作品タイトル不明
第七十四話 千客万来とは言えず
第七十四話 千客万来とは言えず
「───山岡さん」
予想外の連続で頭は熱を持ち始めているのに、自分の声はやけに落ち着いたものだった。
背負っていたリュックからスクロールが入ったポーチを取り出し、それ以外の荷物は車内に投げ込む。そして、運転席の山岡さんに視線を向けた。
「すみません。荷物を預かっておいてください。それと、村の人達へ避難の呼びかけを」
「ついでに、一応警察や救急車にも連絡お願いしまーす」
「吾輩の荷物も頼んだ」
そう言って、璃子先輩とロッソさんも荷物を車の中に置く。
美由さんは、既に無言でライフル型の杖に取り付けたスコープで現場を眺めていた。
「君達は……」
「大丈夫です。気にしないでください」
山岡さんの声を遮って、頷く。
それに、彼も頷いてくれた。
扉を閉めると、車が走り出す。猛スピードで村へと向かっていく山岡さんを見送り、『霊装』を展開した。
「皆さん、良いんですか?」
「今更それ聞くー?そいつは野暮天ぶち上げだぜオタク君」
「左様。愚問と言う他あるまい」
璃子先輩が扇子を広げて口元を隠し、ロッソさんが大鎌を担ぐ。その顔は、どちらも笑っていた。
一応美由さんの方に視線を向ければ、彼女も『霊装』を纏っている。
確かに、無用な質問だった。すぐに美由さんから視線を外し、ホルスターから杖を抜いて薬室とマガジンを確認。腰の後ろへ戻す。
「で、班分けはどうします?」
「そうだねー。あーしとオタク君でたつみんの所へ。ロッソんと美由っちで村の防衛に」
『いいえ、全員で行きましょう。村の中へ入られるより、その前に迎えうった方が効率的です』
スピーカー越しの声に、視線をそちらへ向ける。
そこには、鋼の巨人……『ケニング』がいた。左手にタワーシールド、右手に警棒を装備している。
「え、何でここにケニングが……」
『家を空けている間に、空き巣や公安に発見されては困るので。念の為、例の魔道具を使い持ち歩いていました』
「なる、ほど……」
最近は色々と物騒だし、美由さんの家は田舎でもかなり大きい方だ。空き巣が狙う可能性は十分に考えられる。
そうでなくとも、公安が自分達を探っているのだ。驚きはしたが、彼女の言う事は尤もである。
「何にせよ、不幸中の幸いだ。美由よ。貴殿も戦力に数えさせてもらうぞ」
『了解』
ロッソさんの言う通りだ。ケニングがあるのなら、百人力と言って良い。
2人のやり取りに小さく頷いた後、深呼吸を1回。思考を、戦闘時のソレに切り替える。
額当の穴から伸びる角が、ズグリと脈打つのを感じた。脳内麻薬が溢れ出し、四肢に力が漲っていくのを自覚する。
恐怖が、少しだけ薄れた気がした。それでも、未だ恐い。きっと、この感情は『正しい』ものだ。
自分達がこれからやるのは、愚行と言う他ない。災害時に民間人がやる事ではないだろう。
だが、うちのクランに道理を説く方がバカな行為だ。常識なんぞ、知ったこっちゃない。
一時のテンションでやらかすのが、 自分達(アルフ) なのである。
「行きましょう」
全力で、地面を蹴った。自分の右斜め後ろをロッソさんが続き、左側をケニングが走る。
足を動かす邪魔にならない様、腰の鞘に手を当てて押さえた。面頬の下で冷や汗を流しながら、声を張り上げる。
「誰か、13番目のダンジョンについて詳しく聞いている人は!」
「危険って事しか聞いてない!」
「同じく!」
『出現する魔物の名前は聞いていませんが、『破魔』のスクロールが有効とたつみんさんが洩らしていました』
「分かった……!」
あまり持ち歩かないタイプのスクロールだが、無いわけでなない。何より、確か美由さんには満遍なくスクロールを渡してある。最悪、彼女から幾つか貰うか。
取りあえず、足を動かしながらマガジンを交換。薬室にも『破魔』のスクロールを装填した。
そのまま、あちこちが罅割れ、凹んでいる道路を疾走する。すっかり暗雲が空を覆い、今にも泣き出しそうな天気であった。
田んぼに張られた水もあってか、冷えた風が頬を撫でる。道路の左右で伸びた雑草が、ガサガサと音をたてた。
空気に、まだ血の臭いは混ざっていない。だから、間に合う。間に合う、はず。
走り出して、何分が経っただろうか。景色の流れていく速度から、自分達の脚力は高速を走る乗用車並みのはず。
それでも、じれったい。遮二無二足を動かす。
遂に、寂れた遊園地が見えて来た。後数キロ、右腰のスクロールケースを指で押す。
『身体強化』
「先行します。何かあれば援護を」
『了解』
一気に加速し、ゲート前へ。走ってきた勢いのまま跳躍し、平たく長い屋根ごと跳び越える。
着地先は、水のない噴水がある広場。硬い地面を足裏で削りながら勢いを殺し、剣を抜いて周囲に視線を巡らせた。
一見して、ランドの中に変化はない。
しかし、流れている魔力の流れから『敵』の位置を把握する。
「そこっ……!」
振り返りながら杖を引き抜き、魔力の反応があった場所へ魔法を放った。眩い白の閃光が飛翔する。
『GY……!』
だが、避けられた。メリーゴーランドの陰に隠れていた怪物が、姿を現す。
全身を覆う、深紅の肌。人に似た骨格をしており、背丈は2メートル前後。筋骨隆々とした体つきに、鋭く伸びた爪。
黒くねじれた山羊の角が側頭部から生え、その顔面は髑髏の様に目も鼻もない。肉がそぎ落とされ、眼球もなく、鼻腔と歯が剥き出しであった。
空っぽの眼窩に、ぼんやりと赤い光が灯っている。
「『レッサーデーモン』……!」
『GYGY……!』
軋むような笑い声を上げる、化け物。
悪魔と呼ばれる魔物達の中では、下位の存在。されど、その危険度はズメウに匹敵。あるいは上回るとされている。
腰を落としたレッサーデーモンの隣に、また別のレッサーデーモンが姿を現した。
ぞろぞろと、あちこちから悪魔達が歩み出てくる。一様に同じ姿で、一様にこちらを嘲笑いながら。
数を数えるのもバカらしい。よくもまあ、これだけの数が溢れ出したものだ。千客万来と言いたい所だが、客と呼ぶにはマナーが悪すぎる。
しかし、警戒すべきは数だけではあるまい。
『封鎖所』の機能として、ゲートから魔物が出現した瞬間にその部屋を封鎖する結界が展開。警報が鳴り、封鎖所の職員は各所へ通報をしながら建物外へ出て、外部から建物自体を結界で完全に閉鎖するとされている。
それが、破られた。余程の火力か、魔法への見識を持つか。あるいは両方を持っている。
今更ながら、尻尾を巻いて逃げたくなってきた。まあ、もう遅いわけだけど。
『GYGYGY……!』
「すぅ……」
息を、大きく吸い込む。
そして、面頬の下で吠えた。
「敵、レッサーデーモン多数!交戦を開始します!」
『GYAGYAGYAGYAGYA!』
仲間に届くかどうか、ものは試しと発した大声。それを合図に、レッサーデーモン達が襲い掛かる。
スピンコックで次のスクロールを装填し、こちらも剣を振りかぶって走り出した。
『GYッ!』
「どけぇ!」
未来予知で突き出された爪を避け、袈裟懸けに正面の個体を切り裂く。
真っ黒な血を浴びながら、前進。文字通り切り開いた道へと駆ける。そのまま、後続のもう1体の腕を刎ね、返す刀で首を両断。ステップで横からの爪を避け、顔面へ光弾を叩き込んだ。
絶叫を上げるその個体を無視し、膝を畳んで背後からの腕を回避。両足を伸ばしながら、剣を振るって腕の主を逆袈裟に切り捨てる。
「しぃ……!」
『GAAAAAAッ!』
嘲笑が消え、怪物どもの雄叫びが響き渡る。
正面から突き出された腕を跳んで避け、その個体の頭を踏み台に更に跳躍。
コーヒーカップのアトラクションの屋根へと着地すれば、追いかけてきたレッサーデーモンどもが再び包囲してきた。
そこへ、盛大なモーター音が轟く。
灰色の巨体がゲートの屋根を跳び越え、轟音と共に着地。地面を削り取りながら、数体のレッサーデーモンを轢き殺す。
その掌の上で、璃子先輩が扇子を振り下ろすのと、周囲の怪物どもが雷撃に打たれたのがほぼ同時。
更には大鎌を携えたロッソさんが、彼女らとはまた別の位置に着地しながら3つの赤い首を斬り飛ばす。
それらを目視で確認しながら、左から突き出された悪魔の腕を杖で受け流し、右から組み付きに来た個体を横回転で回避。その背中を切りつけ、スピンコックでスクロールを装填した。
『GGGGGYYYY……!』
悪魔どもの唸り声を聞きながら、周囲を睨みつけ両手の得物を構える。
さてはて……あのマスコット殿はどこにいるのやら。
どちらにせよ、園内を走り回る事になる。多数の敵を相手に、いつまでも足を止める事は出来ない。
『GGGAAAAAAッ!』
今度は、レッサーデーモンが発した声を合図として。
色褪せた白い屋根を、蹴りつけた。