作品タイトル不明
第三章 エピローグ 中
第三章 エピローグ 中
サイド なし
東京都、某所。
建ち並ぶオフィスビルの1つ。その上3フロアを占有するクランがあった。
『アース』
大地。あるいは地球を意味するそのクランは、所属異能者数70人。非異能者のスタッフ120人の、日本最大の規模を誇る。
およそ1万人に1人とされる異能者が、これだけの数1つの組織に揃うのは異例と言えた。
それを為せたのは、偏にその財力とコネクション故だろう。
時代の流れに乗ってIT分野で急成長した会社がベースとなり、関東圏を中心として様々な有力者と懇意にしている化け物クラン。
東京を中心に全国から異能者を集める動きがあったのも合わさり、未だ『アース』はその規模を拡大していた。
国内にその名を知らない異能者はおらず、海外においても注目を集めている。
3フロアあるクラン施設内の1つに、所属メンバーの大半が集められていた。
一流ホテルからシェフやスタッフを呼んでの、立食パーティー。ある者は他のメンバーと談笑し、ある者は料理に舌鼓を打ち、ある者は壁際で静かに過ごしている。
そんな中、一際多くの人間が集まっている場所があった。
中央にいるのは、『黄金』という言葉が相応しい大柄な男。
赤みがかった金髪を後ろに撫でつけた、ワインレッドのスーツを着こなす美丈夫。服の上からでも分かる逞しい肉体は、理想的とも言える黄金比を保っている。
彼の周りには、多くのクランメンバーが笑顔で集まっていた。
「ブリッツ代表!本日はこの様な場所にお招きいただき、誠にありがとうございます!」
「なに。普段から君達にはよく働いてもらっている。それに報いなくて、何がクランリーダーか」
「流石です、マスター!いやぁ、貴方ほど懐の大きい方の下につけて、我々は幸運ですよ!」
「はっはっは!それは、私にとって最大の賛辞だ。今後も君達の期待に応えていくとしよう」
クランマスター、ブリッツ。彼を見るメンバー達の目には、様々な感情が渦巻いていた。
尊敬、嫉妬、好意、野心、劣情、崇拝。
ブリッツの白銀のまつ毛に縁どられた碧眼は、まるで全ての心情を見透かす様に彼らを睥睨する。
その上で、全てを受け入れる笑みを浮かべていた。
強者の、否、超越者の余裕とも言える表情。それが、あまりにも似合い過ぎている。
一個人へ向けられるには重すぎる感情を、彼は当たり前のものとしていた。その姿が更なる感情を呼び寄せ、もはやある種の宗教となっている。
人間が出せるとは思えない、圧倒的カリスマ。それが、ブリッツからは放たれている。
「マスター。そろそろ」
秘書がそう耳打ちすると、ブリッツは小さくため息をついた。
「すまない、諸君。私はこれから、客人に対応しなくてはならなくてね。名残惜しいが、後は君達だけで楽しんでくれたまえ」
「そんな!行ってしまわれるのですか……!?」
悲しそうな顔をする女性メンバーに、彼は爽やかな笑みを向ける。
「なぁに。想定より早く話し合いが終われば、またこちらへ戻ってくるとも。何せ、同じ建物の中だからね」
「本当ですか……?」
「無論だとも。確約は出来ないが……私も、君達との語らいを楽しく思っている」
ごく自然な仕草で、ブリッツはその女性の顎に指を添え、視線を自分に合わせさせる。
熱に浮かされた様な彼女に、彼は自信に満ち溢れた瞳で告げた。
「それまで、他のメンバーと親睦を深めておきなさい。良いね?」
「はい……!」
そうして、彼はその女性メンバーに持っていたグラスを預けて去っていった。
パーティーの参加者は自然とブリッツの道を開け、ブリッツもそれが当然であるかの様に歩く。
彼は時折クランメンバーに笑顔で一言二言告げて、会場を後にした。
エレベーターに乗り込み、最上階へ。クランマスターの私室と重要な客人をもてなす為の応接室のみが存在するこのフロアに到着するなり、ブリッツは先ほどまで浮かべていた笑みを消し去った。
どこか、覚悟を決めた様な顔をして、彼は応接室へ向かう。
そして、深呼吸を1回。心を落ち着かせてから、扉をノックした。
「お待たせしました。ブリッツです。中に入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
およそ、このクランの主とは思えない態度。綺麗なお辞儀をして、ブリッツは部屋に入る。
応接室のソファーには、我が物顔で平凡な顔の男が座っていた。
泉原臨時総理。ブリッツの着ている物と遜色ない仕立ての良いスーツを身に纏い、肘掛けに体重を預けた状態でワイングラスを照明に掲げて揺らしている。
「ブリッツ君。ここは君の会社であり、クランだろう?もっと堂々としたらどうだね」
「はっ!いえ、私の物だなど、とてもとても。全ては先生のお力あっての事ですので……!」
「ふふっ。何を言っているんだい。清廉潔白を絵に描いた様な私が、支援者の1人である君の為に土地や建物を工面するなんて、あるわけないじゃないか」
「はっ……!申し訳ございません……!」
「冗談さ。そう畏まらずに、座ったらどうだね」
「ありがとうございます。失礼いたします……!」
恭しく礼をして、ブリッツは泉原臨時総理の体面に座る。
そんな彼に、ようやく臨時総理は視線を向けた。
「急な訪問ですまないね。何分、私は忙しい。許してくれるかな?」
一切すまないと思っていない顔で告げる臨時総理に、ブリッツはやや引きつった笑みを浮かべた。
「勿論ですとも。先生はこの国の宝ですから。ですが、もう少し早くいらっしゃる事を教えて頂ければ、相応のおもてなしが出来たというのに。どうでしょうか?今からでも、下のフロアのパーティーに」
「ああ、いい。いい。騒がしいのは苦手でね。普段国会で忙しい分、今日ぐらいは静かに誰かと語り合いたいのさ」
「そうでしたか。配慮が足らず、申し訳ありません」
「構わないよ。君と私の中じゃないか」
そう告げて、泉原臨時総理はグラスの中に残っていたワインを、一息に飲み干す。
「それはそうと、聞いたかね。例のスタンビートについて」
「はっ。あの、山間の集落近くで発生した件ですね」
「うむ」
ブリッツが空になった臨時総理のグラスに視線を向け、立ち上がる。
机の上にあったボトルを持ち、彼はやや慣れない仕草でお代わりを注いだ。
それに礼を言うでもなく、臨時総理はグラスに口をつける。
「アレにより、自衛隊員3名、警察官2名、派遣されていた県庁職員3名が死亡した。間引き要員がいないタイミングだったのが、彼らにとっての不運だよ。あるいは、魔物側がそれを狙った可能性もあるがね」
「恐ろしく、同時に痛ましい話です……」
「そうだね。現在、自衛隊と警察が対霊庁の要請により、全国のダンジョンを調査している。だが……まったく。無能な指揮官というものが、どれだけ厄介な敵かを痛感するよ」
力を籠めて、臨時総理がグラスを机に置いた。
室内に、硬い音が響く。
「対霊庁は、何も分かっていないよ。前々内閣が考えた古い方針にしがみつき、現状に合わせた判断が出来ていない。それを私が正してやろうと言うのに、脳みそが足りないせいで素直に首を縦に振らんのだ」
「おっしゃる通りです、先生」
「全国のダンジョンを全て管理する事は不可能!であれば、日本の中心である東京だけを守れば良い。広げるとしても、関東のみだろう。全てを救う事はできないのだ。であれば、トリアージの理念に従い守るべきモノを守るのに注力すべきなのだよ!」
「はっ!まさに、その通りでございます……!」
「ふぅぅ……!すまんな。ついつい、熱くなり過ぎてしまった」
「いいえ。先生のご心労のほど、お察し申し上げます」
泉原臨時総理は、自身を落ち着かせる様に再びワインをあおった。
「地方に選挙区を持つ者達の気持ちも分からんでもないのだがね。この国難においては、東京をノアの箱舟とすべきなのだよ。一箇所に力を集め、防衛を行いながら対抗策を考えるべき時だ」
「先生のお考えが、皆に伝わる事を、私も祈っております」
力強く頷くブリッツに気を良くしたのか、泉原臨時総理の鼻の孔が少し膨らむ。
「まったく。君の様に物わかりの良い者ばかりなら、私もここまで苦労しないのだがね」
「恐縮です」
「その上、君は優れた異能者でもある。例の一件。アレを解決したのも、結局現地にいた異能者達だそうじゃないか」
「はい。個人情報ですので、私の方には詳しい話が届いておりませんが……」
「後で、私が知り得る範囲の情報を渡そう」
もう一口、臨時総理がワインを飲む。
「優秀な番犬……異能者は、東京で飼われるべきだ。君の方から、こちらへ呼べないか試してくれ」
「承知いたしました」
「もっとも、例の異能者達の1人は、『ヴァルハラ』の誘いを断ったと聞く。上手くいくとは限らんがね。中途半端に賢しい獣というのは、これだから……」
「なんと。たしか……石山岩子でしたか。人格は兎も角、優れた異能者であると聞いておりましたが」
「顔立ちと体つきも中々に良い女だと聞く。まったく、勿体ない。アレが地方に埋もれてしまうとはな」
やれやれと、泉原臨時総理はグラスを机に置いた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。彼に合わせ、ブリッツもソファーから立ち上がった。
「用件は以上だ。後で、私の実家の方から必要な情報を送ろう」
「はっ。確か、先生の旧姓。『 岸(きし) 』様ですね」
「うむ。よろしく頼むよ」
「ええ。先生のご期待に応えられる様、粉骨砕身の努力で挑みましょう」
「はっはっは。先ほども言ったが、相手は脳に行くべき栄養が体に行っている残念な輩だ。無理はしてくれるなよ。特に、表立って法に触れる事はしないでくれ。私の周囲にも、最近雑音が多い」
「勿論です。決して、先生にはご迷惑をおかけしません」
直立不動で答えたブリッツに、泉原臨時総理は笑みを深めた。
そして、彼の肩を力強く叩く。金色の偉丈夫が、びくりと体を跳ねさせた。
「君は本当に素晴らしい。今後とも期待しているよ、ブリッツ君」
「はっ!光栄です、先生!」
ブリッツの手を取って固い握手をした後、泉原臨時総理は上機嫌で去っていった。
バタリ、と。扉が閉められてから10秒後。
「…………」
ブリッツの顔から、表情が抜け落ちる。
彼は大股で応接室の横にある部屋へと歩き始めた。その瞬間。
その肉体が、金色の炎に包まれる。
この世ならざる、超常の火。さながら太陽のごとき輝きを発しながら、彼は平然と足を動かす。
数秒ほどで炎が消えた時には、ブリッツが纏っていた衣服や靴は全て灰も残さず消えていた。
大理石の様な肌に火傷1つ残さず、床にも焦げ跡はついていない。
無表情で、呼吸すら止めて歩くブリッツ。彼は応接室の壁に取り付けられた扉の前に立つと、その右腕を軽く掲げる。
発せられた魔力に反応し、ガチャンと鍵の開く音がして扉が開いた。
その先にある部屋は、本物の大理石が使われた豪奢な内装をしている。まるで脱衣所の様に流しと鏡が設置され、部屋の左側にはタオルが用意されていた。
だが、どういうわけか鏡の横にこの部屋には似つかわしくないものが置かれている。
それに、大きな肉切り包丁に、ブリッツは慣れた様子で手を伸ばした。
彼は鏡の横にある台に、己の右腕を乗せた後。
一切の躊躇もなく、刃を振り下ろしたのである。
ダン、という、刀身に薄っすらと魔法文字が刻まれた肉切り包丁が台にぶつかる音。
飛び散った血を気にした様子もないブリッツの腕が、切断された箇所から新たに生えてくる。
床や壁を汚した赤色は、瞬く間に炎へと変わっていった。それらは引火する事もなく、空気に溶ける様にして消えていく。
ブリッツは同じ様に、次々と自身の体を切り落とし、再生させた。
10分ほど経ち、彼はようやくその部屋から出てくる。
「ふぅ……」
まるで入浴の直後の様に、ブリッツは満足気な声と共にバスローブ姿で応接室を歩く。
体にこびりついた『汚物』を取り除いたと考える彼にとっては、ある意味当然の状態なのかもしれない。
泉原臨時総理が座っていたソファーや、彼の使っていたグラスから露骨に距離を取るブリッツの耳に、ノック音が届く。
「どうした」
「マスター。S様がお見えになりました」
「分かった。通せ」
「はい」
扉を開けずに秘書とやり取りして、30秒後。
再びノックの音がして、相手が名乗るより先にブリッツが入室を許可する。
「失礼いたします」
入って来たのは、泉原臨時総理とはまた別の、平々凡々とした顔の男であった。
違うのは、彼が着ているスーツが一般的なサラリーマンが、多少奮発して購入するレベルの物である事と。
「やあ、よく来てくれた」
ブリッツの方から、まるで友人を出迎える様に両手で握手をしに行った事だろう。
その歓迎に、スーツの男性はやや驚くも、すぐに人当たりの良い笑みを浮かべた。
「申し訳ありません、ブリッツ代表。クランの方々とパーティーの最中に」
「いやいや。構わないとも。こちらこそ、こんな格好で済まないな。少々、汚れてしまっていたもので」
「突然押しかけたのは、私ですから。そんな」
「いいや」
がっしりと握手をし、満面の笑みを浮かべながら。
「私が君を呼んだんだよ。『佐藤』」
ブリッツは、そう告げた。