作品タイトル不明
21 視察
「アメリア様」
部屋を出ると、廊下でロザリーが待っている。その表情が、いつになく険しい。
「先ほどの侍女のひとりが、ラドウィック伯爵と繋がりがあるようです」
ラドウィック伯爵。その名をアメリアも知っている。
財務院副大臣を務めていて、あの王妃に近しい人物だ。
(やはり、そちらのつながりがあるのね)
アメリアが続きを促すと、ロザリーは一度、小さく息を吐いた。
「それから、リーナに課せられていた仕事の多くは、本来あの侍女たちが担うべきものでした」
声は平静だが、言葉の端に力がこもっている。
「彼女たちが怠けた分を、言いくるめたリーナに押し付けていたようで。当然、給料も増えていません」
アメリアは頭の中で構図を組み立てていく。
侍女たちはリーナを使い走りにして自分たちの仕事をさぼり、給料の約束で繋ぎとめて体が壊れるまで働かせていた。
そしてリーナが倒れれば「呪い」だと言えばいい。ユリシスへの疑念を城の中で育てながら、自分たちは手を汚さずに済む。いくつかの不穏な事故は全て、命じられたリーナが実行したこと。
これをきっかけに噂が広がれば、人は自分の不運をも呪いのせいにする。これまでユリシスを蝕んできたものの根も、きっと同じ種類の悪意なのだろうと思った。
(本当に、ひどい御方ですね)
これまでのことも、今回のことも、全部根は同じだ。誰かがそう仕組んだのだろう。ラドウィック伯爵を通じて、もっと上から。
ふつふつと、胸の奥から何かが込み上げてくる。怒りと呼んでいいのか、それとも別の何かなのか。リュストアに来て、少しずつユリシスや城の空気が良い方に変わってきている中で、それを壊そうとしている者がいる。
呪いという言葉を盾に、この地の人々を蝕もうとしている者が。
「……もうお別れかと思っていましたけれど。こちらにまで手を伸ばしてくるのですね、王妃殿下」
アメリアはゆっくりと前を向いた。静かな炎が、瞳の奥で揺れる。
「ロザリー。これからも頼んだわ」
「はい! もちろんでございます。尻尾は見えましたね、アメリア様」
「ええ。しっかり捕まえましょう」
諜報もこなす頼もしい侍女に、アメリアはふっと息をほどいた。
***
それから数日後、アメリアは城の北側にある鍛錬場へ向かっていた。
まだ朝の鍛練の時間だ。ユリシスはまだ剣を手にしている。汗を拭いながら騎士と何か話していたが、アメリアが近づくとすぐに気づいて振り返った。
「アメリア。どうした」
「少しお話があって。リュストアの町へ視察に行きたいのですが、カイルをお借りしてもよろしいですか?」
ユリシスの動きが止まる。
「…………」
長い沈黙だ。ユリシスはアメリアを見ては何かを言いたそうにして、だが口を噤む。眉が僅かに寄っていた。
(心配してくださっているのね)
アメリアが黙って待っていると、意を決したようにユリシスが顔を上げる。
「……君に何かあってはいけない。だから」
「じゃあユリシス様も一緒に行きましょうっす!」
後ろから、いつもの口調でカイルが割り込んできた。
「そうしたら、奥様もユリシス様も安心ですし。一石二鳥っすね!」
「しかし、私が行っては領民を恐れさせてしまうかもしれない」
その言葉を聞いた瞬間、アメリアは胸がぎゅっと締め付けられる気がした。自分が誰かを傷つけてしまう存在だと、当たり前のように思っている。
(そんな顔をさせたくありません)
そう思ったアメリアは、ずいと前へ出て、ユリシスの手を取る。
「わたくしも、ユリシス様がご一緒してくださると心強いですわ」
「っ、アメリア……」
ユリシスが固まる。金の瞳が、今度は戸惑ったようにアメリアを見ていた。
「領民の方々が何をおっしゃるか、ご自分の耳で聞いてみてくださいませ。わたくしの言葉より、ずっと説得力がありますから」
先日の湖畔で騎士たちから話を聞いたアメリアには、確信に似た思いがある。きちんとした政を為す領主を、民は見ているはずだ。
「……分かった」
ユリシスはしばらく繋がれている手をじっと見つめ、それからゆっくりと頷いてくれた。
***
町の中心部で馬車を降りると、人々の視線がアメリアへ集まる。
「あれが、新しい奥方様か」
「リュストアに来てくださったのか」
「綺麗な人だねえ」
ざわめきが広がる。アメリアはドレスの裾を軽く摘み、凛と背筋を伸ばす。
「はじめまして。リュストア公爵夫人のアメリアと申します。皆さまのことをもっとよく知りたくて、参りました」
その言葉に、人々の表情がほぐれた。市場を歩きながら、アメリアは次々と声をかけていく。誰もが少し驚いた顔をしながら、それでも嬉しそうに話してくれる。
アメリアの隣では、ユリシスがフードをかぶったまま護衛として静かに立っていた。黒髪を見せては怖がらせてしまうと言って、顔を隠している。
そこへ、荷車を引いた壮年の男が声をかけてくる。
「奥方様、先月の川沿いの道の修繕、本当に助かりましたよ。おかげで荷が運びやすくなって」
「それはよかったわ」
「領主様が来てすぐに手を打ってくださって。前の代官の時とは大違いで……本当にありがたい話です」
その言葉に、アメリアはちらりとユリシスを見る。フードの下で、彼の目が僅かに揺れた。
「呪われた王子なんて、誰が言い出したんだか」
また別の男が笑いながら言う。こちら側の空気に亀裂が入ったように緊迫したが、アメリアはそれを顔には出さない。
「道を直してくれて、それにお強いんだろう? 盗賊も来なくなるし、うちの子供らが安心して外を歩けるようになったんだ。そんな領主様のどこが呪いなんだ」
周囲からどっと笑いと頷きが起こった。
「そうだそうだ」
「騎士団も強くて頼もしいしな。ちっと飲み過ぎだが」
「この土地を守ってくれる方々だ。ありがたいことだなあ」
口々に声が上がる。誰も恐れていない。誰も忌避していない。ただ、当たり前のように感謝している。アメリアは笑顔を保ちながらユリシスの袖をそっと引いた。
「……っ」
彼の顔を見上げると、フードの下の金の瞳がかすかに揺れている。
これほど真っ直ぐな言葉を、これまで受け取ったことがなかったのかもしれない。そう思いを馳せて、アメリアも唇を引き結ぶ。
領民たちが去って、アメリアはようやく口を開いた。
「ユリシス様。わたくし、他にも行きたいところがあるのです」
「行きたいところ?」
「はい。お城に来た時に、ふかふかの寝具に驚かされました。リュストア振興の糸口になるかと思ったので、織物屋さんを探したいのです」
「あ、ああ。わかった」
アメリアは張り切った笑顔でユリシスの袖を引いた。少し戸惑いながらも、ユリシスはアメリアの後ろをついて歩く。
図体の大きい謎の護衛騎士を引っ張り回す公爵夫人の姿は、このあと少し町で話題になったのだとか。