軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十四話 もう1人の英雄は

第二十四話 もう1人の英雄は

あんなにも濃い色をしていた雲が、今は随分と薄くなっている。

淡い灰色の隙間から覗く、呆れる程に綺麗な青色。そこから降り注ぐ陽光に照らされて、水たまりが煌めいていた。

この美しい光景だけを切り取れば、先程までの出来事は白昼夢に思えてくる。

だが、口の中に広がる鉄の臭いと酸味。暫くは忘れる事が出来なさそうな人々の亡骸。

そして、眼前に転がる親指の先程の大きさをした魔石が、全て現実に起こった事なのだと告げていた。

遠くから響くヘリの音。そして、パトカーなのだろうサイレンの音。他の市や県から、自衛隊や警察の異能者達が救援に来てくれたのだ。

魔眼をチラリと向ければ、随分と離れた位置でヘリから誰かが飛び降りている。その顔に不敵な笑みを浮かべ、パラシュートもつけずに市街地へ落下しているのだ。

何とも、非現実的なものを見る日である。まあ、背後にSFじみた存在がいるのだから、今更だが。

「小鳥遊さん。取りあえず、移動しましょうか」

『はい。ケニングから降りる所を見られるのは、少々面倒かもしれません』

立ち上がって振り返れば、鋼の巨人が右足と左腕だけで体を起き上がらせていた。

木の杭の様な右腕は、肘から先が完全になくなっている。左足は膝の辺りから焦げた臭いを発しており、4割程切り裂かれてそこから千切れた配線やひしゃげたフレームが見えていた。

それでも、動けはするらしい。器用にも片足立ちの姿勢となり、ローラー音を響かせて近くの路地に隠れる。

だが、やはり限界の様で。ヘリや体育館から見えない位置に来るなり、左手を地面につき片膝の姿勢になった。

背中のハッチが開き、そこから小鳥遊さんがスルリと出てくる。

「……改めて、感謝します。矢広さん。貴方が来てくれなければ、避難所は崩壊していました」

「いや、僕はバカやってこっちに逃げてきたというか……というか、助けてもらったのはお互い様だし……」

真っ先に逃げ出した事もあって、気まずさから目を逸らす。

だが、そんな事気にしていない様に、小鳥遊さんは自分の前に立った。

「そして、謝罪を」

「え?いや、謝るべきは、こっちというか……」

「私は……無意識に、貴方を『矢広耕太』……私の世界の英雄と、同一視していたかもしれません」

「…………」

小鳥遊さんの言葉に、顔を上げる。

彼女のアメジスト色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。

「だから、改めて」

その右手が、こちらに差し出される。

「この時代において、『こういう時』はこうするのだと学習しました」

「……そうだね」

自分も、右手を差し出して、その手を握った。

グローブ越しでも、その華奢さがわかる指。およそ、戦士とは言えないその手の主が、8年間も戦い続けた兵士だとは思えない。

しかし、その奥にある熱が、彼女の覚悟を示している気がした。

「小鳥遊美由です。一緒に、戦ってください」

「矢広、耕太です。……努力はします。一応」

凛とした彼女の声に比べて、自分のなんと弱弱しい声か。

しかし、それが自分なのである。今回の一件で実感した。やはり、物語の英雄みたいにはなれない。

それでも、頑張ってはみよう。それで駄目なら、また逃げさせてもらうけど。

揃って、苦笑を浮かべた。何だか、初めて小鳥遊さんときちんと顔を合わせた様な、不思議な感覚だ。

しかし、すぐに彼女の目が見開かれる。

「あっ」

「え?」

「……すみません。早速ですが、もう一戦お願いします」

「えっ」

手を放し、彼女はケニングをアイテムボックスに収納。代わりに、リボルバー型の杖を取り出す。

「避難所の反対側を、別の異能者が防衛中でした。逆方向からライカンスロープの一団が迫っていたので、何も言わずにこちら側で戦っていたのですが……」

「マジかぁ……」

頬が引きつるのを自覚する。思わず口元に手をやって、面頬がない事に気づいた。いつの間にか、取れていたらしい。まあ、何回も吹き飛ばされていたのでそりゃそうか。

面頬と共に、片手半剣や杖を再構築。杖の排莢口を僅かに開き、スクロールが入っている事を確認する。

だが、戦闘に使えるスクロールは普段使わない『火弾』と『水弾』が6発ずつ。そもそも発動に必要な魔力が底をつきかけていた。

今の再構築に使った分も考えると、撃てて1発か2発……。

普通のライカンスロープが数体ならともかく、もしもウールヴへジンがもう1体いたら全力で逃げよう。

そう後ろ向きな決意をしながら、小鳥遊さんの方を見た。彼女も杖の確認が済んだ様で、こちらに頷いてくる。

水たまりを蹴散らしながら、体育館の反対側へと駆け出した。その異能者が、無事でいる事を祈って。

───しかし。

それは、叶わぬ願いだった。

周囲に転がる、大量の魔石。巨大な鎌で頭から股までを切られたライカンスロープが倒れるのと、1人の異能者が倒れたのがほぼ同時だった。

その光景を目にして、急いでその人物のもとへ駆ける。

「大丈夫ですか!?」

咄嗟に出た叫び声はそれだったが、頭の冷静な部分が『そんなわけないだろう』と告げている。

今倒れた人は、左手足がなくなっていた。首は半分以上がかじり取られ、倒れる瞬間に胸の前へと頭が垂れ下がるのが見えている。

誰が見ても致命傷。『変若の血潮』でも、死人は蘇らない。

目の前で起きた凄惨な死に様に、背筋を冷たい汗が伝っていく。それでも、奇跡を信じて駆け寄った。

たとえ虫の息でも生きてさえいれば、どんな怪我でも治せる。だから───。

瞬間、信じられないものを見た。

今しがた倒れた人物が、『両手』で地面に手をつき、上体を起こしたのだ。

「え……」

驚きに思わず立ち止まった自分の目の前で、その人物は……女性は自身の体を復元していく。

傷口から溢れた血が糸を編む様に動いていき、失われた足を生やしているのだ。

その現象は首でも発生しており、皮一枚で繋がっていた頭が元の位置に引き戻されていく。

まるで、人間がテディベアの様に直って……いいや、治っていくのだ。

本能的な恐怖に身を竦ませている間に、その人物は傷1つない状態で地面に座っている。

美しい、人だった。

肩にかかる程度の長さで切られた、淡い金髪。青白いとさえ言える程に白い肌はどこか神秘的であり、青い瞳も相まって西洋人形の様に感じる。

均整のとれた肢体を包むのは、深紅のマントに体のラインが出る黒い上着。灰色のパニエはミニ丈で、その美脚を惜しげもなく晒していた。

ヒール付きのブーツを履いている事もあって、その立ち姿はとても美しいものだろう。

だが、その人物は生気のない顔で座り込んだまま、一筋の涙を流した後。

「うぼぶえええええええええええ!!」

もの凄い、癖のある泣き声を上げた。

顔から出るもん全部出ている。漫画みたいに目の幅で涙を流し、鼻水を垂らして、涎まで口端からぼたぼたと落ちていた。

神秘的な雰囲気も、本能的な恐怖も消し飛んでいる。

なに、これ。

「い゛だい゛よ゛ぉお゛お゛お゛!ごんなごどなら、ででぐるんじゃながっだぁああ!!」

よくわからないが、生きてはいるらしい。

それはもう、元気に泣いている。いや、精神まで元気かはわからないが。

「ぶえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ッ!も゛う゛やぁだぁあああ!!」

いやまあ、どういう異能かは知らないが、あれだけの重傷……というか致命傷?を負っていたのだ。弱音の10や20、出て然るべきである。

状況から見て、彼女が避難所を守っていたもう1人の異能者だ。労いと敬意こそあれ、この姿を情けないなどと言えるわけがない。

近寄りがたくはあるけど。

「え、えっと……」

取りあえず、本当に完治しているか確認した方が良い。そう思い、話しかける。

そこでようやくこちらの存在に気づいたのか、女性は首をグリンとこちらに向けて来た。

両目が見えた事で、この人物がオッドアイである事がわかる。その両目を全開にした彼女は。

「とぅ!」

「!?」

両膝のバネを使い、勢いよく飛び起きた。

その拍子に揺れた巨乳から、気合で視線を逸らす。何なの、この人。

小鳥遊さんに内心の疑問を共有してほしいと、振り返る。彼女も困惑しているに違いない。

「……小鳥遊さん?」

だが、彼女の顔は酷く強張っていた。

咄嗟に視線を小鳥遊さんの右手に向ければ、杖先を下に向けた杖の引き金が、既に引かれている。親指が、撃鉄を保持して魔法の発動を止めている状態だ。

彼女が腕を振り上げ、杖先を謎の女性に向けた拍子に撃鉄が落ち、魔力がスクロールに通るだろう。

小鳥遊さんは、この女性に最大限の警戒と敵意を向けていた。

「ふーはっはっはっは!」

聞こえて来た高笑いに視線を正面に戻せば、あの女性が不敵な笑みを浮かべていた。まだ涙や涎の痕が残っているあたり、顔を乱雑にマントで拭ったのだろう。

「その装い、貴殿らも異能者とお見受けいたす!されど少年少女よ、蛮勇は身を亡ぼすぞ!」

もの凄いドヤ顔だが、小鹿の様に膝を震わせつつ彼女は告げた。

「この場は、吾輩に───『ロッソ・ヴェンデッタ』に任せるが良い!さあ、疾く箱舟の中へ入るのだ!」

未来にて、幾千もの命を奪った悪人の名を。

マントを翻して、体育館を示す『ロッソ・ヴェンデッタ』……推定、石山岩子さん。

前へ踏み出そうとした小鳥遊さんを、背中でブロックする。

状況から見て、とても悪い人には見えない。紛れもない変質者ではあるが、避難所を守った英雄だ。

敬意と警戒を胸に、彼女へ問いかける。

「えっと……貴女は、ここを守って?」

「応とも。ノブレス・オブリージュという言葉を知っているかな?吾輩の様な、天に、否魔界に選ばれし存在は、この大いなる力で大いなる使命を全うせねばならん。貴殿らも異能者であろうが、吾輩は格が違うのでな」

やれやれと、ノブレスというかノンブレスで言い切る推定石山さん。

凄いな。息継ぎなしで今のを言い切ったぞ。

「今は吾輩の威光に『獣』どももひれ伏しているが、奴らは闇夜より息をひそめてこちらを狙っていよう。安堵はしていられんぞ?」

「……あー、その。取りあえず」

何と言って良いのか迷うが、事実を伝える事にした。

「何か、自衛隊とか警察の助けが来たみたいです。たぶん、もう大丈夫かと……」

「……マ?」

「……マジです」

数秒の沈黙の後。

「ふーはっはっはっは!どうやら幕は閉じたらしいな!吾輩は、この 戦(いくさ) の熱が冷えるまで付近を散歩でもするとしよう!若者諸君!貴殿らも無茶はせぬ様にな!さーらばー!」

「え、ちょ」

言うが否や、推定石山さんは脱兎のごとく走って行ってしまう。

残された大鎌も『霊装』の一部だったらしく、粒子となって消滅した。

「あの人が……」

「『ロッソ・ヴェンデッタ』……!」

警戒心剥き出しの小鳥遊さんを余所に、遠い目をする。

……アレが、未来の大量殺人鬼?第7艦隊を半壊させたダンピール?

自分には、ちょっと頭が残念なお姉さんにしか思えなかった。根は善人っぽいし。

「現状では、追いかけるのは悪手ですね」

トリガーを戻し、小鳥遊さんが鋭い視線を推定石山さんが去った方に向けている。

「いや、そもそも現状あの人を攻撃する理由がないし……本当に、アレがそうなの?良い人じゃないの?変人だけど」

「……私も、判断しかねます」

こちらを見て、何かを思い出した様に渋い顔をする小鳥遊さん。

彼女の知る『ロッソ・ヴェンデッタ』と、あの自称『ロッソ・ヴェンデッタ』は同一ではない。並行世界で、しかも時代の違う存在である。

自分とのやり取りを思い出して、冷静さを取り戻してくれたらしい。

僕が彼女の祖先を助けた『矢広耕太』でない様に、あの推定石山さんも別人である。

今は、敵意を向ける理由などないのだ。

「それより、僕らはどうする?じきに、ここへ警察や自衛隊の人達が来るけど」

「私は離脱します。この魔道具自体が貴重な物であり、内部を改められては面倒ですので」

「だよね……」

腕から紐で吊るす指輪を一瞥した彼女に、頷いた。

確定情報ではないが、政府内部に『人間に化けた魔物』がいる可能性がある。

ケニングや小鳥遊さんの存在を明かすのは、リスクが高すぎた。

「矢広さんは、どうしますか?」

「……いや。僕も行くよ」

本音を言えば、ここに残って『ヒーロー』になりたい。

避難所を命懸けで守り抜いた英雄として、称賛を浴び人気者になりたかった。

しかし、有名税が恐い。どれだけ人気者になっても、誹謗中傷は受けるだろう。人の興味関心はすぐに薄れ、名声は消えてネット上に記された根拠のない悪名だけが残る可能性だってあるのだ。

何より。

「小鳥遊さんと、あのロッソさんが……本当の『英雄』だから」

なし崩しで守った自分とは違い、己の意思で戦う決意をした人達が称賛を受けないのに、ここで名乗り出るのはなけなしのプライドと良心が耐えられない。

今回は、一緒に逃げるとしよう。

「……?そうですか?」

意味が分かっていない様子で、首を傾げる小鳥遊さん。

クールな顔立ちの彼女がそうすると、何だか妙に面白く感じる。

「そういうもんだよ。行こう、小鳥遊さん」

「はい」

……まあ、これはついでの理由なのだが。

自分は、世間で称えられる英雄にはなれなくとも。

この胸の内に広がる満足感だけで、今はお腹いっぱいだ。これ以上は、また吐いてしまうに違いない。

水たまりを踏み砕いて、僕らは揃って逃げ出した。