軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話 黒い鼠

第十二話 黒い鼠

月曜日。

必要最低限の会話以外、誰とも言葉を交わす事もなく、学校での時間は過ぎ去った。

このままでは良くないと分かっているのに、行動に移す事が出来ない。拒絶される事が怖くて、今日も踏み出す勇気を持てなかった。

帰宅して早々に、鬱屈とした気分を振り払う様に制服を脱いで、着替えを済ませてリュックを手に取る。

ここからは、冒険の時間だ。

* * *

小鳥遊さんと合流し、バス停に向かう。

彼女はいつものミリタリージャケットを着て、こちらと挨拶をした後は、無言で足を動かしていた。

一定の間隔で響く足音の中、小鳥遊さんに問いかける。

「えっと、小鳥遊さん」

「はい。なんでしょうか?」

こちらが声をかければ、彼女は即座に反応する。

何となくそのリアクションに慣れなくて、少し気圧されそうになった。昨日の歓迎会で、打ち解けたつもりになっていたけど……。

まだ、自分はこの人との距離感がよく分かっていない。

「小鳥遊さんは、学校とか行かないの?デミ……『保護者』から、色んな手続きに必要な書類は受け取っているんだよね?」

今はまだ、敬語を外すのが精一杯だ。

「はい。ですが、今は未来への備えを優先すべきと考えています。私達には、時間がありません」

「そっか。そうだよね……」

「しかし、そうですね。もしも未来への備えが整ったら……通うのも、良いかもしれません。学べる事は、良い事です」

「……だね」

「私も2週間とは言え機械化手術後に訓練を受けられたからこそ、8年間生き延びる事が出来たと考えています。教育の有無が、生死を分けた光景を何度も見てきました」

一瞬だけ浮かんだ『免罪符』への希望も、続く彼女の言葉で消えてしまった。

やっぱり、正論とは耳に痛いものである。学校へは、きちんと行った方が良さそうだ。

『未来に起きる悲劇に備えて高校を休学します』なんて、両親には言えない。2人とも異能者になって、世間からの風当たりが強くなっている。それでも家計を支えて、自分を学校に通わせてくれているのだ。

100年後の話も、2人にはしないつもりでいるので、説明も出来ない。

両親にこれ以上心労をかけたくないというのもあるが、それ以上に秘密は知っている人間が少ない程良いと聞いた事がある。

信頼している、いないではなく、情報というのはどこから洩れるかわからないのだから。それこそ、他人の心を読む異能だって存在する。

小鳥遊さんから、未来では『この時代、日本の政治家の中に魔物が紛れ込んでいた可能性がある』と聞いているのだ。

むしろ、自分から情報が洩れてしまわないか心配である。

……相談相手が少ない事を窮屈に思うが、同時に秘密というのは蜜の味がするものだ。

明確に感じる、非日常の香り。何だか、自分が特別な人間になった様な気がする。本当に、気がするだけだけど。

未来で劇的な最期を迎えたという『矢広耕太』と、今の自分は違うのだから。

「あっ」

「え?」

小鳥遊さんが声を上げて立ち止まったので、自分も足を止める。

「……よく考えれば、私の経歴に関わる事も外では言わない方が良いですね」

「……それもそうだね」

彼女の言葉に、苦笑する。

色々と物騒な世の中になった今も、『機械化手術』とか『生死を分けた』とか、そういう発言は人の関心を惹くかもしれない。

少しだけ気まずそうにする小鳥遊さんと共に、バス停へと向かった。

* * *

本日訪れた『封鎖所』は、住宅街の中にあった。

5分も歩けば田畑が広がる場所に、十数軒が固まった場所。周囲にある家の庭に、錆びた小さなブランコが見える。

そして、コンクリで舗装されたその庭を突き破り、雑草がチラホラと目立っていた。人の気配は、まるでしない。

近所に『封鎖所』が出来れば、誰だってその土地に長居はしたくないものだ。こうして、空き家が『回帰の日』以上のペースで増えていると、テレビで言っていた気がする。

そうして逃げた人達は、どこで暮らしているのだろうか。アパートに引っ越したのか、実家に帰ったのか、それとも……。

嫌な考えを振り払いながら、更衣室で支度を済ませた。扉を出ると、またも小鳥遊さんが先に着替えを済ませて待っている。

「ごめん。その、お待たせ」

「いえ。それ程待っていません」

背中に棒でも入っているかの様に、シャンとした姿勢の小鳥遊さん。

その姿にまたも気圧されるが、これからダンジョンに入るのだ。いつまでも圧倒されていてはやっていけない。

こちらも背筋を伸ばし、彼女と共に受け付けを通って奥の部屋に向かう。

鉄の扉を越えた先。白い靄が囲う楕円形の入口を前に、『霊装』を展開した。

チラリと小鳥遊さんの方を見て、すぐに視線を逸らす。

……圧倒されてばかりではいけないと思うが、それでも色々と圧倒的だった。

「……小鳥遊さん。その、『霊装』の上から、何か羽織らない?」

「?いえ。魔物の攻撃は普通の装備では防げません。かと言って、魔力を帯びた防具の当てはありませんので」

「……そうだね」

ボディラインが出過ぎて、集中できないと。同い年の異性に面と向かって言える男子高校生がどれだけいるだろう。

そう誰にともなく自己弁護しながら、ランタン型のLEDライトを取り出し、剣帯に通した。

各『封鎖所』の情報が、対霊庁のホームページに記されている。その情報から、このダンジョンでは明かりを持ち込んだ方が良いと判断した。

小鳥遊さんも頭にライトを巻き、準備が完了したと親指を立ててくる。

それに自分も頷き、彼女が肩を掴んできたのを確認した後、入口へと足を向けた。

深呼吸を、1回。5秒数えながら息を吸い、同じく5秒かけて吐き出した。

神経が研ぎ澄まされていく。『霊装』の額当にある穴から、鬼の角が生えたのが感覚でわかった。

「行こうか」

「はい」

短くそんなやり取りをして、楕円形の入口へと踏み込む。

瞬間、ぐるりと世界が回転した。吸い込まれる様な感覚の後、すぐに足元の硬い感触が靴越しに伝わってくる。

ライトが照らし出したのは、石を組み上げて作った壁と床。上に目を向ければ、同じく石で作られた天井が見えた。

道幅は一車線道路程で、高さは3……いや、4メートル程。前回の様に、剣を天井に引っ掛けるミスをしなくて済みそうだ。

だが、通路の左端には大きな凹みがある。均一に造られたそれは、本来は水が流れていたのかもしれない。

魔物の領域。ダンジョンは、奴らが生きていた頃の光景を部分的にだが再現する。

対霊庁のホームページには、『もしかしたら下水だったかもしれない』と、書いてあった。臭いまで再現されていないのを、幸運に思うべきかもしれない。

腰の後ろから杖を引き抜き、左手で構えた。二刀流ならぬ一刀一杖も考えたが、この広さだと事故を起こしかねない。そもそも、まだその戦い方は試した事がないのだ。

今日は、別の事を『確認』に来ている。実益を兼ねた浪漫の探求は、また別の機会にするべきだ。

「じゃあ、小鳥遊さん」

「はい」

軍刀を抜いた小鳥遊さんが、前に出る。

それを見た後、ペンライトを取り出して紫色の光で壁を確認した。少しして、自衛隊が記してくれた目印を発見する。

ペンライトをしまい、スマホで地図を確認。道順を確認した。

「……ナビは、一旦僕が」

「了解。お願いします」

コツコツと、自分達の足音が通路に響く。

音の反響で、耳による索敵は出来そうにない。それが緊張感を増大させ、少し進んだだけだというのに汗が流れる。

曲がり角を2回曲がった辺りで、自分達のものとは別の足音が聞こえてきた。

随分と近い。音の正体を考える間もなく、正面からソレは姿を現した。

僅かに聞こえてきた足音は小さなものだったのに、暗闇に浮かび上がるその姿は大型犬を上回っている。

ライトに照らし出された、黒色の体毛。長く伸びた毛は一見するだけでゴワゴワとしており、実際の体格以上にシルエットを大きくしている。その背後で、長い尾が蛇の様に揺れていた。

ギョロリと赤い目がこちらを向き、不規則に伸びた髭がヒクヒクと震える。剥き出しとなった大きな前歯が、不気味に輝いていた。

『ヂヂヂ……!』

真っ暗な通路に、耳障りな鳴き声が響く。

『ブラックラット』

あまりにも安直なネーミングがされたソレは、幼子でも理解できる程に分かり易く、こちらへと殺意を向けていた。

「さがって!」

『ヂァッ!』

彼女の声に反応したかの様に、短い鳴き声を上げてブラックラットが小鳥遊さんへと牙を剥く。鉄板も容易く噛み千切るだろう歯を、彼女はひらりと横に避けた。

すかさず軍刀を突き出す。眼球を狙ったのだろうが、相手の方が速い。魔物が身を捻った事で、切っ先は体毛に覆われた額にぶつかり、そのまま皮膚を裂いた。

『ギッ!?』

悲鳴を上げながらも、ブラックラットは止まらない。身を捻った姿勢から、横回転。左前脚を小鳥遊さんへと振るう。

それも、彼女は回避。背中をこちらに向ける形で、地面を蹴った。

だがそこへ、鞭の様に長い尾が振るわれる。風を切る音を立てながら迫るそれを、彼女は身を屈める事で避けた。後ろに立っていた自分の目の前を、尻尾の先端が通り過ぎていく。

「うぉ……!?」

咄嗟に迎撃しそうになるのをどうにか堪え、杖を構えるにとどめた。

尾の横薙ぎを避けた小鳥遊さんが、鋭く軍刀を突き出す。鼻先へと迫る切っ先に、ブラックラットはその大きな口を開いた。

───ガキィッ!

甲高い音を立てて、閉じられた歯が軍刀を挟み込む。

「っ……!」

咄嗟に引き抜こうと動かす小鳥遊さんだが、ビクともしない。そのままブラックラットは首を傾け。

べキンと、刀身をへし折った。

『ヂヂッ……!』

鼠の頭が、不気味に笑った気がした。

半分程の長さになった軍刀を握り直し、小鳥遊さんが構えをとる。彼女にとっては、この長さの方が経歴的に使い易いかもしれないが……あの刃渡りでは、魔物に致命傷を与えるのは難しい。

杖の先を、ブラックラットに合わせる。

「撃ちます!」

「くっ……!」

自分の声に、小鳥遊さんと魔物が同時に反応した。

素早く右へ跳んだ彼女。言葉はわからずとも、敵意の有無は分かったのだろう。ブラックラットが、こちらを睨みつけた。

杖先から逃れようと、俊敏な身のこなしで小鳥遊さんとは逆方向。通路端の凹みに跳び込もうとする怪物の動きを、しかしこの魔眼は『視』ていた。

引き金を絞れば、風の鉄槌が発射される。毛皮に覆われた体を殴り飛ばし、ブラックラットが吹き飛ばされた。

衝撃で床に転がる化け物へと、即座にレバーを動かす。空になったスクロールケースが落下し、キンと音を立てた。

2発目を叩き込めば、骨が折れる音が通路に響く。ブラックラットの口から血が噴き出し、ヒクヒクと全身を痙攣させた。

3発目の用意をし、その光景を睨みつける。数秒程で、巨大な鼠は黒い靄となって消え失せた。

後に残った魔石を拾うより先に、小鳥遊さんに顔を向ける。

「その、大丈夫?」

「はい。負傷はありません」

そう答える彼女だが、発せられた声には僅かに苛立ちが混じっていた。

大型犬よりも一回りは大きな、人食いの鼠。それは常人からすれば恐ろしい脅威である。異能者とて、霊格……ゲームで言うレベルの育っていない内は、タイマンは危険な相手だ。

それを相手に、何故小鳥遊さんは最初一騎討ちをしたかと言えば。

「……私に、前衛の適性はないのかもしれません」

盾役の役割が出来ないか、確認する為であった。

……いや、見るからに肉弾戦向いていないでしょ、貴女。

個人的には納得しかないので、深く頷いておいた。