軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十二話 愚者と狂戦士

第二十二話 愚者と狂戦士

『ヴアアアアアアッ!』

雄叫びを上げるライカンスロープの群れ。そこへ、正面から突撃する。

衝突まで残り10メートル。振りかぶっていた右手を引き戻し、剣帯のスクロールを押し込んだ。

『スクロール:身体強化』

加速。人狼の攻撃より速く、間合いを詰める。勢いのまま杖先を喉へねじ込み、発射。

風の鉄槌が風穴を作り、後ろの個体の顔に血が飛び散った。

『ガッ!』

咄嗟に目を庇ったライカンスロープの脇を駆け抜けながら、横一閃。浅いが、腸が覗く程の斬撃が入った。

止まらない。そのまま走りながらスピンコック。同時に、真横へ剣を振るう。それが突き出されたライカンスロープの右腕を切り裂き、バランスを崩した所へ顔面に魔法を叩き込んだ。

反動に逆らわず反対側へ体を流せば、別個体の胸が背に当たる。振りかぶられていた爪が空を切り、獣の二の腕が肩にぶつかった。

『ヴアッ!?』

驚きの声を上げながらも噛み付こうとしてきたその顎を、下から杖先で殴り飛ばす。そのまま振り向きざまに切り裂き、跳躍。今さっきまでいた位置に、別のライカンスロープが爪を突き立てた。

『ヴォウ!ヴォオ!』

『ヴォオオオオオオオオンン!』

「ふぅぅ……!」

吐き出す息が熱い。雨に打たれているというのに、全身の血が沸騰する様だ。

水たまりを踏み砕きながら着地し、そのまま滑走。僅かに水飛沫を上げる自分に、3体のライカンスロープが跳びかかる。

右は爪、残りは牙。魔眼で読み取った情報を元に、右側から迫る爪を剣で打ち払った。

直後に、その反動を利用して左斜め前へ。獣の口が頭上で閉じられるのを感じながら、腰を捻り胴目掛けて刃を振り上げる。

毛皮を裂き、肉を食い破って赤い飛沫が舞った。同時に杖を回転させレバーを動かし、こちらへ振り向いた中央の個体へ間髪容れずに発射。

隣で仲間の頭蓋が吹き飛ぶのも気にせず、右側だった個体がこちらへ跳びかかってきた。その顔面へ、横から殴りつける様に刀身を叩き込む。

短い悲鳴を上げて地面を転がるライカンスロープの頭を踏み潰しながら、疾走。自分の後を、5体の怪物が追跡する。

魔眼による未来視で背後からの爪を避けながら、横の路地へと跳び込んだ。魔物に通常の壁など関係なく、人狼どもは構わず追いかけてくる。

だが、透過出来ても『透視出来る』わけではない。

振り向きざまに真っすぐ追いかけて来た個体の顔面に剣を叩き込んだ後、右手側の壁に杖を向ける。

そこから飛び出てきた狼の頭に一発叩き込み、振り返らずに背後から迫る爪を鍔で受け流した。

視えている。魔力の流れも、未来も。

腹に食いつこうとしてきた個体の鼻先に膝を叩き込み、続いて柄頭で頭頂部を殴りつけた。

そのまま回転切りを放てば、左右の壁から跳びかかってきたライカンスロープの首が纏めて切断される。

柄頭で頭蓋を砕かれ、足元で痙攣している個体に踵で止めを刺した後、刀身を脇に挟んでマガジンを外した。

まだ入っている。消費した分を手早く込めて、杖に戻した。

臆病な性格が幸いした。石山さんとは戦闘にならないと思っていたが、小さめのリュックに探索時と同じ量のスクロールを入れて持って来ている。

周囲に敵がいないのを確認してから、大通りに戻った。この辺の地理には詳しくないが、この道を真っすぐに行けば避難所の近くに出るはず。

道路に腸をこぼしながら藻掻いている個体がまだいたので、ついでに首を刎ねてから走り出した。

強化魔法も切れ、通常の速度に戻りながら足を動かす。流石は魔法と言うべきか、強化前後の違和感はまるでなかった。

必死に走っていれば、何やら悲鳴が聞こえてくる。

「ひ、ああああ!?」

「誰か!誰か!」

……どうにも、ライカンスロープは人の悲鳴が好きらしい。

叫ばない相手はすぐに仕留めるが、ああして怯える人間はまるでなぶる様に追い詰める。

小学生か中学生ぐらいの集団が、血まみれで逃げていた。それを、4体のライカンスロープが包囲しようとしている。そんな事をせずとも、即座に皆殺しに出来ただろうに。

だが、雨の中でもこちらの接近に気づいたか、1体が自分の方を向いた。

その瞬間を予知し、剣を投擲する。回転する刃が、その個体の首に突き立った。

『ギャァ!?』

即死とはいかず、悲鳴が上がる。それに反応して残り3体が顔をこちらに向けた。

『ヴァウ!』

『ガァアア!』

「あああああああ!」

相手の咆哮に負けじと、こちらも吠えた。そうしないと、足が止まりそうになる。

駆け出そうとしたライカンスロープの胸に魔法を叩き込み、右手で杖を支えながら左手でコッキング。空のスクロールケースが、背後に転がった。

2発目がその個体の頭を弾き飛ばしたのと同時に、残る人狼達も駆け出す。瞬く間に距離が詰められ、爪の間合いに。

『ガァ!』

「こ、のぉ!」

杖を振るって左側の爪を弾き、右側の爪は籠手で受ける。

ギシリと防具が軋みを上げるも、壊れはしない。そのまま強引に払いのけ、勢いで引き絞った拳を相手の顔面に叩き込んだ。

嫌な感触と共に、牙がへし折れ鮮血が舞う。同時に、魔眼が発動。上体を後ろに傾ければ、目の前を爪が通り過ぎた。

アッパーの要領で左側のライカンスロープを杖で殴り飛ばし、右手で腰の後ろから短刀を引き抜く。

よろめいたその個体の胸に刃を突き立て、左手でスピンコック。立ち上がり向かってきたもう1体の顔面に、魔法を放った。

倒れた4体を警戒しながら、鞘の中に片手半剣と短刀を再構築。魔物どもが黒い霧に変わったのを確認し、学生グループに近づく。

「なんなんだ、なんなんだよ……!」

「お母さん……!」

「落ち着いて!まずは治療を!」

パニックになって蹲り泣いている子供達に、固有異能を発動させる。

見る間に傷は治り、綺麗な肌が破けた衣服から覗いた。

「あ、怪我、が……」

「もう大丈夫。大丈夫だから」

片膝をつき、一番年長らしき少年に視線を合わせる。

その肩を優しく掴み、しっかりと目を合わせた。大丈夫。今の高揚感なら、普通に喋れる。

「ここまでよく頑張ったね。でも、もう少しだけ走って。僕が来た方には、今は化け物が少ない。真っすぐ、そこを逃げるんだ」

「あ、う……」

「大変なのはわかっている。でも、お願い。君なら出来るから。他の子を、連れて行ってあげて」

マスターの口調を真似して、話しかけた。彼女の語り口調が相手を落ち着かせるものだと、身をもって知っている。

その甲斐あってか、少年は力強く頷いた。面頬越しに、笑みを浮かべる。

「強い子だ」

肩を軽く叩いてから、立ち上がって走り出す。レバーを動かし次弾を装填し、次の敵に備えた。

体が軽い。まるで羽の様だ。

角の周りの血管が、特に熱を持っている。前に『鬼人の角は体毛や角質の類ではなく、臓器の一種』なんて話を聞いた事があるが、実際はわからない。

何にせよ、今は感謝すべきなのだろう。この状態ならば、戦えるのだから。

走りながら、視界の端で窓際に追い詰められた男性を捕捉。ビルの6階にて、ライカンスロープ相手に椅子を盾にしようとしている。

『浮遊』のスクロールを使いながら、地面を蹴った。脚力による加速で濡れた壁面へと迫る。

そのまま靴裏を壁に押し付け、駆けた。『浮遊』だけでは遅い。だが、合わせれば……!

「ひぃぃ!?」

『グルルル……』

数秒で6階に到達し、椅子を押しのけたライカンスロープの顔面に発射。室内に入りながら、よろめく化け物の体を邪魔だと蹴り飛ばす。

中には他にも2体。それぞれ人間を貪っていた化け物に、杖を腰だめに構えた状態からレバーを連続で動かして、矢継ぎ早に魔法を叩き込んだ。

『ガァ!?』

『ゴァ……!』

立ち上がり、こちらへ向かってくるより先に制圧。マガジンを交換し、背後の男性へと振り返った。

「お怪我は」

「い、いえ……!で、でも、皆が……」

顔から出る物を全て出した男性が、瞳を震わせる。その視線を追いかければ、床に転がる書類や電話の受話器。そして、幾人もの亡骸。

「っ……」

高揚感が、冷めていくのを感じる。意識した途端、強烈な血の臭いが鼻腔に雪崩こんできた。

魔力を感じない。つまり、もう……。

「貴方は、すぐに逃げてください。あっち側に。今なら、大通りに魔物は少ないですから」

「で、でも、生き残りが、いるかも……!」

「……今は、ご自分の安全だけ考えてください」

へたり込んでいる男性の腕を掴み、強引に立たせる。

そのまま壁に背中を預けさせた後、角がぶつかる寸前まで顔を近づけて、視界を塞いだ。

「出来るだけ、ご遺体は見ないで。足を止めずに、兎に角逃げてください」

「え、ああ……!?」

「悲しむのも、恐がるのも。生き残ってからにしましょう。それまで、頑張って走ってください。どうか、死なないで」

一方的にそう告げて、窓から跳び出す。悲鳴じみた驚きの声を無視し、地面に接触する寸前で『浮遊』を発動。一瞬だけ減速し、道路を走り出した。

視界の中に、死体が増えていく。

建物に突っ込んだトラック。横転した乗用車。そして、付近に転がる体のどこかが欠けた遺体。

散らばった赤色が雨水と混ざり合って、排水溝に流れていく。

「っ……!」

そして、化け物の姿も見えて来た。角が、再び強い熱を持つ。

死肉を貪る6体のライカンスロープ。それが視界に入った瞬間、魔法を発射。雨の中で感知能力が下がっているのか、1体が無防備に頭部を吹き飛ばされた。

道中の戦闘で、霊格が上昇している。魔法の威力が、それに比例して上がっていた。

『ガアアアッ!』

こちらの接近に気づいたライカンスロープ達が、雄叫びを上げる。一斉に向かってくる4体のうち、1体に魔法を放った。脇腹を抉り取るが、浅い。

『ヴヴォ!』

「おおっ!」

剣を抜き、振るわれた爪を弾く。そのまま返す刀で袈裟懸けに切り裂き、回転切りで横から迫る牙を上顎ごと吹き飛ばした。

残り3……!

振り向き様に次の相手へと剣を振るえば、相手は両腕を交差させてガードしてきた。毛皮も肉も引き裂いた刃が、骨に食い込んで止まる。

『ギャァ!?』

「っ!」

抜けない。他の個体に食いつかれる光景を幻視し、咄嗟に柄を手放して飛び退く。直後、目の前を別のライカンスロープが通り過ぎていった。

バックステップで距離を取り、近くの道路標識へと駆ける。

当然ながら追いかけてくる、2体のライカンスロープ。片方が脇腹を負傷している事もあって、動きが少し遅い。

背後から迫る爪に対し、右手を標識に伸ばした。雨で濡れたそれを掴み、軸にして回転。爪は陣羽織をかすめ、標識を切り裂いた。

勢いで通り過ぎていくその個体を、側面から攻撃。魔法で首を吹き飛ばす。

続けて、手の中に残った道路標識をもう1体に投げつけた。魔力を帯びていない物体に、怪物は構わず前進してくる。

『ガァ!』

大口を開けて駆けるライカンスロープの顔面を、標識が通過。そして、一瞬だけ視界が塞がれた瞬間にこちらから体当たりする様にして、鳩尾に杖先を叩き込んだ。

『ゴッ!?』

「ぶっとべ……!」

嘴の様な杖先で肉を抉りながら、コッキング。引き金を絞り、その巨体に風穴を開けた。

レバーを動かし次のスクロールを薬室に送って、残る1体に向ける。両腕を交差させた状態で剣を食い込ませた個体は、自分に背を向けて逃げ出そうとしていた。

「…………」

躊躇は、ない。足元に転がる見知らぬ人々の為でもなく、己の激情のままに魔法を放った。

ライカンスロープの頭を吹き飛ばした後、剣を回収する。

「……そろそろの、はず」

息は、乱れていなかった。

剣を脇に挟んでマガジンを交換し、剣帯のスクロールの補充。右手で柄を握り直し、左手で杖を構えた状態で再び走り出す。

小鳥遊さん程熱心に下調べは行っていなかったが、魔力を辿れば避難所の正確な位置はすぐにわかった。

そこは、恐らく市民体育館なのだろう。簡素な外観のそこを、水色の薄い壁が囲んでいた。

随分と、脆弱な結界だ。予算なのか、技術の問題なのか。何にせよ、ライカンスロープが数体で体当たりをすれば簡単に壊れる様な結界。

それでも、それが維持されていたのは。

『矢広……さん……?』

彼女が、踏ん張っていたからなのだろう。

そこら中に転がる魔石。体育館の前で片膝をついたケニングは、右の前腕を半ばから失っていた。

鋼の装甲に幾つもの傷をつけ、よく見れば左膝の関節にも深い切れ込みが入っている。

そんな灰色の巨人の前に、別の巨体が立っていた。

『グルルル……』

落ち着いた、しかしライカンスロープのそれよりも、数段重々しい唸り声。

2メートル半はあろう巨体。丸太の様に太く逞しい四肢は、ここまで見てきた人狼と酷似していた。

しかし、灰色の体毛には稲妻の様な模様が各所に走っている。また、筋骨隆々とした胸や腹の部分に体毛がなく、その皮膚は夜を彷彿とさせる黒色だった。

狼頭なのは変わらないのに、その瞳は奴ら以上に落ち着いている。

だが、それは知性からではない。純粋なまでに、血と闘争を求める凶暴さゆえだ。

『ウールヴへジン』

ライカンスロープ達の、長。そして、戦いを求めてやまない『狂戦士』。

『どうして、ここに……』

ギシギシと異音を発しながら、立ち上がろうとするケニング。機体越しに彼女を一瞥し、剣を右手で構えた。

「バカやった。それだけ」

『は……?』

こちらの会話など、怪物にとっては関係ない。ウールヴへジンが、右手に握る大剣を構え駆け出す。

それは、一瞬だった。ライカンスロープ達が鈍く見える程の踏み込み。文字通り瞬く間に距離を詰め、凶刃がこちらの首を刎ねる。

───寸前で、片手半剣を割り込ませた。

凄まじい衝撃に、声を上げる事すら出来ない。体を半回転させて勢いを逃しながら、杖を怪物に向ける。

即座に発射し、相手の巨体が吹き飛んだ。

『いけません!逃げて……!』

「ごめん。たぶん無理」

だが、この眼はしっかりと視ている。ウールヴへジンが、左掌を脇腹へ迫る魔法に合わせ、受け止めたのを。

ゆらりと、無傷の怪物が構え直す。

その口元が、一目でわかる程につり上がった。

「……出来ればで、良いから」

今の一合でわかった。

「助けてください……!」

自分より、強い。

本当に、何でこんな所まで来てしまったのだろう。何度目かの後悔を胸に抱きながら、杖をウールヴへジンへと向けた。

もう、自棄としか言いようがない。角から溢れる様な脳内麻薬に任せて、戦闘の構えをとる。

こちらの情けない弱音に、彼女は息を飲み、怪物は知った事かと地面を踏みしめて。

自分もまた、引き金を引いた。

雨を掻き分けて進む風の鉄槌が発した、不可思議な音が。

開戦の、号砲となる。