軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十二話 一生残る傷だとしても

第七十二話 一生残る傷だとしても

「───父上が、姉上をこんな怪物に変えてしまったのか」

会議に使われていた天幕とは、また別の天幕。

調度品からして豪華さが違い、一時とはいえ皇帝が使うに相応しい内装をしている。これで寝食に使う天幕は他にもあるのだから、驚きだ。

しかし、そんな煌びやかな空間で、中央に座す人物は背中を丸め物憂げに額を押さえていた。

我らが総大将、クリス様である。

やはりというか、まだ15歳の彼女に世界は厳し過ぎたのだ。

「ほらほらクリス様!クロノっちがいらっしゃったすよ!」

それを励まそうと、アリシアさんがバンバンと音をたててクリス様の背中を叩く。

……不敬罪な気もするが、本人達が気にしていないので見なかったことにした。公的な場でもないし。

彼女の言葉に、クリス様がノロノロと顔を上げる。

「クロノ・フォン・ストラトス。参上いたしました」

「クロノ殿……すまない。貴殿も大変なのに、呼び出してしまって」

「いえ。忙しいことは否定しませんが、戦友と語らう程度の時間はあります」

彼女らのテンションに合わせて、こちらも少しだけ砕けた口調で返す。

それに対し、クリス様の顔が少しだけ綻んだ。

「そう言ってもらえて嬉しい。そうだ。例の鎧と剣はどう?変な所はない?」

「一切ありません。おかげさまで、僕自身は傷一つ負わずに済みました。ただ、戦闘で多少汚れてしまったので、今は整備中ですが」

なんせ、組み付いてきた相手を握りつぶしたりしていたので、鎧の表面は勿論、隙間から入った血肉で大変なことになっている。

ついでに若干の凹みなどもあるので、うちの兵士に洗ってもらった後は従軍鍛冶師に見てもらっている所だ。

「そっか。君の役に立てて良かった」

「ありがとうございます。働きにて、クリス様へのご恩に報いる所存です」

「いやいや。そもそも前の装備が壊れたのも、ボクの命令で戦ったことが原因だし……あの鎧と剣のことは、気にしなくて良いよ?」

「では、友人らしく恩を返し返されということで」

「うん……!」

少しだけ、クリス様の顔が明るくなった。

親衛隊と彼女は仲が良いが、どちらかと言えば家族のような関係なのだろう。同世代で、なおかつ秘密を共有する友人ということで自分には心を許してくれているらしい。

ただ、友情や敬意を恋慕と勘違いしている疑いはあるが……まあ、自分がとやかく言うことでもない。

そう言った感情は麻疹のようなものである。聡明なクリス様のことだから、勘違いには自分で気づくはずだ。なんなら、アリシアさん辺りが普通に答えを言う可能性もある。

「それで……失礼ながら、先程おっしゃっていたことが聞こえてしまいました。申し訳ございません」

「……姉上のことか」

「はい。コーネリアス前皇帝陛下の行いについて、悩んでおられたようですが……」

「うん……」

少しだけ柔らかくなっていた彼女の表情が、再び氷のように固く冷たくなる。

「覚悟ができているとは……断言できない。迷いはある。でも、今更軍を止めることはできない。止めるつもりもない」

以前話したことを覚えているのだろう。一朝一夕で身内殺しの覚悟ができるわけもなく、迷うのは当然のことであると彼女に言った。

その上で、クリス様は振り上げた拳を然るべき場所に叩きつけようとしている。

「それでも、今日の戦で思ってしまったのだ。ボクに、何かできることはなかったのかと」

「クリス様……」

傍に立つアリシアさんとシルベスタ卿が、主の様子に視線を落とす。

「理屈ではわかっているんだ。あの頃のボクは、今以上に幼く無力だった。それでも、あの優しかった姉上が……こんな……」

くしゃり、と。彼女が己の前髪を指で乱す。

「これは人の所業ではない。何故、自国の民にこんなことをする?道理でも、理屈でも通らない。姉上はもう、人ならざる視点に立ってしまったのか?正道ではなく、怪物の道に……!」

「……恐れながら」

少しだけ間をおいてから、言葉を続けた。

「あの方の考えていることなど、自分にはこれぽぉ……っちもわかりません」

わざわざ溜めをつくってからの発言に、クリス様は一瞬唖然とする。

「いや、それはそうなんだけど……」

「クリス様。その悩みはきっと、サーシャ王妃の口から直接答えを聞かない限り、解決はされないでしょう」

不敬は承知ながら、戦友であるゆえに言葉を被せる。

「しかし、今更あの方が御身と相対したからと言って、本音を全て語ってくださるとも思えません。そもそも、サーシャ王妃の口を一刻も早く閉じさせる必要がある以上、そのような暇もございません」

「く、クロノっち。その……」

突き放すような物言いにアリシアさんが頬を引きつらせ、割って入ろうとする。しかし、それをシルベスタ卿が手で制してくれた。

「……そうだな。この悩みは、一生ものになりそうだ」

「ええ。一生悩んでください」

キッパリとそう告げた後、彼女の前で片膝をつく。

椅子に腰かけたクリス様の顔を見上げ、微笑んでみせた。

「そんな不器用で、お優しい方だからこそ。僕も親衛隊も貴女と共にいたいと思うのです。この一生残るだろう傷と、どうか向かい合い続けてください」

我ながら、酷なことを言っている。

これは本来、彼女が背負うべきではない重荷だ。全て、コーネリアス前皇帝というゴミとしか言いようのない存在が遺した、負債である。

親の罪は子に継承されるべきではない。それをわかっていてなお、彼女に背負えと自分は言っている。

それがどれだけ罪深いことかはわかっているつもりだ。それでも───。

「貴女の道は貴女が決めることです。それでも……今進んでいる道を歩いていってくれたら、個人的に嬉しいですね」

我がままだとしても、そう伝えたかった。

この優しくて不器用で、それでいて国を背負えてしまう責任感のある皇帝に、その傷と向き合う心を失ってほしくなかったから。

「……ずるいな、クロノ殿」

「そうでしょうね。我ながら、酷い奴だと思っています。こんなのと友になったことを、一生後悔してください」

「ついでに、女たらしだ。いったい、どれだけの婦女子を口説き落としてきたんだか……」

クリス様が、拗ねたように唇を尖らせる。

「生憎と、未だ伴侶の1人もいません。いや、グリンダはいますが」

「むぅ……くれぐれも、20人以上は娶らないでね?それ以上は、その……破廉恥だよ?」

「……クリス様。毎回思いますが、20人の段階で多すぎます」

「……?でも、貴族の当主たるものそれぐらいは必要じゃない?」

「いやぁ……どうなんでしょう」

自分の知る限り、それだけの側室や愛人を抱えている貴族はそれこそ前皇帝ぐらいしか浮かばないのだが。

まあ、公式ではないだけで、皆やっていることはやっている可能性もあるけど。

「アリシアさん……は、駄目そうなので。シルベスタ卿。その辺に関して、クリス様の矯正をよろしくお願いします」

「承りました」

「ちょいちょいちょーい!?あーしへの信頼はいつの間に急落したんすか!?クリス様の恋愛観とか夫婦観のおかしなところは、あーしが修正するっすよ!」

「いや……なんか、別方向にやらかしそうなので」

「あれ、マジであーしの信頼小数点以下?おかしくない?少なくとも、プライベートがポンのコツな隊長よりはマシなはずなのに……!」

「シュヴァルツ卿。帝都に帰ったら顔を貸してください」

「ジョーックっすよ隊長~!それにほら、今は無礼講?みたいな?ね?」

「無礼講と言うのなら、私のことはリゼにゃん。あるいはリゼにゃんにゃんと呼べるはずですが?」

「うっそでしょその呼び名マジで気に入ってんすか……?センスが死んでいるってレベルじゃないっすよ」

いつものやり取りをする親衛隊隊長と副隊長に、クリス様がクスクスと笑う。

そして、海のように碧い碧眼をこちらに向けた。その瞳は、光を取り戻している。

「なんだか、クロノ殿には借りばかりを作っている気がする」

「安心してください。きちんと取り立てますので」

「……あ。そうだ!取り立てと言えば、この前の『燃え続ける泥みたいな油』と、『山火事になったら困る泥』!アレ、少なくとも前者は蒸気を使った機関とはまた別の技術でしょ!幾つ引き出しがあるのさ、クロノ殿!」

「さーて。自分はちょっと部下達の様子を見に行かないといけないので。これにて失礼を……」

「その様子だと、絶対に今の技術より凄い物だよね!?まさか、それを使うと出力や安定性が段違いに変わるとか?クーローノーどーのー!」

「ここから先は企業秘密……ならぬ、領地秘密です。たぶん後日特許関係でアレコレお願いすると思うので、それを楽しみにしていてください」

「楽しみじゃなーい!絶対、面倒かつおっかない書類の山が届くじゃないかー!」

「……頼りにしていますよ、戦友!」

「んもー!」

両腕をぶんぶん振って不満を表すクリス様に笑いながら、そそくさと退散する。

お互い、地獄への道を進んでいるわけだが……たとえ戦場でも、友人と笑い合うぐらい罰が当たることもあるまい。

「さて」

今度は、グリンダの様子を見に行くとしよう。

そう思い天幕を出れば、いつの間にか雨は止んでいた。

見張りをしていた親衛隊が、苦笑交じりに預けていた外套と武器を返してくれる。それに同じく苦笑で会釈した。

……仕事をしていた方が楽とは、ケネスも言っていたけれど。

クリス様の天幕を背に、そっと自分の口元を撫でる。指先から返ってくる感触からして、予想通りこの口は笑みを浮かべているらしい。

───友との語らいでも、心の傷や疲労は癒されるものだ。

それを実感しながら、自分の天幕へと水たまりを避けながら歩いていった。

* * *

『今度生まれ変わったら、鳥になりたい……』

グリンダがいるという天幕に行ってみたら、書類片手に死んだ目でそんなことを呟いていた。しかも日本語で。

……思ったより、あかんことになっとる……!!