作品タイトル不明
第七十二話 たつみんランド
第七十二話 たつみんランド
翌朝。
隣室からの声も12時を回る前には止んだ事もあり、熟睡は出来た。
彼女らが静かになる直前に『眠らない子にはお仕置きだがおー』という声と、カエルが潰れた様な声が2つ聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。
「すみません、朝食まで作ってもらって」
「良いって事よぉ!てか、オタク君も手伝ってくれたじゃん」
「いや、本当に手伝っただけですし」
今日の朝食は、ご飯、味噌汁、卵焼き、納豆、アジの開き、かつお節とほうれん草のおひたしである。
納豆にからしを入れて混ぜていると、隣で美由さんが二度見してきた。納豆に馴染みがないのだろう。
「美由っち。納豆苦手だったら残して良いからねー。パックのやつだから、保存きくし」
「いえ。テレビで非常に健康的な食べ物だと聞きました。頂きます……!」
霊的災害時ばりに、真剣な面持ちで美由さんが納豆のパックを開く。いや、爆弾処理じゃないんだから。
ちなみに、美由さんの正面の席に座るロッソさんは無言で納豆のパックをちょっとどけていた。納豆は苦手らしい。
自分は美味しく食べられる派なので、その心境はちょっと分からない。まあ、発酵食品って段階で向き不向きが大きいか。
「む……卵焼きが、しょっぱい?」
そのロッソさんが、不思議そうに呟いた。
彼女の言葉に、意味が分からず首を傾げる。
「卵焼きって塩味が普通では……?」
「え?」
「え?」
揃って疑問符を浮かべる自分達に、璃子先輩が苦笑する。
「あー、家庭で結構違うらしいね。卵焼きに塩を入れるか、砂糖を入れるか」
「マジですか。甘い卵焼きって、コンビニのお弁当だけじゃないんですね……」
「ちなみにあーしの家は朝ご飯の卵焼きは塩。でもお弁当を用意する場合は砂糖」
「そういう家もあるのか。しかし……塩味も悪くない。むしろ美味い」
「でっしょー?」
納豆をご飯にかけた後、自分も卵焼きを食べてみる。
同じしょっぱめの味付けだが、うちのとは違い出汁が効いている気がした。少し驚いたけど、美味しい。
そんなこんなで、朝食を食べ終わる。ちなみに美由さんは納豆に対し、『美味しいですね、これ』と1口目以降は普通に受け入れていた。
歯磨き等を終え、タオルを畳んでくれていたロッソさんと美由さんがリビングに戻ってくる。こちらも食器の片づけが終わり、合流した。
なお、洗濯ものはタオルのみである。昨日着ていた物は帰ってから洗う予定だ。だって、男女で泊まっているわけだし……。
うっかり干してある女性陣の下着を見てしまうなんてハプニングは、なかった。安心9割、残念な気持ち1割で席に着いた。
「うーし。そいじゃ、今日も午前中はダンジョンで。お昼をこっちで食べたら、バスと電車で帰るって感じで」
「分かりました」
「了解」
「うむ。製紙工場の方は、後日吾輩とたつみん殿で向かおう」
……ロッソさんで大丈夫かな、交渉役。
昨日とはまた別のゴスロリ衣装を纏った中二病に、若干の不安を感じた。というか、どこにしまっていたのそれ……。
だが、マスターが太鼓判を押したぐらいだし、きっと決める時は決めてくれるのだろう。数字にも詳しいって聞いたし。
少なくとも、未成年の自分や璃子先輩が行くよりは余程良い、か。
『アタイも異論はないがおー。あ、でも。帰りにちょっとだけ寄ってほしい所があるがおー』
「あーしはOKだよー。皆は?」
着ぐるみを纏ったたつみんさんの提案に、頷く。
恐らく、昨夜言っていた『理由』についてだ。断る理由はない。
他の面々も了承し、それぞれ準備を始める。
連日でダンジョンに行くのは初めてだが、これも良い経験だ。たつみんさんという頼れる先輩もいる事だし、胸を借りるつもりで行くとしよう。
* * *
そんなわけで2日目の午前中もダンジョンに潜ったのだが……ぶっちゃけ、語る事がない。
1日目の疲れもあるだろうからと、最後のダンジョンは比較的弱いモンスター……というか、『クレイジー・ボア』の間引きであった。
ただ突っ込んでくるだけの、大きめの猪である。非異能者だった頃や駆け出しの頃ならいざ知らず、今となっては作業と言わざるを得ない。
たつみんさんが正面から受け止めて骨を砕くか、美由さんがポーラを投げて止めた所を自分が斬り殺すか。それを、淡々と行うだけで終わった。
2時間の探索を終え、『封鎖所』へ帰還。一度、宿へ戻ってくる。
「ただいま戻りましたー……ん?」
玄関の扉に手をかけた所で、かすかに何かが燃える臭いがした。
不安に思って意識を集中すると、どうも屋内ではなく庭の方らしい。
「おーい、オタクくーん!美由っちー!たつみーん!こっちこっちー!」
璃子先輩の声に、荷物を背負ったまま庭の方へと向かう。
「うえーい!網はもう温まってきているぜーい!」
「フハハハハハ!祝祭の刻はきた!地獄の炎でもって、哀れなる生贄を火炙りとする!」
「おお……!」
思わず、感嘆の声がもれる。
庭では、璃子先輩とロッソさんがごつい机の上にバーベキュー用と思しきコンロと網を用意していた。地面には水のたっぷり入ったバケツもある。
すげぇ。何気に初めて生で見たかも。
「地獄……?生贄……?」
「美由さん。生贄って豚肉とか牛肉だから。気にしないで」
「なるほど。そう言えば、殺生や肉を食べると死後地獄に行くという文化が……」
「閻魔様も、その辺アップデートしてくれている事を祈ろう」
『そもそも、この辺だとお坊さんもお肉食べているがおー』
「へいへーい!時は金なりだぜブラザー&シスター!早く荷物を置いて手を洗ってくるんだなぁ!PONPON!」
「この世に無限など存在せず、有限だからこそ『有る』と知るが良い!さあ、疾く支度を済ませるのだ!」
「うっす!」
「……璃子先輩とロッソさん、何やらいつも以上にはしゃいでいる気がするのですが」
「それはしょうがない。何故なら、バーベキューだから……!」
「は、はあ……」
困惑する美由さんと一緒に、宿の中へ向かう。
彼女にはまだ分かるまい。ダンジョンの間引きだとか、製紙工場との交渉とか、色々と理由あっての1泊2日だったが……もう、実質合宿みたいなものだった。
その締めの料理がバーベキューとなれば、テンションがぶち上がるのは必然である。これではしゃがないとか、もう現代日本人じゃねぇぜ!
まあ、これが知らない相手とか。クラスの人達相手だと僕は隅っこで置物になる自信があるが。一刻も早く終わらねぇかなという祈りと共に、モソモソと野菜食っていると思う。
そんなわけで、荷物を置き手洗いうがいを済ませ、庭に戻って来た。たつみんさんも、着ぐるみを脱いでTシャツ姿である。
もう1個机を取り出し、そこにジュースの入ったペットボトルや、コップにお皿、箸を用意。そして、キッチンから大皿に載ったお肉を持ってくる。
ジュウジュウと肉の焼ける音が、庭に響いた。見た目はバーベキューというより、焼肉である。
「そいじゃ、たつみ、じゃなかった。カナっち。音頭を頼むぜい!」
「ふぇ、わ、私……?」
「然り。さあ、杯を握れ」
璃子先輩とロッソさんに促され、たつみんさんがジュースの入ったコップを持つ。
「え、えっと。こ、今回は、うちのダンジョンの間引きを手伝ってくださり、誠に、その、ありがとう……」
「硬いぜカナっち!」
「う、うー……そ、その!乾杯!」
「かんぱーい!うぇーい!」
「かんぱーい!」
コップを傾け、オレンジジュースを流し込む。6月という事で気温がかなり高い上に、近くに火もあってかなり暑い。それもあって、いつも以上に美味しく感じた。
「そいじゃ、焼けた端から食ってけ食ってけ!」
ケラケラと笑いながら、璃子先輩がそれぞれのお皿にトングでお肉を載っけていってくれる。
「あ、どうも」
「良いって事よ!なんせあーしは……オタクに優しいギャルだからな!」
……この場にいるの、別にオタクオンリーじゃないけど。
前に璃子先輩自身が言っていた『全てに優しいギャルではなく、オタクに優しいギャルに、あーしはなる!』という考えからはずれている様な。
まあ、別にいいかと考えていると、璃子先輩が突然こちらを勢いよく見てくる。
「貴様ぁ、さては『こんなの生きとし生けるもの全てに優しい、聖女系ギャルじゃん☆璃子先輩マジリスペクトっす!』と思ったなぁ」
「そこまでは思っていないし、貴女はギャルじゃないです」
「シャーラップ!君の考えは、甘い。甘々だぜ。チョコミントより甘い!」
「どうした璃子。突然歯磨き粉の話をして」
「後でお前も焼く」
「!?」
唐突な殺害予告にロッソさんが硬直するも、璃子先輩はドヤ顔のまま続けた。
「よーく考えたらさ……この場には、オタク君とオタクちゃんしかいない。つまり、優しくしてOKってわけよ」
「いや、それはどうかと」
「吾輩、今優しさとはかけ離れた事を言われた様な」
「ロッソさん」
「み、美由。美由もそう思うよな?」
「好きな人もいるだろう食べ物に対し、個人的な価値観で非食べ物と評するのはどうかと」
「まさに……正論……!」
哀れロッソさん。美由さんにぶつけられた正論に、撃沈。
竜宮さんに背中を撫でられている20代厨二を、璃子先輩が親指で示す。
「あそこで殺してやった方が慈悲になる思考の子は、いわずもがなオタクちゃんだ」
「そこまで……?チョコミントに対するあの評価は、そこまでのものだったか……?」
「そして、それを慰めているカナっちはたつみんオタクだ」
「あの……私にとってたつみんは生き様なので……オタクとは、違う……」
生き様までいくんだ。
「オタク君はオタク君」
「いや、だから僕はオタクじゃないです。そこまでサブカルに詳しくないんで」
「そして美由っちもまたオタクだ。ここは、実質あーしのハーレムだぜ……オタクに優しいだけで、別に恋愛関係とかにはならんがなぁ!」
「ある意味一番優しくないやつでは?それ」
「私もオタク、という人種なのですか?」
不思議そうに首を傾げる美由さんから、そっと顔を背ける。
いや。だって並行世界でやっていたソシャゲに対するはまり具合とか。僕にコスプレさせようとしてくるのとか。どう考えても『アナザー矢広耕太オタク』としか……。
出かかった言葉を、焼いてもらったお肉ごと飲み込もうとする。このままでは、冷めてしまうし。
「いただきます。……ん?」
そう思って口に入れたのだが、少し硬めのお肉である事に気づく。
スーパーのと比べて、随分と噛み応えがある豚肉だ。筋が多い、というより、『絞まっている』。
「なんかこのお肉……『肉食ってんなー』ってお肉ですね」
「それは当たり前なのでは?」
「いや、そうなんだけど。こう、ワイルド?というか。肉らしい肉というか」
何と説明して良いか分からない。少し困っていると、何やら璃子先輩がサムズアップしてくる。
「よくぞ言ったオタク君。なんと今回のお肉は……『猪肉』!なのさぁ!」
「え、そうなんですか?」
改めて、皿の上にあるお肉を見る。油で日の光を反射する姿は、普通の豚肉と遜色ない。
それに、不自然な臭いも特に感じなかった。
「猪のお肉って、臭みがあるって聞きますけど。これはそういうのないですね?」
「処理が良かったのと、畑を荒らしていた個体だったからだろうね。良いもん食っていたって事よ」
豊かな胸の下で、璃子先輩が頷く。
その視線が、竜宮さんの方に向けられた。
「ちなみに、仕留めたのはカナっちだよ」
「はえー……。竜宮さんって、猟師さんでもあるんですね」
「う、ん……銃は、あんまり使わないけど……」
そう言って、はにかみながらキュッと白く小さな手を握る竜宮さん。
彼女の拳を見て、『クレイジー・ボア』の間引き風景を思い出す。盾で突進を受け止めた後、衝撃で動けない魔物の頭をあの細腕で……。
うん。食事中に考える事じゃねぇわ。
「なるほど……それにしても、美味しいですね。このお肉。ジビエって初めて食べましたが、てっきり……」
「実際、当たり外れは、あるよ?仕留めた後の処理とか、解体の手際とか……あと、個体ごとに、差もあるから……」
竜宮さんの解説を聞きながら、舌鼓を打つ。玉ねぎや人参等の野菜も焼いて食べるが、やはりメインはお肉だ。
硬いと言っても、鍛えている異能者からしたら気になる程ではない。柔らかいお肉も好きだが、こういう歯応えがあるのも好きになってきた。
あと、やっぱり『猟師さんが獲った猪肉』というのが、男心をくすぐる。なんか……良いよね……。
そんなこんなで食事を終え、片付けも済ませた後。
「さて、と……名残惜しいけど、帰りの支度をしよっか!」
「はい」
帰宅の準備に取り掛かった。
と言っても、別に大量の荷物を持ち込んでいたわけではない。リュックを背負い、忘れ物がないか確認して部屋を出る。
そうして玄関で待っていると、女性陣と山岡さんの車が同時に来た。
「すみません。お願いします」
荷物を載せ、ニッコリと笑いかけてくれる山岡さんに、会釈する。
所々凹んでいる道路に、ガタゴトと揺れながら自分達を乗せた車が走り出した。
「いやー。楽しかったねー」
「うむ……吾輩、ちょっとパリピ達の気持ちが分かった……」
「僕もです……」
ロッソさんと、揃って何度も頷く。
もはや、これは僕らもパリピ。否、リア充の仲間入りをしたと言っても過言ではあるまい。
そうか……これが、『勝ち組』の景色か……。
「いや、別にパリピではなくない?」
「黙ってくれ、璃子よ……」
「ひたらせてください。お願いだから」
「お、おう……」
『若い子って、大変がおねー』
パリピなんだ。誰が何と言おうと、僕達はパリピ……リア充なんだ……!
学校に友達と言える相手がおらず、辛うじてそう呼べるかもしれない相手が、公安で自分を監視している疑惑のある虎毬さんだけだけど……!
アレだし。中身は兎も角見た目だけなら美女達と1泊2日したわけだから。もう、これは文句のつけようがないリア充……!
「耕太さんとロッソさんは、どうしたのですか?」
「あー、うん。昨日今日と楽しかったねってだけだよ。たぶん」
「なるほど。では、またここへ来ましょう」
『それはありがたいがおー。感謝がおー』
「ですがその前に、昨夜の罰ゲームを済ませなければ」
『罰ゲーム?ああ、負けたらコスプレってやつがおねー』
たつみんさんが、体を捻る。……いや、捻っているのか、アレは。着ぐるみなので分かり辛い。
『たつみんは小さな子供達の味方だから、健全な格好しかしちゃだめがおー。そこの所、分かってほしいがおー』
「安心してください。僕がリクエストするのは、ドジョウ掬いだけです」
『乙女に変顔させる趣味でもあるのか?がお……』
「いえ。まったく」
「ふっ……今回も絶対に回避してやる……!」
窓の外を眺めながら、璃子先輩が謎の決意をしている。
逃がさん、お前だけは……!
こちらもまた、その決意を固めた。なお、ジッとこちらを見つめてくる美由さんからは全力で視線を逸らす。
「逃がしません……必ず……」
聞こえない。何も、聞こえない……!
背中を伝う冷や汗を無視し、話題を変えようと視線を外へ向ける。すると、前方に大きな建物が見えて来た。
『あ、そろそろがおー』
たつみんさんが、いつもの気の抜けた声を出す。
『あれが、アタイがここで頑張る理由』
彼女の、着ぐるみに覆われた手が前方を指さした。
『たつみんランドがおー』
寂れてしまった遊園地が、そこにはあった。
動いていない観覧車や、レールだけがあるジェットコースター。人の気配が一切ないその場所へ、車が向かっていく。
カラスが、遠くで鳴いた気がした。