軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22 月綿

***

アメリアが月綿の見本と書簡を王都の商会へ送ってから、ひと月ほどが経った。あの騒動から城は落ち着きを取り戻しつつある。

「アメリア様、アルジェント商会の方がいらっしゃいました」

アメリアが執務室で本を読んでいると、ロザリーが小走りで入ってくる。彼女にしては珍しく、興奮を隠せないでいた。

「さすがはエドマンドね。もう手配してくれるなんて。すぐに行くわ」

アメリアは本を閉じて立ち上がる。

アルジェント商会。それは、エドマンドが侯爵家の名を隠して始めた商会の名前だ。きっと例の件について、なにか進展があったに違いない。

あの街歩きの日からアメリアはひとつの計画を進めていた。織物屋の店先で、月綿という素材でつくられた寝具についていくつか確認をしたのだ。月綿は夜にしか咲かず、リュストアにしか生えない植物だという。軽く、暖かく、王都では手に入らない上質な繊維。領民たちは当たり前のように布団に使っているが、その価値をまだ誰も外へ向けて発信していない。

彼らにとって当たり前すぎることと、これまで交易が軽視されていたことが、功を奏したのかもしれない。

──この品を王都へ送り出せば、きっと話題になる。

帰城してすぐ、アメリアはエドマンドへの書簡をしたためた。直接侯爵家に送れば王妃の目が入る可能性がある。だから彼の有するアルジェント商会へ、見本の月綿寝具と共に託したのだった。

(すぐに動いてくれたのね。ありがたいわ)

遠い地の弟に思いを馳せながら、アメリアは早足で廊下を歩いた。角を曲がったところで、向こうから歩いてくる人が見える。

シャツにベストという軽装のユリシスだ。書類を抱えているところを見ると、執務室から出てきたばかりらしい。

「……アメリア!」

アメリアに気づいた瞬間、険しかった彼の表情がぱっと和らぐ。心なしか、笑んでいるようにも見える。かわいらしいことだ。

「ユリシス様、お疲れ様です。今日は執務とおっしゃっていましたが、終わったのですか?」

「ああ、ちょうど片付いたところだ。アメリアはどこに?」

ユリシスはアメリアの隣に並び、自然な足取りで一緒に歩き始めた。

「応接室へ行くところですわ。アルジェント商会の方がいらしたの」

ユリシスが少し足を止める。

「……同席してもいいだろうか?」

「もちろんですわ。ユリシス様はこの領地の主ですもの」

こうして気兼ねなく一緒に過ごすことができるなんて、最初の頃からしたらものすごい進歩だ。

(最近は、少し表情が晴れたような気がしますわ)

原因さえ潰してしまえば、呪いの声など聞こえなくなる。彼女たちの処遇についても、ユリシスと二人で話し合って決めた。少しずつ、信頼が強まっているような気がして、アメリアは頬をゆるめた。

応接室に入ると、王都から来た商人が立ち上がった。三十代ほどの、目の鋭い男だ。アメリアに続いてユリシスが入ってきた瞬間、商人の目が僅かに見開く。

リュストア公爵が直接出てくるとは思っていなかったに違いない。だが商人はすぐに居住まいを正し、深く頭を下げた。

「アルジェント商会のコンラートと申します。リュストア公爵閣下、公爵夫人。このような機会を賜り光栄でございます」

その目に侮るような光はない。さすがはエドマンドの関係者だ。

「コンラート様。ようこそいらっしゃいました。早速お話を聞きたいわ」

「はい。ではまず、月綿の件からご報告いたします。奥様からお送りいただいた見本を、王都の上得意様にお見せしたところ、大変な反響がございました!」

コンラートの表情が、報告しながらも自然と明るくなっていく。本当に手応えがあったのだろう。

「それは素晴らしいわ。どのように売り込んだのかしら」

「はい。最初は限定受注生産ということにして、数を絞ったのです。それが功を奏しまして、王都の見栄っ張りな方々がこぞってご注文くださいました」

「素晴らしい案ね。彼らは新しいものと美しいものが大好きですもの」

アメリアは思わず笑みを深めた。エドマンドらしい、鮮やかな一手だ。

「エドマンド様から提案いただいたんです。おかげさまで。今や『北の眠り布団』として、貴族の奥様方の間でかなりの話題になっております。軽くて暖かく、王都では手に入らないと」

「……そうしたものは、庶民には届かないのか?」

ユリシスが静かに口を開く。

コンラートはそれに応えるように、大きく頷いた。

「実はそこも考えておりまして。布を工夫することで、庶民向けの廉価版も展開できると踏んでいます。まずは貴族向けで名を広め、その後に裾野を広げていく算段です」

「なるほど」

「それで、早速生産の件についてご相談したいのですが……」

商人が身を乗り出した。

「来季に向けて、まずは千ほどご用意いただくことは可能でしょうか」

ユリシスが目を見張った。

「千、だと」

千。辺境の領地にとっては、大きな数だ。それだけの月綿を集め、加工し、出荷する体制を整えなければならない。

「それだけの数を揃えるのはすぐには難しい」

ユリシスが静かに言う。正直な答えだ。

「もちろん承知しております」

商人はにこやかに頷く。

「少しずつ体制を整えていただければと。うちも販路を広げながら待ちますので! もちろん、契約書も先に結びましょう。我々としても先行投資をいたします」

アメリアはユリシスの手をそっと取る。

「頑張りましょう、ユリシス様」

アメリアは静かに微笑んで、ユリシスの目を見つめた。考えることはたくさんある。それでも、この辺境の地の産業がうまく回転していければ、領民たちの生活も豊かになるはずだ。

ユリシスはしばらくアメリアを見つめ返していた。それからゆっくりと頷いた。

「そうだな。領民たちの生活も潤うだろう」

繋いだ手に、ユリシスの指がわずかに力を込める。

「ありがとうございます、奥様、閣下!」

商談がまとまり、商人が満足そうに頭を下げた。一通りの話を終えて立ち上がった商人は、帰り際に「そうだ」と振り返る。

「エドマンドぼっちゃんには、公爵夫人が息災であることをお伝えしておきますね」

「コンラートさん。エドマンドは元気にしていますか?」

アメリアはようやくそう尋ねた。手紙のやりとりはしていても、しばらく家族に会えていないのだ。

「それはもう。とにかくがむしゃらに働いていますよ。侯爵夫妻もご壮健であられます」

遠くにいる家族のことを思うアメリアを察してか、コンラートは口元をやわらかく綻ばせた。

(よかったわ、みんな元気にしているのね)

アメリアはほっと胸を撫で下ろす。

「エドマンドに無理はしないようにと伝えてくださいませ。寝具を蹴飛ばす癖があるから、お腹を冷やさないようにこの月綿布団で寝て欲しいわ」

「はは、お伝えしておきます! それと……」

商人はアメリアとユリシスを交互に見て、意味深にニカっと微笑む。なんだろうか。

「ぼっちゃんには夫婦関係も問題なしとお伝えしますね。お子様関連の商品が必要になりましたら、すぐに卸に馳せ参じますので、ぜひ我らアルジェント商会にお声がけください」

大袈裟に腰を折って、その人は颯爽と応接室を出ていく。残された応接室に、しばらく沈黙が漂った。

「……子供」

ユリシスが静かに呟いた。その声に顔を上げると、金の瞳とパチリと目が合ってしまう。どちらも、何も言わない。暖炉の薪がぱちりと音を立てる。

アメリアは視線を逸らそうとして、逸らせない。ユリシスもそのままアメリアを見ている。金の瞳が、いつもより少し近い気がした。

廊下からロザリーの足音が近づいてきた瞬間、二人は同時に視線を外す。

「お茶をお持ちしました。どうかされましたか?」

「いえ、なんでもないわ。この部屋は少し暑いわね」

「冷たいお飲み物にいたしますか?」

「そうね、お願い」

ロザリーが急いで準備をする姿を見ながら、アメリアは火照った頬をパタパタと手で扇ぐのだった。