軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話 愚者の雄叫び

第二十一話 愚者の雄叫び

足を前に出せない自分に、鋼の巨人が振り返る。

機械のカメラ越しに小鳥遊さんの視線を感じて、咄嗟に目を逸らした。

「……僕達は、ただの一般人だし。別に、そこまでやらなくても……良いんじゃない?」

我ながら、情けない事を言っている自覚はある。本当はこんな事、言いたくはない。

だがそれでも、赤の他人の為に鉄火場へと踏み込む勇気なんてわかなかった。

必死に、自分が戦いに行かなくても許される理由を並べ立てる。

「こういう時、素人がしゃしゃり出ても邪魔になるだけだよ。要救助者が増えるだけだ。大人しく、避難だけすれば良い」

『…………』

「それに、僕らはここの地理に詳しくないでしょ?余計に、救助隊の足を引っ張るだけになるかも。だから、この街から脱出して、それから警察や消防に詳しい話を伝えに行くのが正しい……と、思うんだ」

無言でこちらの言葉を聞いている小鳥遊さんが、怖くて仕方がなかった。

失望されたに違いない。彼女の中にある、『矢広耕太』という自分に似た誰かと比べられて、なんと情けない男だと呆れている事だろう。

だが、これが自分だ。避難船を守る為に命を懸けた『だれか』とは、違うのだ。

ケニングのスピーカー越しに、小鳥遊さんの涼やかな声が聞こえてくる。

『確かに、矢広さんの言う事は正しいと思います』

「だ、だよね!」

肯定の言葉に、顔を上げる。

安堵に面頬の下で笑みを浮かべながら、ようやくケニングのメインカメラを見る事が出来た。

しかし、続く彼女の言葉で頬が引きつる。

『ですが、私は兵士であり、戦士です』

「っ……!?」

それは、あの日聞いた言葉。

並行世界の、自身が生まれ育った場所とは国も時代も違う場所を守る為に戦うと、彼女が宣言した時と同じであった。

『武器を持った以上、戦えない人の為に、私は戦います』

「それ、は……」

『かつて……いいえ。未来で、貴方がそうした様に』

「……!」

頭の中で、何かが切れた感覚がした。

『ずっと、憧れていました。そして、私の命には意味があると思っていたのです。貴方程の人が、命を賭して守った命が、私に繋がっている。この身が打ち立てた戦果は、きっと貴方の……』

後から考えれば、自分は冷静とは程遠い状態だったのだろう。精神的なショックと疲労に、感情の制御が出来ていなかった。

だから。

「僕は!貴方の言う矢広耕太じゃない!」

気づいたら、そう叫んでいた。

ケニング越しに、小鳥遊さんが動揺したのが何となくわかる。しかし、言葉が溢れて止まらなかった。

「英雄じゃ、ない……!普通の人間だ。怖いのも、痛いのも嫌いだ。誰かの為に死のうなんて、思えない」

『矢広、さ』

「貴女の幻想にも、憧れにも、付き合うつもりはない!僕は、僕だ!」

息を荒げながら、彼女から数歩離れる。

「……ごめん。でも、事実だから」

『……いえ。確かに、私も冷静ではなかったかもしれません』

前は、こちらが距離を開けたらその分彼女は近づいてきた。

だけど、今は。

『私1人で、避難所の防衛に向かいます。助けられるだけ、助けます』

「……そう」

先程消費した剣帯のスクロールを籠め直しながら、告げる。

「……ケニングを衆目の前に晒す事になるけど」

『確かにそれは危険ですが、やむを得ない事だと考えています』

「……『浮遊』のスクロールは、まだ持っている?」

『はい。ああ、いえ。今、お預かりしたスクロールと杖の返却を』

「いらない。死にそうになったら、それで逃げて」

『……了解。無駄死にとなると判断したら、撤退を行います』

「じゃあ、僕は行くから」

『はい』

小鳥遊さんに背を向け、歩き出す。

『事前に調べた情報から、一番近い霊的防御のある避難所は南西に2キロ行った所です』

「……」

『万が一、矢広さんがこの街からの脱出に失敗した時は、そちらに向かってください。私もそこにいます』

「……わかった」

最後にそう言って、『浮遊』のスクロールを発動する。

ふわりと、随分のんびりと身体が浮き上がった。そのまま、風船が飛んでいく様な速度で宙を移動する。

雨に打たれながら、ケニングを見た。灰色の巨人は既に走り出しており、自分とは反対側に向かっていた。

アスファルトの地面を削りながら、猛スピードで進んでいく姿に迷いはない。路肩に放置された車も、電車の事故で散らばった瓦礫も華麗に避けて。避難所へと向かっていく。

自分とは、何もかも大違いだ。彼女こそ、英雄に相応しい。

……漫画やアニメの主人公に憧れて、冒険者になった。

でも、それは無理だ。叶わない夢だと、諦める。

こんな状況で命を懸けられる『お人好し』には、到底なれそうになかった。

顔を前方に向けて、浮遊を続ける。少しずつ高度を上げ、ライカンスロープの牙が届かない位置を進んだ。

眼前にも、ぽつぽつと黒煙が上がっている場所が見える。駅に到着するにも近かった事もあり、街の中心近くまで自分達は来ていたらしい。

脱出には、結構な距離がありそうだ。『浮遊』のスクロールは他の魔法と違い、発動中ずっと魔力を消費する。安全圏に辿り着くまで、もてば良いけど。

化け物どもの攻撃が届かない高さにきた安堵からか、頭の中が少しずつ冷えていく。

小鳥遊さんに、酷い事を言ってしまった。彼女は自分に『アレをしろ』『コレをしろ』『英雄らしくあれ』など、一度も言った事はない。

自分が勝手に、小鳥遊さんの言う『矢広耕太』にコンプレックスを持っただけだ。

これを子供の癇癪と言わずして、何と言うのだろう。自嘲からか、自然と視線が下を向いてしまった。

だから、街の様子が見えてしまう。

魔眼系の異能は、それぞれ特殊な能力があるものの、『目に関する機能が底上げされる』のは共通していた。

今の自分は、2キロ先の人間の顔も余裕で識別できる。この高さなら、雨や多少の煙など、何ら問題にならなかった。

県庁所在地の隣の市なのもあって、この街はビルがチラホラと建っている。最近は廃れてしまった映画館も、幾つか残っているぐらいだ。小学校の頃に親子で行った記憶が、脳裏をよぎる。

そんな街のあちこちに、死体が転がっていた。

体の一部を噛み千切られ、引き裂かれた人達。ある老人は首の半分がなくなり、ある男性は腸を地面に広げ、ある女性は腕に抱えた小さな何かごと胸を貫かれている。

吐き気がした。電車の中で散々吐いたのに、喉元まで胃液が上ってくる。

視覚を通して死臭が届いている様な感覚に、眩暈を感じながら、しかし不思議と目を離せなかった。

……小鳥遊さんも、こうなってしまうのだろうか。

会って間もない、友人とすら呼べない相手を思い出す。そして、すぐに首を横に振った。

関係ない。自分には、関係ない。

ライカンスロープは、群れで行動する。1体1体の強さはしぶとさ以外特筆する事はないが、それでもルーキーが相手する様な魔物ではない。

逃げるのが、正しいのだ。逃げても、良かったのだ。

自分にそう言い聞かせながら、この街の外へ目指す。今は、兎に角部屋のベッドで眠りたかった。今日という日の出来事を、悪い夢だったと忘れてしまいたい。

「……ァァ!」

誰かの、悲鳴が聞こえた気がした。

無意識に、折角上げた視線を再び下に向ける。

そこには、30前後の男女がいた。いいや、女性の方の腕には、小さな子供が2人抱えられている。

足から血を流しながら、蹲って子供達を庇う女性。その傍に立った男性が、鉄パイプを手にライカンスロープ達と相対していた。

……魔力を感じない。『霊装』でもない以上、異能者ではないのだろう。

それなのに魔物の姿を視認出来ているのは、恐らくライカンスロープ側があえて見せているのだ。

魔眼が、奴らのニヤケ面を捉える。狼の頭は表情を読み取りづらいが、一息にかみ殺さず鉄パイプを持った男性を眺めているのだから、間違いない。

父親、なのだろう。その人は、妻子を守ろうと必死の形相だった。我武者羅に鉄パイプを振り回し、怪物共を近寄らせない様に頑張っている。

母親と思しき女性は、動けないながらも子供達の盾になろうとしていた。これから起きる惨劇を見せまいと、幼子達の顔を自身の胸に押し付けている。

だが、そんな親の愛情など無意味だと。あるいは、ただの『娯楽』だとばかりに。ライカンスロープの爪が鉄パイプを切り裂いた。

そして、たじろいだ父親に組み付く。最初に喉笛を狙うのではなく、わざわざ足に噛み付いた。

絶叫が、響き渡る。

「っ……!」

自分は、何をしているのだろう。

見なければ良いだけだ。目を閉じてしまえば、それで済む。耳まで塞ぐ必要はない。この声もすぐに聞こえなくなる。

だから。瞼を、強く───。

「……ちくしょう」

ルートを下に向け、降下を開始していた。近くにある5階建てのビルへと真っ直ぐに降りていき、壁面が眼前に迫った所で魔法を解除。

同時に、剣を腰から引き抜く。

ずぐり、と。角が疼いた気がした。脳内にアドレナリンが溢れ出すのを、感覚で理解する。

重力に引かれるまま、壁面を蹴った。走っている様に見えて、ただ落ちている。その速度と軌道を、気休め程度に調整しているに過ぎない。

響き渡る絶叫と、子供達の泣き声。そして、獣どもの嘲笑う様な唸り声。

その中で。

「っぁあああああああああああ!」

感情のまま、吠えた。

2階辺りに到達した瞬間、跳躍。落下の勢いのまま壁を全力で蹴りつければ、意外な程体は飛んだ。

驚いた様子で、一斉にこちらを向く3体のライカンスロープ。うち1体の口が、男性の足から離れた。

そこへ、思いっきり杖を突きだす。

金色の嘴の様な装飾が毛皮を穿ち、肉を抉る。勢いはそれでも止まらず、その個体ごと自分は地面を転がった。

「あ、ぐ……!」

痛みに悶えながら、のろのろと起きあがる。

魔物と違い、こちらはアスファルトの地面が死因になり得るのだ。我ながら、バカをした。

本当に、バカとしか言いようがない。

『ヴァウッ!ゥゥ……ヴァウ!』

『ガルルル……!』

残った2体のライカンスロープが、こちらを睨みつけていた。脅威にならないと判断したあの親子を無視し、自分目掛けて駆けてくる。

咄嗟に、左側の個体目掛けて魔法を発射。不可視の鉄槌が、その顔面に直撃する。

もう片方の個体が跳躍し、距離を詰めて来た。落下の勢いを乗せ、右の爪を振り下ろしてくる。

それを剣で受け流し、地面を砕いた爪の主へと返す刀で刃を振るった。しかし、浅い。片目を切り裂くも、奴は悲鳴を上げて飛び退った。

直後、魔眼が未来を告げる。それに従いこちらも後ろへ飛び退けば、先程までいた位置に歪んだ顔のライカンスロープが爪を振るっていた。

『ヴヴヴヴ……!』

前歯を失った人狼が、目を見開いて追撃してきた。無茶苦茶に両の爪を振るい、こちらを切り裂こうとする。

だが、全て視えていた。闘争本能のまま丸太の様に太い腕の下を掻い潜り、脇腹へ剣を叩き込む。

一刀両断とは、いかない。それでも強引に刃を押し込みながら足を前に出し、振り抜いた。

『ギャ、ァ……!?』

悲鳴と共に倒れるライカンスロープを一瞥もせず、隻眼のもう1体からの攻撃を杖で横に弾いた。

不意打ちの爪を捌かれた事に、人狼が口を半開きにする。その口へと、切っ先を滑り込ませた。白刃が喉を貫き、向こう側へ突き出る。

ずぐり、と刀身を捻った後、毛皮に覆われた腹を蹴飛ばして引き抜いた。

返り血がかかるが、気にしている余裕はない。左手でスピンコックをする事で次弾を装填。同時に、周囲を警戒する。

交戦した3体が黒い霧に変わり、その場所には魔石だけが残った。

「ふぅぅ……」

大きく息を吐いて、剣を左脇に挟む。その状態で、あの親子に近づいた。

「あ、あんたは……」

傷口を押さえて大量のあぶら汗を流す父親に小さく頷いて、右手を突き出した。

『変若の血潮』

掌に発生した淡い金色の渦から落ちた飛沫が、彼の傷を癒す。

骨まで露出していた彼の足は、肉や皮膚どころかすね毛まで元に戻っていた。

「え、え、傷が!?」

驚いている彼の横を通り、母親らしき人物の足も治す。

取りあえず、これで彼らは大丈夫か。

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

「なんてお礼を言って良いか……」

動揺しながらもお礼を言ってくれる2人に、思わず苦笑した。

何というか、良い人達だな。

軽く手を振った後、こちらをポカンとした顔で見る子供2人に、小さく微笑む。まあ、面頬で表情なんて見えないだろうが。

「すぐに逃げてください。ここから避難所は遠いですから、あっち側に」

指さしたのは、小鳥遊さんが向かった方とは反対側。街を出る道だった。

「あ、ああ。でも、また襲われるかも……」

「……その可能性はありますが、まだ生存確率は高いかと」

残念だが、この親子と一緒に逃げる事は出来ない。

数歩離れて、彼らに背を向けた。

「無事に脱出できる事を祈ります。それでは」

自分にしては随分と流暢に喋れた。きっと、もう会う事のない相手だからだろう。

死に別れでは、ないと思いたいが。

「あ、あの!あんたは、どこへ……」

父親らしき人物の問いに、首だけ振り返る。

「避難所の防衛……を、やっている、知り合いの所へ」

知り合い。そう、知り合いだ。

友人ではなく、仲間と呼ぶにはまだ浅い付き合いで、好きな人かと言われると首を傾げる他ない。

だから、知人という言葉が相応しいだろう。

「さあ、行ってください。ここは、危険ですから」

「あ、はい!」

「ありがとうございました!」

慌てて、両親らしき男女はそれぞれ子供を抱えて走っていく。父親に抱っこされた幼稚園ぐらいの子供が、状況が分かっていなさそうな顔で小さく手を振ってきた。

それに、軽く右手を上げた後。

その手で、剣を握る。

彼らをあちらの方角に向かわせたのは、避難所までの距離だけが理由ではない。

ばしゃりと、水たまりを踏み砕く音がする。

『グルル……!』

『ヴォゥ!ヴォウ!』

周囲で『食事』をしていたのだろう、怪物どもが。ビルや家屋から姿を現した。

その瞳は全てこちらに向けられており、ぬらぬらと牙を光らせている。

自分は、思った以上にバカだった様だ。一時のテンションに任せて、何をやっているのだろう。

あと少しだった。空から見てわかったが、被害は南西側……避難所があるはずの方角程、火の手が上がっている。

恐らく、ライカンスロープ達のダンジョンは避難所の近くか、それよりもう少し西側に発生したのだ。

ぞろぞろと、仲間の雄叫びを聞きつけた化け物どもが現れる。その視線が、自分に集中していた。もう、魔法で逃げる事は出来ない。宙に浮かんだ瞬間、群がられる。

脱出のチャンスを、不意にしてしまった。我が事ながら、呆れて何も言えない。

だが、不思議と気分が良かった。恐怖を誤魔化せる、ぐらいには。

浮かれた頭で、ふと、『ここで格好いい啖呵を切れたら最高だろうな』と考える。それこそ、物語の主人公みたいだ。

しかし、残念な事に良い台詞なんて咄嗟に出てこない。

「すぅ……」

息を大きく吸った後に、出て来たのは。

「うぉおおおおおおおおおおお!」

ありきたりで、獣みたいな雄叫びだけ。

右手で剣を振りかぶり、左手で杖を構えながら地面を蹴る。それに合わせて、ライカンスロープ達も自分目掛けて咆哮を上げながら向かってきた。

本当に、本当にバカな行動だと思う。でも。

英雄には、なれなくとも。

愚者として、暴れてやろうとは思ったのだ。