軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.レオ、運命の出会いを果たす(後)

――え……?

(いえ、ですから。私は、そのなんでも手に入っちゃう力があるから、あなたのことをすごいとは思うわけですけど、でも、ほしいものはなにかと言われると、名声や権力じゃなくて、あなたなんです。私は、金が、あなたそのものが、大好きなんです)

伝わりますか? と問うと、彼女は困惑したように首を振った。

――……だって、人が私を好きなのは、私があればなんでも手に入るからだわ。

その「なんでも」が要らないというのなら、あなたはなぜ、私のことが好きなの?

(そりゃだって、かっこいいからですよ!)

――は……?

間髪入れずに答えると、彼女はますます戸惑ったように金の瞳を揺らした。

なので、レオはちょっと唇を舐め、それから言葉を選びながら、精いっぱい語りだした。

今まであまり深く考えてこなかった、なぜ、自分がこんなにも金が好きなのかということを。

(あの、お……私、物心ついたときからすでに金が好きだったんです。理由なんてわからない。気付けば好きだった。とにかくほしかった。好きって、そういうものじゃないですか?)

たとえば、レオに官能小説翻訳のバイトを手当てしてくれた兄貴分は、女性のふたつの膨らみをこよなく愛する男で、「あれは正義だ」「絶対善なんだ」などとよく言っていたが、つまりはそういうことなのだと思う。

理屈ではない、本能なのだ――いや、自分のそれはもう少し高尚なものだと信じているが。

――本能、ねえ……。

(あ、ええと、ただですね、単に好きってだけだったところから、こう、信仰にまで高まったきっかけっていうのも、もちろんあるんです!)

解せない、というように金の精霊が腕を組んだので、レオは慌てて説明のスピードを上げた。

(六年前……七年前だったかな。俺……私の住んでた界隈で、伝染病が流行ってしまって)

――伝染病……?

(はい。といっても、栄養も睡眠もばっちり取れてる、市民の皆々さまにはあまり関係のない話だったんですけど。その……私、今でこそこんななりをしてますが、下町の孤児院出身なものでして)

入れ替わりの経緯まで触れたものか一瞬悩んだが、ここでは関係ないと判断して、早々に当時の状況の説明に移る。

やはり金という美しい物質を司る精霊だからか、病のような醜い現象は好きでないらしく、相手は険しい表情でそれに聞き入っていた。

(その冬は、本当に寒くて。食料も、ある時を境に急に不作になって、手に入りにくくなってしまって。院長と、厳しめに備えておこうと話し合ってたんですが、そこにまさかの伝染病。食料も日用品も、見込んでいた備えではすぐに足りなくなってしまったんです)

孤児院全員の意志で、病人にこそ、温かな部屋と栄養豊富な食事、清潔な環境を用意してやりたかった。

同時に、院内での感染を防ぐには、下手に食材や日用品を使いまわすのではなく、思い切りよく廃棄する必要があった。

だがそれは、ただでさえ貧しかった孤児院の懐事情を、さらに、そして急激に悪化させた。

元気に冬の街を駆け回る市民の子を横目に、孤児院にいたレオたちは、ただひたすら働き、あるいは生活を切り詰めて、寒さと病を乗り越えようとした。

――…………。

黙って話を聞いていた精霊は、その蠱惑的な顔を歪め、低く呟いた。

――なぜ、それで、私を信仰することになるの。

お金がなかったせいで、あなたたちは苦しんだというのに。

問われたレオは、ちょっと考え、

(ええと、お、私が言いたいのは……お金がなかったから苦しんだ、というより……お金があれば、助かった、ってことなんです)

そう答えた。

まるで謎かけのようだ。

意味を捉えそこねて眉を寄せる精霊相手に、レオは「説明が下手ですみません」と肩を落とし、それから再び、真剣な表情で言葉を紡ぎはじめた。

(……病が流行り出したとき、寄付をね、募ろうとしたんです。最初は)

――……ええ。

金の精霊は、じっと耳を傾けてくれる。

それに勇気を得て、レオは続けた。

目を閉じると、今もありありと、あの時の光景が思い出されるようだった。

寒い、暗い、骨まで凍るような冬。

目を掛けていた弟分が病に倒れ、必死になってハンナと町を走り回った、あの日。

(思いつくところを全部訪ねてまわった。でも、……孤児の頼みなんて、誰も聞いてくれなかった)

医者には、薬は市民の分しか用意していないと言われた。

教会の導師には、親がいる子どものほうが、泣く人が多いから、優先的に手当てするんだよと諭された。順番を守ろうねと。

店主たちには女子供だからと舐められ相手にされず、普段は気のいい街の人たちも、手のひらを返したように、病をまとったレオたちから距離を取ろうとした。

(そのとき、思ったんです。どうしてなんだろう。どうして、身分が低いから、親がいないから、女だから、子どもだから、病人だから、つらい目に遭わなきゃいけないんだろう)

だってそれらは変えられない。

望んで下層市民に生まれたわけでも、孤児になったわけでも、女や子どもでいるわけでも、病人になったわけでもないのに。

その偏りを、その差を、レオたちはどう足掻いたって、変えられやしないのに。

(死だけは平等だっていうけど、そんなの嘘だ。死も、病も、苦しみも、えこひいきばっかりする)

上層市民や貴族は甘やかして、レオたちばかりを苦しめる。

この世に溢れているのは、そんな不条理や不公平ばかりだ。

(でも、……あなたが――そう、あなただけが、そんな不公平を蹴飛ばしてくれたんです)

ハンナは強かだった。

孤児院のどこにそんな蓄えが、という額を持ち出し、しぶる医者を、導師を、店主を、その金で頬を叩いて必要な物資や援助を引き出した。

彼らは蔑みの色を浮かべながらも、金をもらうとなれば、粛々とこちらの要望を叶えてくれた。

舌打ちされながら、それでも手渡された薬や、食料、寝具。

それらを握りしめて、そのときレオは思ったのだ。

金があれば、助かる。

金があれば――生きていける。

唯一金の前でだけは、親がいようが孤児だろうが、男だろうが女だろうが関係ない。

金の前でだけ、人はみな平等だ。

それは、簡単に翻る「好意」などという感情や、すぐに態度を変える大人、きれいごとばかりを口にする導師よりも、よほど、誠実で、信ずるべき存在に思えた。

(あなたは公平だ。あなたの前には、老若男女も身分の貴賤もない。あなただけが、あのとき病や不公平さを蹴飛ばして、俺……私たちを助けてくれた。だから、私にとって、あなたは、力強くて、頼もしくて、しびれるくらいかっこいい、ヒーローなんです)

金色の瞳をまっすぐ見つめて告げると、彼女は静かに息を呑んだ。

熱を込めすぎてしまったことを自覚し、レオは無意識に握りしめていた拳を解く。

そうして、照れ笑いを浮かべた。

(もっとも、当時の私が至らなかったせいで、結局最後のほうは金が足りなくて、ひいひい言ってたんですけど。でもそれは、自分のせいだから、仕方ないですよね)

親はどんなに頑張っても手に入らないが、金は働けば必ず手に入れられる。

足りなければ苦しむし、手に入れやすさは人によって異なるかもしれないが、そんなものは、ほかの不公平さに比べれば、笑ってしまうくらいのささやかな差だった。

レオは、戸惑ったようにこちらを見ている精霊の手を取り、じっとその瞳を覗き込んだ。

(とにかく、だから、私はあなたが大好きなんです。なににも囚われず、なんでも手に入れてくれて、なんだってひれ伏せさせる、その強さがまぶしいです。でも、……強さは、あなたの好きなところであって、私がほしいものじゃない)

話しているうちに、我ながら訳がわからなくなってくる。

レオはもどかしさを持て余しながら、必死に言葉を重ねた。

(私は、あなたを使ってなにかを手に入れたいんじゃない。ただ、あなたが好きで、 あなたに(・・・・) 傍にいてほしいんです。――伝わりますか?)

金が好きだ。

大好きだ。

レオはいつも、ただまじめにそう思っているのに、それを言うと、人はなぜか怪訝な顔をしたり、呆れたりする。

どうか彼女にだけは、そんな態度を取られたくないと思い、一生懸命語ったつもりだが、果たして伝わっただろうか。

レオが、少し不安になりながら相手を覗き込むと、金の精霊は静かにこちらを見返し、――やがて、その美しい口元を、ほんの少しだけ持ち上げてくれた。

――……ええ。

それはなぜか、泣き笑いのようにも見える笑みだった。

――よく、伝わったわ。

(ああ! よかった! ここまで話すのって、実は初めてなので、ちょっと――)

――ねえ。

ほっとしたレオが、安堵のあまりぺらぺらと話そうとすると、彼女はそれを遮り、きゅっとこちらを抱きしめてきた。

(き……金の精霊様!?)

そして、心臓をばっくばく言わせて硬直するレオの頬にそっと手を当て、囁いた。

――あなたに私の名を、授けるわ。

(な……!? なな名!? ああ、み、御名ですね!?)

そういえば、愛し子になるためには、精霊に気に入られて、相手の名を呼ばねばいけないのだった。

憧れの精霊の御名が聞けるのかと、どきどきわくわくしていると、彼女はまず、いかにも精霊らしい、長ったらしく古めかしい名を告げた。

(す、素敵なお名前ですね! ふ、復唱させていただきます!)

――待って。

興奮したレオが、不必要に気合を入れて大きく息を吸い込んだ瞬間、しかし彼女は、その白く細い指先を、とんとレオの唇に置いた。

(ひゃ、ひゃい……!?)

――あなたには、もうひとつの名で呼んでほしいの。

(も、もうひとつの名……!?)

吸い込んだ息の行き場をなくし、やむなく鼻の穴からむはあ! と追い出す。

至近距離に迫った麗しの精霊にどぎまぎしていると、彼女はゆったりと、官能的な笑みを浮かべてこう告げた。

――アルタ、と。

(ア、アルタ様……!?)

美しい響きだとは思うが、随分短い。

というか、それでは普通の、人間の女性名である。

困惑するレオに、アルタはふふっと笑った。

――ええ。これはね、私がずっと昔に授かった名前。

私が単なる鉱物の精霊にすぎなかったころ、初めて肌を飾った女性の名から、生まれた名前よ。

(鉱物の精霊……?)

貨幣としての金が浸透した世の中しか知らないレオは、ぴんとこなかったが、たしかに金の成り立ちを考えれば、アルタが鉱物の精霊だった時代というのもあったのだろう。

なるほど、と頷いているレオに、アルタは説明してくれた。

――そう。

私はね、ずっと……ずーっと昔は、鉄や錫と同じく、大地に連なる鉱物の精霊にすぎなかったの。

それが時代を経て、貨幣としての私に変わっていって、……姿も、随分変わったわ。

誘惑的で、破滅的。

人の欲望を駆り立てる、清らかさを失った姿に。

聖とも邪ともつかない、公式には精霊としても認められない存在へ……。

(いえいえいえ! あなた……アルタ様の美しさが認められ、ほかを差し置いて出世したってことじゃないですか! 清楚なアルタ様から、官能的なアルタ様にイメチェン。うん、いい。いいと思います! 素晴らしいと思いますよ!)

自嘲的な笑みを刻んで己の身体を見下ろすアルタに、レオは必死でフォローの言葉を叫んだ。

だって、今の彼女が美しいのはたしかだ。

しかしアルタは寂しそうに笑うと、代わりに、私自身を求めてくれる人はほとんどいなくなったわ、と呟いた。

私の価値が成り立つのは、私がなにかと交換され、手放されたときだから、と。

(アルタ様……)

彼女がその細い肩を落とすと、こちらまで悲しくなってきてしまう。

レオが言葉も掛けられずに拳を握っていると、アルタは顔を上げ、ふふっと笑みを取り戻した。

――でもね。あなたは別。

あなたは、私が賄うものではなくて、私自身を好いて、求めてくれるのでしょう?

私の先にある豊かさや権力ではなくて、私自身を欲してくれるのでしょう?

(は、はい! 俺……私は、あなたが好きです! あなたそのものが、大好きです!)

――ふふ。ならば呼んで、アルタと。

……ああ、でも、人前でみだりに呼んではだめよ?

秘密の名なのだから。

呼べと言い、しかし呼ぶなと言う。

レオは少し考え、それから真剣な顔で頷いた。

(わかりました。では、あなた様のことは、アル様と呼ばせていただきます)

――……まあ。ちょっと男性的ね?

アルタは、あまりに捻りのない愛称にちょっぴり不服そうな面持ちになったが、レオのセンスの限界を悟ったのか、たしかにそれ以上に呼びようもないと思ったのか、そうね、と頷いた。

――いいわ。私は、アル。あなたとの間でだけ、ね。

(二人の間でだけ……! アル様……! 素敵な響きです……!)

きれいなお姉さんにウインクを決められ、レオは心臓を持って行かれそうになった。

そういえばどこぞの皇子も似たような愛称を持っていたが、アルタの輝かしい存在感に比べれば、彼のそれは台所の黒い悪魔のようなものだったので、このときのレオはそれを思い出すことすらしなかった。

――あなたのことはなんと呼べばいいかしら?

(レ……レオで! レオノーラ・フォン・ハーケンベルグなんて名前もありますが、ここはひとつ、レオでよろしくお願いいたします!)

――あら、その名も男性的。お揃いね。レオ?

(お揃いですね、アル様……!)

――ふふ、レオ。

(アル様……!)

そんな、付き合いたてのカップルですらしないだろうイチャイチャぶりを披露していた二人だったが、ふいに彼らを取り巻く世界の壁が、うわんと揺れたのに気づき、同時に顔を上げた。

(今のは……?)

――すっかり忘れていたけど、あなた、窮地に陥っていたのよね。

金貨の外で、男たちが叫んでいるのだわ。空気が震えんほどに。

レオは「え」と顔をひきつらせた。

アルタとの蜜月に夢中になってしまったが、そして、おっとりと返されてしまったが、それってもしかして、ものすごくまずい状況なのではないだろうか。

(あの……、今、ここの外がどんなだか、見ることってできたりします……?)

おずおずと問うと、アルタはぱちんと指を鳴らした。

――こんな感じ。

(――……お、おお……? ……うわあ……)

さあっと金色のベールが揺らぎ、そこに映し出された光景を見て、レオは瞠目し、ついでひどく顔を強張らせた。

横で見守っていたアルタも、大層険しい、というか、微妙な表情をしている。

――どうする? といっても、いずれはここを出るしかないのだけど。

(そ……そうですね……)

曖昧に答えたレオに、アルタは申し訳なさそうに眉を下げた。

――力不足で悪いけど、私には至高精霊のように、眷属を操って人を攻撃するようなことはできないの。

できるのはせいぜい、輝くとか光らせるとか、金貨を増やすとかそのくらい。

(なにそれなんて素敵な力!)

とっさに興奮しかけたレオだったが、今はそんな場合ではないと自らを戒め、ベールに映る光景に向き直った。

見つめること、しばし。

レオは覚悟を決めるように拳を握り、アルタに告げた。

(アル様。ここから出してもらっていいですか?)

――行くの? この状況で?

(はい。お……私には、どうしてもやりたいことがありますし……この人たちのことを、信じてみようと思うので)

まっすぐに瞳を見つめると、アルタはその長い金色の睫毛を瞬かせ、やがて小さく笑った。

――わかったわ。あなたの言うとおりに。

そうしてふわりと空中に浮きあがり、そこから腕を伸ばして、レオの両頬を包み込む。

彼女はこつんと額を合わせると、その少しハスキーな声で、囁くように告げた。

――でも忘れないで。困ったら必ず私を呼ぶのよ。

そうしたら、絶対に私が助けてあげるから。

(ア……アル様……!)

もう、きれいなんだか貞淑なんだか男前なんだか、とにかく素晴らしすぎるアルタの言動に、レオは鼻血を吹くかと思った。

そうして、滑らかな彼女の肩にそっと腕を回し――彼女からはかぐわしい金の香りがした――、力強く抱きしめると。

(それじゃあ、行ってきます!)

体を離し、金貨の外の世界へと足を踏み出した。