作品タイトル不明
相談
翌日、私はもらったガラスペンとインクで書いた手紙をヨーゼフじじさまに預けた。ローゼンフィル領の皆に届けてもらうために。
そして日持ちするよう昨日より固く焼かれたくるみパンを両手に抱えたヨーゼフじじさまは、ルカルディ様に「オルデアお嬢様をどうかどうかよろしくお願い致します」と深く深く頭を下げてからローゼンフィル領へと帰っていった。
くるみのパンは辺境伯領に瞬く間に広がった。それとともに、ベルリナ様と同じ症状を抱える人がぽろぽろと出て来た。くるみを発見するのに未来の辺境伯夫人が関わっているという話が、くるみパンと一緒に広まったからだ。
なぜくるみを探すことになったのか、という所からベルリナ様の症状が伝わり、私も私もと同じ症状を持つ人が出て来たのだ。くるみだけで症状が良くなるわけじゃないので、赤身のお肉やほうれん草等の野菜がいいという話も広まるようにしたが、それでも最初に流行ったくるみパンを求める人が多いのは美味しいからだったのかもしれない。
それにより領民達からの好感度は上がり、私達の結婚式の時は領地でお祭りが行われることが決まってしまった。
結婚式の準備や家政を勉強したりと忙しく過ごしていた頃、ローゼンフィル領から2通の手紙が届いた。1つはロベルト様からの手紙で内容を簡単にまとめるとこうだった。
『サムソンから今年はワインが届かなかった。説明を求めたところ君のところに届けたと聞いた。君も私があのワインを気に入っていることを知っているだろう?来年からはちゃんと侯爵家に届けるよう君からもきちんと言っておくように』
この様子ではなぜ侯爵家にワインが届かないのか理解していないらしい。どう説明したらいいのか私は頭を抱えてしまった。
「オルデアお嬢様、いかがしました?」
その様子にライナが問いかけてくる。
私はロベルト様からの手紙の内容を簡単に説明した。
「なるほど。相変わらずあの方は領民達と話もなさらないのでしょうね。そんな方にあのワインは届かないというのに」
「サムソンは気難しい性格でもないし、あのワインをとても気に入ってると感想を言ってあげたらワインを届けてくれると思うのだけどね。どうやって説明したらいいのかしら」
「辺境伯様にご相談してはいかがです?」
「ルカルディ様に?こんなことを?」
「オルデアお嬢様、これからお二人は夫婦になられるのですよ?困ったことがあったら小さな事でも相談して良いのです。ローゼンフィルにいた頃の様に1人で悩む必要はないのですよ」
「……そうね、つい1人で全てやらなきゃと思っていたのね。ありがとうライナ、ルカルディ様に相談してみるわ」
にっこり笑うライナに、私も笑みを返した。
ルカルディ様に相談しようと決めたとたんに心が軽くなったので、私はもう1通の手紙を手に取った。
「ライナ、ローゼンフィル領民はなぜ突撃してくるのかしら?」
私は手紙を読んで、呆れた声でライナに聞いた。
「どうされました?」
「今度は商会からリュシュが来るって」
「あらまぁ。何をしに?」
「以前からシャルフラワーの香りの石鹸の開発をお願いしていたのよ。それが完成したから品質確認のためと、直接私の意見が聞きたいから届けに来るって。ヨーゼフじじさまと同じでもう飛び出してるわ」
「まぁ手紙をこちらに届けて、こちらからの返事を待ってではかなり時間がかかりますからね。では数日のうちに着きますね」
「ルカルディ様に相談することが増えたわ」
ルカルディ様の執務室に行きリュシュのことを説明すると、嫌な顔ひとつせず辺境伯邸へと泊まることをお許しくださった。
「それともう1つご相談したいことがありますの」
そう言ってロベルト様からの手紙を見せた。
「サムソンに頼めば良いかもしれませんが、私から指示することなんてできません。あれはサムソンが贈りたい人に贈るワインなのですから。ですがそれを言ってもローゼンフィル侯爵様は分かってくださらないと思いますの。どうやって侯爵様にサムソンと向き合ってもらえばいいのか上手い言葉が見つからなくて……」
「上手い言葉か……別に上手い言葉を言う必要はないのでは?事情を説明して、サムソンと話すよう伝えるだけでいいのではないかな?」
「でもそれだときっとローゼンフィル侯爵様は理解してくださらなくて、来年もきっとワインは届きませんわ」
「届かなければ届かないでそれはローゼンフィル侯爵の選択の結果だ。あなたが背負うことではないよ」
上手く取り待たなければと思っていた私は驚いた。
執務室のソファで向き合って座っていた私達だが、ルカルディ様が隣に移動してきて私の手を包んだ。
「オルデア嬢、家族のために、家族が望むことを全てあなたが叶える必要なんてないんだ。あなただけが頑張る必要なんてない。サムソンのワインが飲みたいのなら、ローゼンフィル侯爵が頑張ってサムソンとの関係を築けばいい。あなたは、サムソンと話すようアドバイスするだけで十分で、サムソンと侯爵の仲を取り持つことまでしなくていい。家族のためにやって当たり前なんてことは無いんだよ」
ここに来て何度か言われている言葉は私の心も頭も解していくようだった。辺境に来てもローゼンフィルの家族に縛られる私を、ルカルディ様はゆっくりと解放してくれていた。
「もし来年も侯爵から抗議が来るようなら今度は私が対応しよう。その時には私達はもう結婚している。妻が困っていて夫が助けることに何も問題はない」
知らず私の目から頬に伝う涙をそっと拭って、ルカルディ様は私の肩を抱いた。私はルカルディ様の胸にそっと体を預けて、心が満たされるのを感じた。
「そうだ、オルデア嬢、明日の早朝一緒に出かけたいんだ。あなたに見せたいものがある」
「早朝、ですか?」
「あぁ、ミラフラワーが咲いたとさっき報告があってね。あなたに見せたい」
私は思わず顔を上げた。思ったより近い距離にルカルディ様の顔があり、慌てて距離をあけた。
「た、楽しみにしてます。今夜は早めに休むようにしますわ」
どこか残念そうな顔でルカルディ様は「明日が楽しみだ」と言って笑った。