作品タイトル不明
29 EX 邪神教会 2
信じたくないことは、得てして受け入れるのに時間がかかるものだ。
それこそ、勝利を確信し、最低でもこれくらいの結果は出るだろうと予想を立てて、実行した計画が全くの成果を出せずに終わったら、その衝撃は計り知れない。
「今、なんと申した?」
その報告を聞いた、今回の作戦を主導したアルダゴン司教は、信徒からの報告を受け入れることに抵抗があった。
叫び散らさなかったのは、理性が働いたのではなく現実に思考が追い付いていなかったからだ。
「はっ、精霊ドーラス様は討ち死にされました。詳細は城壁の向こうのためわかりかねますが、城壁の向こうで精霊の死を象徴する光が見え、膨大な魔力の放出も確認できました。十中八九、討ち死にされたものかと」
邪神教会の拠点の中でも貴重な隠れ里、それもこの南の大陸の中では一番の規模を誇る里。
その中で貴族の屋敷と比べると粗末な物だが、個室が与えられ付き人の部屋も与えられ、キッチンや風呂がついている家を与えられているあたり、彼の影響力と地位というのは邪神教会の中でも高いことを示唆している。
そんな邪神教会の有力な幹部であるアルダゴン司教は、目を見開き、何度か瞬きをしてから問い返し、もう一度聞いた言葉を必死に飲み込もうとした。
「・・・・・結果は?結果はどうなりました?」
上位精霊ドーラスの死。
その事をまずは、どうにか飲み込む。
神敵リベルタはアジダハーカを倒した実績を持っている。
それ故に、敗北する可能性は考慮していた。
だが、それでも討ち死にという可能性は低いと考えていた。
理性無きモンスターであるアジダハーカと知性を持っている精霊ドーラス。
力という面ではアジダハーカに軍配が上がるが、逃げるという選択肢はよほど追い詰められないととれない。
だからこそ、アジダハーカの場合は勝つか負けるかのどちらかしかない。
しかし、ドーラスの場合なら危険を察知すれば逃げるという選択肢が出てくる。
事実、アルダゴン司教は神殿の警戒の厳しくなった今では貴重な、攫ってきたり買ってきた生贄をドーラスに捧げて依頼をした際に、危険となった場合は撤退をしてほしいと願った。
なので、最悪何もできずに逃げ帰ってきたとしても対応するつもりがあった。
しかし、結果は想定していた最悪を上回る、いや、この場合は下回ったと言うべき結果となった。
想定していない最悪が垣間見えてくるなか、震えそうになる喉を理性で制し、声を紡いで問えば、ドーラスを導いてそのあとは偵察に徹した信徒が詳細をどう説明するか一瞬迷う。
「・・・・・わかりません」
「わからないとは?」
その迷いに一層の不安を感じつつ、ただ見て来ただけの信徒に当り散らさないのはトップとしての器が出来ているからか、それとも別の何かがあるからか。
「はい、ドーラス様の襲撃に乗じて城壁を突破し内部に潜入しようと思ったのですが、襲撃直後にも関わらず警戒が厳重になり我々は誰一人とて潜入することが叶いませんでした」
「潜入に特化した信徒を用意したと思うのですが」
極めて冷静に話を進めようと努めているアルダゴン司教を前にして、信徒はだんだんと冷や汗を流していく。
それはまるで猛獣の前に手足を縛られた状態で放り投げられ、必死に命乞いをしているかのような絶望感。
「近づくだけで、奴らは反応しました。まるで誰かがいることを知っているかのような動きでした。囮を使って侵入しようとも考えましたが、その囮が無駄になるような対応ばかりされてしまい、本当に警戒網の外から使い魔を使って遠目で確認するほか方法がありませんでした」
嘘偽りは許さないと数度の瞬きの後に一切、目を閉じないアルダゴン司教の無表情を前に、信徒は体温がどんどん下がっていくような寒気を感じる。
「・・・・・なので、遠くで戦闘があったのはわかりましたが、内部の被害がどれほどなのかはわかりません」
しかし、ここで成果がありましたと報告する方が迂闊だと本能で察した信徒は頭を下げ、その視線から必死に逃げて淡々と報告を進める。
今回の彼の役目はあくまでドーラスをリベルタが作るあの城壁の向こうに送り届けること、いわば案内役だ。
信徒としてもっと役に立ちたいとは思っていたが、目の前の司教の厳命で今は人手が足りていないことから情報を持ち帰ることを最重要として命じられていた。
アルダゴン司教の派閥には直接戦闘に向いていないが、情報収集やサポート役に向いている人材が多い。
しかし、狂信と言える信仰心がないというわけではない。
司教という立場の人間から厳命されていなかったら、どんな犠牲を払ってでも城壁の向こうに飛び込んでいただろう。
それこそ、最後の一人になっても必死の形相でドーラスの元に駆けつけ、援護し、その命を散らしていることは間違いない。
「少なくとも、外側の城壁は壊れていないということですか」
「はい、内部から崩壊した様子は見受けられませんでした」
「・・・・・」
そんな信徒の心情は露とも知らず、アルダゴン司教は腕を組み考え込む。
本来であれば、ドーラスに暴れてもらい、甚大な被害をリベルタという神の敵、相手に与える計画だった。
最良はリベルタを仕留め、あの町とはもう呼べぬ城塞都市を滅ぼし、原初神教の拠点として得ること。
あれだけの巨大な都市、そしてなおかつ堅牢な城壁、さらに辺境の土地というのはいかにこの国であっても手を出しにくい。
神殿という巨大な組織相手でも、耐えれるであろうと想像できる。
こんな隠れ潜むような必要が無く、例え小国程度の規模であっても一つの土地に根を張り、生活できる環境がある。
それを手に入れる目算も瓦解した。
何も成果を得られなかった。
城壁の内部ではもしかしたら外部には出ないが、甚大な被害を与えているかもしれない。
だが、ドーラスという切り札を使ったにしては成果が乏しいと言わざるを得ない。
そうなってくると使い方を間違えたという思考もアルダゴン司教の脳裏に浮かびあがってくる。
これがもし、王都に投入していたらとアルダゴン司教の脳裏に一案が浮かぶ。
それは想像以上の被害を相手に与えたことは間違いない。
最近噂に聞く戦力を増強したエーデルガルド公爵家の私兵団に阻まれたとしても、その間に街は燃え尽き市民は死に絶え、その魂を吸収してドーラスは猛威を振るっただろう。
或いは、いくつか近くの村を襲撃し力を蓄えてから襲撃した方が良かったかと頭の中で考えた。
はたまた、行動を起こさず静かに伏して待つべきだったかと過去の決定も疑った。
しかしそれはすべてたらればの話だ。
結果が出た今では、そんな想像をしても結果を覆すことは叶わない。
「わかった、下がってよい。追って指示を出す」
「はっ!」
そして感情任せに、この信徒を罰しても自身の力を削ぐだけで、いいことは何もない。
となれば、この激情は心の奥底に沈めなければならない。
となれば、アルダゴン司教の向かう場所はただ一つ。
信徒が去った後に、席を立ち一旦簡易的な服に着替え、裏にある井戸に向かう。
そして何をするかと言えば、井戸から水を汲み、水の入った桶をそのまま頭上に持っていき水を被る。
それを何度もやり、頭を冷やし、そして体を綺麗な布で拭いて正装に着替える。
威儀を正して向かった先は隠れ里に掘られた洞窟。
そこには常時警護の信徒が詰めており、警備が行き届いていると言ってもいい。
その警備は邪神教会の中でも精鋭が務めているあたり、この洞窟がいかに重要度が高く大事にされているかがわかる。
しかし、その警備の中でもアルダゴン司教が姿を現せば、誰も止めず、むしろ頭を下げ敬意を示す。
一見すればただの洞窟、そんな洞窟に何故これほどまでの警備を施すか。
それは中に入ればわかる。
洞窟の中に入ればより一層際立つ違和感。
外の粗削りな洞窟の外観とは裏腹に、アルダゴン司教が中に入って十数メートル進むとその景色は一変する。
神殿の祭壇、そう形容するしかないほど繊細に作り込まれた柱に支えられた祭壇に祭祀具がずらりと並び、供物として捧げられた食料や宝物が並べられている。
足元も洞窟らしからぬ石畳が続き、そしてその道の先になにがあるかと言えば当然祭壇の主というべき存在がある。
その神像は禍々しい異形だ。
人型であるはずなのに、顔は獅子、体は人、三対の腕は大鷲の翼、獣の腕、竜の腕、足は亀のような太くたくましい足、腰には長く伸びる蛇が巻き付き、その神像を彫り出した石の色合いが黒ということもあり禍々しさに拍車がかかっている。
「おお、我が神よ」
そんな神像を前にしたアルダゴン司教は、神像の足元まで行くとその場で跪いて祈りの姿勢に入る。
「主よ、私は主から賜いし力を失ってしまいました。どうか、そんな愚かな私に罰をお与えください」
それは懺悔。ドーラスという貴重な戦力を失ったことに対する謝罪。
どのような罰を与えられようとも、全てを受け入れる姿勢の彼に対して神は何と応えるか。
普通に考えれば偶像崇拝、会ったこともないような神の声など聞こえはしない。
しかし、それはリベルタが元居た世界の話。
この世界では異なる。
『良い』
「おお!主よ」
『汝の罪を許そう』
「なんと慈悲深きお言葉」
特に原初神教は殊更異質だと言える。
神の声を聞くことができる。
特定の条件、特定の場所など色々と制限があるが、原初神教の信徒が信仰に心酔できる理由はただ一つ、神との距離が近いからだ。
神という特別な存在と近づける、これに勝る優越感はない。
「しかし、あれほどの力を失ってしまい。この大陸での主への権威に陰りが見えるのもまた事実。それは貴方の僕として自分を許せません。どうかその陰りを払うための道をお示しください」
それを再確認できただけで、アルダゴン司教の中にあった怒りはすっと鎮まる。
この神に見捨てられないために、全身全霊で仕える。
その気持ちを示すように平身低頭の姿勢で祈る。
『・・・・・汝の献身確かに受け取った。我が肉体の封印を解くために力が必要だ。そのための力として道を示そう』
「おお!ありがとうございます!!」
その信心深い行いに、邪神も答える。
逡巡しつつも、返事をした神像から僅かに黒い光が漏れる。
それは祈る仕草のアルダゴン司教の頭に降り注ぎ、しばし照らした後に消え去る。
『汝に、我が知恵を授けた。それを使い励め』
「おお!これが主の知恵!はい!この知恵を使いこの世界から異教徒を一掃してご覧に入れます!!」
『我は常に汝を見ている』
「はい!」
そしてその会話を最後に神像は沈黙する。
残されたのは神と会話をした興奮を冷まさず、恍惚とした表情を浮かべるアルダゴン司教だけ。
その余韻を邪魔すれば、理性を放棄して誰であろうと殺して見せると感じ取れるほどその世界に浸っている。
リベルタがこの場にいたらどうするか。
こういう時のためのアサシンビルドだと言って、無言で近づき、容赦なく首を狩っていただろう。
もし仮にリベルタに邪神教会で一番ヤバい奴は誰かと尋ねたなら。
アルダゴン司教と答えただろう。
まともそうに見えるやつが、一番ヤバいという見本のような存在がアルダゴン司教だと知っている。
周りが好き勝手しているのに、理性的に周りを支え、そして成果を誇示しない。
それは何故か。神さえ認めてくれていればいいからと狂信しているから。
「ああ、主よ」
そして同時に己が支えている場所が一番安全でなおかつ、生き残れるというのを理解し。
いつもの表情に戻る前、その時のわずかな時間。
狂気が漏れ出し、邪悪な笑みを浮かべ。
「私が一番あなたを思っております」
最後に残す言葉を言い終え、自分以外の者を排除することを誓うのであった。