軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 狂走

ランナーランナーの雰囲気が変わったと双眼鏡越しにもわかった。

「頼むぞ」

金色の体に赤い何かが纏わり、そして先ほどまで二足歩行で走っていた体が、走りながら変貌していく。

徐々に前傾姿勢に、そして頭がより尖り、体が引き絞られていく。

腕が伸び、腕ではなく前足に変わっていく。

ランナーランナーの第二形態、 追跡者(チェイサー) モード。

発動条件はこいつに攻撃を一度でも入れるか、あるいは追いかけた獲物から一定以上の距離を引き離されること。

この状態になったらもう他には一切目をくれず、二つの条件のうちどちらかを満たした者、今回なら速度で勝り追い越したクローディアが対象だが、それを追い込み倒すまで、絶対に元に戻らない。

速度が段違いに上がり、わずかに作った距離をその走破力をもってして狭めていく。

ゲームでランナーランナーに初見で挑んだ際には、この圧倒的な速度にほとんどのプレイヤーが敗北を喫した。

人らしい動きから一転、獣の動き。

逃亡者から一転、狩人のような追い込み。

この二面性を持つからこそ、このモンスターの名前は『ランナーランナー』。

二つの意味を持つ「走る者」なのだ。

「三番に伝達!トラップ起動!少しでも奴の足を止めろ!」

「おうさ!」

この状態になったランナーランナーは、一時的に視野狭窄に陥り、罠への警戒心と探知能力が著しく低下する。

二足歩行時には警戒して入り込まないようなエリアでも、追跡対象が入り込むのなら今のランナーランナーは突っ込む。

「かぁ!?急造の地雷トラップじゃ足止めにもならないか」

クローディアが走り抜けてコンマ数秒の差で入り込んできたランナーランナーの足元で爆発が発生したが、その衝撃など物ともせず、爆煙の中を走り抜ける。

「次!八、いや十三番!」

「おうさ!」

クローディアが周回コースに入った。

そのルートには色々な罠を設置してあるが、入り込む位置が悪かった。

周回ルートに復帰できた時は、トンネルが背後に消え去る瞬間。

ようはもう一周走りきらないといけない状態になったのだ。

「網系はミスリルで編み込んで強度は確保したけど、躱されたか。次三十二番!」

「おうさ!」

おまけに位置取りが悪い。

いま両者はこの開拓村の第二城壁の周囲を左回りで周回している。

ランナーランナーはクローディアの左後方、すなわち最短距離となる内側を走る位置取りを取っている。

これでは下手にクローディアが内側に切り込むと、背後から襲われる。

城壁からの援護射撃のバリスタで狙撃を試みるが、予測射撃でランナーランナーを捉えることはできない。

全く減速せず、クローディアへの追撃を緩めず、バリスタの雨を躱してみせる。

ここまで来たら迎え撃った方がいいかと思うかもしれないが、この状態のやつと真正面から制限時間付きで戦うのは本当にお勧めしない。

第一形態のときとは段違いの速度と凶暴性に加え、戦闘回避能力も上がっている。

ステータス差がただでさえあるのだ。いまは天拳というチートと装備によるブーストでなんとか互角以上に持ち込めているに過ぎない。

だからこそ。

「四十二番!」

「おうさ!」

稀有なチャンスであるこの作戦を、何が何でも成功させるしかない。

地雷を再び一斉爆破させ、衝撃波でランナーランナーを外側に押し出そうとしたが、それも失敗。

元々地雷はそこまで効果は見込めないとわかっているから焦りはない。

地雷攻撃の目的はランナーランナーを倒すことではなく、本命はわずかでも視界を封じて、クローディアの挙動に対しワンテンポ対応を遅らせること。

クローディアは俺の意図に気づいて、一気に内側に切り込み一つ目の角を曲がる。

内側に切り込んだことで、ランナーランナーも反応して攻勢に出ようとしたが。

「四十九番!」

「あいさぁ!!」

こっちはその動きを予測してトラップを用意しているんだよ。

地雷の爆風の衝撃波を躱せても、さすがに光速で飛来する放電は避けることはできまい。

「さすがエスメラルダの魔法を封じ込めた魔道具の地雷。消耗品だけど効果は抜群だ」

「これを大量に用意すればいいんじゃないっすか?」

「エスメラルダの魔法を溜められる素材って簡単には用意できないの。アレ一個で家が建つよ?」

「えっと、庶民用の家っすよね?」

「下手したら、貴族の別荘くらいは建つんじゃない?」

感電し、攻撃どころではないランナーランナーの姿を見て一安心。

これだけ効果があっても、二足歩行時は危険を察知して地雷には近寄らないし、作るのにとんでもない素材が必要だから数も用意できない。

『ヒェ!?』っと高価な罠の発動指示に驚くエンターテイナーの一人の声を聞きつつ。

コース上に設置した罠を次から次へと発動させ、少しでもクローディアにゆとりを与える。

ちなみにさっきから爆発させている地雷だが、少しでもクラス9のワールドモンスターであるランナーランナーにダメージを与えたいから、使用している魔石はクラス6だ。

それだけで、この世界ではどれだけ貴重で、消耗品としてあり得ない使い方をしているかに気づいていないエンターテイナーたち。

俺の常識ではこれでも足りないんだよなぁ。

まぁ、そんな準備不足の環境でも何とかするのが俺の仕事だ。

「おっとぉ、イライラしてきたな」

開いた差を少しでも縮めようとスキルを発動して加速するランナーランナー。そのスキルはリキャストタイムがあるタイプで、少なくともトンネルがある場所にたどり着くまでに再使用することはできない。

そんなスキルを計画的ではなく、衝動的に使っているランナーランナーの心情が手に取るようにわかる。

「そうそう、苛立て苛立て」

大半の挑発スキルを無視できるのに、こと「走る」ことに関してはプライドが許さないのがお前だよ。

じわじわとクローディアとの距離を詰め、さらに攻撃可能距離まで踏み込もうとした瞬間。

「五十七番!」

「あいさ!」

シンプルな罠が炸裂する。

発動した罠は、「穴を掘る」という魔法を封じ込めた魔道具。

発動したら深さ一メートル、直径五メートルほどの穴を作るという、シンプルな物だ。

所謂落とし穴だが、イライラしている時こそこういう単純な罠が一番効く。

おまけに一個だけじゃなくて、その周辺に合計五十個の魔道具を埋め込んでいるから。

単純計算で二百五十平方メートルの土地が一気に陥没する。

勢いもあって、穴が一瞬で出来上がっても「落ちる」なんてことはしない。

だけど踏み込もうとした瞬間、あちこちに穴が開き、足場が無くなればバランスを崩すよな?

クローディアはあらかじめ「空歩」で速度を落とさず走り抜け、ランナーランナーも慌てて「空歩」の姿勢制御で立て直すが。

「これでさらに距離は開く」

セーフティーとまではいかないが、これでクローディアの安全はある程度確保できた。

ランナーランナーは遠距離攻撃手段を持たない。

そして急加速用のスキルはさっきの追走で使ってしまい、今はリキャスト待ち。

「となれば、使うよな? 最後の切り札」

いつまでたっても追いつけないことに苛立ち、罠をクローディアからの攻撃だと勘違いし続けているランナーランナーのヘイトは、最高潮に達している。

いつまでたっても追いつけない。

むしろ引き離されている現実に、そろそろランナーランナーの怒りも頂点に達する。

『■■■■■■■■■■!!!!』

そして俺の予想を裏付ける咆哮をランナーランナーが上げた。

「来たな。『狂走』!」

これはランナーランナーの最後の切り札だ。

爆発的に身体能力を上げる「天拳」に似たスキルだが、欠点がある。

それは理性を失い、思考能力が低下し、より野生に準じた動きになるということ。

罠感知能力は失われ、警戒という行動すらなくなる。

天拳ほどのステータス上昇量はないが、それでもクラス9のランナーランナーが使えば驚異的な効果がある。

ただでさえ速いランナーランナーがさらに加速し、おまけに発動し続けるトラップを踏み抜いても関係なく突き進む。

木を砕き、地面を踏み抜き、風を突き破る。

障害物を物理的に突破し、最短距離を突き進むランナーランナー。

その速度はクローディア以上。せっかく作った差があっという間に縮まっていくが。

「77番!」

「あいさぁ!!」

そのスキルも知っていれば対処の方法はある。

突如として発生したのは、光のエリア。

地面が神々しく輝き、そして癒やされるような雰囲気へと塗り替えられる。

ダメージを与える要素はなく。

むしろ回復する要素の方が強い印象のエフェクト。

そこに迷わずクローディアが飛び込み、そしてそれに続くようにランナーランナーも飛び込む。

「失速した!?」

「すっげぇ! リベルタさんの言う通りになった!」

そのままランナーランナーがクローディアに追いつくかと思ったが、突如としてランナーランナーが減速した。

ガクンと、傍目にも分かりやすく失速するランナーランナー。

その理由は先ほどの光だ。

「ディスペル結界。『狂走』には天敵ってね」

この世界――FBOではバフには大まかに二つの系統がある。

一つは「祝福系」と言われるバフ。アミナの歌唱系スキルや通常の強化スキルがこれに該当する。

二つ目は「呪い系」。いわゆるデメリットを併発するタイプのバフ系統だ。

一つ目よりも二つ目の方が効果は高いが、その代わり効能と同時に代価を強いる。

ランナーランナーが使った『狂走』は呪いとして付与され、代価として理性を飛ばすというスキルだ。

ゆえに、デバフを解除する要領でディスペル結界を発動し、そこに突っ込ませれば「呪い」が解除される。よってランナーランナーは『狂走』の強化を失い、減速するのだ。

本来であればあんな速度で走り回るランナーランナーに、射程の短いディスペルを当てるのは困難だが、視野狭窄に陥り、さらに理性も失った状態では、ただ目標を追いかけるだけの存在。結界を迂回するという発想は出てこない。

ここで注意なのは、発動終了後にステータスダウンを起こす「天拳」も後者の部類に入って解除されるのでは、と思われることだが、この二つのバフの分け目は、デメリットの発動タイミングが「併発」か「後発」かの違いだ。

天拳は効果発動中にデメリットは一切ない。

代わりに、無茶をした体を癒やすためのクールタイムのような感覚で、後からステータスダウンが起きる。

対して『狂走』は、呪いのデメリットを併発し、それを代価に能力を強化する呪いバフであり、使用中は常にデメリットが付きまとう。

故に天拳は祝福系のバフに該当し、ディスペルでは打ち消されない。

しかし『狂走』は呪い系に該当するので、打ち消される。

最後の切り札を潰されたというのに、それでもランナーランナーはクローディアを追いかける。

一番速いのは自分だ、何者であろうと自分の前を走る存在を許さないと言わんばかりに必死に足を動かすランナーランナーだが、ここまでスキルを使い続けてしまっては、現段階で使える手札が底を突いた。

あと残っているのは回避系統のスキルだけ。

そんな物は、今の追いかけっこに勝つためには何の役にも立たない。

「よしよし、そのままそのまま」

そんなデッドヒートを繰り広げているうちにゴールが見える。

罠が設置されているトンネル。

ランナーランナーが絶対に回避しなければならなかったトンネルだ。

周囲にはネルとゲンジロウが率いる御庭番衆が控えている。

どんどんとトンネルとの距離が縮まり、そしてクローディアは迷わずトンネルに飛び込み、ランナーランナーもそれに続いた。

距離はたったの百メートル。二人の速度なら数秒もかからずに出てくるはずだが。

「良し!」

「出てきたのはクローディアの姐さんだけだ!!」

「奴は出てこねぇぞ!!」

トンネルの出口から姿を現したのは、クローディアだけだった。

そして逃走者であった彼女はゆっくりと減速し、振り返って俺の方へサムズアップを送るのであった。