作品タイトル不明
20 侍女たち
「調べてまいりました」
しばらくして戻ってきたロザリーの表情は硬い。
「リーナの寝床は北側の納戸です。窓もなく、暖炉もない。夜は毛布一枚で過ごしていたようで」
アメリアは黙って続きを促す。以前リーナの処遇については確認したはずだ。それなのに、以前よりも労働環境が悪化してしまっている。
「食事も、他の使用人より少ない量しか与えられていなかったようです。しかも仕事の量は人一倍で、早朝から深夜まで休みなく動かされていたと、同じ部屋の使用人が言っておりました」
「誰の指示で? 以前も働かせすぎないようにと指示したはずよ」
「それが、侍女頭や立場が上のメイドたちからだったようです」
「……そう。ではその侍女たちをここに呼んでもらえるかしら」
「かしこまりました」
ほどなくして、ロザリーによって応接室に三人の侍女たちが集められた。侯爵家ゆかりの者ではなく、以前からリュストア城にいた者たちだ。アメリアは椅子に腰かけたまま、静かに三人を見渡す。
「リーナの体調のことは、知っていたかしら」
「は、はい……しかしこれは呪いのせいで、私どもには」
「呪いは、都合のいい免罪符ではありませんわ」
またその言い分だ。笑みさえ浮かべたアメリアの穏やかな声は、だからこそ刃のように刺さった。侍女たちの顔が青ざめていく。
「窓もない納戸に寝かせ、食事を減らし、深夜まで働かせる。それで倒れたとしても、呪いのせいにするつもりなの?」
「そ、それは……」
侍女たちは顔を見合わせ、深く頭を下げる。その目には、まだ光が残っていた。
「お言葉でございますが、私どもは先代の領主の頃よりこの城を守っています。その私どもに、奥様がご着任されてすぐに口を出されるのはどうかと思います!」
一番年嵩の侍女が、目を泳がせながらもしっかりと発言した。
なるほど。それが彼女たちの考えなのだろう。アメリアを女主人として認めないというところまでが、一連の騒動の一部にあるようだ。アメリアは一歩前へ出る。笑みは崩さない。
「先代の頃よりお仕えとのことですが、今の城の主はユリシス様ですわ。そして、わたくしはその妻。つまり、この城の女主人はわたくしです」
誰も口を開かない。
「わたくしは使用人を酷使して疲労で倒れさせる環境を是としません。ですがあなたたちは違うのですね」
アメリアは少し首を傾げる。
「そんなにそのやり方にこだわるのでしたら……そうだわ、前代官のグレイソン伯爵のところへ紹介状を書きましょうか。今は別の土地で代官をされているとか。先代のやり方がお好みであれば、きっとお気に召すと思いますわ」
「そっ、それは……!」
侍女たちの顔から、今度こそ血の気が引いていく。前領主のグレイソン伯爵はなかなかに癖のある人物で、簡単に言えば領民を顧みない人柄だったと聞いている。
そこへ送られるということの意味を、彼女たちは瞬時に理解したのだろう。
「い、いいえ……! そのようなことは望んでおりません」
「遠慮せずともいいのよ。紹介状があれば無碍にはされませんわ」
アメリアはにっこりと微笑んだ。貴族家に勤めるためには紹介状が必要だ。それを渡すと言っているのだから、遠慮はいらないというのに。
長い沈黙の後、三人は深く頭を下げる。今度は、目の光が完全に消えていた。
「このお城で、働かせてください!」
「わ、私は何度もやめた方がいいと言ったんです!」
「な、何よあなた、ひとりだけ!」
三人の侍女たちは血相を変えてお互いを罵倒し始める。アメリアはため息をついた。
「下がりなさい。ロザリー、彼女たちを」
「はい。もう話は終わったので皆さん部屋に戻ってください。荷造りは明日までに済ませてくださいね」
「そんな……!」
ロザリーが三人を部屋の外へと押し出していく。
彼女たちの出自についても隈無く調べ上げる必要がある。彼女たちが、アメリアへの不満だけでこの問題を起こしたわけではない気がした。
彼女たちを罰しても、根本はきっと解決しない。
(次は、リーナに話を聞かないとね)
アメリアは窓の外へ視線を向ける。夕暮れのリュストアの空が、茜色に染まり始めていた。
この城には、確かな悪意が渦巻いている。
ため息をひとつ落として、アメリアは自室で知らせを待つことにした。
──それから数刻ほどして、リーナが目を覚ましたという報せが届いた。
アメリアが部屋を訪ねると、リーナは布団の中で小さくなっていた。アメリアの顔を見た瞬間、彼女の目にじわりと涙が浮かぶ。
「奥様……ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
「謝らなくていいのよ。体の具合はどう?」
「はい、だいぶ、楽になりました」
アメリアは椅子を引き寄せ、リーナの傍らに腰を下ろす。
「あの、奥様……お医者様のお金、わたしには払えません……」
リーナが布団の中で小さくなりながら、消え入りそうな声で言う。
「それはわたくしが手配したことだから、あなたが気にする必要はないわ。使用人が倒れれば医師を呼ぶのは当然のことよ」
「で、でも……」
「それよりリーナ、聞かせてちょうだい」
アメリアは穏やかに続ける。
「あのような寝床と食事では、とても体調管理などできないわ。どうしてそんな暮らしをしていたの?」
リーナはしばらく黙っていた。それからぽつりと口を開く。
「たくさん働けば、お給料を増やしてくれるって……言われていたんです。だからわたし……」
アメリアは表情を変えない。
「どうしてそんなに給料が必要だったの?」
「弟が病気なんです。薬代が必要で……」
リーナの声が震える。
「親はもういないので、弟だけが家族なんです。だから、どうしても」
「そう」
アメリアは静かに頷く。エドマンドのことが、ふと頭をよぎった。その気持ちだけは、立場が違っても、アメリアにはよく分かった。
──それでも、リーナがしたことが全て許されるわけではない。
「リーナ。今は体を治すことだけ考えなさい。それから話をしましょう? あなたが花瓶を壊したことや、厨房に立ち入ったことについて」
「っ!」
アメリアはそっと微笑んで、立ち上がる。城で起きた呪いの出来事は、どれもささやかな出来事だった。全てが人為的で、仕組まれているような。
「ではね、リーナ」
それだけ言い直してアメリアは部屋を出る。リーナの顔は、すっかり青ざめてしまっていた。
悲しさと虚しさがないまぜになったようで、心の中は複雑だ。それでも前を向かなければならない。