作品タイトル不明
088_永禄八年(1565年) 若狭への道のり
若狭国(わかさのくに) 。近江北西に位置し、 三方五湖(みかたごこ) と謳われる濃淡様々な湖と雄大な日本海、そしてその日本海へ出るための小浜湊を抱えた海の国だ。
古代には 御食国(みけつくに) とも呼ばれ、溢れるほどの海の幸を京へと送り届ける、食文化豊かな土地でもあった。
特に小浜湊は日本海やその先の明(中国)と、京とを繋ぐ日本の玄関口でもあり、小浜から京へ続く道は後に鯖街道と呼ばれるほどに人々の往来が激しい道であった。
このように、若狭とそれに連なる道は、かつては京と小浜を行き来する人々で溢れかえり、またその間に位置する西近江もそれらの恩恵に預かっていたのだが……
……これらは全て、かつては、或いはこれから先の未来では、の話。
では今現在の若狭はどうなのかと言えば、賊のはびこる荒廃した湊町、とでも言ったところだろうか。
戦乱の世である以上は仕方のないことなのだが、若狭のように食料豊富な土地には自然と行き場のない者たちが食い扶持を求めて集まってくる。
そんな余所者たちが無造作に増えれば当然治安も悪化する。治安が悪化すれば百姓は逃げ出し、田畑は荒れ、税収は減り、国力が落ち、国そのものが荒廃していく。
そのためかつての栄華も今ではすっかり鳴りを潜め、代わりとばかりに増えた賊やならず者たち、そして国人領主の率いる兵ばかりが往来する寂れた土地となっていたのだった。
そんな場所へいつものように、着の身着のままで数名の供だけ引き連れて向かえば、今度こそ政澄を始めとした家臣らに謹慎させられるのは想像に容易い。
そのためさすがの長政も今回ばかりは選りすぐった精兵五百を引き連れて、若狭を目指すこととなったのである。
彼らが今回通るのは、前述した鯖街道を西近江今津から西へと上り、若狭武田の本城である 後瀬山(のちせやま) 城へ至る道のりだ。
前回、国吉城攻めの際に通った敦賀から国吉へ抜ける道は今回使わない。
国吉城からでは後瀬山城が遠すぎること、会見場所がこの鯖街道の道中にあることも理由だったが、それ以上に会っておきたい者たちがいたからに他ならない。
「殿のご到着、心よりお待ち申しておりました。ご健勝のようで何よりに御座います」
「ああ。そちらも大事ないようだな、継潤」
長政がまず訪問したのは昨年切り取った今津城だ。この城を治めているのは元僧侶であり切れ者の宮部継潤。
相変わらず頭を坊主のように丸め、上着を法衣のように羽織るこの男は、昨年の西近江攻め以来、この地で城を守り続けている。
この今津城の傍を流れる石田川から南は、高島七頭を始めとして未だ浅井に従わない西近江衆ばかりの地。
また今でこそ浅井の傘下に加わっている他の西近江衆も、いつ反旗を翻してもおかしくない日和見の者たちばかりだ。
この今津城はそんな西近江衆との戦いの最前線。何かあれば真っ先に戦場となる、そんな緊迫した地なのだが、武功を挙げるために僧を辞めた変わり者にはおあつらえ向きの地なのだろう。
継潤の顔は、長政の元に居た時より心なしか活き活きしているようにも見えた。
「して、奴らの動きは如何か」
「は。相も変わらず浅井と六角のどちらに着くか決めかねている様子。高島七頭を始めとした者たちに懐柔の文を送っておりますが、未だ色良い反応はございませぬ」
しれっと言ってのける継潤だが、長政はそんな指示を出した覚えがない。もちろん、西近江衆を懐柔するに越したことはないため、むしろ僥倖とも言うべき働きではあるのだが。
「……手が早いな」
「西近江の守りを盤石とするが我が務め。どうぞ、この地の些事はわたくしめにお任せ頂き、殿は若狭と丹波にご注力くださいませ」
どうやら継潤は長政の動きを全て読み切っているらしい。耳の速さに思わず舌を巻く。
宮部継潤は史実で浅井を裏切り織田についた男だが、秀吉の中国大返しの折にはその後ろを守り抜いて讃えられている。
そのため無闇に裏切るような男でもない。流れさえあれば信用に足る人物だ。もうしばらくは西近江を任せても大丈夫だろう。
しかしそれは、浅井に流れがある今は問題ないが、流れが無くなれば真っ先に裏切る厄介な敵ということでもある。
これに見限られないよう働かねばならないのか。思わずため息が漏れそうになるが、ある意味で継潤の思惑こそが他の国衆の総意でもあるのだろう。
常に強くあらねばならないのが戦国大名の宿命。仕方がないとは言え一時も気を抜くことができないことにうんざりする。
そんな胸のうちを悟られないよう、長政は「ああ、よろしく頼む」と背筋を伸ばすのであった。
その後、今津城を出立した長政は、続いてその西にある伊井城を訪れた。
ここはかつて今津城を治めていた山形秀国が詰城として使っていた拠点で、今は宮部継潤の管理下にある城だ――表向きは。
「達者にやっているようだな、勝久殿」
「浅井殿のご配慮により、家臣一門共に」
伊井城を訪ねた長政を出迎えたのは、傷だらけの顔面に厳めしい表情を張り付けた強面の男。この伊井城を居城とする、若狭武田家の元家臣、 粟屋(あわや) 勝久だ。
元は国吉城を居城としていた彼は、昨年の長政との会談後に城を明け渡し、今はこの伊井城に移り住んでいた。
正確には浅井の家臣でもなければ味方でもないため、気軽に立ち寄るのも 憚(はばか) られる間柄なのだが、城を渡した手前挨拶しないと言うのも気が引ける。
そのため立ち寄った次第なのだが……どうやらそのせいで一悶着あったらしい。
なんでも若狭入りのために引き連れてきた浅井兵五百が粟屋の一党を攻めにきたと誤解させてしまい、不用意に怯えさせてしまったらしい。
一応、挨拶に立ち寄ることを事前に知らせてはいたのだが、長政の進軍が早すぎたせいもあってその知らせを家中に行き渡らせる前に到着してしまったようだった。
淡海を使って知らせを伝えられるとは言え、やはりこの時代の情報伝達には思っている以上の遅れがある。長政が考えるより更にもう少し早めの連絡が必要らしかった。
「騒がせたようで済まないな。少し顔を見にきただけのつもりだったのだが」
騒がせてしまったことを勝久に謝罪すると、彼は「お構いなく」と頭を下げた。
「むしろ湖北の鷹殿の神速の兵、一同驚嘆するばかりにて。説得に応じて国吉城を明け渡したこと、誤りではなかったと確信致した次第」
「左様か。そう言ってもらえると助かるのだが」
心からの言葉なのか、それとも皮肉なのかは判断つかないが、今は額面通りに受け取っておくことにした。
だが、今回の若狭出兵は若狭武田家当主の武田 義統(よしむね) を支援するためのもの。かつては若狭武田の重臣格でありながら、義統と袂を分けた勝久からすれば思うところがあるに違いない。
それとなくその旨を問うと、勝久は言葉数少なく「これも乱世の倣い、過ぎたことに候」と答えたのだった。
◆――
伊井城で少しばかりの休息を挟んだ後、長政率いる浅井軍は若狭を目指して出立した。
石田川沿いに西へ伸びる街道を辿り、若狭と近江の国境にある 寶泉寺(ほうせんじ) を目指す。この寺で武田義統と会談する手筈となっていた。
助力を請われたとは言え、いきなり浅井家の当主が数百の兵を引き連れて若狭武田の本拠、後瀬山城に乗り込む訳にはいかないという訳だ。
まずはこの会談で国吉城や 逸見(へんみ) 昌経(まさつね) に対する仕置きの件を打ち合わせる予定となっていた。
街道とは言え多少整備されている程度の山道を、兵を数列に並べて整然と進む。人目のない山道とは言えど、だらけた行軍を見せるような腑抜けは浅井の精兵には一人もいない。
漆塗りの槍が綺麗に列をなして天を穿ち、陣旗に刻まれた三盛亀甲花菱の紋が立ちのぼる。
長政はそれらを馬上から眺め、うむと頷く。行軍にこそ兵の練度が出る。浅井が銭で兵を雇うようになって久しいが、訓練は十二分に行き渡っているらしい。
やがては史実の織田のように、秋の収穫期にも出兵することが出来るようになるだろう。そうなれば兵農分離が出来ていない旧来の戦国大名たちは、浅井の兵に一方的に蹂躙されることになる。
そうなったときこそ、鷹の兵の本領発揮というものだ――と、未来の戦いに思いを馳せている時だった。
チリンと、いつものように鈴の音が響いた。
「八重か」
馬のいななく声や蹄の音、鎧や槍がぶつかり擦れ合う音、多くの人間が道を行く足音の中でも、その澄んだ鈴の音は長政の耳に真っ先に届く。
「はっ」
予想通り、長政の馬の傍へ進み出てきたのは甲賀の忍びである八重だった。
今日は村娘のような薄手の着物に、長い髪を前髪だけ残して結い上げている。やけに体の線が艶かしく描き出されていて、相変わらずどこを見ればいいのかわからない風体だ。
そんな八重は相変わらず淡々と状況を告げた。
「この先に伏せている兵がいるようです」
その瞬間、長政の目が鋭く細まる。
「武田の兵か?」
「にしては伏せ方が雑過ぎます。恐らく、賊の類いかと」
若狭には賊が溢れている。そう伝え聞いてはいたが、まさか浅井の兵を待ち伏せしようなどという奇特な者まで現れるとは。
近頃は格上の相手か既定通りの戦いばかりで久しく忘れていた感覚が蘇り、思わず口元が吊り上がる。
「まさか、我が鷹の兵と真正面からやり合おうなどという 兵(つわもの) がまだ残っていたとはな」
「近江の情勢を知らぬただの愚か者たちでしょう」
「数は?」
「二十から三十ほど」
「夜鷹は何人連れてきている?」
「私を除けば十名。いずれも精鋭揃いです。お命じいただければすぐにでも走らせますが」
「冬の間に鍛え直したという例の者たちか」
気づけばいつの間にか、遠巻きに長政を見つめている村娘姿の女たちがいた。どうやら彼女たちが選りすぐりの精鋭らしい。
昨年の国吉城攻めの際、夜鷹は満足な働きを残すことができなかった。
夜鷹隊の本来の目的は、戦国の世に行き場をなくした女たちが働き口にありつけるよう仕事を斡旋することなのだが、裏の目的として長政の手足となって護衛・諜報・その他間者としての働きを行う直轄部隊としての役割もある。
だが、これまでの夜鷹はそのうちの諜報を行うことが精々で、護衛はほぼ八重に一任状態。その他に関しては言わずもがなという有様だった。
結成から間も空いておらず、何より裏方とはいえ女たちを戦場に関わらせようというのだから、そうとんとん拍子で事が運ぶわけがないのは承知の上。しかし八重はこのことを随分重く見たらしい。
国吉城攻めの後、小谷に戻るなり「少しお側を離れさせていただきます」などと言い残し、冬の間は夜鷹隊の修練に当たっていたのだ。
そしてようやく成果が出たのがこの十名、ということなのだろう。
「自信の程は?」
「私の代わりとまではいかずとも、新九郎様に付きっきりとなっても夜鷹の働きに支障がない程度には」
「ほう、言ったな。ならば腕試しといこう。半刻(1時間)で片付ければ褒美をやる」
そういうと長政は己の懐に手を突っ込み、おもむろに財布を取り出した。中身は浅井当主が持つに相応しい額の金子だ。
「励みにはなると思いますが……よろしいので?」
「働きには報いるのが浅井の家風だ。早ければ早いほど褒美を増やしてやろう」
ふむ、とばかりに口を噤む八重。彼女自身はこうした褒章にあまり興味が無く、今までは長政が賭け事を提案しても、新九郎様がそれで楽しめるのなら、と乗り気ではない様子だった。
しかし夜鷹隊の長となってからは部下への報い方を考えるうち、わかりやすい褒章というものの価値を知り、遠慮なく受け取り部下たちに分配するということをするようになっていた。
これも人の上に立つという経験を得たが故の成長なのだろう。
「ならば四半刻(30分)で片をつけるよう命じましょう」
そのためか、今回は長政の提案に積極的な姿勢を見せた。
「大きく出たな。その時は中身全部をくれてやる」
「そのお言葉、くれぐれもお忘れになりませぬように」
珍しく乗り気の八重を「ああそれから」と長政が引き留める。
「極力殺すなよ。あれも元は百姓だ、殺さず済むならそれが一番良い」
「……承知しました。では」
その後すぐに鈴の音を鳴らして気配を絶った。いつもより音が激しく聞こえたのは気のせいではないのだろう。
そうして夜鷹を放って少しした頃、遠くで人の悲鳴のような鳴き声が聞こえた気もしたが、数百にも及ぶ兵の行軍にかき消されてすぐに何も聞こえなくなった。
それから四半刻が過ぎようかというまさにその頃。再び傍でチリンと鈴の音が鳴った。
「首尾は?」
「抵抗してきた者たち数名を切り伏せたところで賊が逃げ出しました。こちらに被害はございません」
八重の声にちら、と視線だけ走らせると、道の端で両手に両膝を付いて頭を下げている女たちの姿があった。恐らくは百姓に扮した夜鷹の者たちだろう。
そしてその傍には丸い何かを包んだ風呂敷がいくつか置かれている。恐らくは賊の首だ。
他にも返り血と思われる赤黒い染みが僅かに見えたが、確かに夜鷹隊には被害はなさそうだった。
「左様か、致し方なし。よく鍛え上げたな。重畳至極」
視界の外で八重の雰囲気が僅かに緩む。
「冬の小谷山にこもらせた甲斐がありました」
……とんでもないことを八重が口走った気がしたが、きっと気のせいなのだろう。
何せ冬の小谷は険しい山並みに深雪が合わさり、とても人が立ち入れるような場所ではないはずなのだから。きっと聞き間違いに違いない。
「今後はこの者たちを女中として、お傍に支えさせる予定にて」
我が耳を疑う長政をよそに、そう告げる八重。そこでようやくそう言えばと思い返す。
八重に夜鷹編成の打診をした際、そんな話があった気がする。選りすぐりの者を集めて護衛に回すと。
「信頼できる者たちか?」
「誰もが浅井に拾われ命を永らえた者たちです。忠心に偽りはないかと」
八重が言うのであれば問題ないだろう。彼女の返答にうむと頷く。
「して、褒美の件ですが」
「……忘れていなかったか」
「部下の働きには報いねばなりませんので」
「ほら、持っていけ。夜鷹の忠節、今後も期待しているぞ」
八重に財布を差し出すと、彼女は両手で受け取り「ありがとうございます」と頭を下げた。
やがてすぐに八重の気配が消える。それを見送り、少し軽くなった懐に侘しさを覚えた時、そういえばとふと思い出す。
八重に渡した財布は出征前に弟の政元から「くれぐれも使い過ぎないようにしてください」と渡された、今月分の小遣いだったことを。
「あ」
強張る表情と共に慌てて振り返るも既に夜鷹の姿はなく。彼女たちはまるで霞のように、忽然と消え去った後なのであった。