軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 自称オタクに優しいギャル

第十話 自称オタクに優しいギャル

小鳥遊さんと、『より良い未来』を目指すと決めたものの。

自分には、いいや自分達には、高すぎる壁が待ち受けていた。

……背筋に氷の刃が当てられた様な怖気が走り、本能が逃亡を訴える。しかし、己の両足は震えてまともに動かない。

心の安寧の為に閉じられていた瞼をこじ開け、塞いでいた耳元で呪詛を囁く悍ましき祭事。多くの人間を荒波へと突き落とし、その在り方の変容を強制するもの。そして、変われなかった異端者を炙り出す儀式。その名も───。

『歓迎会』

数多の社会人が心折られたという、恐ろしき狂宴が、迫っていた……!

「……なぜ、そんなにも緊張しているのですか?」

喫茶『アルフ』の前にて、ミリタリージャケットを羽織った小鳥遊さんが首を傾げてくる。

一旦家に帰り、先程バス停で合流した。どうやら、彼女はこの恐ろしき狂宴を前にしても、なんら動揺していないらしい。

「いや、だって知らない人達と、これからパーティーと言われましても……」

「これから知り合いになる為のパーティーなのでは?」

小鳥遊さん。どうか、正論は時に人を傷つける事を知って頂きたい。

ぐうの音も出ず、遠い目をする。

「それに、パーティーと言っても噂に聞く高官達が集まって行うものではなく、カジュアルなものだと予想されます。私も未経験ですが、緊張する必要はないかと」

やめなされ。正論に正論を重ねるのはやめなされ。

「そしてなぜ、私から距離をとっているのですか?」

3メートル程離れた位置に立つ自分に、小鳥遊さんはスタスタと歩み寄ってくる。

同じ分だけ距離をとろうとしたが、流石に失礼かつ不自然だとどうにか耐えた。

正面に立つ小鳥遊さん。彼女の爆乳が、自分の鳩尾近くにまでやってくる。それに心音が激しくなり、頬が熱くなった。

そっと、明後日の方向に目を逸らす。

「だ、だって、その、並んで入るのは、恥ずかしい……ですし」

異性と一緒に、喫茶店へ。

その事実だけで、夢に見た青春の1ページが埋まってしまう。とても、自分の心臓が耐えられるとは思えなかった。

キョトンとした顔で、小鳥遊さんは自身の服を見下ろす。

「私の服装に、何か不備があったでしょうか?この時代の衣服として、不審な点はないと思っていたのですが」

「い、いえ、小鳥遊さんに悪い所なんて、何も……!」

そもそも、Tシャツにジーパン、スニーカーと。ミリタリージャケット以外はごく普通の服装である。上着とて、そこまで違和感のある品ではない。

ただ、着ているのが絶世の美女かつ、ダイナマイトボディだから非常に目立つ。バスを乗り降りする時も、運転手さんや乗り合わせたお爺さんが思わず二度見していたぐらいだ。

そんな彼女なので、自分としては非常に近寄りがたく思える。

「では、なぜ」

「いやー……僕は、異性に、その、あまり慣れていないと言いますか」

「……別に、一緒に歩くだけなら慣れなど関係ないのでは?」

それは、強者の理屈だ……!

内心でそう叫ぶも、口に出せるコミュ力があればこんな苦労はしていない。

「とりあえず、中に入りましょう。お店の前でずっと立っているのは、マナー違反の可能性があります」

「……はい」

未来人に現代の常識を説かれてしまった。我ながら非常に情けない。

あれ、おかしいな。目から汗が……。

心の中でドナドナの曲を流しながら、小鳥遊さんに続いて店に入る。

しかし、中に井上さんの姿は見えず、代わりに見慣れない人物が出迎えた。

「ありゃ、いらっしゃいませ。でもごめんなさい。今日は貸し切りなんですよー」

ダークエルフの少女が、こちらに申し訳なさそうな顔をして小さく頭を下げてくる。

何故か、メイドさんの恰好で。

ドラマやアニメでしか見た事がない、クラシカルなメイド服であり、彼女の動き合わせて長く黒いスカートがひらりと揺れる。

コスプレめいた服装なのだが、着ているのが美人さんなのもあって非常に似合っていた。

セミロングの銀髪に、褐色の肌。ワンサイドアップに結われた髪から、横方向に長く伸びた耳が覗いている。

歳の頃は自分達と同年代か、少し下だろうか。しかし、その体つきは非常にメリハリのついたものだった。小鳥遊さんには及ばないものの、どことは言わないが十分に大きい。

クリクリとした大きな灰色の瞳に、すっと通った鼻筋。目を見張る様な美貌に、どこか『へらっ』とした笑みを浮かべている。

メイド服を着たその少女は、自分達の顔を見て首を傾げた。

「って、あれ?もしかして、お二人は新しくうちに入った人達?」

「はい。クラン『アルフ』に加入した冒険者です。私は小鳥遊美由。こちらは矢広耕太さんです」

メイドさんの問いに、小鳥遊さんが淡々と答える。

それを聞き、彼女はパチンと手を合わせた。

「ああ、なるほど!『お祖母ちゃん』が言っていたのは君達なんだね!」

楽しそうな笑みを浮かべたメイドさんは、両手の人差し指を自分達に向け、ウインクしてくる。

「ヘーイ!ようこそ、クラン『アルフ』へ!君達の先輩として、歓迎しちゃうんだぜ☆」

何とも、フランクな挨拶であった。あまりのハイテンションに、口元が引きつる。

この人物が何者なのかはわからないが、陽の者である可能性が高い。自分とは相容れない存在であると、再び今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。

……ん?『お祖母ちゃん』?

「わた……あーしは、『 井上璃子(いのうえりこ) 』!璃子ちゃんって呼んでくれよな!璃子ちゃん先輩でも良いんだぜい!」

井上。なるほど、マスターの方の井上さんのお孫さんか。ややこしいので、今後はお祖母さんの方の井上さんは『マスター』と呼ぶべきかもしれない。

しかし、つくづく、種族による見た目年齢の変化には驚かされると内心で苦笑する。いや、マスターが高齢なのは、察してはいたが。

横ピースをする井上璃子さんに、小さく会釈する。

「あ、はい。どうも……その、矢広です。よろしくお願いします……」

「声が小さいぜぇ、矢広っちぃ!てか……もしかして結構緊張しぃ?心音爆上がりけり?」

「は、はい。そう、かも……です」

「マジか。そんな絵に描いた様な『メスお兄さん』フェイスで、コミュ障な事あるんだ」

今なんて言った????

何か、とんでもない評価をされた気がする。

同じく疑問を抱いたのか、小鳥遊さんがその細い顎に指を当てながら、眉を僅かに寄せた。

「失礼ですが、『メスお兄さん』とは?生物学的に女性を意味するメスでしょうか?それとも、医療器具の……?」

「うぇ、あ、いや、今のは口が滑っただけだし。気にしナイトプール!PON!PON!矢広っちもめんご!」

小鳥遊さんの問いに、井上璃子さんが視線を逸らす。

……何というか、個性的な人だ。

そんなやり取りをしていると、店の奥からマスターがやってくる。

「やあ、2人とも来てくれたんだね。ようこそ。歓迎するよ」

「あ、どうも……」

「はい。ありがとうございます」

「いぇい!今、あーしが先輩としてこのクランに歓迎した所だよ!」

「……璃子。先輩って言うけど、たった1日しか違わないでしょ」

「違いますよー!まったくこれだから素人は」

「私、素人どころかクランマスターなのだけど……」

「1日でも先輩は先輩なんですー!何事も1日の差はグレートビックベン!」

「グレート……?時計塔……?」

困惑した表情のマスターに、井上璃子さんは唇を尖らせる。

というか1日差って、つまり金曜日に加入テストを受けていたのか。確かにそれは誤差である。

しかし、小鳥遊さんは納得した表情で頷いた。

「そうですね。1日でも先に加入なされたのであれば、先任冒険者という事です。よろしくお願いします、璃子ちゃん先輩」

「お、おお……!?」

ビシッ、と背筋を伸ばす小鳥遊さんに、井上璃子さんが戸惑った様子で仰け反る。

「えっと……もしかして、美由っちはミリタリーオタな感じ?」

「おた……?申し訳ありません。おっしゃっている意味がわかりません」

「あ、いや。何でもない、何でもない」

井上璃子さんが慌てて首を横に振った後、こちらに視線を向けてきた。

「しかし、コミュ障な男子。しかもあのどもり方……ふむ」

「えっと……?」

何やら真剣な、それでいて値踏みする様な視線に、思わずたじろぐ。

「璃子。あまり、失礼のない様にしなさい」

「待って、お祖母ちゃん。これは重要な事なんだ」

「……お店の中では、お祖母ちゃんの事『マスター』って呼んでほしいなぁ……」

しょんぼりとするマスターを余所に、井上璃子さんはスカートのポケットからスマホを取り出した。

ミニキャラのキーホルダーをジャラジャラさせながら、彼女は画面をこちらに突きつけてくる。

その表情には、どこか鬼気迫るものがあった。

「簡単なアンケートです。お気軽にお答えください」

なに、そのどこかで聞いた事がある様な定型文。

「え、あ、はい……」

「質問その1、これは?」

しなやかな綺麗な指が画面をスライドしたかと思えば、見覚えのある画像が出てくる。

「え、ガン〇ム……?」

V字アンテナが特徴的な、トリコロールの人型ロボット。見間違えるはずもない。

何故か、目元に黒い横線が引かれているけれど。

「その2、これは?」

「シャ〇専用ザ〇……」

またも、目元に黒い線が引かれていた。容疑者かな?

こちらが答えると、彼女は画面をスライドしていく。

「その3、これは?」

「グ〇……ですよね」

「その4、これは?」

「ゲッ〇ー……?」

「その5、これは?」

「……何かの、戦隊ヒーローのレッド?」

「その6、これは?」

「えっと、たぶん仮面ライ〇ーの……V〇?」

「その7、これは?」

「ドラゴ〇ボールのラ〇ィッツ……」

「最後の質問。これは……?」

「……すみません。プリ〇ュアは全然知らなくって」

「……なるほど」

スマホをポケットにしまい、彼女は『うんうん』と頷いた後。

「やっほー!オタク君じゃーん!どったん?元気?」

「は?」

もの凄いハイテンションで片手を上げてくる井上璃子さんに、動揺を隠せない。隣では、小鳥遊さんも目を白黒させていた。

手を上げた勢いで揺れた巨乳から気合と理性で視線を引きはがし、どういう事だとマスターに顔を向ける。

しかし。

「その……うちの孫が、ごめんねぇ」

我らがクランマスターは、目元を手で押さえて天を仰いでいた。

「大丈夫だぜ、オタク君。タイタニックにインしたつもりでいてくれて、問題ナイトプール!パシャパシャ!いとテンション上がりけりしてけ!」

謎の自信と共に、井上璃子さんはサムズアップをしてきた。

「何故なら───あーしこそが、『オタクに優しいギャル』だからよ……!」

……わけがわからないよ。