作品タイトル不明
087_永禄八年(1565年) 浅井の天下
これまでの浅井は、所詮は成り上がりと揶揄されていた。特に近畿は由緒正しき守護大名も多く、大名とは名家のことであると言わんばかりの気風がある。
その中で、元は出雲や讃岐の守護であるにも関わらず、所領を追われて近江に転がり込んできた京極の、さらにその被官である浅井など、他の大名からすれば鼻で笑うような卑賎の出だ。
そんな肩身の狭い浅井が天下人に成り上がる。浅井傘下の者たちが湧き立つのも無理はない。
しかし、当の長政はといえば。その熱気を振り払うかのように左手をひらひらさせると、胡散臭そうに続ける。
「生憎とそう上手くは行くまいよ。我らが将軍を擁立すれば、まず間違いなく六角が反発する。他の将軍候補を擁立し、浅井と六角でまた戦だ。そしてその時は、名家に縁故を持つ六角が優勢。その縁を頼って西近江衆や斎藤、畠山、武田、果ては朝倉までもが敵に回るやもしれん」
そこまでを一息に述べると、長政は姿勢を崩してあぐらの上に頬杖をつき、一瞥する。
「そうなれば、我らは三好に頼る他なく。気付けば天下の仇敵ぞ。お主らは京で討死したいのか?」
冷や水を浴びせるような一言で室内に満ちていた異様な熱気がすっと冷めていく。現実問題、浅井が天下人になるには敵が多く、必要なものが何一つ足りていないのだ。
好機と言えど、分不相応。それが今の浅井の立場だった。
「口惜しい限りにござる」
薄々察していたのだろう綱親が、言葉の割に大して落胆した様子もなく呟いた。
どうやらあの老人は長政を試していたらしい。ここで不用意に上洛を決断していたら、後から一体何を言われることになったか定かでない。
やれやれ抜け目のない爺だと肩をすくめてみせるも、綱親はお構いなしに表情を一変。戦国武将としての鋭い眼光を宿らせるなり「しかし」と続けた。
「しかし、上洛こそできずとも、丹波に攻め入ることは出来ましょう。丹波内藤さえ攻め滅ぼせば、残るは細々とした国衆ばかりにござる。それら全てを併呑し、近江、丹波の二国を手にすれば六角に抗することも難しくありますまい」
初めからこちらが本命だったのだろう。綱親はずいと体を乗り出し、長政に決断を迫った。
海北綱親という男は、その生涯全てを戦に捧げた典型的な戦国武将だ。隙さえあれば隣国へ攻め入り、その領地を切り取れと言っているのである。
そしてそれは綱親一人の望みではない。見れば周りの国人領主の中にも、丹波攻めに前のめりになっている者たちが多く在った。
彼らは昨年の西近江攻めで手柄を挙げられなかった者たちだ。半兵衛の国吉城接収の件もあり、次は自分達こそがと息巻いているのだろう。
浅井領では貨幣取引が盛んになり、近頃では金銭での恩賞の支払いも出来るようになってきたが、それでも武士の本懐は一国一城の主。銭よりも領地が欲しいといったところだ。
しかし、極論材料さえあればいくらでも作れる銭とは違い、土地には当然限りがある。
となれば恩賞として配れる領地にも限度があり、領地を報酬とする支配体制にはいずれ限界が来る。
現に史実の織田信長や豊臣秀吉も領土差配に限界を感じ、海外の土地を切り取ろうとしていたと言われているほどだ。
配下の者たちへの恩賞を支払うために隣国へ攻め入り、元いた者たちと戦う。
そうして手に入れた土地を差配すると、今度は元いた者たちが領地を取り戻すために攻めてくる。
その者たちから土地を守るために戦い、勝てばまた恩賞が必要になり、また別の土地を配る。そうしてまた土地が足らなくなり……戦国は常にこの繰り返しだ。
だからこそ長政は、この丹波攻めにあまり気乗りしてなかった。攻め取ったとして、その先に待っているのはまた別の敵との戦いでしかないのだから。
それに、今でこそ観音寺騒動の影響から立ち直れていない六角だが、またいつ浅井を攻めてくるかわかったものではない。
丹波攻めの最中に六角が挙兵でもしようものなら一大事だ。西近江に兵を入れられ、浅井は退路を失ってしまうだろう。
「確かに今なら丹波を攻める大義名分は立つ。しかし丹波は攻めるに易く退くに難し。今は直接の介入を避け、赤井や荻野とやらと誼を通じるに努めるべきだろう」
説得力のある長政の言葉に、綱親らは不本意ながらも渋々承諾したらしい。浮かない表情のまま「ははっ」と頭を下げたのだった。
そんな彼らの不満げな顔をぐるりと見渡して、長政は一人、ふと考える。
もしも。もしも今この時、彼らの望み通り丹波攻めを行ったとしたならば。その時こそ、恐らく歴史は大きく様変わりするのだろう、と。
丹波を切り取るにせよ、何らかの理由で退くにせよ、今までは微細な違いで収まっていた史実との差異が、ついに大きく広がることになる。
そしてもし、この丹波攻めで浅井の有りようを変えるような何かが起きたとしたら。
その時こそ、長政の知る史実の流れから時代は大きな変革を迎え、長政の知らない戦国が――真の乱世が幕を開けるのだろう。
その時、果たして長政は戦い抜くことが出来るのだろうか。長政の知識が全く通用しない、時には家臣や肉親までもが敵にまわる真の戦国を。
そして――長政が歩もうとしている道筋は、他ならぬその地獄への道のりだ。
これは浅井という家を守り、家族を守り、家臣を守り、そして何より自身を守るための戦いであり、それら全てが滅びへと至る史実との戦いなのだ。
史実の知識があるお蔭でここまで上手く渡り歩いてきた長政が、他ならぬ史実から外れるためにこれからは戦い抜かねばならない。
ある意味で矛盾したその戦いの先に、長政の望むような結末は――浅井が生き残り、かつ乱世を終えるという結末は残されているのだろうか。
朝倉景垙の顔が脳裏をよぎったのは、きっと気のせいではないのだろう。
「して、もう一通の書状にはなんと?」
物思いに耽る長政の耳に、そんな声が届いた。
声の主は赤尾清綱。一連の騒動ですっかり忘れ去られていたその書状の存在をみなが思い出し、床の上のもう一通に視線を向けた。
しかしその中身を知る長政は気乗りしない様子で「ああ、これか……」と書状を取り上げると、心底嫌そうに内容を口にしたのだった。
「これは若狭武田からの援軍を求める書状よ。何でも、先月 逸見(へんみ) 昌恒(まさつね) に攻め入られたらしい」
それは若狭国を治める守護、武田家当主の武田義統からもたらされた直筆の書状だった。
一度は若狭から手を引いた三好だったが、朝倉の混乱を早々に嗅ぎつけたらしい。
これみよがしに逸見昌恒へ兵を貸し与え、高浜の地を切り取って見せたのだ。
そのため若狭武田は未だ景垙の死によって混乱する朝倉に代わり、浅井に助け船を求めてきた、というところなのだろうが……
「正直、勘弁願いたいと言うのが本音だな」
わざとらしく肩をすくめて見せると、その場にいた者たちも軽く笑った。
浅井にとって、現状の若狭は正直それほど旨みがない、と言うのが正直なところだ。
兵を出したところで結局若狭を抑えるのは武田か朝倉。浅井の領地になることはあり得ない。なのに戦だけはさせられる、そんな地だ。
もちろん、地理的な話をすれば若狭は抑えておきたい要衝であることに変わりはない。
何せ若狭が抱える小浜湊は日本海側に通じる湊の一つで、朝倉が抑える敦賀と並んで京への玄関口だからだ。
小浜、敦賀、そして淡海。これらは日本各地から物が通る物流の要。そのうち一つだけでも莫大な富となるのだから、二つ、三つと手に入れられればその財力は計り知れないものとなるだろう。
とはいえ前述の通り、その小浜湊を浅井が手にするのは現実的に困難だ。
力で切り取れば或いは、と言ったところだろうが、その時は若狭武田だけでなく、朝倉も六角も敵に回す覚悟が必要だ。とても小浜湊一つで割に合う取引ではない。
とはいえそれだけの話なら、援軍を断れば済むのだが……
「しかし……ここで助力を無視するというのも角が立とうな」
長政は大きなため息を漏らした。
将軍弑虐の直後というのも見聞が悪い。若狭武田は将軍家に忠義を誓う古き良き名家の一つだ。
その助けを拒むとなれば、将軍家への叛意と三好への肩入れを疑われる。
もちろん口だけは承諾して、のらりくらりとかわすことも考えたが……
「我ら浅井の当面の敵は、南近江の六角に美濃の斎藤、そして丹波内藤となりますれば、言い繕うにも 術(すべ) がございませんな」
政澄の言葉に、長政は「その通りなのだ」と肩を落とした。
六角や斎藤は若狭武田と同じく親将軍派であり、反三好勢力だ。更にはその血筋を辿れば、多かれ少なかれ若狭武田と婚姻関係にあることだろう。
つまり若狭武田を助けるという大義名分を掲げれば、彼らが浅井の後背を追い討つ可能性は限りなく低くなるというわけだ。
もし万が一彼らがここで浅井の背後を突けば、同臣たる若狭武田の邪魔をするとは如何なる了見か。まさか三好と通じたのではあるまいな、などと理由をつけて、南近江や美濃を攻める口実ができてしまう。
相変わらず観音寺騒動の影響で家臣たちとごたごたやり合っている様子の六角や、織田との戦いに集中したいだろう斎藤からすればそれは本意でないに違いない。
となると浅井にとっての目下の敵は丹波内藤のみとなり、内藤と戦うのならその支援を受けている逸見昌恒は討ち果たすべき、と綺麗に若狭出兵のお鉢が回ってきてしまうのである。
――まぁ、まだやりようはあるか。少しばかり面倒だが致し方なし、だ。
「どの道、直経に任せきりとなっている国吉城の件もある。一度武田義統と顔を突き合わせねばなるまい」
国吉城の今後や若狭の情勢、武田や朝倉、六角に斎藤など浅井を取り巻く様々な要素を思い描くうち、いつの間にか長政の顔は苦虫を苦瓜に詰め込んで噛み砕いた後、苦汁で流し込んだような渋い顔になっていたのであった。