作品タイトル不明
第七十六話 バカとアホと魔神
第七十六話 バカとアホと魔神
火だるまになった自分の姿を幻視し、ようやく体が動き出す。
「っ───!」
緩んでいた指から剣を落とし、代わりにたつみんさんの襟の様な装甲を掴む。そして、全力で横に跳んだ。
間一髪。自分達がいた場所を、深紅の炎が通り過ぎていく。地面の舗装はあの渦が近づいただけでドロリと融け、熱風が頬を撫でた。
一足で10メートルは距離を取ったというのに、常人であればこの距離でも火傷をするだろう熱量。恐怖以外の理由でも、ぶわりと汗が溢れ出る。
「たつみんさん!動けますか!」
「こう、た君……なんで……」
「立って、走って!」
掴んだままの右手に、『変若の水』を生成。鎧を伝い、彼女の首筋へかける。
瞬間、ビクリと肩を跳ねさせた後たつみんさんが立ち上がった。
同時に、フルカスもまた槍を引き絞っている。奴の乗る青白い馬が、蹄を鳴らした。
「異能が使えるのならそれで離脱を!魔力切れなら、どうにか足止めをします!その間に逃げ」
『ヒヒヒヒィィィィ──────ッッ!!』
「っ!」
響き渡る、馬の嘶き。フルカスの馬が棹立ちになったかと思えば、凄まじい勢いで突撃を開始する。
魔眼の動体視力で、ようやく捉えられる速度。たつみんさんを右へ突き飛ばしながら、自分は左側へ跳んだ。
猛スピードで自分達の間を通り過ぎる魔神が、ついでとばかりに槍を突き出してくる。馬の加速が乗った穂先が迫る中、どうにか体を傾けた。
鼓膜を轟音が揺らしたかと思った時には、宙を舞っていた。瞬く間に数十メートルを走破したフルカスを見下ろしながら、地面に落ちていく。
遅れて、激痛。胸の辺りに信じがたい痛みが走り、意識が闇に飲まれた。しかし、その直後に再びの痛みと衝撃で目を覚ます。
「がっ、ぁぁあ……!」
パニックになりながら跳び起き、怪物へと視線を向ける。その左腕は既にこちらへ向けられており、膨大な魔力が集束していた。
またあの炎がくる!
全力で右方向に疾走。背中に凄まじい熱を感じながら、近くの建物へ跳び込んだ。
罅の入った窓ガラスを割って入った先には、空っぽの棚が並ぶ空間。もしかしたら、お土産でも売っていたのかもしれない。壁に貼られた色褪せたポスターに、見覚えのあるシルエットが描かれている。
「はぁ……はぁ……!」
フルカスと視線が合った時とは反対に、心臓の音が大音量で聞こえた。
無意識に、自分の胸へ手が伸びる。籠手越しにぬるりとした感触が伝わり、胸当に段差が出来ている事に気づいた。
あの槍で引き裂かれ、心臓の近くを抉られたのだと、理解する。血の気が引くのを感じながら、震える手で杖を握った。
「くそっ……!」
考えなしにここまで来た事を後悔しながら、壁に張り付きつつ窓から外を見る。
そして、急接近するフルカスと視線がぶつかった。
「ちょっ」
咄嗟に、本来の出入口へ走る。怪物は鉄筋コンクリートの壁を粉砕し、屋内へ。空っぽの棚が弾き飛ばされ、横薙ぎの槍が背後から迫る。
魔眼が告げた未来に従い、走り出した勢いのまま前方へ身を投げ出した。強い風圧を感じながら、前転。右手で床を強く押し、空中へ体を押し上げる。
そのまま、杖を魔神へと向けた。
間髪容れずに発射。白く輝く光弾に、フルカスは淡々と槍を回転させる。紙を破る様に、穂先で天井や床を切り裂きながら柄が魔法を弾いた。
もはや驚く事もない。出入口のドアを体当たりで壊し、立ち止まる事なく外へ逃げる。
右手で杖の下部を握り、左手でコッキング。次のスクロールを装填した瞬間、背後から馬の駆ける音がした。
「こ、のっ」
体を、真横へ投げ出す。すぐ傍をフルカスが駆け抜け、槍が空を貫いた。
風圧で体が地面に押し付けられながらも、杖を敵に向ける。だが、既にその背中は遠い。猛スピードで疾走する騎兵は、鉄柵を蹴散らして距離をとり、旋回して再び自分を狙っていた。
「くそったれ……!」
悪態をつきながら、跳ね起きてこちらも走り出す。
まともにやって勝てる相手ではない。兎に角、逃げなければ。
「たつみんさん!今の内に逃げてください!入口に璃子先輩達がいます!一緒に!」
そう叫んでいる間に、再びフルカスが駆けてくる。だが、今度は右手の槍ではなく左手を構えていた。
奴の掌に、炎の球体が出現。それが、こちらへ向けられた。
回避しようと、両足に力を籠める。だが、射線上に鋼色の背中が割り込んできた。
放たれた炎の渦が、魔力の障壁に止められる。彼女の左右へ流れていく炎に巻き込まれまいと、咄嗟にその背中に隠れた。
炎が止んだ瞬間、熱せられた空気の中へ跳び込んで杖を魔神へ向ける。魔眼で予知した相手の移動ルートに光弾を『置く』が、またも槍で弾かれた。
この距離では当てられない。防がれる。
コッキングで次のスクロールを装填し、庇ってくれた人物を一瞥した。
「たつみんさん、防御ありがとうございます。ですが、ここは」
「ここは、『私』がやる」
「は?」
自分の声を遮り、たつみんさん……竜宮さんが、一歩前に出た。
こちらの様子を窺う様に、走りながら視線を向けてくるフルカス。それを、彼女は睨みつける。
「『具足』の異能があっても、アレは隙があるでしょう。逃げる時に、刺し殺されますよ……!」
空になったマガジンを弾く様に交換。効くか分からないが、『水弾』のスクロールが入ったマガジンを装填した。
『破魔』は、現在薬室にある1発と、ポーチ内に1発。他のスクロールに混ぜて使って、相手を警戒させられたら御の字と言った所か。
防いだという事は、奴にとっても『破魔』は有効なはず。後は、当たりさえすれば。
「いいや、その必要はない」
「何を」
「私は、逃げない」
一瞬、言っている意味が分からなかった。
撤退を、しない?それなのに、単独で残る?それは、つまり──────。
「……ざっけんな、このアホ!」
自分がそう叫んだのとほぼ同時に、悠然と駆けていたフルカスが手綱を引く。青白い馬の頭が、こちらを向いた。
また、突撃が来る……!
「下がっていろ!」
「あんたが下がってください!」
竜宮さんの後ろから飛び出し、横方向へ疾走。自分を追いかける様に手綱を操るフルカスに狙いをつけながら、杖下部のスクロールケースを右手の指で押した。
杖先に展開される魔法陣。そこを通り、光弾が5つに増え飛翔する。
それぞれが違う軌道を描きながら、獲物を狙う魔弾。相対速度もあり、フルカスへと文字通り瞬く間に肉薄した。
だと言うのに、かの魔神は、その愛馬は、信じられない動きを見せる。
鋭角に左右へ動いて1発目と2発目を避け、3発目を槍で弾き、4発目を跳躍で跳びこし。5発目をバレルロールで回避してみせたのだ。
「化け物が……!」
面頬の下で呟きながら、コッキングで『水弾』を装填。だが、それを撃つより先に槍の間合いとなる。
横から、自分達の間に竜宮さんが割って入った。彼女の盾が穂先を受け、激しい火花を散らし轟音を上げる。
衝撃を受けきれなかったのか、鎧に包まれた背中がこちらへ飛んできた。どうにか肩で受け止め、両足で踏ん張る。
「ぐっ……!」
「つぅ……」
駆け抜けていったフルカスを視線で追えば、奴は進路上にあったベンチを踏み砕き、構う事なく疾走。槍で地面を抉り、旋回を開始した。
「……私が時間を稼ぐ。だから、逃げろ」
「……死ぬ気ですか」
竜宮さんから離れながら、問いかける。
彼女は、答えなかった。
「おおおおおおおおおっ!」
咆哮を上げ、竜宮さんが駆けていく。全身を覆う鎧からは信じられない加速。だが、フルカスと比べては止まって見える。
真正面から駆けていく彼女に、魔神が顔を向けた。手綱を操り、馬の頭をそちらへ向ける。
衝突。再び槍と盾がぶつかり合い、竜宮さんが弾かれた。今度はどうにか踏ん張るも、反撃に出る前にフルカスは遥か遠くへ駆けている。
奴は、立ち止まって戦う気がないのだ。馬の機動力を生かし、徹底的にヒットアンドアウェイに徹するつもりなのだろう。
騎兵の戦術としては、基本中の基本。自分でも知っている程だ。それをやられては、竜宮さんに攻撃手段がない。強いて言うのなら、衝突時に上手くカウンターを入れるぐらいか。
『黄昏の具足』は、発動までに間がある上に相手は動き続けている。こういう場合では、使いどころが難しい。
竜宮さんも、そんな事は分かっているはずだ。それなのに、戦闘を続行する気なのだろう。
彼女とフルカスを視界に入れながら、大穴の開いた元お土産屋の陰に隠れた。魔物はやろうと思えば壁を透過してくるとは言え、視界を遮る事には意味がある。
またも、金属同士がぶつかる大きな音が聞こえて来た。
──────竜宮さんは、死ぬ気だ。
家族との思い出の地を守れないぐらいなら、この遊園地を枕に人生を終える気なのだろう。自暴自棄としか言いようがないが、それも無理からぬ人生だったのかもしれない。それを判断する事は、第三者である自分には出来ないが……。
奇人変人とは思っていたが、彼女の心はきっと、もうとっくに限界だったのだ。それだけは、確信があった。
同情はする。しかし……心中に付き合う気はない。
傷は治っているはずなのに、胸が激しい痛みを訴える。あの一撃。もしも体を傾けるのが後半瞬遅れていれば、間違いなく心臓を抉られていた。
恐い。戦いたく、ない。死にたくない。
恐怖からか、気づけば手が震えていた。そんな自分を、情けないとは思えない。だって、これは当たり前の事なのだから。
死にたいのなら、1人で死んでくれ。彼女も逃げろと言っているのだ。璃子先輩達に事情を話し、撤退しよう。
そう、思うのだが。
『アタイに残された思い出は……ここしか、なくなったがお』
『両親の顔を、思い出せません。育ててくれた祖母の声を、思い出せません。私は……』
「……ちくしょう」
どうして自分は、屋根の上に飛び乗っているのだろうか。
己をバカだバカだとは思っていたが、ここまでとは。その上ここまでチョロい男だと、笑えてくる。
片膝をつきながらマガジンを外し、コッキングで薬室から『水弾』のスクロールを排出。それをマガジン内に戻し、1発の『地面操作』を排莢口から籠める。
『念力』のマガジンを装填し、射撃体勢を取った。
我ながら、愚かとしか言いようがない。深呼吸をしながら、鞘の内側に剣を再構築。
何だか、ムカついてきた。なぜ、自分があのアホと、くそったれな魔物の為にこうも悩まねばならないのだ。
ここにもう1人バカがいると、知らしめてやろう。この行動は、きっと合理的とは言えない事だろうが。
やったら絶対、スカッとする。
『スクロール:魔法拡大』
『スクロール:地面操作』
杖先を通った深緑色の光が、5つに増えて飛んでいく。
またもすれ違い様に竜宮さんを蹴散らしたフルカスに、当てる必要はない。ただ、その足元を撃てば良いのだ。
魔神の顔がこちらを向き、迎撃の為に槍が振るわれる。だが、その間合いより僅かに外側で魔法が発動した。
散々蹄で踏み荒らされ舗装が剥がれかけている地面が、割れる。
瞬く間に、足場がその形を変えた。ある箇所は石の杭が跳び出し、ある箇所は大穴が開き、ある箇所は泥沼となって上に立つ者の足を絡めとる。
およそ、馬を走らせるには相応しくない地形。即席の槍衾と堀が現れた事で、青白い馬は嘶きを上げながら停止する。
バランスを崩したフルカスは、槍を地面に突き立てる事で転落を防いだ。髑髏の様な顔面でこちらを睨む怪物が、左手を向けてくる。
呪文すらなく、放たれる獄炎の渦。それに対し、1歩目で加速、2歩目で屋根を蹴って跳躍した。
同時に、コッキングしてスクロールを装填。『念力の腕』を衝突によって転がっている竜宮さんの肩に伸ばした。
自分自身を引っ張る事で、炎を回避。皮膚を炙られながら、勢いのままアホの背中に蹴りをかます。
「のあっ!?」
「今のでアホな言動をこれで許してあげます。このアホ。二度と言うなよ、アホ」
一瞬バランスを崩した竜宮さんが、すぐさまこちらに振り返る。
「ふざけているのか、お前は!こんな時に!」
「来るぞアホ!防げ!」
「こっの!」
『ヒヒヒヒィィィィィィンン!!』
突き出した石の槍を蹴散らし、堀を跳び越えて、フルカスは突撃を敢行する。
だが、その速度は先程までより僅かに遅い。彼女なら、止められる。
そんな確信を胸に、杖を投げ捨てる様に手放し、剣を抜いた。腰だめに刃を構える自分の目の前で、凄まじい轟音と共に騎兵の突撃を盾が受ける。
竜宮さんの背が、大きく揺れた。しかし、倒れない。
槍が一瞬だけたわみ、衝撃を逃がす様にフルカスが腕を振りながら駆け抜けていこうとする。
逃がしは、しない。
「しぃ……!」
両手で柄を握った状態で、片手半剣を振るう。チャンスは、きっと1回だけ。
狙うは馬の後ろ足。未来視によって軌道を読み、遠ざかろうとする青白い左後ろ足へ、刀身を合わせた。
瞬間、凄まじい衝撃が両腕を襲う。耐えきれず柄から手が離れ、それでもなお背中が地面に叩きつけられた。
「がっ……!」
ゴロゴロと地面を転がりながら、馬の絶叫を聞く。
四肢を使ってどうにか回転を止め、体を起こした。顔を上げれば、そこには。
『ブルルル……!』
左後ろ足が皮だけで繋がっている状態の青白い馬が、どす黒い血で地面を汚していた。一拍置いて、足は繋がる事なく自重によって千切れ落ちる。
愛馬のその姿に、フルカスがこちらを睨みつけた気がした。眼球はなくとも、表情がなくとも、分かる。槍を握る奴の手から、ギチリと音が鳴った。それが、いやに大きく聞こえる。
……やばい。滅茶苦茶怒らせた。
恐怖で顔が引きつるも、幸い面頬で隠れている。立ち上がり、再構築した剣を鞘から抜いた。
「言いたい事は沢山あります。でも今は、勝って帰りますよ。竜宮さん」
きっと、自分の声は震えてしまっている。我ながら情けないったらない。
ノリと勢いでやらかしてから、後悔するまでの早い事ったら。鬼の角から流れてくる脳内麻薬のせいにしたいが、自分本来の気質な様な気がして言い訳も出来ない。
だから、今度も勢いで言い切る。
「一緒に、闘ってください」
「……せめて、もっと凛とした声で言え が(・) お(・) 」
気の抜けた声が、返ってくる。
そして、隣からガシャリと、鎧の音がした。
「こういう時、きちんと格好つけられたらきっとモテるがおよ」
「勘弁してください。これで精一杯なんです」
自分達の、そんなやり取りを遮る様に。
『■■■■■■■■■──────ッッ!!』
フルカスの雄叫びが、大気を揺らす。
衝撃波さえ伴ったそれに、手足が恐怖で震えそうになった。柄を握る両手に力を籠めて、どうにか耐える。
足を1本失おうと、未だ威風堂々たる立ち姿の青白い馬。鼻息荒く、戦意に満ちた瞳をこちらへ向けている。それに跨る老騎士の魔神もまた、右手に槍を、左手に炎を構えていた。
分かり易い、ゴングなどなく。
第二ラウンドが、幕を開けた。