作品タイトル不明
第六十七話 竜宮金子
第六十七話 竜宮金子
約2時間半の探索を終え、『封鎖所』に帰還。更衣室で着替えを済ませ、外に出る。
討伐したサラマンダーは合計で42体。流石に疲れた。
しかし、霊格が今日だけで2段階上昇した感覚がある。何より、懐が温まるのが良い。
3人で割っても、1人につき14万。半分近くが保険料と税金で引かれるとしても、7万円は半日の収入として破格と言える。
……いや、まあ。報酬が変わらないなら、もっと弱い魔物が出るダンジョンに行く他の冒険者の気持ちが痛い程分かる半日でもあったけど。
『2人ともお疲れがおー。更衣室にいる時、璃子ちゃん達から連絡が来たがおー。先に宿で待っているそうだがおー』
燦々と降り注ぐ太陽光の下で、着ぐるみ姿のたつみんさんがそう言ってくる。
異能の応用であの状態でも体温は問題ないのだろうが、見ているこっちが暑くなってきそうだ。
「分かりました。じゃあ、僕らも帰りましょうか」
『がおがおー。2人とも体は大丈夫かがお?必要ならおんぶしていくがおー』
「あ、いえ。僕は問題ないです」
「私も体力、魔力ともに万全です」
軽く手を振って断る自分の横で、美由さんがピンと背筋を伸ばして敬礼しながら答える。この彼女の癖、久々に見たかもしれない。
その拍子に小さく揺れた大きなお胸から目を逸らし、3人で宿に向かう。
道中、特に目的もなく周囲を見回した。
本当に自然豊かな場所だと、畑や田んぼの向こうに見える山を眺める。青々とした木々が生え、時折風で葉を揺らしていた。
この暑さでも、カラスやサギが空を飛んでいる。農作物に被害を出さないのなら、穏やかな光景だ。
まあ、記憶の中にいるひいお祖母ちゃんが、鬼の形相でカラスを追い回していたけども。子供だった自分は、その姿に泣いてしまったのをよく覚えている。
今も生きていたら、法律とかバレなきゃセーフだから、魔法でカラスを撃ち落とせと言われたかもしれない。
そんな事を考えながら、更に視線を巡らせる。
よくよく見れば、放置されている田畑が多い気がした。雑草に覆われている田んぼだったと思しき場所もあれば、謎の木々に埋め尽くされた畑だった場所もある。
用水路や小屋が見えるので、かつては人が使っていたのだろうが……農業の人手不足、というやつだろうか。
「おんや、たつみちゃん。またダンジョンに行っていたのかい」
声のした方向を見れば、畑からの帰りなのだろう。お婆さんが鍬や鎌を載せた一輪車を押して、こちらに歩いてきていた。
日光から身を守る為なのだろうが、手甲や頭巾で肌を覆っている姿はとても暑そうである。
『そうがおよ~。 妙(たえ) さんもお疲れ様がおー』
フリフリと手を振って答えるたつみんさんの後ろで、小さく会釈しておく。
「あれまあ。精が出るねぇ。後ろの子達も、冒険者なのかい?」
『正解がおー。アタイと同じクランに所属している、耕太君と美由ちゃんがおー。2人とも、1泊2日でダンジョンの間引きをしてくれるがおー』
「そうなのかい。若いのに偉いねぇ」
「あ、いえ、その……ど、どうも」
「いえ。当然の事をしているだけです」
ちょっとどもってしまった自分とは反対に、美由さんが凛とした様子で答える。
その様子に、お婆さんはしわくちゃの顔にニッコリと笑みを浮かべた。
「そうかい。そうかい。ありがとうね。これからも、たつみちゃんをよろしくね」
「は、はい」
「分かりました」
『それより妙さん。熱中症には気を付けるがおよ?きちんと、水分と塩分は取っているがお?』
「アラレとお茶をお供にしているから、大丈夫だよ。あたしから見たら、たつみちゃんの方が倒れそうな格好だけどね」
心配そうに体を傾けるたつみんさんに、お婆さんはケラケラと笑う。
「皆、 山岡(やまおか) さんの宿に泊まっているのかい?だったら、後で野菜とお米届けようかね」
『それは大丈夫がおー。もう食材は運び込んであるがおー』
「そうかい?でも、お土産にでも」
『んー。皆、バスと電車で来ているから持って帰るのは大変がお。あ、でも、別の日に喫茶店へ送ってもらって、そこからなら大丈夫だと思うがおー。マスターには、アタイの方からお願いしておくがおよー』
「え、いえ、そんな、悪いですし……」
「良いんだよぉ。若いんだから、気にせずたくさん食べな」
『遠慮のし過ぎはダメがおよ、耕太君。ここは、ありがたく貰っておくがおー』
「あ、えっと……その、ありがとうございます」
「気にせんでいいよ。こちらこそ、ダンジョンの事、ありがとうね」
ニコニコと笑いながら、お婆さんが去っていく。
何というか、自分達が冒険者であると知っているだろうに、随分と友好的な人だった。
ダンジョンが多い地域や、地方だと異能者は大切に扱ってもらえると聞いた事があるが……本当だったらしい。
少し戸惑いながらも、宿に戻ってくる。
手洗いうがいを済ませ、荷物を部屋に置いた後リビングに行くと。
「ふっ……再会の 刻(とき) きたれり……か」
空調の効いた室内で、ゴスロリ姿のロッソさんが優雅にお茶を飲んでいた。
何か格好つけているけど、持っているのはどう見ても安物のガラスコップだし、机の上にあるポットから飲んでいるのも麦茶である。
「お疲れ様です、ロッソさん」
『お疲れがおー』
「貴殿らも無事な様で何より。ゆるりと、疲れを癒すがよい。今、璃子が食事の用意をしている」
「え、そうなんですか?じゃあ、手伝いに……」
「不要だそうだ。吾輩も、『高貴なるお方の手を煩わせるわけにはいかない』と言われて厨房から追い出されたゆえ、な」
……あ、さてはこの人戦力外通告くらったな。
25歳厨二の姿に、ちょっと悲しくなる。こうはならない様にしなくては。
「お待たせー。声で分かってはいたけど、オタク君達もいるねー」
「あ、璃子先輩。お疲れ様です」
「おつおつー」
お盆にそうめんとめんつゆを載せた璃子先輩がやってくる。
この宿、というか建物。キッチンとリビングが壁で隔てられているが、扉はない。自宅とも普通の宿とも違う空間に、少し戸惑ってしまう。
「お昼にしようぜー。手を洗ってきなー。あ、戻ってくる時に蒸した豚肉とサラダも持ってきてー」
「あ、分かりました」
「了解」
「む。では吾輩も運ぶのを手伝おう」
「ロッソんは座ってろ」
「いや吾輩も家で家事の手伝いぐらいしているのだが!?」
「うるせぇ。お前はあーしの目が黒い内は厨房に近づかせねぇ」
「貴殿の目はアッシュだろう!?」
「殺意で黒く染まる瞬間が見たいと?」
本当に何をしたんだ、ロッソさん。
真顔になっている璃子先輩から距離を取りつつ、キッチンの方へと向かう。
その途中で彼女の首がグリン、と方向転換し、美由さんと2人で肩をビクリと跳ねさせた。とても恐い。
「あ、そうそう。折角だし、たつみんも食べて行くっしょ?送ってくれた山岡さんも、5人分以上食材は用意していたって言っていたし」
山岡さん……ああ、運転手さんか。
そう言えば、この宿の管理って今彼がしていると聞いた様な、聞いていない様な。普段は山の方にいるらしいけど。
『お気になさらずがおー。アタイは家で食べるがおー』
「うーん。でもたつみん、午後もダンジョン行くっしょ。わざわざ別に食べるの効率悪くね?じゃあ一緒に食べようぜ!」
『気持ちだけ受け取っておくがおー!たつみんはたつみんハウスでドラゴンに相応しい食事をするがおー』
「……山岡さんとか、他の近所の人もたつみんがキチンと食べているか心配していたよ?効率優先とかしていない?大丈夫?」
『問題ないがおー!アタイはきちんと体調管理が出来る、大人のレディがおー!』
「たつみん」
『がお』
「食っていけ」
『……はい』
今日の璃子先輩は……強い!
この人、もしかしてアレか。他に纏め役とか、ブレーキ役とかがいる時はボケに回るが、自分がその立場になった時はキッチリやるタイプなのかもしれない。
よし。いざとなったらツッコミも任せよう!
あと、ナチュラルに纏め役から外されているロッソさん……もう逆に、この人がキッチンで何をしたのか気になってきた。
まあ、何はともあれ、今の璃子先輩に逆らうのは危険である。
言われた通りキッチンで手を洗った後、置いてあったお皿を運んだ。
机の上に、そうめんと豚肉を蒸したもの、サラダが並ぶ。それぞれに麦茶の入ったコップが配られ、お箸、めんつゆ、ゴマダレの入った小鉢が置かれた。
「全部璃子先輩が用意してくれたんですか?」
「そーだぜー。あーしの専門はナポリタンやケーキだけど、和食も作れないわけじゃないからねー」
ドヤ顔でダブルピースをする璃子先輩に、素直に感服する。
「時に、皆は知っているかな?」
あ、これはボケる時の顔だ。間違いない。
今は気を抜いて良いと判断したようだ。いっそ、自分もボケに回ってこの人を強制的にツッコミへ転向させてやろうか。
……ダメだ。『アルフ』の他メンバーみたいに、人としての尊厳を投げ捨てる度胸は………ない……!
「ナポリタンって……ナポリ、関係ないんだぜ……?」
「あっっっさ。知っていますよ、それぐらい」
「っ……本当、ですか……!?」
「知らない子いたわ」
目を見開き、冷や汗を流す美由さん。そこまで?ねえ、そこまで驚く事?
「そして……吾輩は、魔界貴族なんだぞ?」
「あ、はい。大丈夫でーす」
「適当過ぎないか若き鬼よ!?」
横から乗っかりボケがきたので、受け流しておく。
貴女のソレに、ナポリタンの話を聞いて驚愕する美由さん以上の破壊力はねぇのよ。
見てください。この『家族の仇と思い戦っていた相手が、実は父親だった』と知ったみたいな顔をしている人を。
……いや本当にそこまで驚く事かなぁ!?
────ガチャリ。
扉が開く音に、視線をそちらに向ける。そう言えばたつみんさんがいなかったし、こちらへ戻ってきたのだろう。
リビングへ入って来たのは。
「そ、その、お待たせしましたー……」
見慣れない、美女だった。
肩にかかるぐらいの黒髪は前髪が長く、目が隠れそうな程である。髪の隙間から、チラチラと紺色の瞳が覗いていた。
白く綺麗な肌に、薄い桜色の唇。華奢な体つきながら、薄い黄色のTシャツを大きなお胸が押し上げている。
気の弱そうな雰囲気に反し、黒い短パンからは大胆に白い太腿が露出していた。視覚からでも、もちっとした柔らかそうな足だ。それでいて、膝から下はきちんと細い。
乳カーテンによって丈が短くなっているのか、お腹がチラチラと見えてしまっていた。むっちりとした巨乳と安産型のお尻ながら、腰は少しだがくびれている。
え、誰なの。この一部の人間に対してもの凄い特攻を持った上で、大半の男に絶大な破壊力を発揮しそうな美女。
「うぇーい。たつみんよく来たねー。手を洗ったらお昼にしようぜい!」
うん、そんな気はした。
でも思考が追い付かない。嘘だろう、あの『妖怪着ぐるみ狂い』の中身が、この人だなんて……!
現実って、残酷だよね。
「わ、私はたつみんじゃなく、竜宮……です……!」
「あ、ごめん。んじゃあカナっちね!」
「はいぃ……」
竜宮金子さん。彼女の素顔が、ようやく判明した瞬間であった。