作品タイトル不明
第六十九話 迫る着ぐるみ
第六十九話 迫る着ぐるみ
昼食を取り、各々一休みした後。
自分達は再び、ダンジョンへと訪れていた。
『カカカカカカ……!』
笑い声に似た何かが、洞窟内に響いた。
光源は自分達が持ち込んだライトのみ。それに照らし出された影が、壁にて剣を振りかぶる。
一見すれば、スケルトンの亜種に見える存在。人に近い骨格ながら、皮膚も肉もなく骨が剥き出しとなっていた。
簡素な鎧を纏い、手には剣と盾を持っている。
だが、その頭部はスケルトンとは明らかに異なるものだった。
竜の頭蓋。首から下は人間に酷似しているが、頭のみが竜人のものとなっている。
『スパルトイ』
ギリシャ神話に伝わる、竜の牙から生まれた兵士達。伝承では皮膚も肉もある姿であったが……魔物化の影響か、生前からこうだったのか。それを確かめる術はない。
確かなのは、この魔物が殺意を持って自分に剣を振り上げている事のみ。
湿気た空気の流れる洞窟で、互いの白刃が火花を上げる。甲高い音と共に刀身がぶつかり合い、こちらの膂力が勝った。
スパルトイの剣が砕け、バランスが崩れる。それでも、骨の兵士は左手の盾を構えようとした。
だが、右袈裟に振るった剣の切っ先を翻し、ぐるりと回転させて今度は左袈裟に振るう。
盾が差し込まれるより先に、頭蓋骨を叩き割った。衝撃で吹き飛びながら、首から下の骨がバラバラに散らばる。
振り抜いた剣を引き戻し、構え直しながら視線を巡らせれば、数メートル隣でたつみんさんもスパルトイを倒した所であった。
彼女は盾を鈍器の様に振り回し、相手のガードごと打ち砕いている。まるで大型トラックにでも轢かれた様に吹き飛ばされたスパルトイが、壁にぶつかって砕け散った。
視界内にいる魔物達が全て黒い靄に変わったのを確認し、小さく息を吐く。
「周囲に敵はいない様です」
『がおがおー。お疲れがおー』
「お疲れ様です」
自分が倒した魔物の魔石を回収して、他2人と合流する。
後方の警戒といざという時の援護の用意をしていた美由さんが、ライフル型の杖に視線を落とす。
「私の出番は、なさそうですね」
『後ろを警戒してくれるだけで、ありがたいがおー』
ひらひらと、たつみんさんが手を振る。
午前中は比較的強い魔物のいるダンジョンだった事もあり、消耗した魔力の事も考えて午後は魔法や息吹なしでも処置できる魔物の出る場所へ来ていた。
改めて、ダンジョン内を見回す。
幅は12メートルから、14メートル程。天井は5メートル前後の洞窟。
岩を削った様な場所だが、サラマンダーのダンジョンと違い足場が随分と均されている。だが、中央が凹み、壁際の方が高くなっていた。
まるで、巨大な蛇が通って出来た様に思えて、どうにも不気味な場所だ。時折肌を撫でる湿気の強い風が、怪物の吐息なのではと、嫌な考えが頭に浮かぶ。
ボスモンスターには、遭遇したくないものだ。
たつみんさんの言葉に頷いた美由さんが、ブラックライトで周囲の壁を照らしていく。すると、すぐに青く光る文字を発見した。
「現在地は、『I-5』ですね」
『じゃあ、後10分ぐらいは直進がおー。3つ目の十字路で、左に曲がるがおー』
「了解」
「はい。……本当に、ダンジョンの地図を全部覚えているんですね」
こちらの言葉に、たつみんさんが鎧に覆われた胸を張った。
『当然がおー。アタイは週に4回はどこかのダンジョンに行っているがおー』
「それは……滅茶苦茶多いですね」
普通、ダンジョンに1回行ったら数日は休む。人によっては1週間開ける場合もあるとか。
異能を持っていようが、人間は人間である。2時間も洞窟の中を歩き回り、道中怪物と戦った疲労はそう簡単に抜けない。
自分達も結構ハイペースでダンジョンに行っている方なのだが、たつみんさんのはもはや異常だ。
『慣れたらそんなに疲れないがおー。付き合ってもらうメイちゃんや璃子ちゃんには、ちょっと申し訳ないがおけど……』
ソロで探索する事は禁止なので、最低でも2人でダンジョンへ入る事になっている。
璃子先輩は自分達と数日しかキャリアが変わらないので……ほぼ、犬吠埼さんが同行している事になるのか。
……え。あの人、奉仕欲満たす為に絹江さんの世話しながら、こっちにもそんな頻度で来ているの?
メイドさんって凄い。本人に言ったら、首を絞められそうだけど。
『偶にマスターも来てくれるけど、あの人も地元の守りで忙しいがおー』
「マスターも、ですか?」
『そうがおー。『アルフ』の周囲にあるダンジョンは、基本的にあの人が絹江ちゃんやメイちゃんを連れて間引きしてるがおー。スケルトンの霊的災害が起きたって聞いた時は、驚いたがおー』
「なるほど……」
マスターがなぜ冒険者をやっているのか疑問だったが、地域の為だったのか。あの人らしい。
「まあ、スケルトンのは、防ぎようがなかったと思うので……」
『そうがおねー。この辺も、気を付けなきゃがお。空き家も増えちゃったから、見回りも大変がおー……』
げんなりと肩を落としたたつみんさんだが、すぐに背筋をピンと伸ばす。
『さ、お話はこれぐらいにして、探索再開がおー。どんどん魔物を倒しちゃうがおー!』
「はい」
「了解」
頷きながら答え、剣を手に前進する。
ブーツ越しに硬い地面を踏みしめながら歩いて行くと、5分程でガシャガシャという足音を耳が捉えた。
「敵です。数は5……いえ、6体。前方十字路の右側から接近中。相手もこちらに気づいているかと」
「了解」
『OKがおー。耕太君の五感はとっても便利がおねー』
「恐縮です」
『数がちょっと多いがおね。美由ちゃん、開幕で減らしてもらっても良いがお?』
「了解」
自分とたつみんさんが左右へ距離を取り、その間を通す様に美由さんが杖を構える。
そこから10秒後。数メートル前方にある十字路から、6体のスパルトイが跳び出してきた。
『カカカッ!』
先頭の個体が、盾を構えながら突撃してこようとする。だが、それより先に5つの火球が敵集団に飛来した。
『スクロール:魔法拡大』
『スクロール:火弾』
先頭に3発、その斜め後ろに2発が命中。盾で受けられるも、スパルトイが持つ物では全身をカバーする事は出来ない。
『ガッ、カ……!』
燃え上がった仲間を無視し、残る4体が走ってくる。それに対し、自分とたつみんさんも前進。
2体ずつ受け持つ形になる。しかし、問題ない。
『カカカッ!』
「しぃ……!」
盾を構えながら突き出してくるスパルトイの突きを避けながら、相手の側面へと踏み込みつつこちらも剣を振るう。
肉厚の刀身が、吸い込まれるように怪物の右肘に直撃。関節を粉砕し、腕を落とした。
『カッ!』
もう1体が左から剣を振り下ろす未来を予知し、1歩下がって回避。そのまま返す刀で振るわれた刃を、刀身で受け止めた。
鍔迫り合いとなった瞬間、スパルトイがグイッと顔を近づけてくる。その顎が開かれ、ズラリと並んだ牙が迫った。
咄嗟に刀身同士が接触している箇所を支点に、振り子の様に柄頭を相手の顔面へ叩き込む。頭蓋骨に罅を入れながら仰け反ったスパルトイの顔面に、上段から剣を振り下ろす。
カァン、という小気味良い音と共に頭を叩き割ったのも束の間、隻腕のスパルトイが体当たりを仕掛けて来た。
盾を前に出しながら、こちらも顎を開いている。それを相手の右手側に避けながら、足を掬い上げる様に蹴りつけた。走って来た勢いもあって、骨の体が宙を浮く。
落下するより先に、延髄へと剣を振り下ろした。頭蓋骨と胴体が離れ、途端に骨同士の接続が切れてバラバラに地面へ落ちる。
壁を背にする様に、片足を軸に半回転。たつみんさん側と、炎を受けた2体を同時に視界へ入れた。
彼女の方は、問題ない。殴られたスパルトイが、天井にぶつかって粉砕されている。
火だるまになった2体の内、1体がまだ立っていた。全身が黒く染まっているが、剣を手にフラフラとこちらへ歩いて来ている。
『カッ……カカ……』
呻くように歯を鳴らしていたスパルトイだが、飛んできたポーラが首に巻き付く。両端の重りが回転した勢いで、ボキリと炭化していた骨がへし折れた。
全ての魔物が沈黙し、魔石だけ残して消える。魔眼で周囲を見回してから、面頬の下で小さく息を吐いた。
「周辺に敵なし。大丈夫そうです」
『おー。勝利がおー!』
「お疲れ様です」
「美由さんこそ、お疲れ様。たつみんさんも」
『がおがおー。皆の勝利がおー』
フリフリと手を振ってくるたつみんさんにこちらも手を軽く挙げ、その後に足元の魔石を回収していく。
しかし、『供給用スクロール』を使ってもきちんと『魔法拡大』が使えたのは安心した。一応実験はしていたけど、実戦では初めてである。
魔石を回収して、背筋を伸ばして顔を上げた。その瞬間。
眼前に、フルプレートアーマーがいた。
「ぃ……」
『びっくりがおー』
いやビックリしたのはこっちじゃい。
思わず悲鳴が出そうになった。暗い洞窟の中で、フルプレートアーマーが突然目の前にいるとか一種のホラーである。
「な、何ですか。いったい」
『耕太君、本当に冒険者になってから2カ月かがお?』
「それは、はい。そうですけど……」
『若い子の成長って、凄いがおねー……』
しみじみと頷くたつみんさんから、ちょっと距離を取る。
褒めてくれているのだろうが、見た目の圧が凄い。
『それに、あのスクロールも耕太君が作ったがお?アタイが前に講習で聞いたのより、便利がおねー』
「ど、どうも……」
『アレ、量産出来るかもって本当がおか?』
「恐らくは、ですが。実際にやってみないと確証はありませんけど、試してみる価値はあると思います」
工場に材料とレシピを持ち込んで、機械で潰した繊維でも大丈夫かチェックしてから、量産の流れとなる。
理論上は大丈夫な様に、『変若の水』の比率は調整してあるが、何事も実際にやってみないと分からないものだ。
『そうがおか……』
数秒の沈黙の後、たつみんさんの視線が兜のスリット越しにこちらを向いた。
『アタイも応援しているがお。約束通り、明日帰る前に工場の人を紹介するがお』
「ありがとうございます」
『お礼を言うのはこちらの方がお。ダンジョンの間引きを手伝ってもらって、凄く助かっているがお。あ、図々しいかもしれないがおが、量産したら』
「勿論、クランの仲間には配るつもりです。販売はダメなので、何らかの形で物々交換って事で」
『了解がおー。楽しみにしているがおー』
のしのしと、たつみんさんが歩き出す。
『そいじゃ、とっととこのダンジョンの間引きを終わらせるがおー。次の十字路で曲がるがおよー』
「はい」
「了解」
そうして、約2時間の探索は無事に終わりを迎えた。
* * *
「……………」
宿へ帰ってくると、璃子先輩がソファーの上で死んでいた。
「……お帰りこりん」
あ、生きてた。
「た、ただいま戻りました」
『璃子ちゃん、お疲れ様がおー!ロッソちゃんはどうがお?』
「部屋で、死んでた」
「死……!?」
「美由さん、落ち着いて。比喩だから」
すぐに駆け出そうとした美由さんを、手で制する。
うつぶせになっていた璃子先輩が、顔だけ上げてこちらを見た。
「あの子を起こさないでやってくれ。死ぬほど疲れているんだ」
「それ死んでいるやつじゃねぇか」
「そんな……ロッソさんが……!?」
「だから違うから。大丈夫だから。璃子先輩、そういう冗談は美由さんにはマジでやめてください」
「めんご。てか、元気ね君ら……たつみんは兎も角、オタク君と美由っちは何なの?サイボーグなの?」
げんなりとした顔で、璃子先輩が自分達を見比べてくる。
表情からして、その疲労は本物らしい。
「あ、僕は固有異能の関係上、滅多にスタミナ切れはしないので」
「体力の配分に気を付ければ、そこまで疲れませんので」
「マジかー……オタク君ずっる。そして美由っちは後でコツを教えて……」
「分かりました」
「……あ。『変若の水』飲めば体力回復するんでね?オタク君。君の体液いっちょプリーズ」
「『変若の血潮』って名前だからって、別に直接体液出しているわけじゃねーよ」
というか、これって疲労にも効くのだろうか。
害はないだろうし、物は試しとキッチンから持って来たコップに注いで璃子先輩に渡してみる。
「センキュー……あ、意外と美味しい。なんだろう、桃っぽい風味がある」
「そりゃどーも」
「……そしてあんま回復した気がしないんだけど。なぜに?」
「さあ?そもそも、治癒系の異能でスタミナまで戻るかどうかは、個人差が大きいって言いますし」
「んー。でも、さっきよりはマシになったよーな?」
「それ、思い込みでは……?」
「あーしにも分からん」
ソファーに座り直した璃子先輩に、小さく肩をすくめた直後。
気配を感じて振り返れば、超至近距離に着ぐるみがいた。
デジャヴゥ!
「……なん、ですか……?」
『耕太君の固有異能、『変若の血潮』って聞いたけど……それって農作物にも影響があるのか?あ、間違えた。あるのかがお?』
この人の喋り方、着ぐるみ無しと有りとキャラづくりでそれぞれ変わるな……。どれがたつみんさんの素なんだ、いったい。
「まあ、はい。植物を急成長させたりとか、出来ますけど」
『なるほど。で、味は?』
「わりと美味しく育ちます。まあ、野菜はミニトマトやキュウリとかでしか試してはいませんが」
瞬間、ガシリ……ではなく、ポムリと、着ぐるみの腕がこちらの肩を掴んできた。
『詳しく……詳しく聞かせてもらおうか。私は今、冷静さを欠こうとしている』
「ひぇ」
着ぐるみの浮かべた笑顔が、妙に恐い。もの凄い圧を感じる。
助けを求めようと璃子先輩へと、振り返ろうとした。
「おおっと。ちょっと早いけど、あーしお風呂の準備しとこーっと」
「璃子先輩?璃子先輩!?」
やろう、じゃない女郎!逃げやがった!?主に貴女が始めた物語ですけど!?
ええい、あの似非ギャルを当てにした自分がバカだった!美由さん!貴女だけが頼りです!
が、いない。いずこへ!?
あ、魔力の流れ的にたぶんロッソさんの所だわ。心配だったんだろーなー。仲間思いだなー。
ねえ。僕は仲間じゃないんですか……?真の仲間ではないと……?
「あ、あのー。出来ればもうちょっと離れて頂けると」
『大丈夫がお。痛い事はしないがお。ちょっと質問するだけがお』
「いや、その、顔が恐い……」
『アタイはいつも笑顔がお。恐がる必要はないがお』
父さん。母さん。お元気ですか?
僕は今、美女にとっても密着されています。でも、まったく嬉しくありません。
助けてください。
……あ、でもヒンヤリとした着ぐるみって意外と気持ちいい。