作品タイトル不明
第七十七話 それでも、きっと
第七十七話 それでも、きっと
耳を伏せ、歯を剥き出しにした青白い馬。炎の様に定まらない輪郭が、一際強く揺らめいた。
直後。その三肢で地面を蹴り、猛スピードで突撃を行う。
その加速を余す事なく乗せた槍を、たつみんさんの盾が受け止めた。轟音が鳴り響き、彼女の足元に小さなクレーターが出来る。
だが、揺らがない。間違いなくランスチャージの破壊力が減少している。
その間に、フルカスの左側へ。両手で握った剣を振りかぶるも、奴の馬が両の前足を勢いよく振り上げた。
後ろ足は片方しかないというのに、一切の躊躇もない動き。鉄槌の様に振り下ろされる蹄を、半歩下がって避ける。
砕かれた地面の破片が体にぶつかり一瞬怯んだ所へ、容赦なく槍が横薙ぎに振るわれた。
どうにか剣で受けるも、吹き飛ばされる。数メートル先に着地した頃には、フルカスとその馬は走り出していた。
自分達から距離を取り、左腕に魔力を集める魔神。それを見るなり、全力で杖の元へ走る。
詠唱もなく放たれる、幾百もの炎の礫。機関銃の様に放たれるそれらを、剣で切り払い、避け、脚力で振り切った。
そして、走りながら杖を掴む。
視界の端で、既にフルカスは再び愛馬を走らせていた。未だ、ヒットアンドアウェイを続ける気なのだろう。
足が減ってなお、機動力の差は大きい。
だが、それでも……!
「間合いさえ、詰めれば……!」
魔眼の予知によって狙いを定め、トリガーを絞る。
『スクロール:念力』
杖先から伸びる不可視の腕。それが、疾走する魔神の肩を掴んだ。
触覚で気づいたらしいフルカスが、即座に槍で腕を振り払おうとする。だがそれよりも一瞬早く、全力で自身を引っ張った。
足が宙を浮き、勢いよく怪物へと飛んでいく。空中で横回転し遠心力を乗せ、片手半剣を馬の首へ振り抜いた。
青白い体毛を掻き分けた刀身が、皮膚を裂いて肉を断つ。
だが、浅い。首が太すぎる上に、まるでワイヤーの束の様な硬さだ。
『ヒヒヒヒィィィン!!』
それでも、距離は詰められた。
馬の眼前に着地し、足裏で地面を削る。斬撃を浴びて足が鈍った所へ剣を振りかぶるが、それより先にフルカスの槍が繰り出された。
上からの振り下ろしを、剣の峰に杖を添えて受け止める。あまりの重さに全身の骨が軋み、地面が砕け膝近くまで足が埋められた。
「っ!」
激痛と衝撃に眩暈を起こしている間に、槍が引き戻され間髪容れずに胴を狙う突きが放たれる。
それをどうにか剣で受け流せば、続く横薙ぎで首が狙われた。咄嗟に、刀身を斜めに傾けて衝撃を逃がす。
攻防の間に冷静さを取り戻したのか、再び馬が走り出す。だが、逃がさない。
受け流しきれなかった衝撃でたたらを踏みながらも、スピンコックで次のスクロールを装填。今度は馬の尻尾を念力の腕で掴む。
思いっきり引っ張り、鞍の後ろへ着地。フルカスの首へ剣を横薙ぎに振るうも、革の籠手がこちらの手首を受け止めた。
直後に繰り出された肘鉄を蹴りで相殺し、お返しとばかりに魔神の首筋に左肘を振り下ろす。
『■■……!』
「はぁ!」
右手を振りかぶる様に引き戻しながら、柄を回転。逆手に持ち直し、再び首を狙う。
だが、その瞬間に馬が前足を振り上げた。バランスを崩した所へ、槍の石突が放たれる。
予知出来ても、回避が間に合わない。どうにか自分から後ろへ跳ぶも、直撃を受け腹にめり込む。
「がっ……!」
『く』の字に体を曲げて、馬から落とされる。どうにか腕で頭を庇いながら地面を転がれば、回転する視界にフルカスがこちらへ左腕を向ける姿が映った。
随分と、自分の方を警戒しているらしい。だが、忘れてはならない相手を、あの老騎士は失念している。
「がぁ」
気の抜けた、掛け声と共に。
「ぉお!」
フルカスの駆る馬の横腹へと、盾の淵が叩き込まれる。
この距離でも、肉が潰れ骨が折れる音がした。馬の口から真っ黒な血が溢れ、その巨体が吹き飛ばされる。
だが、倒れない。後ろ足の傷口からも血を流しながら、青白い馬は残された足で地面を踏みしめた。
そして、フルカスの槍が追撃しようと迫るたつみんさんへと突き出される。
彼女がそれを盾で受けたのとほぼ同時に、スピンコックから即座に魔法を発射。魔神の胸倉を不可視の腕で掴む。
赤い光の灯った眼窩が、自分を向いた。その時には、既に間合いを詰めている。
「おおっ!」
『ッ!』
逆手に握った剣を、怪物へ突き立てる。心臓を狙った切っ先は、間に刺しこまれた左前腕を貫いた。
骨にぶつかって軌道が逸れ、刃はフルカスの鎖骨を傷つける。そのまま腕を振り抜かれて投げ飛ばされる前に、柄から手を離した。
空中で体勢を整え、足裏から着地。その間に鞘の内側で片手半剣を再構築し、右手で抜剣。
突き刺さっていた方の剣が消え、怪物の左腕から盛大に血が噴き出す。
『■■■……!』
フルカスは手綱を口に咥え、右手の槍を振り回したつみんさんを追い払いながら転身。こちらへ再び突撃してくる。
大きく横へ跳んで避け、スピンコック。杖を魔神の背中へ向けるも、馬が軽やかに跳び上がった。
トンを上回るだろう巨体からは想像もできない跳躍力。蹄がジェットコースターのレールに着地し、疾走する。
「なにを……」
見る間に坂を駆け上がり、勢いのままフルカスは天高く跳び上がった。
そして、魔神は右手の槍を逆手に持ち替え、大きく体を捻る。
魔眼が、3秒後の未来を告げた。
赤く染まる世界を。
槍の穂先に膨大な魔力が瞬く間に集束し、太陽のごとき輝きを纏う。
「防御を!」
それだけ叫びながら、念力の腕をレールに伸ばす。
自分の足が地面から離れたのと、怪物が槍を投擲したのがほぼ同時。
ソニックブームを伴った槍が、大地へと着弾する。
穂先の内側に籠められた魔力が爆発し、一瞬で視界は炎と煙に包み込まれた。
「ぐぅ……!」
衝撃波で吹き飛ばされ、受け身も取れずに背中を何かにぶつけた。
音からして、金属の柱だと気づくより先に。硬い物の上に落下する。
「が、ぅぅ……!」
面頬が衝撃で砕けたのか、破片がレールの隙間から落ちていく。
そう、レールだ。自分は、ジェットコースターのレールの上に落ちたらしい。
思い出した様に、痛みが襲って来た。傷はもう治っているはずなのに、骨折と火傷の激痛が脳を貫く。
どうにか立ち上がり、両手の得物を握り直した。未だ黒煙の上がる広場に視線を向けた所で、足元に衝撃と、金属同士がぶつかった音がする。
顔を上に向ければ、レールの坂の上に、3本脚の馬が立っていた。それに跨る老騎士の魔神が、髑髏の顔を自分へ向けている。
怪物の右腕に、槍が再構築される。あちらもまた、魔力さえあれば得物は幾らでも用意出来るか。
しかし、明らかに体内の魔力量が減っている。先の一撃は、連発出来るものではないらしい。
ミサイルでも撃ち込まれた様な惨状を視界の端に入れながら、杖を回転させて、構える。フルカスもまた、槍を構えた。
馬の嘶きと共に、魔神が突撃を行う。
それに対し、真横に倒れ込む様にして宙に身を投げ出して回避。フルカスが駆け抜けた直後に先程までいた位置に不可視の腕を伸ばし、勢いよく自身を引き上げた。
ぐるりと横回転しながら、魔神の背後から斬りかかる。だが、読まれていたのか先にフルカスの槍が後ろへ放たれた。
横薙ぎに振るいながら、一瞬だけ奴の指が緩む。槍の間合いが延長され、穂先が首の位置に。
放とうとした斬撃を迎撃に切り替え、身を捻りながら柄を刀身で打ち上げる。
直後、走っていた馬が両の前足でレールを踏み砕きつつ、後ろ足を跳ね上げた。
どうにか左の籠手で蹄を受けるも、あまりの衝撃に吹き飛ばされ、背中から坂になっているレールに衝突する。
肺の中の空気が押し出されるのを感じながら、揺れる視界の中でフルカスとその馬が器用に反転する姿を捉えた。考えるより先に、斜め下のレールへと跳び下りる。
足裏で着地した直後に、魔眼が映した未来を回避する為に走った。背後で、金属が割れる甲高い音がする。
背後から繰り出された槍を幻視し、振り向き様に剣を振るって受け流した。しかし馬の体当たりを避けきれず、撥ね飛ばされる。
「がっ!?」
衝撃で吹き飛ばされ、宙を舞う。その際に、杖が左手から離れていった。遅れて、腕が折れたのだと理解する。
激痛で目の端に涙が浮かぶのを自覚しながら、地面へ落下する前にレールを再生した左手で掴んだ。
ぶら下がった状態の自分へ、容赦なく槍が突き出される。それを、片手で自身を投げ上げる事で回避。
槍の柄を蹴りつけて方向転換し、すれ違い様にフルカスの顔面へ剣を振るう。
しかし、魔神は首を巡らせて山羊の角で刃を受けた。硬質な音と火花が散り、空中にいる自分へ再び馬の後ろ足が狙いを定める。
2度も受けるかと、こちらからも蹴りを繰り出した。靴裏と蹄がぶつかり、巨大な鉄塊同士が衝突した様な音を上げて互いを弾く。
ズキリと、右足に痛みが走った。歯を食いしばって耐えながら、レールの上へ着地。
即座に再生した足で駆け出せば、下のレールをフルカスも走る。
この遊園地の目玉なのか、ジェットコースターのレールがやけに長い。だが、1本である以上必ずどこかで繋がっている。
自分を追い越したフルカスが、蹄を鳴らして眼前から迫っていた。
「くっ……!」
足を止め、剣を構える。
まずい。どうにか受け流して……!
「がぁぁ……」
「っ!」
背後から聞こえた声に、一も二もなく真上へ跳んだ。
逃げ場のない空中へ逃げた自分へ、一瞬だけ魔神の顔と穂先が追いかけてくる。だが、すぐに正面へと戻された。
それもそのはず。なんせ、奴の眼前には。
「おおおおおおおお!」
『氷の息吹』
氷の槍衾が、作り出されたのだから。
レールの上に生えた、即席の槍。鋭い先端が、一様にフルカスとその馬を向いている。
自らの突撃の勢いで串刺しになるまいと、魔神は口に咥えた手綱を引き愛馬を跳躍させた。
だが、先に跳んだ自分が今まさに、体を反転させて上のレール裏に足をつけている。
「しぃ……!」
下へ向かって、跳ぶ。重力を乗せた斬撃を、フルカスへと放った。
『■■ッ!』
槍による防御は、間に合わない。袈裟懸けの斬撃が、魔神を捉えた。
肉厚の刀身が心臓まで食い破った所で、半ばから折れる。勢いのまま地面へと落ち、転がるように着地した。
少し離れた所で響いた別の着地音を無視し、半分になった剣を捨てて走る。
間違いなく致命傷を与えた。それでも、きっと奴は止まらない。
落とした杖を拾い上げ、レバーを前へ動かす。しかし、既に弾切れとなっている事は知っていた。
開かれた空っぽの薬室に、1発のスクロールを籠める。そして、大地を駆ける蹄の音がする方へ、体を向けた。
『■■■■■■■■■──────ッッ!!』
手綱を離し、槍を振りかぶりながら突撃してくるフルカス。魔神馬共に雄叫びを上げ、疾走する姿に迷いはない。
それを、正面から眺めて杖を構える。
避ける必要はない。何故なら。
「がぁあおおおおおお!」
眼前に降って来た彼女が、盾を構えているのだから。
衝突。大気が激しく揺れ、周囲の地面を打ち砕いた。
それでもなお、鋼の背より後ろは傷つかない。精々が、鼓膜が破れかけた程度。
落ち着いて、冷静に。杖下部のスクロールを発動させながら。
「地獄で走ってろ」
引き金を、絞った。
放たれた、五条の光弾。それらは足を止められた老騎兵に直撃し、食い破る。
両腕が吹き飛び、頭が半分に削れ、胸と腹に風穴を開けた魔神。
フルカスは一瞬、落馬しかけるも、しかし両足でしっかりと鞍を挟んだ。
『ヒヒヒヒィィィ──────ンンッ!』
甲高い鳴き声を上げ、青白い馬が脇を駆け抜けていく。
振り返る必要もない。ただ、魔力の流れだけで分かる。
ソロモン72柱唯一の騎士は、馬上から降りる事なく果てたのだ。
「……はぁぁぁ」
瞬間、全身から力が抜けた。
立っていられずに、地面へと座り込む。舗装はすっかり消し飛んでしまった様で、剥き出しの土の上に尻を乗せた。
ガシャリという音をたてて、たつみんさんも片膝をつく。
どうやら、お互い魔力切れ寸前らしい。こちらはまだ体力的に余裕があるはずなのに、激しい頭痛と眩暈がして意識が朦朧としていた。
幾らスクロールは魔力消費が少ないとは言え、0ではない。『霊装』の再構築もあって、どうやら思った以上に魔力を消費した様だ。
「……生きていますか、たつみんさん」
「おかげさまで……がお」
彼女はそう答えた後、兜だけを部分解除した。
汗だくのたつみ……竜宮さんが、前髪で隠れた瞳で周囲を見回す。
「でも……」
「……それでも」
一瞬だけ瞳を潤ませた彼女が、何を言いかけたのかは分かる。
だが。
「生きていて、ください。まだ、死なないでください」
「…………」
「貴女がいなくなったら……きっと、皆悲しみますから」
数秒の沈黙の後。
再び竜宮さんが兜を被る。
「そこは……『僕が傍にいます』とか、言えないがおか?だからモテないがおよ?」
「言えませんよ。そこまで自惚れているつもりはありませんし……何より」
視線を、別の場所で昂っている魔力の方へ向ける。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
胴体を両断されたレッサーデーモンが落ちていく、止まったままの観覧車。
その頂上で、大鎌を掲げた自称魔界貴族が吠えている。
「本当に、皆頑張ったので。僕も、璃子先輩も、ロッソさんも、美由さんも」
「……そうがおねー」
「だからまあ」
念の為、杖に新しいマガジンを装填しながら、笑う。
「この遊園地が営業再開したら、全員特別待遇でおもてなしして下さいね?」
「…………へっ」
兜越しでも、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を彼女がしていると分かる。それが、何とも愉快だった。
確かに、たつみんさんの思い出は壊れてしまった。自分達が戦闘の最中に、破壊してしまった箇所もある。
それでも、きっと。
ご家族との思い出と、これからの思い出が詰まった遊園地を。彼女が開園すると信じている。
まあ、根拠なんて何にもないんだけど。
たつみんさんの兜の隙間から、ため息の音が聞こえる。
「……君って、キザなのか陰気なのか分からないがおねー」
「この流れで罵倒される事ってあります?」
流石にショックなのだが?え、酷くない?
「でも、余程の変人にしか好かれないって事だけは分かるがおー」
「なるほど、喧嘩を売っていますね?そうなんですね?泣き喚くぞこの野郎。仮にもマスコットが人を泣かせたという、悪評を広めてやる……!」
「色々と台無しだがおー。あと野郎じゃないがお。女の子がおー」
「女の子って……たしか、たつみんさんって成人済みですよね?」
「今、世界中の女の子に喧嘩を売ったがおね?」
そんな、バカな会話をしていれば。
モーター音と共に、灰色の巨人が走ってくる。その掌の上には、自称ギャルが満面の笑みで手を振っていた。
それを見て、肩から力を抜く。
未だ空の大半は暑い雲に覆われたままなれど。
その隙間から、日の光が大地を照らしていた。