についている。……それに信じられますか? あやつ、あれだけ遊び人なくせに法に触れるようなことは一切していないのですよ」
おお。
それは……驚くべきことなの?
「終始見張らせている付き人兼監視役からの報告なので間違いありません。もしその上で吾輩から隠し通せているのなら、それはそれであやつに才覚アリですな」
それでこの話は……結局どこに着地するの?
「我がパンデモニウム商会も大きくなりすぎました。吾輩が農場との取引を派手にしすぎましたのでね。商売というのは派手に大きくなるほど注目を受けるもの、そして恨みを買うものです」
大きすぎる恨みは、命取りになりかねない。
「そこであのバカ息子の出番です。あやつは、いい感じに吾輩の築き上げてきたものを食い潰し、パンデモニウム商会の勢力を弱めるでしょう。周囲の警戒も和らぐ程度に」
……ん?
「実は吾輩の在任時、パンデモニウム商会への風当たりは相当強かったのでね。あのまま放置していたら同業者間で反連合でも作られそうな勢いでした。しかし無能なシャゼスのお陰でそうした空気は和らいだ。今日の敗退でその空気は益々強くなるでしょう。皆思うはずだ……」
――『パンデモニウム商会は放っておいても自滅する』。
「……と、実際にそうはなりません。先ほども言ったようにシャゼスには最低限の能力と良識がありますので。それに実は、あやつにはもう息子がおりましてな。吾輩にとっては孫にあたりますが、これがまた才覚豊かで、立派な跡継ぎになれるよう吾輩みずから教育中です」
それではパンデモニウム商会が没落するところから再興するまで、全部シャクスさんの計画通り?
「物事にはすべて満ち引きがあります。その流れにキッチリ乗れるものが最後まで生き残るのですよ」
これがパンデモニウム商会を最盛期に導いた大商人、シャクスさんの深謀遠慮……!?