軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30.レオ、運命の出会いを果たす(前)

教会の教えによれば、死後の世界は光に満ちているのだという。

辺りは見ているだけで心が晴れやかになるような、温かな輝きで溢れ、人はその慈愛の光を浴びると、一切の恐怖や後悔を忘れ、安らかになれるのだと。

(だとすれば……そうか、ここが天国か……)

眼前に広がる黄金色の空間に、レオはうっとりとそんなことを思った。

首を絞められ、なにか不思議な声が聞こえたと思ったあの瞬間。

次に目を開いたら、この場所にいたのだ。

レオは無意識に首をさすりながら、先ほどまでの緊迫した状況も忘れ、恍惚の表情で風景に見とれた。

巫女装束のままふわりと空中に浮いている非現実的な様子だとか、ここはどこだとか、気にすべきことはたくさんあったはずだが、もうそんなことがどうでもよくなるほど、この場所は美しかった。

上を見ても金色。

下を見ても金色。

左右も、目の前も、ずっと先も、全部金色。

しかも、チャリン、と軽やかな音が響くたびに、きらきらとした金色の光の粒が、辺りを楽しげに漂いはじめるのだ。

ゆったりとしたグラデーションを描きながら、ただ高貴な色で溢れるその空間は、まさにレオがずっと夢見ていた桃源郷であった。

と、

――そんなにこの場所が気に入った?

背後から、先ほど聞こえた艶やかな声が響いた。

(へ?)

ばっと振り返る。

声の持ち主を視界に収め、レオはさらに大きく目を見開いた。

いや、目だけでなく、口までぽかんと開いた。

(金色の……女性……?)

そこには、レオの理想が、女性の姿をまとって立っていた。

豊かに波打つ、腰まで伸びた髪は金色の輝き。

華やかに整った顔には、婀娜な泣きぼくろと笑みをたたえた唇、そして猫のようにいたずらっぽい金色の瞳が収まっている。

細い腕にはいくつもの繊細な金の腕輪。

女性らしい曲線に満ちたボディラインには、きらめく金色の衣。

華やかで、艶やかで、官能的で、魅惑的。

湖の貴婦人のようには完璧すぎない、けれどその分、息の詰まるような色気を感じさせる、麗しい女性の姿がそこにはあった。

――ようこそ、金貨の中の世界へ。

レオ的絶世の美女は、こちらを試すような笑みを浮かべながらそんなことを言う。

その、ほんの少しだけハスキーな、気だるさをひと匙混ぜたような声を聞いて、レオはごくりと喉を鳴らした。

(き……金貨の中の世界……?)

この状況。

直接脳に響いてくるようなこの言葉。

目の前の、この人間離れした色気を放つ女性の正体は、明らかだ。

(ま……さか……、き、ききき、金の、精霊様……!? き、金の精霊様に、今、俺、お会いしちゃってる……!?)

その事実を認識するとともに、一気に心臓が騒ぎ出す。

頭に血が上り、呼吸は荒くなり、鼻血が出そうな感覚を抱く。

人間相手にときめいたことのない守銭奴のくせに、今、レオはまるで初めて恋を覚えた青少年のように、すさまじい感情の嵐に飲み込まれていた。

そして、その昂る感情の命じるままに、大声で叫びだした。

「好きです!! ……ぐぉ!」

がしかし、かつてカーネリエントの湖で口を開いたとたん水を飲みこんでしまったように、今後はどろりとした塊が口の中に入り込んでくる。

(状況的に、これって金!? 金の塊!? すげえ! 窒息したくないけど窒息したい!)

わけのわからぬことを考えもがきながら、ひとまずレオは生存本能のままにお口をチャックした。

そのレオの一連の行動を、金の精霊は、興味深そうな、同時にちょっと呆れたような顔で見ていた。

――あなた、自分のこと俺とかって言っちゃう派?

あと、初対面の相手に告白しちゃうタイプなの?

かわいい顔してるのに、いろいろもったいないわよ。

(へ!? あ……ああ! 俺!? 俺というのがお嫌い!? いえいえいえ、私ですよ、私! 生まれたときから一人称はずっと私! ええと、いきなり叫んですみません! 俺、ちがう、私、女の人と付き合った経験がないもので、なにかと不慣れで!)

全力で相手にミートしにいく。

――ええと……そりゃあ、そうでしょうね……?

けれどそれでも彼女が困惑したような表情を浮かべたので、レオは経験不足な自分を殴ってやりたくなった。

せっかくあこがれの精霊様に出会えたというのに、自分ときたら、なぜ気の利いた会話のひとつもできないのだろうか。

初対面でいきなり好意を叫ばれても、戸惑うだけだろうに。

(そ、そうですよね、普通、世帯年収とか、目標貯蓄額とかを聞いて、互いの距離を縮めるところからですよね! やだなあもう、俺……私ったら、舞い上がっちゃって。恥ずかしいです、あはは)

――おかしいわね、私の常識と違うわ……。

(あ、人によっては、好きな貨幣のタイプを聞いたりとか、するかもしれませんね。その辺は十人十色です)

金の精霊がちょっと顎を引きはじめたので、レオは慌ててフォローした。

彼女からはひとかけらだって、不信の念や反感を買いたくない。

麗しき金の女性は、しばらく微妙な表情になっていたが、やがて考えを切り替えるように首を振った。

――まあいいわ。それより、私、金の精霊なのよ。

精霊譜にもどこにも載っていない、非公式の精霊。わかってる?

そんな精霊いたの!? っていう反応が一般的だと思ったんだけど。

(ええ!? なんでそんな反応する必要があるんですか! お……私は、ずっと、ずーっと、あなた様の存在を信じて……いえ、確信していましたよ!)

レオが心底驚いて反論すると、精霊はその金色の瞳をちょっと見開いた。

そして、

――……そう。

溜息が出そうなほど艶やかな仕草で、笑った。

――ならば、やっぱり、あなただったのね。

(へ?)

最も尊い存在のお考えが残念ながら読み取れず、レオはおずおずと聞き返す。

しかし彼女はそれには答えず、ゆるく首を振ると、やがて空中にふわりと腰を下ろし、優雅に足を組んだ。

――内緒。……それにしても、危ないところだったわね。

あの祭壇に金貨があってよかったわ。血塗られているところがちょっと迷惑だけど。

話題を変えられ、レオは目を瞬かせた。

血塗られた金貨。

なるほど、ここはどうやら、闇の精霊への捧げものとして置かれていた金貨の中であるらしい。

カーネリエントが湖の中にレオを引きずり込んだように、ここは彼女の域内ということなのだろう。

レオは金貨の中に、かくまってもらったのだ。

(金貨の中とか……! 夢みたいだ……! って、そうじゃなかった、あなた様が私を助けてくださったんですね……! なんてお優しい! 最高だ! やはりあなた様は最高です!)

――いえ、まあ、あなたがこんな目に……アリル・アドに目を付けられたのは、元を正せば私のせいでもあるわけだし。

興奮もあらわにレオが叫ぶと、金の精霊はそう言って肩をすくめた。

どういうことかと首を傾げていると、彼女はすっと立ち上がる。

そして、くるりとその場で一回転すると――

(お……おおおお!?)

次の瞬間には、その場に、讃頌の儀で見た光の精霊の姿が現れた。

艶やかな黒髪に、金色の瞳。

人ならざる、完璧に整った美貌。

彼女は、荘厳な面持ちで「あなたが、そう望むのならば」と、いかにも光の精霊めいたセリフを唱え、その後本来のいたずらっぽい表情になると、なあんてねと舌を出した。

――ご覧のとおり、あの場にいたのは私、ってわけ。

予想外の展開に、レオは目をまん丸に見開く。

思わず、「なんでまた……」といったことを心の内で呟くと、それを聞き取った彼女は、ばつが悪そうに答えた。

――あなた、アリル・アドが、闇に溺れかけているせいで、もはや光の精霊を呼び出せなくなっていることって、知ってるわよね?

でもそれじゃあ、契約祭の恰好もつかないし、なにより精霊珠の汚濁の犯人として、彼が疑われるじゃない。

焦ったアリル・アドが、ある日私に持ち掛けてきたのよ。

光の精霊の姿を借りて、契約祭に出てくれないかって。

彼女によれば、風や水など、その性質のとおり自由に姿かたちを変えられる精霊は多いらしい。

だが、ほかの精霊の姿を取っても、どうしても瞳の色だけは変えられないそうだ。

なので、もともと金色の瞳を持つ彼女は、光の精霊に擬態できる、数少ない精霊なのだという。

彼女は再び腰を下ろすと、組んだ足で遊ぶように、ぶらぶらとつま先を揺らした。

――彼の提示した条件が気に入ったから、私はそれを受け入れたわ。

私なら、完璧になりきれると思ったのよ。

もともと私、顕現するときの光る感じが似ているとかで、彼女にしょっちゅう間違われていたから。

実際、あの場にいた人の子たちだって、みーんな騙されていたでしょう。

公式に認めてもいない私相手に、祈って、跪いて、仰々しい古代エランド語で話しかけて。

光や水といった「 古(いにしえ) からの高貴なる」精霊なら話は別だが、彼女のように「卑俗な」精霊は、古めかしいエランド語など話してもらわずとも、十分に意思を理解できた。

それを、わざわざ古語に翻訳する導師たちや、緊張に顔を強張らせて、心の籠らぬ寿ぎを口にする巫女たちを、金の精霊は滑稽な思いで見守っていたのだという。

――エランドはきれいですぅ。光の精霊は最高ですぅ。心からそう思いますぅ。

そういう子たちを見て、おやおやまあと思ったわ。

だって、あなたたち、目が泳いでるし、私の正体を見破ることもできていないじゃないのと。

とはいえ、光の精霊が偽物だなどというのは、ありえない事態。

彼女たちの責ではないと自分に言い聞かせ、しかしつまらない思いを持て余し、ぼんやりと儀式をやり過ごしていた。

紫の瞳をした少女が寿いだのは、そのときだったのだ。

――あなたは心の底から、随分と熱を込めて語ってくれたわ。

そして不思議と、光の精霊という言葉は一度も出さなかった。

少女が口にしたのは、輝かしいだとか、まぶしいだとか、ともすれば金の精霊への寿ぎにも聞こえる言葉。

それが、まるで自分に向けて語られているようで、嬉しかったのだと彼女は言った。

――ふふ、あなたは純粋にこの土地を称えていただけだったんでしょうけれど、やはり私の耳が穢れているからでしょうね、なんだか観光ビジネスを興さんと地主を説得している、あこぎな商人のように聞こえてしまって。

それがまた面白くて、つい笑ってしまったのよ。

(…………はは)

ように、というか、そのものである。

しかし、自ら評価を下げにいく必要もないと判断したレオは、曖昧な笑みでそれをやり過ごした。

金の精霊は、ぱちんと指を鳴らして姿を戻すと、嬉しそうに自らの金髪を手に取った。

――あげく、私の髪が金色だったら、なんて言うじゃない! そちらのほうが素敵だって。

光の精霊の黒髪よりも、本来の、私の姿のほうがいいって!

それが、もう痛快で!

彼女はちょっと首を傾げると、こちらに向かって誘惑するような流し目をくれた。

――思ったのよ。この子、まるで 私のこと(・・・・) を見てくれているみたい、ってね。

(……は、はい……! そうです! もちろんですとも! いついかなるときでも、あなたの姿を探し出す。あなたの忠実な僕、それが私です)

レオは心臓をばくばく言わせながら、顔をきりっと決めて言い切った。

単なる偶然でも、その通りだと言い切って頷く。それがレオクオリティだ。

しかし、金の精霊はそこでちょっと申し訳なさそうな顔になると、レオに「ごめんなさいね」と謝ってきた。

――私、アリル・アドと交わした契約を守るのであれば、あの場ではあなたに怒ってみせるべきだったのだわ。

光の精霊に対してなんと無礼な、って。

でも、しなかった。

だから彼は、あなたが私の正体を見破ったと思って、そこから芋づる式に企みが露見することを恐れて、こんな行動に出たのだと思うの。

……あのとき私を呼んでくれなかったら、あなたは純潔と命を失っていたわ。ごめんなさい。

悄然とした態度で謝られ、レオはもごもごと、いえあの、はい、と呟いた。

なんといってもあこがれの精霊だ。

そんなしおらしく謝られたら、全力で許したくなる。

とはいえ、このように割と常識というか、道徳心を備えているように見える彼女が、いったいなぜまたアリル・アドなんかに手を貸してしまったのか、その辺りは少々物申したいところではあった。

その思いを読み取ったのだろう。彼女はまたも小さく肩をすくめると、

――言ったでしょう。条件が気に入ったのよ。

ちょっと唇を尖らせて――やばいかわいい、とレオは思った――、言い訳するように告げた。

――三日間。契約祭の間だけ光の精霊のふりをすればね、彼、私のための聖堂を立ててくれると言ったのだもの。

(聖堂?)

そんなものを欲しがるとは驚きだ。

もしやこの金の精霊様は、キャッシュより不動産派なのだろうか。

いやだが、彼女が欲しいというのなら、欲しかったのだろう。

そうとも、考えてみれば、こんなにも偉大な金の精霊様に、それを称えるための聖堂がないなんて不敬だ。実にけしからん。

だいたい、彼女が正式に精霊として認められていないこと自体がナンセンスである。

恋に溺れた男が、相手のことを全肯定するそのままの心理で、レオは教会の怠慢にぷんすかと腹を立てた。

(そうですよね、聖堂! ほしかったんですよね、聖堂! 当然ですよ、こんなに偉大なあなた様なのに、それを称える基地がないだなんて、そっちのほうがおかしい! 建てましょう、聖堂! そして、精霊界のヒエラルキーを駆け上がりましょう!)

鼻息荒く、なんなら今すぐ自分が金づちを、と肩を回していると、彼女は小さく苦笑を漏らした。

――ありがとう。

でも、……序列がどう、ということではなくてね。

私、聖堂を立ててもらえれば、逢いたい人に逢えるんじゃないかと思って、それが狙いだったのよ。

(逢いたい人?)

思わぬ単語に、レオはちょっと眉を寄せた。

大好きな人に、別の想い人がいると聞かされたような心境だ。

戸惑いに瞳を揺らすレオを見て、金の精霊はくすりと小さく微笑んだ。

――そう、逢いたい人。

私に……私自身に、初めて、真摯で敬虔な祈りを捧げてくれた人。

初めてというからには、きっとはるか昔のことなのだろう。

カーネリエントみたいに、千年レベルの昔だと、さすがに少々歯が立たない。

――その人はね、祈ってくれたの。

寿いで、私を強く欲してくれたの、とても素敵な言葉で。

あんまりにうれしかったから、私、この地を飛び出してその人のもとに向かったくらいよ。

……残念ながら、途中で聖句がかき消えて、顕現まではできなかったけど。

大切な金の精霊への祈りを中断するとは、なんというやつだろう。

きっと、ろくでもない邪念に囚われたに違いないと、レオは内心で毒づいた。

やきもちでいっぱいになってしまった彼は、先ほどからにっこりと精霊がこちらを見ていることや、――かつて学院の聖堂で、自分が金の精霊に祈り、それを中断してしまったことに、思い至らずにいた。

楽しそうに笑う精霊は、いたずらっぽく瞳をきらめかせて続けた。

――本当にうれしかったのよ。どうしてもその人に逢いたかったの。

聖堂があれば、信徒が集って、……そうしたらその中に、その人も来てくれるんじゃないかなって、そう思ったの。

彼女が会いたい、とその人物を言うたびに、レオの中にもやもやが募る。

なんだか、彼女がそいつに純情を弄ばれているようではないか。

(そいつなんか待たなくても、お……私が馳せ参じるのに)

むっと口を引き結ぶと、なぜか彼女はぷっと噴き出した。

――そうね。そうかも。

私も、もう今となっては聖堂なんていらないわ。

まあ、あればあるでいいけど。

そう告げて身を乗り出すと、彼女はレオの両頬を挟み込んだ。

――今は、あなたのことのほうが、よほど欲しいわ。

(え…………っ!?)

なんとも蠱惑的な囁きをくらい、レオは顔を真っ赤にした。

さすが金の精霊。

そのひと声、挙動ひとつで、確実にレオの心臓を抉ってくる。

ずっとあこがれだった金色のきれいなお姉さんに「あなたが欲しい」などと言われて、レオはもうこの瞬間死んでもいいと思った。

純情なんだか卑俗なんだか、よくわからない感情である。

誘惑を体現したかのような姿をまとった精霊は、レオの頬につ、と指を走らせて、甘い声で問うてきた。

――ねえ、あなたは私を信じてくれる? 祈りを捧げてくれる?

(も、もちろん、れす……!)

もう興奮しすぎて、脳内ですら呂律が回らない。

なるほど彼女は金の精霊。

人の心をとろかし、誘惑する、とびきり美しい輝きだ。

――ふふ、嬉しいわ!

私、信徒を得て、祈りを蓄えたら、結構有力な精霊になると思うの。

だって、名声、権力、異性、豊かさ……たいていのものは、私を使えば手に入るもの。

上機嫌な様子の彼女は、きゅっとレオに抱き着き、それから顔だけを離して小首を傾げた。

――ね、特別よ。

あなたは私の初めての愛し子。

欲しいものを言ってごらんなさい。

私がきっと、叶えてあげる!

破格の待遇だ。

レオにとって願ってもない、夢のような展開でもある。

しかし、

(…………)

レオはふと、考え込んだ。

――どうしたの? 悩んじゃった?

なんでもいいのよ。服でも食べ物でも、権力でも名声でも。

あなたがほしいものなら、なんでも。

そして、その言葉で、「ああ」と納得したように目を瞬かせた。

(そうか)

――なあに?

(お……私は、むしろ、あなたがほしいんですけど)

告げられた金の精霊は、きょとんとし、それから徐々に目を見開いた。