軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 歓迎会

第十一話 歓迎会

「はたして───『オタクに優しいギャル』は実在するのか」

漫画だったら顔面が劇画風になっていそうな表情で、井上璃子さんは語り出す。

「あの、彼女はいったい……」

「とりあえず、話を聞いてみましょう」

困惑する小鳥遊さんに、静かにする様ジェスチャーをする。

いや、自分も状況がよくわかっていないのだが。マスターがもの凄く申し訳なさそうな顔でこちらを見ているので、取りあえず様子を見る事にした。

「たしかに、オタクに優しく接してくれるギャルはいるだろう。しかし、それはオタク『にも』優しいギャルである。純粋な善人であり、オタク達が憧れた理想の存在ではない」

井上璃子さんが、拳を強く握る。

「サブカルチャーへの敷居が下がった昨今、オタク文化への寛容さが広がりつつある!しかし、それでも差別が消えたわけではない!だからこそ必要なのだ!オタクに優しいギャルという、神話の存在が!」

その神話、たぶん聖書がやたら薄いと思う。

「だから私は思ったのだ……───私自身が、『オタクに優しいギャル』になればいい」

お前は何を言っているんだ?

どうしよう。聞いた上で、まったく意味がわからない。言葉は認識できるのに、文章としてまるで理解できなかった。

だが、言わねばならない事が、2つある。

勇気を振り絞り、そっと手を上げた。

「井上璃子さん」

「璃子ちゃんか璃子ちゃん先輩で良いんだぜ、オタク君……!」

「では、璃子先輩。まず……僕は、オタクではありません」

小鳥遊さんが『え、指摘するべきはそこなのですか?』という目を向けてきた。

しかし、これは重要な事なのである。

「僕はガ〇ダムもゲッ〇ーも、特撮に対しても詳しいと言える程の知識を持っていません。およそ、オタクを名乗れる人間ではないかと」

この程度でオタクを名乗っては、ネット上のお歴々なにを言われるかわかったものではない。

先程の質問は、全て非常に初歩的な内容ばかりであった。足し算が出来たからと言って、『初等教育を終えている』と判断する様なものである。

自分は、オタクにおける義務教育すら終えていない。

「違う、違うんだよ、オタク君」

沈痛な面持ちで、璃子先輩は首を横に振った。

「何が違うと言うのですか……?」

「まず、その考え自体が、君がオタク君である証明なのさ……!」

なん……だと……!?

動揺する自分に、彼女は真剣な面持ちで宣言する。

「オタクが考える『オタクのハードル』と、一般人の考える『オタクのハードル』は、棒高跳びと地面に引いた線ぐらいにちげぇえ!」

「!?」

あまりの衝撃に、思わずよろめく。

「そ、それは、幾ら何でも言い過ぎです……!」

「いいかい、オタク君。うちのお祖母ちゃんは……まずザ〇とグ〇の違いもよくわかっていないんだ」

「そもそも、全部ガンダ〇じゃないの……?」

「ば、バカな……!?」

困惑した表情のマスターに、思わず目を見開く。

い、いや。だがあの人は見た目に反して高齢者のはずだ。であれば、彼女を基準にするのは間違っている。

「あとね。あーしのクラスメイト達に聞いたけど、V〇を10代で知っている段階で稀なんだよ。普通知らないんだよ、V〇。Vス〇ァー!って叫んでも誰にも通じなかったし」

「い、いや!僕だってあくまで動画で見ただけですから!実際に視聴したわけではないですし!」

「ちなみにこの画像に映っているのは?」

「え、ライ〇ーマン?」

「あーしのクラスメイト達は、『変態』『フッ〇船長のコスプレ』『なんで口元出てんの?』ってリアクションだったよ」

「そ、それも動画で見ただけですから!ゲームの実況動画で、たまたま……!」

「認めるんだ、オタク君……」

いやだ!そんな『私マジでオタクだよ!ワン〇ース読んでるし!』なんて言う自称オタクみたいな存在と、同列になる様な評価は!

恐れおののく自分に、璃子先輩は沈痛な面持ちで告げた。

「君は……オタク君だ……!」

うそだああああああああ!

あまりのショックに、その場に膝をつく……のは、少し抵抗があったので、近くの机に手をつく。

「璃子……楽しそうで良かった……!」

なお、視界の端でマスターがとても嬉しそうに涙を拭っていた。

苦労しているんですね、マスター。

「ま、茶番はこれぐらいにして。歓迎会すんべオタク君。アンド美由っち」

「あ、はい」

「……もう喋っても良いのでしょうか?」

「あ、うん。どうぞ……」

璃子先輩が手を叩き、テーブルに案内してくれる。

そして、マスターが頬に手を当てて眉を『八』の字にした。

「ごめんね、矢広君。小鳥遊ちゃん。うちの璃子は、少し変わった子で」

「まさかの本人の前で?」

「いえ、お構いなく……」

「君も否定してくれないんだねオタク君」

いや、何かもう。気を遣うのも馬鹿らしくなってきたので。

本物のギャル相手であれば、自分は雨に濡れた新聞紙の様になっていただろう。しかし、璃子先輩はただの変質者……もとい、ちょっと様子のおかしい人だ。

とても残念な生物なので、過度に緊張せずに済みそうである。

あ、そうだ。

「あの、璃子先輩」

「うん?なんぞ?何でも聞いておけまるだぜブラザー」

「貴女は、そもそもギャルではないし、強いて言うのなら『自称ギャルなオタク女子』なのでは?」

「てめぇ言って良い事と悪い事あんだろうがよぉ!?」

わあ、人ってこんなに目玉が前に出るんだ。

くわっとした顔で叫ぶ璃子先輩に、小鳥遊さんが問いかける。

「あの……」

「おう、なんだ美由っち!美由っちからもあの人の心がない系のオタク君に何か言ってやれい!」

「まず……オタクやギャルという単語は、どういう意味なのですか?」

「……ワッツ?」

「あ、小鳥遊さん、アメリカにいたらしいので……」

「だいたいわかった」

嘘は言っていない。正確には未来のアメリカだが、流石にそこまで言ったら不審に思われる。

……璃子先輩がこの場で一番不審だが。

「えーっと……オタクってのがアメリカで言う所のナード?ギャルは……イケイケな女の子?」

「いけいけ?先頭で突入するのですか?」

「ん~……何と説明したものか……」

「小鳥遊さん。璃子先輩は恐らくギャルに関して詳しくないので、あまり深く尋ねない方が……」

「いや詳しいが?何でも知っているんだが?何故ならあーしはギャルだから!オタクに優しいギャルだから!優しくしてやるぞオタク君!好きなキャラでラテアートしてやるぞオタク君!お祖母ちゃんが!」

「ええ?えっと、アニメのキャラクターはドラ〇もんのぐらいしか、描けないよ?」

「あ、いえ、お構いなく……」

あんまりマスターを巻き込まないであげてください。本気で困っています。

「つうかあれよ。何で君ら敬語なん?あーしらタメだぜ?マジターメリックだぜ?15の夜しちゃうんだぜ?」

さてはこの自称ギャル、脊髄で偽のギャル語を喋っているな?

「いや……何というか、普通に喋るのは、ちょっと緊張を……」

「ここまで、あーしへの扱いが坂を転がる勢いで雑になっているのに?」

「私は、祖母に習った日本語がこういうものだったので」

「あ、もしかして美由っちってば箱入り娘さん?ボックスレディ?マジチョベリバじゃん!」

「箱……というより、筒でしょうか。直接入っていたのは」

「んんん?」

「あー……その。小鳥遊さんに関しては、色々と事情があると言いますか」

「……おけまる」

璃子先輩が、一瞬だけ真剣な顔になる。

しかしすぐに、バチコーン☆とウインクをしてきた。

「んま!今は飲んで騒いで楽しもうぜ!テンションぶちあげナイトフィーバーじゃい!」

「ああ、それとね、矢広君、小鳥遊ちゃん。歓迎会なんだけど、他のクランメンバーは来られない様なんだ。ごめんねー……」

「あ、いえ、別に、そんな……」

「後日、きちんと紹介するからね!それまで、待ってて?」

「は、はい」

手を合わせて謝ってくるマスターに、慌てて首を振る。

むしろ、個人的には人が多くない方が好ましいし。

「ほら、昨日東京であんな事があったでしょう?冒険者以外の仕事もしている人は、色々と忙しいみたいで」

「あー、それは、しょうがないですね……」

「あと、ちょっと『奉仕欲が暴走しそう』って子もいてね。その子はダンジョンに籠っているから、付き添いでもう1人も忙しいみたいなの」

「なんて?」

もしや、そこの似非ギャル以外にもメイド服の人が?

……この喫茶店って、いかがわしい所だっけ?

「へーい、オタク君!勘違いしない様に言っておくけど、あーしのこのメイド服はここの制服じゃない……私服だぁ!」

「それはそれでどうなんですか……?」

「敬語は不要だぜオタク君!あーしと君の仲だろう!」

「いえ……あんまり親しい間柄と思われるのはちょっと……」

「あっるぇ!?もしやあーしへの好感度マイナス方向へ向かっていたりする!?つまりここからは上がるだけって事だな!PON!PON!」

なんなの、その無駄にポジティブ。

あと好感度だけで言うのなら、わりと高いです。僕みたいなのはね……過度に弄るわけでもなく、楽しそうに話しかけてくれるだけで好感度は勝手に上がるものですので。

信頼度が上がらないだけです。

真顔になっている自分に、マスターが苦笑を浮かべた。

「あのね、矢広君。無理にとは言わないけど、璃子と仲良くしてくれると嬉しいなって……」

「わかりました。よろしく、璃子先輩」

「ねえ、あーしとお祖母ちゃんで対応の差ぱなくない?言っとくけどお祖母ちゃんは非攻略対象ぞ?お祖父ちゃんに操たててっからね?」

「いや……シンプルに社会性の問題」

「貴様ギャルに一番求めちゃいかんものを!?」

「小鳥遊ちゃんも、お願いね?」

「はい。隊の結束は適度に硬い方がミッションの成功率は上がりますので。頑張ってギャル?とやらに慣れます」

「いや、小鳥遊さんまで、『アレ』になるのは……」

「オタクくぅん!?親しみとして受け取るけど、あーしだって傷つくんだぜ!?心のささくれが出来ちまうんだぜい!」

「あ、なんかすみません」

「良いって事よぉ!」

なんなの、この人。

「いや、私も真面目に話そうと思えば話せるよ。普通に」

「あ、はい」

スン、と真顔になった璃子先輩に、ちょっとびっくりする。

「でもさ。ギャルを目指すのなら、1日でも早くから努力すべきでしょ。何事も練習が物を言うんだから。付け焼き刃が通用するのなんて滅多にない。日々の積み重ねこそ、目標への近道なんだよ」

「なるほど……」

何やら納得した顔で、小鳥遊さんが頷く。

この人言っている事は正しいけど、方向性が迷子だと思うの。

「つうわけで楽しもうぜオタク君!美由っち!今日の為にゲームも用意したんだぜぃ!テンションぶち上がりタピオカタイムじゃーい!」

恐らくギャル語ではない謎の言語を叫びながら、璃子先輩が拳を突き上げる。

同時に、彼女の豊かな胸元も僅かに揺れた。……この空間、顔面偏差値とお胸様偏差値が大変な事になっているな?

……僕は、明日にでも死ぬのか?

この光景を微笑ましそうに見て、マスターがカウンターに向かう。

「じゃあ、折角だしラテアートしてあげようねぇ。ドラえ〇んなら、何が良いかな?」

あ、そもそも描けるのド〇えもん限定なのか。

「じゃあ、ドラえ〇んをお願いします……」

「あーしは出〇杉君で!」

「……すみません。まず、ドラ〇もんとは何でしょうか?」

「なん……だと……!?」

この後、ド〇えもんの映画を見たりテレビゲームをしたりして、意外な程楽しい時間を過ごした。特に、小鳥遊さんはドラえ〇んの映画に涙と笑いが止まらない様子だった。

……オタクに優しいギャルかは別として、璃子先輩は優しい陽キャらしい。

このクランに入って良かったと、思える歓迎会であった。

だが、楽しいばかりでもいられない。

歓迎会が終わった後。

「あの、マスター。片付け手伝います」

「おや、良いの?じゃあ、食器を運ぶのだけお願いしようかな」

「それと……」

お盆に空の食器を載せ、クランマスターへと言う。

「明日。学校が終わった後、ダンジョンへ行こうと思います」

未来の為に……より正確に言えば、未来の自分の為に。

備えを、しなければならないのだから。