作品タイトル不明
Ep.11 現実逃避します
「はい、全員席に着いて下さい」
間もなく先生が教室へやって来て、連絡事項の他に基本的な学園内の規則の確認をした。
「学園内は基本的には『平等』です。ですがそれはあくまでも勉学上のことで、身分差がなくなることはありません。特に今年は高位貴族だけではなく王族も在籍されております。ここにいる皆さんは、学力や能力がSクラスに相応しいと認められたことによってここにいます。その意味を努々お忘れなきよう」
つまり先生の言葉を訳すとこうだ。
『勉学以外で平等なんて通用しないから、貴族教育で教わった通り身分差を忘れるな。Sクラスは選ばれた者のみが在籍を許されているのだから、その意味をちゃんと理解しろ』
といったところだろうか。
恐らく『Sクラスに相応しい』の部分は、高位貴族や王族も込みなんだと思う。
必要以上に下位の者を見下して勉学に影響を出すな、という意味もあるのだろう。
……まあ、私としては当たり前のことだけれど、問題はアイリス嬢だ。
先ほどの彼女からは、何やら私への『悪意』のようなものを感じた気がする。
これが『強制力』ってやつ?
……んー、何か違う気がする。
何というか、しっくりこない。
なら、乙女ゲームあるあるの『ヒロインも転生者』パターンか!?
言動を見るからに、その可能性は捨て切れない気がする……。
……だとすると、彼女はこの漫画の展開を把握していて……クロード様たちの攻略方法も知っているということになる……。
……うわー。面倒くさっ!
特にクロード様の攻略には『悪役令嬢』である私がやるはずの『悪事』が必要なわけでしょ?
私がやらなくてもでっち上げられたら、手も足も出ないんですけれど。
こういう時は証拠を常に残した方がいいと言うけれど、どうやって残そうかなあ。
周囲に気付かれないように対策を練って頭の中でシミュレーションしてみたけれど、どれも完璧になんて無理そうだった。
簡単に出来そうなことと言えば誰かと常に一緒に行動することだけれど、さっきの出来事で友だちなんて出来る気がしない……。
先生の話が全て終わったところで、全員が帰宅することになった。
授業はなかったのに、異様に疲れた……。
「ベアトリス、帰ろうか」
クロード様が基本的に送り迎えしてくれる予定だから、公爵家の馬車は呼んでいないのだ。
鞄を持ってクロード様の隣に立つと、何か思い出したかのように振り返って側近三人衆へ「後でね」と告げていた。
……何やら黒い笑みだった気がしたけれど、気のせいだろうか……。
いや、気のせいだ。気にしたら負けだ。
側近三人衆が助けを求めるような眼差しを向けていた気がするけれど、心の中で合掌して気付かない振りで教室を出た。
その後ろ姿をアイリス嬢がじっと見つめていたことに、気付かないまま————。
「ベアトリス、今日は疲れたんじゃない?」
「……はい。まさか、あんなことになるとは……」
王家の馬車に乗り込み向かい合わせに座ると、馬車は動き出した。
学園の表門を出た辺りでクロード様から突如問い掛けられ、苦笑いを浮かべながら頷く。
「……ベアトリスは、彼女と顔見知りでないの?」
「ええ、今日初めてお会いしましたわ」
「そうか……それにしてはベアトリスのことを気にしているように見えたね……」
クロード様は腕を組み、片手の指を顎に当てて難しい顔で考え込んでいる。
「お茶会などで知り合う方もおりますが……彼女は子爵家ですし、わたくしと同じお茶会に出席することはないかと……」
私は関係ありませんよー!というアピールの為に手を片頬に添えて、困惑気味に小首を傾げて見せた。
「そうだよね……。ベアトリス、一応気を付けてくれるかな?僕の婚約者である君の足を引っ張ろうとする者がいるかもしれないからね」
「はい、分かりましたわ」
足を引っ張る……というよりは、引きずり落とそうとしてると思うんですけれどね、と心の中で呟いた。
クロード様と別れ自室に戻ると、制服からデイドレスに着替えた。
この世界にはルームウェアというものがないのだ。
だから制服を脱いでも結局ドレスに着替えなければならないのが、これがまた落ち着かない。
可愛いルームウェアでも作ってやろうか……。
けれど、足首より上を晒すのははしたないという価値観を持つ人たちばかりだ。
夜着としては受け入れられるかもしれないけれど、屋敷の中でうろつくのは反対されるかもなあ。
ズボンにしたらいけるかな?
トップスを少しゆったりとさせてひらひらにして、ズボンスタイルなら……。
作ってみるか。自分用として部屋の中だけで着るなら文句は言われないよね?
……え?現実逃避?それが何か問題でも?
再びお父様にお強請りして、有名なドレスショップのデザイナーを呼んで貰った。
下手くそな絵で何とかイメージを伝えると、彼女の目が爛々と輝いた……いや、あれは肉食獣が獲物を見つけたような目だった……。
とにかく「斬新なアイディアですわ!」と鼻息荒く、ぜひ任せて欲しいと両手でがっしりと私の手を握られる。
私のイメージとこの世界で許容されるデザインをさらさらっと描いてくれて、ベッドの上でゴロゴロしても邪魔じゃないようになるべくシンプルなものにした。
生地は軽さと着心地を重視した。
せっかく楽に過ごす為のものなのに、動きづらいのは論外だ。
サテンのような生地ならドレスでも使われるし、こっちではルームウェアという概念がないから、パジャマっぽくても問題ないだろうという結論に至った。
前にボタンを付けると完全にパジャマで、それで屋敷内をうろつくのはさすがに抵抗がある。
だからあえてチュニックっぽくして、スポッと頭から脱ぎ着出来るようにした。
問題はズボンだ。
この世界には『ゴム』というものがない。
正しくはあるにはあるっぽいけれど、活用出来る状態じゃない……。
ゴムの生成方法なんて知らないし、それを服に使うなんて更にハードルが高そうだ。
ならば!紐でどうにか調節出来るようにしよう!と相談すると、再びデザイナーの目が爛々としていた……。
あの人……本気で怖いんだが……。
男性用や乗馬用のズボンはサスペンダーやベルトで調節しているし、靴下なんかもガーターベルトとかで止めるのが当たり前の世界だ。
予め紐を通す箇所を作り、引っ張って調節するなんて画期的なアイディアだったらしい。
どんだけ集中したんだ?というくらいの速さで、 一月(ひとつき) 後には見本が出来上がった。
実際に試着してみて細かな調節をした結果、無事ルームウェアが完成した!
洗い替え用に何着か仕立てて貰い、ほとんど自室だけで使用していたら、お母様も興味を持ったようだ。
チュニックタイプだしズボンも調節出来るからサイズ的には問題ないだろうと思い試着して貰ったら、大変お気に召したらしく、お母様も仕立てさせていた。
やっぱり、いくらゆったりとしたデイドレスと言っても寛ぐのには向いていないよねー。
その後——お母様がお茶会でルームウェアを宣伝した結果、多くの令嬢や夫人たちの間で噂となり、爆発的に流行することになるとは……全く考えてもいなかった。