作品タイトル不明
第七十三話 理由
第七十三話 理由
「ここは……」
車が遊園地の前で止まり、たつみんさんを先頭に車から降りる。
外に出ると、宿を出た時より空気が湿気ている事に気づいた。空を見上げれば、少し遠くに黒い雲が見える。そう言えば、午後からは天気が崩れやすいと天気予報で言っていたか。
『山岡さん。ちょっと待っていてほしいがお』
運転席の彼が、たつみんさんの言葉に無言で頷く。その瞳には、労わりの念が浮かんでいた。
柔らかそうな青い背中が、ゆっくりとこちらへ振り返る。
やはり、着ぐるみに覆われたその顔から、表情を読み取る事なんて出来ない。
『じゃあ、ちょっと中に入ってみようがお』
「……はい」
てちてち、と足音がなりそうな歩き方でたつみんさんが入り口に向かう。
大きな屋根の下。いつの間に持っていたのか、彼女は入園ゲートを塞ぐジャバラ門の端に鍵を差し込んだ。
頻繁に出入りしているのか、すんなりとジャバラ門は横に動く。
だが、その先のゲートは随分と古ぼけて見えた。
埃が積もっているわけではない。ただ、あちこちに錆が浮き、欠けている箇所が目立つ。
たつみんさんの後に続いて園の中に入ったが、全くと言って良い程に人の気配がなかった。
虫や鳥の鳴き声が、時折聞こえてくるだけ。メリーゴーランドやコーヒーカップは停止したまま、ボロボロになっていた。向こうに見えるお化け屋敷の入り口は、看板の塗装が剥がれている。おどろおどろしさが増す代わりに、哀愁を感じた。
水の出ていない噴水の前に立ち、たつみんさんがこちらを向く。
『これが、アタイがアタイである事に……『たつみん』である事にこだわる理由がお』
文字通り張り付けた笑みの着ぐるみ姿で、彼女は語った。
『この遊園地は、昭和の頃にアタイのひいお祖父ちゃんが作ったらしいがお。その頃は林業が盛んで、従業員さんの家族も沢山村にいたから、このたつみんランドも繁盛していたって聞いたがお』
そう言えば、自分達が泊ったあの宿も元々は林業の会社が、従業員の慰安用に作ったものだったか。
山に囲われたこの村は、かつては非常に賑わっていたのかもしれない。
『でも、木材の需要はどんどん落ちていったがお。今じゃ、製紙工場と農業組合ぐらいしか、この村に残っていないがお。たつみんランドも、アタイのお祖父ちゃんの代で閉じちゃったがお』
「それは……」
『時代の流れってやつがお。しょうがない事だがお』
何かを言おうとして、しかし言葉が出てこなかった。
本当に、仕方ないと思っているのだとしたら。彼女はなぜ……。
『取り壊そうにも、廃材を運ぶ業者さんを呼ぶのも大変がお。税金とか色々かかるけど、残しておくしかなかったがお。正直、かなりお金で苦労したがおねー』
着ぐるみを揺らして、たつみんさんが笑う。
そのファンシーな見た目に反した、自嘲する様な笑いだった。
『でも、楽しい思い出もあったがお。この園を閉じる前に。アタイは一度だけ、家族で遊びに来たがお』
たつみんさんが、体ごと顔の向きを変える。
『あのお化け屋敷。恐くって泣くアタイを、両親は可愛いって言って笑っていたがお。当時はぶちギレた覚えがあるがお』
『あっちのメリーゴーランドでは、白馬のやつに乗ったがお。テンションが上がって鞍の上に立って、お母さんに危ないでしょって叱られたがお』
『ジェットコースターは、乗れなかったがおねー。当時は身長が足りなかったがお。地面に寝転んで、乗りたいってだだをこねたがおよ』
『その後に乗った観覧車で、今度は高くって恐いと泣いたらしいがお。ぶっちゃけその辺はよく覚えていないがお。お父さんが話を盛ったに違いないがお』
『あそこには前にポップコーン屋さんがあったがお。でも、ポップコーンじゃなくってチュロスの方を買った覚えがあるがお。今なら両方買うがおね』
そう、時計回りに体の向きを変えていった彼女が、再びこちらへ向き直る。
『何だかんだ、楽しかった思い出がお。でも、そのすぐ後にお祖父ちゃんが病気で亡くなって、沢山泣いたがお』
「…………」
『そこからは、まあ色々と大変だったがお。畑仕事は大変だし。遊園地の税金で貯金は碌に出来ないし。解体しようにも業者さんが呼べなかったし』
たつみんさんはそこまで言った後、僅かに視線を下げた。
『お父さんもお母さんも、畑だけじゃなく街の方でも沢山働いてくれたがお。村の外と内を往復して、一生懸命。アタイは……金子はきちんとした学校に行って、都会で綺麗な暮らしをしろって』
そして、彼女は顔を上げて。
『でも、村の外で遭遇した霊的災害で、2人とも死んでしまったがお』
淡々と、そう告げた。
『悪い事は続くもんがお。その年の大雨で家と畑が土砂崩れで、全部潰れて。両親の遺体に関しても、半分も見つからなかったがお。まあ、たぶん魔物のお腹で消化されちゃったがおね』
まるで、他人事の様にたつみんさんが……竜宮さんが、言葉を紡ぐ。
『家の中にあったアルバムや記録媒体も泥でダメになっちゃって、アタイに残された思い出は……ここしか、なくなったがお』
2年前。『回帰の日』から、半年後ぐらいの頃。日本のあちこちで、霊的災害が起きたのを聞いた事がある。
最初の1件や2件。そして都市部で起きた大きなものに関しては、家族と一緒にテレビを見ながら『恐いね』と言っていた。
だが、それ以外の霊的災害については……正直、覚えていない。その年に起きた、自然災害についても。
自分がとんでもなく薄情な奴に思えて、視線を地面に向ける。
『……以上が、アタイがこういう感じな理由がお!纏めちゃうと、逃避みたいなもんがおね!我ながらちっちぇ奴がお!』
ぽん、と。たつみんさんが両手を合わせる。
『ごめんがおね!もの凄く辛気臭い空気にしちゃって!隠しておく事でもないし、アタイの『コレ』について説明しなきゃとは思っていたがおから!』
「その……すみません。不躾に、貴女の事情を質問して」
『良いがお、良いがお。誰だって、こんなのがいたら疑問を持つものがお!それに、アタイ耕太君にはとっても期待しているがお!もの凄く、勝手なんだけど!』
「え……?」
彼女の言葉に、顔を上げる。
期待?自分に、なぜ……。
『もしも、魔力の籠った紙がこの村の工場で量産されたら……また、ここに活気が戻るんじゃないかって。そう思ったがお』
「あっ……」
『まあ、だいぶ一方的な期待だし、正直捕らぬ狸の皮算用がお!そもそも、税金とかその他諸々だけでも冒険者としての稼ぎほとんど飛んでいるがお。修理とか点検とか、どうにか出来る気しないがおー』
てちてちと、彼女がこちらに近づいてくる。
『申し訳ないがお。こんな事を話したら君は気にしちゃうって分かっていたのに……どう説明して良いか考えている内に、頭の中ごちゃごちゃになっていたがお』
「……いえ。謝らないでください」
『なら、これで御相子って事にしてほしいがお。がおがおー。そろそろ、雨が降ってきそうがお。もう、お家に帰るがおー』
フリフリと手を振って、遊園地から竜み……たつみんさんが、退園を促す。
その時、近くで水滴が地面に落ちる音を聞いた。
「えっぐ……おぐぅ……!」
ロッソさんが、号泣していた。
というか、顔から出るもん全部出していた。眼帯側の眼からも涙を流し、鼻からは鼻水が、口からはちょっとだけ涎も出ている。
非情に申し訳ないのだが、驚きでちょっとだけシリアスな空気が吹き飛んだ気がした。
『お、お顔が大惨事がお……!耕太君の性癖にフィットしちゃったがお……!』
「そんな性癖はねーのです」
「ごめっ……うぐ……!だい゛え゛ん゛、だった……なぁ……!」
『大変なのはロッソちゃんのお顔がお。ほら、アタイの胸で泣くがお。あやすのは得意……な、はずがお。たぶん』
「だづみ゛ん゛ん゛ん……!」
ひしと、ロッソさんがたつみんさんに抱き着く。
……涎とか鼻水が思いっきりくっつきそうだが、今指摘するのは野暮すぎるよな。
「思い出、ですか」
「美由さん?」
ぽつりと、隣から呟き声が聞こえる。
アメジスト色の瞳は、頑張ってロッソさんをあやすたつみんさんに向けられていた。
「私は……私の家族は、何を思っていたのでしょうか。何を、考えていたのでしょうか」
「…………」
「両親の顔を、思い出せません。育ててくれた祖母の声を、思い出せません。私は……」
立ち尽くす彼女に、璃子先輩がもたれかかる。突然の事で踏ん張れなかったのか、美由さんの肩がこちらの二の腕に押し付けられた。
「え、り、璃子先輩?」
「美由っち。深呼吸。そういう時は、深呼吸だよ」
いつになく優しい声で、璃子先輩が美由さんに語り掛ける。
「美由っちはさ。これまで、沢山頑張ったんだから……今は、ゆっくりして良いんだ」
「しかし」
「休むのも、仕事の内っしょ。体も心も、走り続けていたらすぐに倒れちゃうんだからさ」
「それは、そうかもしれませんが……」
「あーしは休むよ。重めの話を聞いて、疲れちゃった。肩を貸して、美由っち。オタク君も君に寄りかかるから、美由っちも力抜いて。丁度良く、支え合っちゃおう」
「……良い、のですか?」
そっと、美由さんがこちらを見上げてくる。
こういう時に、璃子先輩みたいに気の利いた事を言えない自分が恨めしい。そうしたら、友人の、仲間の助けになれるのに。
今自分が出来るのは、小さく頷いて。美由さんの手を握る……のは、恥ずかしくて出来なかったから。手の甲を、ピッタリとくっつけるだけだ。
「……ありがとう、ございます」
「んー。お礼は不要だぜー、美由っちー」
「そうですよ。その……友達、なんですし」
「はい……」
手の甲同士をくっつけていると、美由さんが人差し指を動かす。こちらの人差し指に絡みついて、少し力が籠められた。
痛くはない。少しヒンヤリとした彼女の指に、自分の熱が伝わっていくだけ。
それがどうにも気恥ずかしくて、こんな時なのに胸が高鳴ってしまう。本当に、節操がない。
動揺が伝わるのが嫌で離れようとするが、しかしそんな事をしたら2人とも倒れてしまいそうだ。
やむなく、為すがままとなる。
それから、どれぐらい経っただろうか。随分と黒い雲は近づいており、すっかり日光も隠れてしまった。昼間だと言うのに、薄暗い。
「……ずび……すまん。その、待たせた」
「いえ」
ロッソさんが復帰したタイミングで、美由さんの体がこちらから離れる。合わせて、璃子先輩も自分の足で立った。
絡めていた指が、解ける。それを名残惜しく感じてしまう己が、何だか嫌だった。
『元はと言えばアタイの伝え方が悪かったせいがお。ごめんがお』
「い……いえ。そんな事は」
たつみんさんの方に顔を向け、思わず言葉に詰まる。
涎と鼻水だろうか。青ベースの着ぐるみに、変な痕が幾つもついていた。
『……この件に関しては、同情してくれて良いがおよ』
「その……ドンマイです」
「着ぐる……遊園地のマスコットとしては、勲章だぜたつみん」
「クリーニングでどうにかなると良いですね」
「正直すまんかった。その、クリーニング代は出すので……」
『皆、ありがとうがお……』
たつみんランドに入った時よりも、数段哀愁の漂う背中で入り口ゲートへ向かうたつみんさん。
待っていてくれた山岡さんが、彼女の姿を二度見する。
そして、こちらに視線を向けると、苦笑と共に小さく頭を下げてきた。
彼のその瞳には、ほんの僅かな安堵と、多くの慈しみがあった気がする。
それに応えきれるとは思えないけれど、彼女の仲間として、自分達も会釈した。
『さ、早く乗るがおー。実はこのランドのすぐ近くに、例の13番目のダンジョンがあるがおー。大丈夫とは思うけど、おっかないがおよー』
「はい、そうですね」
雨もきそうだと、車に乗り込む。
帰りのバスに、間に合うだろうか。スマホを確認すれば、どうやらギリギリ大丈夫な事が分かる。
凹凸の激しい道路に揺られ、走って行く車。その中で、ロッソさんが拳を強く握る。
「必ずや、製紙工場を説得してみせよう。そして、この村に、否、たつみんランドに再び活気を取り戻すのだ……!吾輩、超がんばる……!」
『ありがとうがおー。でも、そんなに気負わなくて良いがおよ?』
「いえ。我々としても是非スクロール用の紙を量産したいので。私も、応援しています」
「だねー。まあ、あーしらも事情があんのよ。具体的に言うと、『歴史を変えてやろうぜ』って理由がね」
『それを言うのなら、時代を変える、か。歴史に名を遺す、がおー』
「なーはっはっは!そうとも言う!」
「あはは……」
思う所は多々あれど、魔力の籠った紙が量産出来たら、きっと色々と好転する。
……と、良いなぁ。そもそも、工場の機械でやったら『出来ませんでしたー!』ってなったらどうしよう。
あ、ちょっと胃が痛くなってきた。病気とは無縁の体なのだが、ズキリとする。
外でも眺めて気分転換を、と思うが、生憎の天気だ。雨こそまだ降っていないが、昼間とは思えない暗さである。
というか、遠くの方では雷も鳴っているのか。帰りの電車に、影響とか出ないと良いけど。
そんな会話をしていると、バス停に到着したらしい。車が、ガタリと停まる。
『時間は……大丈夫がおねー。じゃ、皆降りるがおー』
「ほーい」
「はい」
足の間に置いていたリュックを掴み、立ち上がる。たつみんさんに続いて降りる際に、山岡さんへお礼を言っておいた。
そして、罅の入ったアスファルトの地面に足をつける。
後続の為に車から少し距離をとって、コリをほぐす様に首を巡らせると。
「……は?」
遠くに、黒煙を捉える。
ぶわりと、全身から汗が噴き出た。猛烈なまでの嫌な予感が、神経を駆け巡る。
あの、方角は──────。
『うそ……』
着ぐるみから、くぐもった声が響く。
『うそ!』
「たつみんさん!落ち着いて……!」
『っ……!』
悲鳴の様な声と共に、たつみんさんが前傾姿勢を取った後。
大量の魔力を放出し、その場から掻き消えた。