作品タイトル不明
閑話〜クロードside
「……さて、少し話をしようか」
現在、王太子専用執務室の中には私と側近候補の三人だけ————。
「私は君たちに、『ベアトリスを守って欲しい』と頼んだはずだ。にも拘わらず……何故、あんな者を私のベアトリスに近付かせたんだい?」
デスクの上に両肘を突きながら、笑顔で彼らに問い掛けた。
漏れ出ているであろう私の怒りの気配に威圧されたのか、三人とも顔が引き攣っている。
『私、所用を思い出しましたので失礼致しますわ』
あの時——もう少しでベアトリスが私の傍から離れるところだった。
危なかった……。
何となく嫌な予感がして、しっかりと腰を抱いて逃さないようにした。
ベアトリスは、私が他の令嬢へ心変わりをすると思っている……。
あのまま行かせていたら……あの聖女との関係を誤解して『婚約解消』を請われていたかもしれない。
そう考えるとゾッとする同時に、あの聖女への怒りが再燃する。
「特にオスカー……君は私の『護衛候補』だよね?何故、あんな『不審者』を近付けたんだい?」
「いや……すみません……」
何か言い訳をしようとしたが、笑みを深めると黙って謝罪をした。
「私も判断が遅れました。申し訳ございません」
「私もです、申し訳ございませんでした」
続けてフィリップとセドリックも、謝罪の言葉を述べながら頭を下げた。
「……頭を上げてくれ。全員、以後気をつけてくれ」
一つ溜め息を吐いて三人を許すと、彼らはホッとした表情を浮かべている。
「それでセドリック。あれは本当に『聖女』なのかい?」
「はい……確かに『光属性魔法』の発現を確認し、教皇の名の元に認定されました。本来であれば、そのまま教会で教育を受けるのですが、シュプリーム子爵が『父親』だと名乗り出て……」
シュプリーム子爵の名前を口にした瞬間、セドリックの眉尻が下がり深い溜め息を吐いた。
どうやら聖女の出生届には、父親の名前の記載はなかったらしい。
つまり、子爵は娘だと『認知』していなった。
だが教会に父親だと名乗り出た際に、彼女の母親から送られた手紙を持参したようだ。
内容は『貴方の娘が生まれた。名をアイリスとした』というものだった。
当時、正妻である子爵夫人は夫の不貞に怒り、その浮気相手だったメイドを追い出した。
その時追い出されたのが聖女の母であり、お腹の中には既に彼女が宿っていたのだ。
さすがに自分の子を宿した女性をただ放り出すのは気が咎めたのか、いくらかの金銭と、シュプリーム子爵家の家紋が入った宝飾品を一つ渡していた。
それを彼女が持っていたことも相まって、子爵が父親だと認められたのだ。
母親が死んで身元を引き受ける者がいなければ、教会が引き取ることも出来ただろうが、父親がいるのなら親子を引き離すわけにはいかない————そう判断したのだろう。
「……聖女って、もっと清らかな感じをイメージしてたけど……あんな感じなんだなあ」
オスカーはどうやら既に立ち直ったらしく、頭の後ろで手を組みながら『がっかりだ』という思いを隠しもしない。
……まあ、実際にあれを見たら仕方がないが。
「確か、彼女がシュプリーム子爵家に引き取られたのは二年ほど前でしたよね?貴族教育を修めなければSクラスには在籍出来ないことを考えると、教育は受けているはずです」
「……ということは、あえてか?」
「シュプリーム子爵は権力欲が強い人だと聞きます。父親の指示でしょうか?」
王族の私と筆頭公爵家であるベアトリスから『控えるように』と注意を受けたにも拘わらず、あそこまで食らい付いてくるということは早々ない。
フィリップとセドリックの話を聞きながら、今後の対応を考える。
「……とりあえず、シュプリーム子爵家に王家とアッシュローズ公爵家から『抗議』を入れよう」
「アッシュローズ公爵家からも、ですか?ベアトリス嬢はあまりそういうことは好まなそうですが……」
「ベアトリスはね。だが、義父上や義兄上は違う」
恐らく、ベアトリスは今日のことを家族には報告しないだろう。
「私は今朝、義兄上に『ベアトリスを守る』と約束したからね。報告義務があると思わないか?」
にっこりと微笑むと三人の顔が再び引き攣った。
何やら、私の笑顔を見て引き攣る者が多い気がする……。
弟の方は微笑むと『王子スマイル』と言われるのに対し、私は何故か『悪魔の微笑』と言われているようだ。
……解せない。
少しの不満を覚えながら、義父上宛に今日の出来事を記した手紙を書いた。
手紙を封筒に入れ封をすると、王太子の封蝋を押す。
「これをすぐに届けるように手配してくれる?」
手紙をフィリップに手渡すと、一礼してすぐに退室して行った。
「セドリックは、もう少し教会にあるシュプリーム子爵令嬢の詳細を調べてくれるかい?」
「分かりました」
セドリックが返事と共に胸に手を当て目礼したのを確認してから、オスカーへ視線を移すと目を輝かせながら私を見ていた。
自分にも何か役割を与えられるだろう、と期待している目だ……。
「……オスカーは……とりあえず、影からベアトリスを守ってくれるかな?堂々と護衛するとあちらから警戒されるだろうし、ベアトリスも気になるだろうからね」
「分かりました!!」
オスカーは満面の笑みを浮かべ、少しうるさいくらいの声で返事をした。
諜報や思考を要するような役目はオスカーには向いていない。
それでも護衛騎士となるなら、戦略的思考力も必要になる。
これを機に頭を使うことも覚えて貰わないと。
王家と筆頭公爵家からの『抗議』は、シュプリーム子爵家に相当な圧力となったようだった。
特に義父上からの手紙は、かなりお怒りの内容だったらしい。
アッシュローズ公爵家へ謝罪に出向いた子爵を前に、義父上と義兄上は一切の笑みを浮かべずに淡々と『次はない』と告げたそうだ。
ベアトリスは気にするだろうからと、彼女には秘密裏に処理したと義兄上から手紙が届いた。
もちろん王家にも先触れが来たので、子爵のみ謁見を許可した。
「この度は娘が大変な失礼を働き、申し訳ございませんでした」
「そうだね。私もまさか一令嬢が『私の指示』に対して、あんなに食い付いて来るとは思わなかったよ」
「も、申し訳ごさまいません!で、ですが、娘は聖女に認定されておりまして……」
「うん、そのことはもちろん把握しているよ。本人も言っていたからね。ただ聖女というのは『称号』であって、不敬に対しての『免罪符』ではない。そのことは理解しているだろう?」
言い訳をしようとしたのか、もしくは娘を売り込もうとしたのか……どちらかは定かではないが、子爵も『聖女』ということで押し通そうとした。
その後の私の『不敬』という言葉に、顔色を青ざめさせていたけれど。
……やはり、父親の影響だったのか?
それ以降、シュプリーム子爵令嬢はクラスの者たちと交流を持ち始めた————。
初日の出来事を見て戸惑っていた者たちも、段々と態度を軟化させていく。
あの日以来、私やベアトリスには絡んで来ることはなかった。
それでも、たまに視線を感じることはあったが……。
一月(ひとつき) ほど、そんな日々が続いていた————。