作品タイトル不明
Ep.10 ヒロインに困惑しました
側近三人衆に視線を向けると、フィリップ様は厳しい視線で見つめ、セドリック様は困惑気味、オスカー様に至っては不思議そうな顔で見ていた。
……これは攻略対象だからなのでしょうか?
心の中で盛大に溜め息を吐いた。
本来であれば、婚約者の私がアイリス嬢へ『注意』をしなければならないのだろうけれど、ここで口を出すことによって『意地悪だ』と捉えられる気がする。
なら、私の取る選択肢は————。
「クロード様。私、所用を思い出しましたので失礼致しますわ」
「そうなのかい?なら、私も一緒に行くよ」
淑女の微笑みを浮かべてその場を離れようとしたけれど……何故かがっしりと腰を抱かれてしまう……何故?
「……ああ、それと……シュプリーム子爵令嬢だったね。悪いが、今後用もなく声を掛けるのは控えて貰っていいかな?」
「……えっ……?」
「これでも私は王族で婚約者もいるからね。『不必要』に異性と関わるつもりはないんだ」
「で、ですが!学園内は平等だって……!」
明らかに黒い笑みを浮かべながら淡々と話すクロード様に、アイリス嬢は『納得がいかない!』と言わんばかりに食い下がっている。
……いや、本当にこの子鋼の心臓過ぎない?
「それはあくまで勉学に置いて……という意味だ。学園の活動で共にやらなければならない際に身分の壁があると色々と面倒だ。だが、決して『身分』がなくなるわけではない。君は子爵令嬢で、殿下は王族だ。不必要に近付くことは本来許されない」
今まで黙っていたフィリップ様が、凍えそうなほど冷たい視線を向けながら冷酷なほど現実を説いた。
「た、確かに身分は低いですが、親しくなりたいと思うことはいけないことでしょうか?それに、私は『聖女』です!何か王太子殿下のお力になれることがあるかもしれません!」
ふんすっ!と言わんばかりに力強く言い放ちながら、胸元で両手の拳を握っている。
……よくアニメで『私、頑張る!』みたいなこのポーズを見たけれど、リアルでやる人を初めて見たかも。
これぞヒロイン!……と思うべきなのか?
漫画やゲームの中だから成り立つことであって、こんな風に人の話をちゃんと聞かない……いや、聞いているけれど理解出来ないのか?……最早、ヒロインとか関係なく人として残念過ぎる。
そして、身分社会において『親しくなりたいだけ』が通用するはずがない。
前世と違って、この世界は男女の別がはっきりしている。
婚約者以外の人と不必要に親しくすべきではないし、ましてや下位の身分の者のほうから、それを王族に求めることなどあり得ない。
『王様ー!友だちになろうよー!てへっ』で済むなら、人類みな友だち状態だろう。
「……シュプリーム子爵令嬢、聖教会が認めた『聖女』の名を翳すのは良くない。それに『聖女』というのは称号でしかないのだから、身分に影響を与えるものではないよ」
ようやく口を開いたかと思ったら、普段のセドリック様からは珍しく少し強めの口調だった。
先ほどまでの困惑していた表情は消え、眉間に皺を寄せている。
どうやら教会が認定した『聖女』の奇行に本気で困惑していたところへ、『聖女』の名を翳してきたから苦言を呈した……というところだろう。
「セ、セドリック様……私、そんなつもりじゃ……」
……では、一体どういうつもりだったのか。
ものすごく口に出して言ってしまいたいけれど、ここはグッと我慢だ。
「……あー、とりあえずさ。あまり不用意な言動を殿下の前で繰り返すなら、護衛としては拘束しなければならなくなる」
一番最後はオスカー様だが、『仕方がないなあ』と言わんばかりに腕を組み、「もう少し考えて行動しろよ」と兄貴風を吹かせている。
……おい、そうじゃないだろ。
まさか受け入れられないと思っていなかったのか、アイリス嬢は眉尻を下げながらしゅんとして、チラッと私へ視線を向けた。
……え?なに?私は何も言いませんよ?
「……ベアトリス様は、私が傍にいるのは嫌ですか……?」
……はい?問われている意味が分からないのは私だけですか?
「……シュプリーム子爵令嬢。まず、わたくしは貴女に名前を呼ぶことを許しておりませんので家名でお呼び下さいませ。あと、申し訳ございませんが質問の意図が分かりかねますわ」
強めに「勝手にわたくしの名前を呼ばないで!それと言っている意味が分からないわ!」と言えば、きっと「ベアトリス様、怖い!」となる。
かと言って控えめに「申し訳ありませんが、家名で呼んで頂けますか?あと、仰っていることがよく分からないのですが……」なんて言っても「やっぱり……ベアトリス様は私のことが嫌いなんですね!」なんてことになりそう。
だから、ここは事実だけ淡々と伝えた。
……これでも被害者を装われたら、何をやっても無駄だと思う。
「そ、そんな……私はただっ……!」
「——シュプリーム子爵令嬢。その辺にしてくれないかな?」
予想通り「酷いわっ」が始まりそうになった瞬間————クロード様のドスの聞いた声が響いた。
私は辛うじて堪えたけれど、側近三人衆は顔が引き攣っている。
「君が特殊な環境で育ったのは知っている。だが、貴族としての教育も履修済みだとも聞いた……それが正しいのなら、私やベアトリスの言っている意味は分かるんじゃないかな?」
「分からないのなら、Sクラスには在籍出来ないはずだからね」と、クロード様は微笑みを崩さずに話しているけれど、目が全く笑っていない。
王立学園はある一定の学力が認められると平民も通うことが出来る上、金銭的に恵まれていなければ特待生制度もある。
ただし、平民や下位貴族の者がAクラス以上に在籍する場合は『貴族教育』を修了させなければならない。
Aクラス以上は高位貴族の在籍が多い為だ。
いくら勉学において『学園内に貴賎はない』と言えど、学園を一歩出たらそれは通用しない。
けれど、平民や下位貴族の中にはそれを勘違いする者も多く、学園の外でもまるで自分が高位貴族と同等かのように振る舞う……。
何なら過去に平民や下位貴族の女生徒に誑かされ、婚約破棄されたり、婚姻後に愛人として囲っていたせいで離縁されたり……まあ、とにかくトラブルに繋がりやすい。
『王立』という以上、国王陛下の名の元に運営されているのだ。
貴族同士の繋がりにヒビを入れるような出来事は好ましくない。
だから、子爵令嬢であるアイリス嬢も『貴族教育』を修了しているはずなのに、これだ……。
クロード様が怒るのも無理はない話なのだが……。
怖すぎるので、もうすごくダッシュで逃げたい!!
……無理だけど。
心の中で涙を流しつつ、その場でじっと動かずに事の成り行きを見守る。
「そ、それは……でも、せっかく同じクラスになったのですから親しくなりたいと……」
「だが、それは君の考えだろう?それを相手に強制するのは、また話が違うのではないのかな?」
至極尤もである。けれど、そろそろここら辺で止めておかないと、クロード様のイメージが悪くなってしまう。
「ま、まあ……殿下、そこまでに致しましょう?シュプリーム子爵令嬢も、わたくしたちの言いたいことをご理解頂けましたわよね?」
強制的に終わらせようとアイリス嬢に同意を求めると、どこか不満そうに頷いた。
それに気付きつつも、クロード様は「……そうだね。ベアトリスがそう言うなら、そうしようか」と穏やかに話しているが、長く傍にいる私たちには分かる……。
あれは、まだ不満なのだ……。
「じゃあ、今後は気を付けるようにね」と満面の笑みでアイリス嬢にそう告げた後、私たちは何食わぬ顔で席に着いた。
アイリス嬢はその場で少し不満そうに見つめると、最初にいた席へと戻って行った。
…………あー、どっと疲れた。