軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十六話 竜種の息吹

第六十六話 竜種の息吹

ゴツゴツとした岩の地面を、ゆっくりと進んでいく。

歩きながら、壁や天井との距離を確認した。入った時と、さほど変わっていない。一定とまでは言わないが、それでも自然に出来た洞窟とは違うのだろう。

高さは約4メートル。幅は12メートル前後。対霊庁の情報通り。剣を振るうには問題ない広さだが、足場が悪い。

地面の凹凸が激しく、周囲の警戒ばかりしていると転倒しそうになる程だ。盛り上がっている岩の間に、足をねじ込まないと歩けない場所もある。

ダンジョンは魔物の生前の住処が再現された場所らしいが、こんな所にここの魔物達は住んでいたのか。

そんな事を考えていると、魔力の流れが変わった事に気づく。

「敵が接近中。数は1体。前方、突き当りの右からです」

「了解」

『分かったがお~』

美由さんの杖の先に付けられたライトが、前方を遠くまで照らす。

自分達から約15メートル先にある、丁字路。その右手から、人工の明かりに負けない光が現れた。

暗い洞窟内で煌々と輝く、炎の塊。それは、トカゲに近いシルエットをしている。

しかし、体格はまったく違った。

馬程もある巨体。凹凸の激しい地面に吸い付く様な足は、丸太の様に太い。

首は胴体と同じ長さをもち、金色の瞳が自分達を見下ろしている。

全身を纏う炎が、その勢いを増した。

『サラマンダー』

錬金術における4大元素の1つにも数えられる、火の精霊。可燃性の魔力を帯びたこの怪物が歩いた場所には、マグマの様な高熱の足跡が残される。

ガパリ、と。サラマンダーの口が開かれた。人間など容易く丸飲みに出来る大口には、これまた燃え盛る牙がズラリと並んでいる。

奴の喉奥から、魔力がせり上がってくるのが分かった。

────その『攻撃』に、詠唱は必要ない。なぜなら、魔法ではないから。

『炎のブレス』

顎が開かれてから、たったの1秒後に灼熱の猛火が放たれる。

約15メートルの距離など関係ないと、深紅の奔流が自分達に迫った。届く前からその炎は大気を焼き、肌を炙る。

怪物が放った死の吐息に対し、たつみんさんが悠然と盾を構えた。

『効かないがおー』

盾の表面に、魔力の壁が現れる。彼女の異能、『魔力障壁』。

自分が作った『念力の盾』を容易く上回る魔力密度で築かれた壁が、迫りくる炎を左右へ押しのけた。

彼女の背後にてそれに耐える事、3秒。ブレスが途切れた瞬間、たつみんさんの背後から美由さんが僅かに体を出す。

そして、間髪容れずに魔法を発射。トリガーが引かれると共に、銃口の様な杖先から人の頭程もある水の塊が飛んでいった。

弾丸よりは遅いが、容易に躱せる速度でもない。『水弾』の魔法が、サラマンダーの左前脚の付け根に着弾する。

『グォ……!?』

水蒸気が上がると共に、怪物の口から苦悶の声が漏れ出た。

その隙に、たつみんさんが僅かに盾を下げる。

カシャンと、軽い音を立てて。兜の一部が触れてもいないのに開いた。竜の口元を彷彿とさせるデザインの下から、淡いピンク色の唇が現れる。

大きく息を吸った、直後。

「ふぅぅぅぅ……!」

『氷のブレス』

彼女の異能が、放たれる。

サラマンダーのそれとは、対をなす属性のブレス。背後にいる自分にまで、肌を刺す様な冷気が襲った。

熱せられた空気が急激に冷やされ、瞬く間にサラマンダーにまで氷の粒が混じった息吹が到達する。

怪物の全身を覆っていた炎が揺らめき、一回りは小さくなった。それだけではない。『水弾』を受けた箇所は、炎が完全に消え罅割れた黒い鱗が露わとなっている。

『ゴ、ォォオオオオオオオオ!?』

長い首をくねらせ、尻尾を盾の様に掲げながらサラマンダーが悲鳴を上げる。

再びカシャンという音をさせて兜を閉じたたつみんさんに代わり、前へ。

吐き出す息が白くなる程の空間を、一足で踏み越える。

瞬く間間合いを詰め、サラマンダーに肉薄。怪物も即座に右前足を振りかぶり、こちらの頭蓋を狙って来た。

だが、自分の方が速い。爪から逃れる様に奴の左前脚側に回り込みながら、首へと剣を振るう。

勢いの減った炎を掻き分け、肉厚な刀身がその下の鱗を叩き割った。勢いはそこで止まらず、肉を引き裂いて骨まで届く。

「おぉ……!」

硬い。が、斬れる。

柄を両手で握り、腰の捻りを加えて強引に剣を振り抜いた。骨を断ち、刀身に纏わりついた炎が血の様に飛散する。

首の3分の2が切り裂かれ、サラマンダーはぐらりとよろめいた後に倒れ伏した。

その全身を視界に入れながら、1歩引いて剣を構え直す。数秒して、怪物の全身から炎が消え黒い靄へと変わった。

地面に転がる魔石に、ほっと息を吐く。炎と氷のブレスの影響か、この位置だけ妙に空気が生ぬるい。

魔石を拾い上げ、たつみんさん達の所へ戻りながら周囲を見回す。

「お疲れ様です。他には、魔物はいなさそうです」

『おつかれがおー。やっぱり、他に強い子がいると楽がおー』

「お疲れ様です。皆さん、怪我は」

「僕は大丈夫」

『アタイも無傷がおー』

そう言って片手で盾を掲げるたつみんさんは、本当に元気そうだ。鉄をも溶かす……とまでは言わないが、常人なら丸焦げになる熱量を受けて、全くの無傷らしい。

異能有りとは言え、ちょっと人間やめていると思う。

「美由さんこそ、大丈夫?」

「はい。私も、杖の方も問題ありません」

美由さんが、答えながら杖に視線を向ける。

彼女はボルトを引き、空になったスクロールケースを取り出した。そして、左手の指に挟んでいた次のスクロールを装填する。

ボルトアクション式ライフル型の杖に入っていたスクロールケースを見て、たつみんさんが体ごと首を傾げた。

『聞いてはいたけど、耕太君のスクロール本当に小さいがおー。前に講習で見たやつの、何分の1がお?』

「あ、いえ。これは大きくしたやつというか、『2つ繋げたやつ』です。普段使うのは、こっちですよ」

『……はい?』

普通のスクロールを見せると、たつみんさんが素の声を漏らした。

『つなげ、る?え、出来るの?……出来るのがお?』

「普通のスクロールじゃ無理です。ただ、今回のは少し特殊でして」

今回美由さんが使っているスクロールケースには、前方部分に普通のスクロール。後方部分に魔力供給用スクロールが入っている。

接触すると勝手に魔力が流れてしまうので、2つの間にはバネが挟んである。ケースのお尻部分の中央には穴が開いており、そこを強く押すとバネが潰れてスクロール同士が霊木越しに接触する仕組みだ。

供給用の魔力が流れ込み、通常のスクロールが起動。魔法が発動する。

「────と、いう感じです」

『……うん。取りあえず、取りあえず理解はしたがお』

もの凄く何か言いたそうにしているのが、兜越しにも分かる。

仕組み自体は、そう複雑でもないのだが。

ちなみに。なぜこんな事をしているかと言えば、例の『魔力を途中で調整しなくても良いレシピ』が取りあえず再現出来たからに他ならない。

魔眼で確認したので、間違いないだろう。それに、言っては何だが美由さんは魔力量が自分や璃子先輩と比べてかなり少ない。その為、減ったかどうかがとても分かり易いのだ。

本当は非異能者に手伝ってほしい所だが、仕方がない。

紙の量産が成功した暁にはトイレットペーパー式で供給用は使う予定だが、別の形での運用データもあった方が良いと、彼女らとの話し合いで結論が出た。

だが、理由はもう1つある。

量産用のスクロール。『簡易版』の方だが……普通に発動すると、理論上通常の物と比べて出力が半分程しかない。

じゃあ、2個くっつければ良いんじゃね?と。小学生レベルのアイデアが自分の頭に浮かんだ。

簡単な分、スクロール内に『余剰』がある。ならば、そこに工程が複雑にならない範囲で、他スクロールとの『共鳴』も可能に出来たらなー、と。試したくなった。

スクロール2本分のケースを使った運用。大きさというか、長さが倍以上になってしまうので、あんまり使いづらい様ならこのプランもボツである。

その意図を込めて美由さんに視線を向ければ、彼女は小さく頷いた。どうやら、スクロールが大きくなった今もそこまで運用に支障はないらしい。

……だが、その際に彼女の首から下も視界に入る。

華奢な肩に、片方だけでも頭より大きな乳房。それを支えているとは思えない程細い腰に、肉感的な臀部と太腿。しかし膝から下に向かって細くなっていき、全体で見ればスラリと長い美脚。

それらが、ピッチリとしたボディスーツに包まれている。肌の露出がなくとも、体のラインは丸見えであった。しかも、胸や太腿周りがシースルーになっている。

金属製のヌーブラみたいな物がなければ、巨峰の先端まで見えていたのではないか。つい視線が、深く長い谷間に吸い寄せられそうになる。

「ふん!」

「!?」

咄嗟に己の額を殴り、正気に戻る。

危なかった。昔の偉人が放った、『オッパイの谷間を覗く時、我々もまたオッパイの谷間に覗かれているのだ』という名言が脳裏をよぎる。

あれ。何か違う気がする。まあ誤差だろう、たぶん。

「こ、耕太さん?どうしたのですか。まさか、精神支配系の魔法を……!」

「気にしないで、美由さん。敵は、己自身というだけだから」

「……?ゼンモンドウ、というものですか?」

『美由ちゃん。気にしちゃ駄目がお。男の子には、色々あるがお』

「色々とは?特定の性別に発動する異能が関係するのですか……?」

『ごめんがお。これ以上はアタイ、説明できないかお。この台詞だけでも解釈的に限界がお』

「は、はあ……?」

納得はしていない様だが、引き下がってはくれたらしい。美由さんは眉を寄せて首を傾げながらも、ライフル型の杖を握り直した。

いや、本当にすみません。

自分の脳みそがトラブル起こす等あったものの、探索を再開。サラマンダーが現れた丁字路を曲がり、更に進んでいく。

相変わらず足場が悪いが、1番歩きにくい格好のたつみんさんが最も安定した歩みを見せていた。

よほど、このダンジョンに通っているのだろう。その足取りに、迷いはない。

『次の曲がり角を、左がおかねー』

「あ、はい。それで合っています」

『OKがおー』

スマホの地図を見ながら答えた美由さんに、たつみんさんが体を前後に揺らした。恐らく、頷いたのだろう。

彼女の言う通り左へ曲がると、僅かに傾斜があり坂道となっていた。

暫く、真っ直ぐこの坂を進む事になるらしい。そこを上っている最中に、また魔力の流れが変わったのを感じ取る。

「前方に1体。こちらへ接近中です」

『了解がお~!』

坂の角度は浅いはずだが、凹凸のせいで本来より急に感じる。その状態でも、彼女はどっしりと盾を構えた。

数秒後、坂の上から1体のサラマンダーが現れる。

『ガァ!』

雄叫びと共に放たれる、炎のブレス。それをたつみんさんが受け止めた直後、背後でも魔力の流れが変わった事に気づく。

「っ!後ろからも1体、来ます!」

『そっちは2人に任せたがおー』

「了解!」

短く答えながら、後ろへ走る。

自分達が曲がって来た所から、のそりとサラマンダーが顔を出した。その口が、ガパリと開かれる。

発射には間に合わない。美由さんはギリギリ射程外のはずだが、自分は……!

「こ、のぉ!」

迫る炎に対し、斜め前に跳躍。通路を埋め尽くさんと荒れ狂うブレスだが、隙間がないわけではない。

空中で身を捻り、足から壁に衝突。そのまま蹴りつけて、ホルスターから杖を引き抜く。

装填しておいた、『水弾』を発射。飛翔した水の塊が、サラマンダーの顔面に直撃した。

『ゴォァ!?』

盛大な水蒸気と共に、怪物の顔から炎が消し飛ぶ。

サラマンダーにとっては、生皮を引っぺがしたに等しい一撃。着地して更に距離を詰めようとするも、魔眼が自分の転倒を告げる。

「くっ……!」

本当に足場が悪い!

地面の凹凸に足をとられかけるも、無理やり足を動かして転倒は回避する。

しかし、次の動き出しが一拍遅れた。ブレスの2発目が来る。魔法で妨害を……。

そう考えた直後、水の塊が耳をかすめてサラマンダーに飛んでいく。

美由さんが放ったのだろう一撃が、怪物の顔面に着弾。衝撃で首を仰け反らせたサラマンダーへ、駆ける。

その勢いのまま、剣を相手の頭に叩き込んだ。黒い鱗を砕き、下にある骨さえ肉厚の刃が食い破る。

だが、ここでも足場の悪さが災いした。踏み込みが浅い。刀身が脳に触れた所で止まる。

『ガ、ギ……!』

サラマンダーの金色の瞳がギラリと輝き、その右前足が持ち上がった。

だが、それがこちらの脇腹に届くよりも速く。

「ふん……!」

右腕で剣を押し込みながら、左手に持つ杖の銃床部分で峰を殴りつけた。

衝撃で刀身が加速し、一息に脳を叩き割って首の半ばまで切り裂く。未だ燃えている怪物の体を蹴りつけて、後退しながら片手半剣を引き抜いた。

引き裂かれた頭部を地面に打ち付ける様に、サラマンダーが倒れ伏す。杖をスピンコックさせて次のスクロールを装填しながら、壁を背にする様に右足を軸足に使いながら移動。

今しがた倒した個体が黒い靄に変わるのを視界に入れながら、坂の上へと視線を向ける。

ライフル型の杖を既にもう1体のいる方へと向けている美由さんの後ろ姿と、その先にいるたつみんさん。

そして、彼女の足元に転がる、頭を潰され痙攣しているサラマンダー。その巨体も、すぐに黒い靄へと変わっていった。

『耕太君達の方も終わったがおね。流石の手際がおー』

気の抜けた声で、たつみんさんが何事もなかった様に右手を軽く上げる。肩鎧が大きすぎて、腕があまり上がらないらしい。

あの鎧を着て、敵をこの短時間で倒したのか。

面頬の下で頬を引きつらせながら、会釈で答える。

流れ込んできた魔力と、霊格がまた1段階上がった感覚。サラマンダーは、決して雑魚ではない。

やっぱこの人、歴戦だわ。