作品タイトル不明
辺境伯邸
「オルデア嬢、もしよければ部屋の案内が終わったらサロンでお茶でもどうだろう?ここまで長旅だったのだからもちろん部屋で休んでもらっても構わない」
「お気遣いありがとうございます。ぜひお茶をご一緒させていただきたいですわ」
「ありがとう。では後ほど部屋に迎えに行く」
そうしてルカルディ様ともしばし別れて、ライナを連れ、先程紹介を受けたメイド長のソマリアともう一人のメイドとともに部屋に案内される。
「こちらがローゼンフィル侯爵令嬢にお使いいただくお部屋にございます」
メイド長がそう言って開け放った部屋は白を基調とした明るい素敵な部屋だった。
「辺境伯様より好きに改装して構わないと言付かっております。変えたいものがあればいつでもご相談ください」
「ありがとう。とても素敵な部屋で気に入りました。」
メイド長が内装等決めてくれたのだろう。ホッとした顔をして、中の案内をしてくれた。
一通り案内が終わると、ついてきていたメイドを紹介された。
「こちらはお嬢様付きになります、メイドのナタリーです」
「ナタリーと申します。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく、ナタリー。そして案内ありがとう、ソマリア」
2人はピタリと同じ角度でお辞儀をした。辺境伯のメイドは侯爵家にも劣らず、とても良い教育がされているようで喜ばしい。
「私とお嬢様付き侍女とで荷物の整理を致します。辺境伯様がお迎えに参りましたらナタリーをお付けしますが、ソファでお休みになられますか?それともお着替えなさりますか?」
「着替えは晩餐の前にします。バルコニーに出てみていいかしら?」
「もちろんでございます」
荷物整理の邪魔にならないようバルコニーに出た。辺境伯邸は小高い丘の上に建っているので、街を見渡せる。辺境に建つ家々は三角屋根のカラフルな色合いで可愛らしい。
少し外を眺めていたら、私の手が空いたことを誰か伝えに行ったのか、ルカルディ様が部屋まで迎えに来てくれたので2人でサロンへと向かった。
ローゼンフィル侯爵家のサロンは、常にお母様が色とりどりの花を品よく飾っていたので、とても華やかな場所だった。辺境伯邸のサロンは緑が多く、あえて木目を残したのであろう家具とマッチしていて温かみのある場所だった。
「とても落ち着く素敵なサロンですね」
「辺境ではあまり花が咲かないので緑ばかりになってしまって。アリアには華やかさも豪華さもなくつまらないと言われてるのだが」
「ふふ、おしゃれな物や華やかな物が好きなお年頃ですものね。でも緑と木目調の家具が合っていて、心穏やかになれる素敵なサロンだと思いますわ」
「そう言ってもらえて良かった。元々は母が整えていたサロンなんだ。その時の様子をなるべく崩さず保ってもらっている。なにせ私にはそんなセンスはないからね。だから、これからはオルデア嬢に任せていきたい」
「私に?」
「ああ、後の辺境伯夫人に」
まだ婚約者ではあるが、結婚することがほとんど決定していて、一応の婚約期間なのだ。家のことを任せると言われると、結婚するのだと実感が沸く。
「この素敵な雰囲気を壊さぬよう整えて参ります」
結婚前提の話に少し照れつつもそう答えた。
「侯爵領に比べたらこの地には無い物も多いが、あなたの好きにしてもらって構わない」
「私はこのサロンが一目で好きになりましたわ。ですからこの雰囲気のまま整えていきたいのです」
「ありがとう……オルデア嬢にそう言ってもらえて母も喜ぶと思う。ここは母のお気に入りの場所だったから」
お母様を思い出したのか、ルカルディ様は優しい顔で微笑んだ。
その後はお茶をいただきながら辺境の話を沢山聞いた。カラフルな家が立ち並び可愛いと話すと、ルカルディ様は理由を教えてくれた。
「ここは雪が多いだろう?一度降ると一面雪景色で街の様子は変わる。白銀の世界と言うととても綺麗そうなのだが、実際はただ真っ白なんだ。そんな中では自分の家を探すのが大変なんだよ。なにせ道も埋もれて分からない」
自分が1人その雪景色の中にいると想像すると、とても怖いと思った。
「目印になるようなのは木しかないけどどれも似たような木だ。屋根は雪が落ちやすいようどこも三角屋根。だからカラフルに染めて自分の家がどれか分かるようにしているんだよ」
「カラフルにするのにそんな理由があったのですね。とても合理的ですのね」
カラフルで可愛い等と考えていたことが恥ずかしい。ここでは寒いこの地を生き抜く工夫が沢山あるのだ。
私はそれを知っていかなくてはならない。この地で生きると決めたのだから。
「私は知らないことが多すぎます。どうぞ色々教えてくださいませ」
ルカルディ様に言った後、ナタリーにも目を向ける。
「ナタリー、あなたにもお願いします。私はこの地のことをまだまだ全然知りません。ですので色々聞いてしまうと思うわ。その時はどうぞ教えてくださいね」
「はっはい!」
ナタリーは嬉しそうに、元気な返事をくれた。
夕食の席にはルカルディ様、フィリオ様、アリア様、そしてもう一人アリア様と同じ水色の瞳に綺麗な金色の髪をした女性がいた。その女性が立ち上がりカーテシーをしたのでこちらも返す。
「先程はお出迎えできずに申し訳ございませんでした。ベルリナ・シュルベストでございます」
出迎えてくれた一行の中にベルリナ様はいなかった。
歓迎されていないのかとも思ったが、こうして夕食に来てくれたあたり杞憂だったのだろう。フィリオ様やアリア様から何か聞いて考え直すにしては、2人と私は会話をしていない。それこそフィリオ様から妻の具合が悪いという話を聞いたぐらいだ。そしてそれは本当のことだったのだろう。
「オルデア・ローゼンフィルと申します。フィリオ様から聞いておりますのでどうぞお気になさらないでください。それより具合はいかがでしょう?」
「ありがとうございます。少し休めば大丈夫なのです。たまにある事でして、先程も到着の知らせを聞いてソファから立ち上がったら目眩がして立ち上がれなくなってしまいまして、結局お出迎えできなくて失礼をしてしまったのです」
「そうでしたの……あの、それはよくありますの?」
「ええ、目眩はよく。ですが本当に少し休めばすぐに良くなりますの。心配なさらないで」
「分かりましたわ、どうぞ無理なさらないでくださいませね」
私の頭には似たような症状を持っていた領民の顔が浮かんでいた。しかし医者でもない私が口を出すのは今ではないと話を終わらせた。後でもう少し詳しく聞こうと思いながら、気合いの入った美味しい夕食を堪能させていただいた。
フィリオ様達はこの辺境伯邸の敷地内に邸がある。フィリオ様は子爵位を継ぎ、ルカルディ様のお父様の頃から辺境伯当主補佐をしている。ルカルディ様と叔父夫婦の仲がとても良いのがよくわかる夕食の会だった。ルカルディ様が1人になってからはほとんど毎日夕食を一緒にとっているらしく、本当に家族のようだった。
「でも寂しくなるなぁ」
「なにがです?叔父上」
「いやこうして毎日夕食を共にすることもなくなるじゃないか」
「え?」
「え?じゃない。婚約者殿との2人の時間を邪魔するわけないじゃないか。そりゃたまには一緒に過ごそう。けれど今までのように毎日とは行くまい」
黙りこんでしまったルカルディ様を見て、失礼にはなるまいと話に割り込む。
「そんな寂しいことをおっしゃらないでください」
「いやいや、2人の時間は大切です」
「ええ、もちろんルカルディ様と2人の時間は大切です。ですが私はこちらにずっといるのです。朝食だってお茶の時間だって、2人で過ごす時間は沢山取れますわ。もちろんルカルディ様の時間が許す限りですが」
「もちろん。オルデア嬢の都合のいい時はいつでも時間をつくろう」
「ありがとうございます。でしたら朝食はご一緒ください。お茶の時間はお誘いしますので、お時間合う時はお付き合いくださいね。そして夕食はいままで通り皆様でいただきましょう?」
最後はフィリオ様に向かって言う。
「私達は構わないが、それでよろしいのですか?」
「ええもちろん。私も皆様ともっとお話する時間が欲しいですし、それに私はルカルディ様の家族になりにこちらに参りました。ルカルディ様の家族との時間を奪うためではございませんわ。まだ婚約者という身ではございますが、私も家族に加えてくださいませ」
フィリオ様は目に涙を浮かべて喜んでくれた。
「あなたがルカルディの妻になってくれて本当に良かった」
そう繰り返すので私もルカルディ様も苦笑しつつ、まだ妻ではないなんて否定はしなかった。