軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 死闘の果て

第二十三話 死闘の果て

『ヴォオオオッ!』

迫る風の鉄槌を、ウールヴへジンは跳躍して回避する。

一瞬で10メートル以上を跳んだ怪物は、両手に大剣を構えこちらへと落下してきた。

それが届く直前で、右手で剣帯のスクロールを起動させる。

『スクロール:身体強化』

持ち込んだ補助魔法。その最後の1本。

限界以上の加速により、振り下ろされた大剣を寸前で横に避ける。大剣が轟音を上げながらアスファルトの地面を砕き、破片を散らした。

飛び退いた姿勢から、スピンコックしながら杖をウールヴへジンの側頭部に向ける。しかし、引き金を引くより先に未来が視えた。

「っ!」

『ヴアアアアアッ!』

逆袈裟に振るわれた大剣が、散弾の様に瓦礫を飛ばす。

咄嗟に目を庇った直後、全身に衝撃。鎧が火花を散らし、腿や脇腹に突き刺さった。

激痛で視界が歪む中、続いて視えた未来に対応する。

『ヴィィイイイイッ!』

「こ、のお!」

大上段からの斬撃に、剣を横からぶつける。甲高くも腹に響く音と共に、右腕へ信じられない激痛が走った。

それでも、振り抜く。相手の刃と自分の体を逆方向に押しやり、回避。すぐさま杖を向け、発射。

ウールヴへジンの顔面に魔法が直撃し、僅かに怪物の巨体が傾いた。だが、傷らしい傷は見えない。

『ヴハッ!』

「っ!」

迫る横薙ぎの一閃を屈んで避ければ、袈裟懸けの刃が迫る。それを、右前方へ転がる様にして回避。

起き上がると同時に、腰の捻りを使って右手の剣を突き出した。

刀身を寝かせた刺突は、しかし巨体に似合わぬ身軽さでひらりと避けられる。構わず、突き出した直後の刃を横へ振るった。

だが、それは相手の柄で受けられる。瞬間、切っ先の重さが増した。

柄で刀身が押え込まれる。咄嗟にウールヴへジンの足を蹴りつけ、剣を引き戻しながら距離を取った。

同時に、スピンコック。怪物に狙いを定める。

『ヴハハハッ……!』

何が楽しいと言うのか、ウールヴへジンの口は弧を描いていた。そのニヤケ面に魔法を放つも、獣の俊敏さで避けられる。

地面に伏せる程に背を丸めた怪物が、高速で駆けた。動体視力では追えない。未来を読む……!

胴を引き裂きにきた刃を、剣で受ける。衝撃でよろめきながら、通り過ぎた怪物が電柱を蹴って跳躍。回転しながらこちらの頭蓋を狙いにきた。

髪を数本切られながら、半身となり回避。大剣が胸当をかすめ、火花を散らす。

鉄板入りの靴底で剣の背を踏みつけ、ウールヴへジンの喉へと剣を振るった。しかし、体毛に覆われた腕がこちらの鍔を止める。

『ハッハッ!』

ガギリと開かれた顎。それがこちらの顔に迫るが、上体を限界まで後ろに傾けて避ける。そのまま倒れ込み、勢いで足を振り上げた。

膝を顎にあてて怪物の上体を起こさせながら、横回転。倒れる寸前で剣を振るい、ウールヴへジンの足へと片手半剣を振るった。

だが、引き戻された大剣が容易く刀身を受け止める。鋼のぶつかる音を聞きながら、自分は地に足をつけ、相手は機敏な動きで頭の位置を戻した。

『ヴヴヴヴ……!』

「しぃぃ……!」

息が熱い。互いの呼気が大気を白く染め、視線がぶつかる。

愉悦の浮かぶ狂戦士の瞳を睨みつけ、杖先を相手の鼻目掛けて突き出した。それを左掌で受け流されるも、剣を引きながら側面へ回り込もうとする。

駆けながら足を狙った斬撃だが、ウールヴへジンが右足を持ち上げた事で避けられた。その足が折りたたまれ、蹴りが放たれる。

回避が間に合わない。どうにか杖を間に差し込むも、へし折られて胸を蹴り抜かれた。

「ごっ……!?」

視界が急速に流れていく。遅れて、宙を舞っている事に気づいた。

だがその直後にアスファルトの地面に叩きつけられ、バウンド。魔眼が伝えてくる未来に、本能で剣を動かした。

空中で踏ん張りの効かない体勢で、追いかけて来たウールヴへジンの大剣を受ける。当然の様に、また別方向へと体が吹き飛ばされた。

電柱にぶつかった後、停められている車に背中から衝突。扉がひしゃげ、窓ガラスが肩にかかる。けたたましいアラームが、途切れかけた意識を叩き起こした。

既に、眼前へとウールヴへジンが迫っている。大上段からの刃を、横へ転がって避けた。乗用車の運転席が叩き割られるのを横目に、転がった勢いのまま立ち上がって剣を構えた。

「はぁ……はぁ……!」

全身が痛い。目の奥がバチバチと音を立てている様だった。

そんな自分を見据えて、アラームの止まった車を背に怪物は歩いてくる。雨に濡れてなおその体毛は逆立ち、ウールヴへジンの体躯をより大きく見せていた。

スピンコックで次弾を装填しようとして、レバーが動かない事に気づく。蹴りの衝撃で、故障したか。

杖を手放し、腰後ろのホルスターに再構築しようとする。だが、そんなものを怪物が待ってくれるわけがない。

猛攻が、再開される。

『ゥゥヴァハハハハハハハッ!』

哄笑の様な雄叫びを上げて、獣が駆ける。それに、自分も柄を両手で握り吠えた。

「うおおおおおおお!」

そうでなければ、飲み込まれる。

撤退は、出来ない。抗うしかないのだと、本能が告げている。

袈裟懸けの刃に刀身を合わせ、横へ押しやる様に受け流した。そのまま刀身同士を擦れさせながら、踏み込む。

獣の爪先を踏み砕かんとした踵が、避けられてアスファルトの地面を踏みしめた。だが構うものかと、剣を弾く。

相手が体勢を立て直すより先に、回転切り。ウールヴへジンはそれも刀身で防ぐが、構わずもう1回転。

『ヴァウ!』

同じ軌道で放たれた刃を、怪物は左掌で刃を受け止めた。硬い皮膚を引き裂いて骨にぶつかるも、そこで止まる。

太い五指が刀身をガッシリと掴み、引き寄せた。同時に、右手の柄がハンマーの様に振り上げられる。

それは、 視(・) え(・) て(・) いた。

両足を地面から放し、右足で思いっきり怪物の左手首を蹴る。続けて、左足で腹を蹴りながら剣を無理矢理引き戻した。

鮮血を散らして、ウールヴへジンの左小指が宙を舞う。短い悲鳴を上げながらも怪物は右腕を振り下ろし、柄頭がこちらの左肩を捉えた。

「が、ぐぅ……!」

地面に叩きつけられ、目の前で水飛沫とアスファルトの破片が舞った。

即座に横へゴロゴロと転がれば、自分がいた位置に大剣が振り下ろされる。爆発でも起きた様な轟音が響いた。パラパラと、破片が降ってくる。

片膝をつきながら顔を上げれば、ウールヴへジンは再生しない己の左掌を一瞥し。

『……ヴハ』

声を上げて、笑う。

狂っている。魔物に人の価値観を押し付けた所で意味はないのだろうが、それにしても生物としてネジが外れていた。

面頬の下で歯を食いしばり、ホルスターの中で杖の再構築が完了。だが、抜く余裕はない。

開けた道路にて、怪物が身を屈めた。片手で握る大剣を背に担ぎ、左手を地面に添える。

奴専用のクラウチングスタートとも言うべき構え。直後、濡れた鋼の剣が目の前に来ていた。

「っ!?」

剣で受ける事が出来たのは、半分は運だった。激しい鋼の音がした直後、押し込まれた刀身の峰が額当てにぶつかる。

衝撃で脳が揺さぶられながら、またも吹き飛ばされた。背中に衝撃。砕けたガラスが視界の端に移り、周囲に衣類が舞う。

古着屋と思しき店内。照明の消えたそこで、どうにか両の足裏で床を踏みしめた。

「う、っぅ……!」

額が焼ける様に熱い。額当もろとも額も割れたのか、右目に血が入り視界が狭まる。ほぼ同時に、ウールヴへジンが再び突っ込んできた。

「おおおお!」

『ヴハハハ!』

天井の照明を叩き割りながら振り下ろされた大剣を剣で弾けば、やはり衝撃でこちらの体が流される。

咄嗟に近くのコートを掴み、ウールヴへジンへと投げた。バサリと広がった布が、一瞬で両断される。

振り抜かれた刃の下を潜り抜け、怪物の脇腹を切り裂いた。だが、内臓に届いた感触がない。あまりに硬すぎる。

頭上から迫る左腕を、片足を軸に横回転して回避。勢いのまま首目掛けて剣を振るうも、相手の鍔に阻まれた。

直後に蹴りが放たれ、避けられる直撃を受ける。

胸当の端がひしゃげ、体内を衝撃が駆け抜けた。店内に並んだハンガーラックを倒しながら、床を転がった後カウンターの向こうに。

『ヴォォォオ!』

追いかけてきた怪物が、カウンターに足をかけ左腕を伸ばしてきた。それを避けながら、跳ね起きた勢いで眼球目掛けて刺突を放つ。

だが。

「っ!」

『───ヴヴ』

ガギリと、鋭い牙が刀身を咥えて受け止めた。

そのまま、硬質な音をたてて片手半剣が噛み砕かれる。いつの間にか刃こぼれだらけだった刃は、飴細工の様に半ばから失われた。

「なっ」

驚愕に声を上げる間もなく、横から大剣が迫る。壁を削りながら迫る死神の鎌へ、短くなった剣をどうにか合わせた。

受け身も取れず、転がった先。自動ドアの前へ転がった所へ、ゴルフでもする様に放たれた大剣が首へと迫る。

鍔でどうにか防ぐも、足は床を離れて背中から扉にぶつかった。ガラスに衝突し、一瞬だけ止まる。

『ヴオオオオオオッ!』

そこへ、全身でぶつかりにくるウールヴへジン。繰り出された突きを、両手で構えた剣の腹で受けた。

一度は自分を受け止めた自動ドアが突き破られ、道路へと押し出される。

水たまりを蹴散らして、両の足で体を支えながら外へ。突きを放った姿勢から、のんびりとこちらへ歩いてくる怪物を睨みつけた。

───勝てない。

どう斬りかかっても、首か胴を両断される未来だけが視える。回復したはずの、体に出来た傷が今も痛みを訴えていた。

それでも立っていられるのは、鬼の血のおかげだろう。だが、脳内麻薬にだって限界はある。本当に『狂う』程の量は、固有異能によって阻まれるのだから。

絶望に折れそうな膝を強引に働かせ、肩で息をしながら必死に思考を巡らせる。

『ヴゥゥゥフゥゥ……』

まるで極上の葉巻を吸っているかの様に、ウールヴへジンが雨の中で息を吸う。

半身になり、折れた剣を向けながら、後悔で鈍りそうな思考を戦いに向かせた。

死にたくない。死ねない。生きたい。

勝つ。勝たなければ、生き残れない……!

剣を持つ手が震える。怪物の攻撃の『起こり』を見逃すまいと、神経を限界まで尖らせた。

そして。

───ギャリギャリッ!

雨の音が僅かに緩んだ街に、地面を削る音がした。

「…………」

手の震えが、止まる。

同時に、ウールヴへジンがこちらへ斬りかかってきた。そこへ。

「らぁ!」

『ッ!?』

折れた剣を、放り投げる。

傷つく事も厭わず左腕で刃を殴り飛ばしたウールヴへジンが、大剣を片手で振り下ろしてきた。

それを飛び退いて避け、全力で走る。

怪物に背を向けて、ひたすらに。

『……ヴォオオオオオオッ!!』

怒りの咆哮が、背中を打ち据える。振り返らずとも、あの獣が憤怒の形相でこちらを睨みつけているのがわかった。

飛んでくる瓦礫。それを受けて、よろめきそうになりながらも足を動かした。

自分が両断される未来に、横へ跳んで回避。水たまりに跳び込んで転がり、道路わきに溜まった泥にまみれて走る。

眼前には、十字路。その先に避難所が見えていた。

全力で走る中で、道路に設置されたカーブミラーが剣を振りかぶったウールヴへジンの姿を映した。直後に、魔眼が未来を告げる。

「ぅ、おおお!」

陣羽織を翻して、前方へ身を投げ出す。

背中に強い衝撃。ビリビリと羽織を引き裂かれながら、吹き飛ばされて道路の上を転がる。

はたして、宙を舞うのは今日だけで何回目なのやら。頭の隅で、そんな下らない考えがよぎる。

だが、そんな暇はない。右手で大剣を振り上げたウールヴへジンが、こちらへ猛然と駆けているのだから。

『ヴオオオオオオオオッ!』

指を切り落とされても笑っていた獣が、激情のまま突っ込んでくる。

たとえ何があろうと自分だけは殺すと決めた、憤怒に染まった狂戦士。奴の全神経は、こちらに集中している事だろう。

あの鋭い五感と驚異的な身体能力が、たった1人の人間に向けられては、逃げる術などない。

だから。

「小鳥遊さん!」

あの獣の耳は、地面を削る車輪の音を聞き逃してくれた。

近くの民家のブロック塀を跳び越えて、鋼の巨体が跳び出す。

『ヴォ!?』

突如現れたケニングに、ウールヴへジンは即座に剣をそちらへ振るおうとした。

だが、コンマ数秒の差で、怪物の手首を鋼の腕が掴む。続けて、フックの様に放たれた左手の爪を丸太から削り出した右腕が受け止めた。

鉈の様な爪が食い込み、却って拘束を強める。

『ヴヴォオオオオッ!』

押し返そうとする怪物の雄叫びを、ケニングの足裏から発せられるローラー音がかき消した。

足元の地面を削り、火花を散らしながらウールヴへジンを止める鋼の巨人。

その拘束は、きっとあと何秒ももたない。ケニングの各所から、異音が発せられる。

『矢広さん!』

だが、その数秒があれば良い。

怪物と巨人がせめぎ合う中へと、杖を引き抜きながら跳び込んだ。

『ヴアアアアア!』

眼前に現れた自分に、ウールヴへジンがその牙を剥く。

こちらの頭を丸ごと飲み込みそうな口へと、両手で杖を突きだした。嘴のような杖先が、奴の上顎に突き刺さる。

「ぶっとべ……!」

コッキング。そして、発射。

風の魔弾が、肉を穿つ。鮮血が舞い、自分に降りかかった。

『ッ……!』

モーター音が激しく響き、背後から異音が増す。同時に、杖が怪物の牙で削られた。

それでも、レバーを動かす。

発射。コッキング。発射。

ひたすらに、魔法を放つ。魔力の底が、もうすぐそこまで来ている。だが、それより先に杖が限界を迎えるか、マガジンが空になるか。

しかし、勝機はここにしかない。最後の1発を、叩き込む。

そして。

怪物の頭から、赤い花が咲いた。

風の鉄槌が肉を貫き、脳を掻きまわして、頭蓋骨を貫通して空へと飛んでいく。

瞬間、ケニングがバランスを崩して尻もちをついた。拘束が解かれたウールヴへジンは、脱力した様に両腕をぶらりとさせた後。

『……ハァッ!』

その顔を、こちらに向けた。

『まだ……!?』

小鳥遊さんの、焦りの声が聞こえる。しかし、自分は動かなかった。

結果は、もう魔眼が告げている。

獣の顔を真正面から睨み返しながら、マガジンを交換した。

『…………ヴァウ』

牙が折れ、血まみれになった口で、ウールヴへジンは笑った。

血走ったその目で、自分達を眺める怪物の首に杖先を押し当てる。

「伏せ」

コッキングの後、魔弾を叩き込んだ。

仰向けに、怪物は倒れる。その巨体が黒い霧になっていくのを見て、自分も尻もちをついた。

ケニングの足の間に座り込み、盛大なため息をつく。

疲れた。そして恐かった。

色んな感情がない交ぜになり、立ち上がる気力もない。達成感に喜べば良いのか、最大の脅威が去った事に安堵すれば良いのか。

呆然と地面を眺めていると、左側に何か動く気配を感じる。

ノロノロとそちらを見れば、ケニングの左拳があった。

催促する様に、僅かに揺れる大きな拳。その意味を理解して、杖を手放してこちらも左腕を掲げる。

鋼の指と、籠手に包まれた拳がぶつかった。

『ナイスファイト。矢広さん』

「……ナイスガッツ、小鳥遊さん」

遠くから、ヘリの音がする。そして、サイレンの音も。

雨は、いつの間にか止んでいた。