軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十一話 わけのわからん相手と戦う時は

第七十一話 わけのわからん相手と戦う時は

ザーザーと、強い雨が地面を打つ。

鎧を脱ぎ、厚手の外套を纏ったこの身にも容赦なく雨水が殴りつける。大して冷たくないはずの夏の雨が、今は氷水のように感じられた。

土壁の上から戦闘のあった場所を見下ろせば、凄惨な光景が広がっている。

ただ胸を槍で突いた程度では止まらない王国兵達を倒すには、肉体を大きく破壊しなければならない。本来体の内側にあるべきものが、何もかも土の上にある。

土壁と雨がなければ、あまりの血の臭いに倒れる帝国兵も出ていたかもしれない。実際、今回の戦が初陣だった若者達は大半が真っ青な顔で立ち尽くし、何人かは物陰で嘔吐している。

本来、合戦の後は倒した敵兵から所持品を剥ぎ取る。それが兵士達の給料にもなるのだ。騎士や貴族の装備品ともなれば、換金する手段さえあるのなら一財産になるだろう。

しかし、今は誰も近寄らない。時間が経ち、雨が止んだころにはより酷い悪臭がしているだろう。感染症の原因になる可能性もある。

だが、それでも今は剥ぎ取りに向かう者はいない。ベテランの兵士達ですら、気味悪がって土壁の崩れた箇所には近づかなかった。

ある意味で、彼らの判断は正しい。ホーロス王国は、平民も貴族も等しく薬で狂わせたのだ。彼らの所持品に、何が混ざっているかわからない。

既に各貴族が、兵士達に王国の食料や水に口をつけるなと命じている。

雨が止んだら、いっそ今ある死体を全て燃やした方が良いかもしれない。弔いの為にも、病気の広がりを防ぐ為にも。

そして、まだ残っているかもしれない薬をこの世から消す為にも。

「若様。そろそろ」

「はい」

隣に立つケネスの言葉に、小さく頷く。

土壁の内側にあるスロープを下りながら、自軍の様子を見回した。

「……グリンダは」

「天幕の中で物資の目録を確認させております。他にも、若手の騎士達にはそれぞれ屋根のある場所で武器や防具の整備を命じておきました。惨い戦の後は、何もさせないより仕事をさせた方が良いですから。その後、休ませます」

「わかりました。ありがとうございます」

仕事をしていた方が楽、か。

彼の言う通りかもしれない。今寝台に体を預け、目を閉じたとしても。きっと、瞼の裏側にあの兵士達の姿が浮かぶ。

自分もまた、疲れを訴える体を無理矢理動かし、こうして動いている方が精神的に楽だった。

向かう先はクリス様の天幕。そこで、伯爵以上の家が集まり会議を行う。自分は、父上の代理だが。

家臣達のことはケネスに任せ、1人クリス様の元へ向かう。

昨日はあんなにも騒がしかった陣地が、今は葬式のようだった。実際、今回の戦いで命を落とした者はいるだろうが、それにしてもあまりに空気が違う。

雨音ばかりが響く中、足を進めた。少しぼうっとしていたのか、気が付けばクリス様の天幕が目の前にある。

見張りの親衛隊に外套と武器を預け、中に。

「クロノ殿。無事であったか」

「ギルバート侯爵」

天幕に入ってすぐ、ギルバート侯爵が笑顔でこちらに近づいてくる。

「貴殿程の男が簡単に死ぬとは思わんが、それでも部下も連れずに単身で後方の守りに向かったと聞いた時は、驚いたぞ」

「申し訳ありません。一刻を争うと判断し、先行しました。一応、部下達には追いかけてくるよう、伝えたのですが」

「それでもだ。本来、貴族は前に出て武器を振るう立場ではない。跡取りである貴殿は、特にな。まあ、私の言えたことではないが」

そう言って、ギルバート侯爵が小さく肩をすくめる。

彼は自分と同じく、前線で武器を振るう珍しいタイプの貴族だ。身の丈より大きなメイスを振り回し、敵をひき肉に変える。

違うのは、そうして戦いながらでも周囲へ指揮を出せることか。若い頃は魔法騎兵でもあったらしいので、本当に多才な方である。

そんなことを話していると、他の貴族達も集まり、最後にクリス様がやってくる。

「皆、忙しい中すまない」

そうおっしゃるクリス様の顔は、元々白かったが今は普段以上に血の気がなかった。

噂では、彼女と親衛隊は全員頭からつま先まで返り血にまみれて帝国の陣地に戻ってきたらしい。

怪我らしい怪我はどこにもなかったそうだが、クリス様の精神に大きな負荷がかかったのは言うまでもないだろう。

彼女のその様子を責められる者など、誰もいまい。それだけ、酷い戦場だった。

「早速ですまないが、情報の整理と今後の方針について話をしたい」

そうして、会議が始まる。

各貴族や将軍達の報告から、帝国軍の被害は死者が約3百人。負傷者が約6百人ということがわかった。

敵が7千人を失ったと考えれば、少なすぎる被害だろう。土壁を作る前に乱戦となった場所でこそ死者が出たが、壁と堀ができてからは一方的な戦いだった。

もっとも、この場にそれを喜べる者はいない。今回の戦は、あまりにも異常過ぎる。

「ギルバート侯爵。ボクの代わりに指揮をとってくれたことに感謝する。クロノ殿も、素晴らしい魔法の冴えだった」

「はっ」

「光栄です」

「他の者達も、その働きに感謝を。それで……将軍達よ。各自、今後の方針について案を出してほしい」

クリス様の言葉に、将軍達は難しい顔をしながら机に広げられた地図を見下ろす。

「敵兵は1人も撤退せず、死ぬまで戦闘を続けました。よって、敵にまともな……まともと言って良いかわかりませんが、従来の基準で戦える兵士は3千人程度かと」

「こちらは9千人以上。相手が王都に立てこもったとしても、強引に落とすことは可能に思われます」

「しかし……そこらの女子供まで、例の状態でこちらを襲ってくる可能性があります」

天幕に、どんよりとした空気が立ち込める。

ナショナリズムがまだ一般的ではないこの大陸では、略奪時以外で非戦闘員が軍隊相手に戦闘をすることはほとんどない。

しかし、王都の住民全てが今回戦った兵士達と同じように向かってくる場合、かなり悲惨な市街戦となるだろう。

「まともに生産活動のできる状態ではないでしょうから、今回と同じ手を使ってきた場合、放置していれば勝手に死ぬとは思いますが……」

「時間は帝国の敵です。ただでさえ周辺国の状況的に速攻が必要でしたが、飲み水の確保すら自前でやらねばならない今、軍を維持する為に素早い行動が不可欠です」

もはや、王国にある井戸や川は使えない。幸い飲み水はある程度魔法で賄えるが、兵数と貴族や騎士の人数差を考えるとあまり現実的ではないだろう。

自分やグリンダなら、どうにかできるか……?いや、よしんばできたとしても、魔力切れでそれ以外の行動がかなり制限される。

速攻が求められる今回の戦では、自分達がそうなるのはまずい。

「今回はクロノ男爵が食料を守ってくださいましたが、今後も敵が食料に何か仕込んでくる可能性も警戒しなければなりません」

「彼の報告では、敵は帝都で暴れたカーラという人物と同じく、異常な強化を受け近衛騎士以上の膂力を発揮していたとか。並みの兵士では防戦すら不可能です」

「ここからの行軍と戦闘では、常に食料や飲み水の護衛を増やす必要があります。現在は、通常の3倍の人数が警戒にあたっています」

「ただ、人数を増やせば良いということではありません。『黒蛆』という暗殺を生業とする者達が敵にいる以上、警備に紛れ込む可能性がありますので。互いに顔を知る貴族や騎士が必要ですな」

「そして……カーラという『黒蛆』の頭領にも警戒しなければなりません」

将軍達の視線が、こちらに向けられる。

「クロノ男爵。本当にカーラは生きているのか?帝都の城門を破壊する程の攻撃を受けてなお、まだ我らの前に立ちふさがると?」

「はい。間違いなく」

きっぱりと、そう答える。

「彼はあの時、今回戦った者達以上に人間離れした身体能力を発揮していました。最後の一撃……自分は確かにカーラ殿の胸を打ち抜いた感覚がありましたが、心臓を潰した感触はありませんでした。恐らく、生き伸びてサーシャ王妃に回収されたかと」

「クロノ男爵と殴り合える猛者が、敵にいる。しかも本来は暗殺が主な仕事と……」

「今回その人物が我らの背後を襲わなかったのは、幸運としか言えませんな」

「しかし、何故?戦術の基本は、どれだけ決戦に向けて用意を済ませ、それを一度に叩き込むかです。これだけのことをして、何故カーラを戦闘に投入しなかったのか……」

「非常識な行動をしたと思ったら、突然陽動と奇襲という常識的な策を打ってくる。そこを踏まえると、余計にこの中途半端な状況が不思議ですな」

「……クロノ男爵。今回襲ってきた者達の一部は、攻撃を受けていないのに突然死んだ。それで間違いないな?」

「はい」

将軍の1人が、顎髭を撫でながら眉間に皺を寄せる。

「強い薬程、副作用も大きいことが多い。もしやカーラは既に薬の反動で死んでいる……あるいは、簡単には動けない状態なのでは?」

「今回襲撃してきた者達も、直前まで薬物で判断力を奪った状態で『黒蛆』が輸送。その後、カーラと同じ薬を投与して差し向けてきたのやも」

「ありえますな。奴らの死体を調べたところ、首の後ろに注射痕があったと報告を受けています」

「全ての兵士にあの薬を使わなかったのは、時間制限でしょうか?あるいは、製造に技術やコストがかなりかかるのやもしれません」

「適性もあるのでは?一斉に敵が倒れたわけではない以上、かなり個人差が出る薬の可能性もあります。まあ、今の段階では全て推測ですが」

「そのことを踏まえた、警備の計画を練らねばなりませんな」

「しかし、守りばかりを考えていては始まりません。我らは、決断をせねば」

先程とは別の将軍が、クリス様に体を向ける。

「クリス様。この戦争、これで『手打ち』にするか。それとも『徹底的にやるか』。そのどちらかを、今決めなければなりません」

「今、か……」

「はい。これ以上、狂ったホーロス王国に付き合ってやる義理はありません。撤退も視野に入れるべきかと」

「お待ちを!それでは東側の復興に不安が残ります!」

「左様!ホーロス王国が態勢を整えて再び侵攻してくるやもしれません。それこそ、卑劣なティキ国王のことだ。我らが他の国と戦っている時に攻撃してくる可能性が高い!」

参戦した東側の貴族達が、唾を飛ばす勢いで反対する。

「王国とて痛手を受けた。男手と為政者を失い、生産力は低下する。薬が蔓延るこの国なら、勝手に自滅するはずだ」

「そうして野盗化した者達が、薬を抱えて帝国に入ってくるかもしれません!今まで以上に、密輸への警戒が必要になりますぞ!?なんせ、貴族すらも狂わせる薬です!」

「そこは貴方がたが国境の警備にきちんと力を入れればよろしい。我らが血を流すことではない。自分の領地は、自分で守られよ。我らは十分に力を貸した」

「なんだと!?これだから剣無し貴族は……ここで逃げ帰れば、帝国の威信に傷がつくぞ!」

「貴様今、なんと言った?これだから田舎の猿は。普段偉そうにしているくせに、自分の庭すら手入れできない能無し貴族め」

「このっ……!」

「やめよ!」

クリス様が、大声で静止する。

将軍達と貴族達がその声に口を閉じ、視線をクリス様ではなくこちらに向けてきた。

何となく意図を察せたので、わざとらしく首を回してやる。

頭に血が上っていた彼らの顔が少し青くなり、丁度良くなった。それを見て、内心で安心する。

将軍は基本的に法衣貴族から選ばれることが多いが……ここでまで、法衣貴族と土地持ち貴族の間で喧嘩が起きるとは。

勝ち戦だともう少し皆理性的だとアリシアさんから聞いたことがあるが、今回は勝っているのにこの有り様である。

しかし、個人的には撤退となるとかなり困る。

サーシャ王妃には、一生口を閉じてもらう必要があるのだ。どうにか、将軍達を納得させねば。

そのことはクリス様もわかっているはず。視線を彼女に向ければ、その桜色の唇から精一杯威厳のある声を出そうとしている所だった。

「皆の言い分はわかる。しかし、一度王都を叩くと決めた以上、ここで止まるわけにはいかない。帝国の威信の為。そして後顧の憂いを断つ為。作戦は続行する」

「……御意」

何か言いかけた将軍達だったが、頭を縦に振った。

「では、王都を攻める場合のルートと、それぞれの役回りを再度決めねばなりません」

「相手にこれまでの常識は通じません。細部を練り直す必要があります」

「そのことについて、発言したいことがあるのですが」

ギルバート侯爵が、タコの目立つ手を軽く上げる。

「侯爵。何か案が?」

「はっ。クリス陛下、これは経験則なのですが」

ニッカリと、老将は笑みを浮かべる。

「わけのわからん相手と戦う時は───取りあえずぶん殴る。それが1番効くものですぞ?」

あまりにもストレート過ぎる言葉に、クリス様も東側の貴族達もしばし言葉を失った。

だが、将軍達が納得したように頷く。

「なるほど、一理ありますな」

「つまり、『相手が何かする前に叩き潰す』。そういうことですな?グランドフリート侯爵」

「然り。幸い、地力では勝っていますからな。元々長期戦はできない戦です。であれば、最短最速で相手の頭を潰す。奇策とすら呼べない策を相手は使ってきますが、そもそも何もさせなければ良い」

「ま、待って!それは、相手の罠とかの警戒は……」

クリス様の懸念に、ギルバート侯爵の笑みは崩れない。

「無論、警戒せねばなりません。しかし、そこはここまでと何ら変わらんのです。後方からの補給を受けながら、斥候を出して罠や伏兵を気にしながら前進。しかし、素早く。兎に角素早く動くのです」

ひゅい、と。侯爵が腕を動かす。

「ハーフトラックもありますので、素早く動けば相手がこちらの食料に薬を仕込むのは難しいでしょうな。堅い守りではなく、移動することで敵の動きを封じるのです」

「なる……ほど……?」

「貴族すら狂う薬については、王都を叩いた際に王城や大きな商店。そして城門付近の詰め所を探るとしましょう。強化する方は知りませんが、ただ狂わせる薬はかなりの数が作られたようですからな。必ず物の流れについて証拠があるはず」

「なるほど。その証拠を頼りに、薬の製造元を突き止めると?」

顎髭を撫でていた将軍が、ぽんっと手を叩く。

彼の言葉に、その将軍にギルバート侯爵は笑みを返した。その後、東側の貴族達へと顔を向ける。

「うむ。まあ、詳しい所は東側の者達に頑張ってもらうがな。ホーロスの土地を奪うにしろ、財貨を取り上げるにしろ、その辺りを調べねば何も始まらんだろう」

「……無論、我々も全力を尽くしましょう」

東側の貴族達が、深く頷く。

「ついでに、ここで誓っておきます。我らは例の薬について知識や現物を得ても、決して利用はしない」

「貴族すら狂わせる薬など、この世にあってはならない……!全て燃やさなければ……!」

彼らの反応に頷いた後、ギルバート侯爵がクリス様に向き直った。

「いかがでしょうか、陛下。あくまで案の1つとして、お考えいただきたい」

「ありがとう、ギルバート侯爵。貴殿が此度の戦いに参加してくれて、本当に良かった」

「光栄の極み」

恭しく首を垂れるギルバート侯爵。

彼の発言もあり、会議の流れはほとんど決まったも同然だった。

ホーロス王国は絶対に潰す。その意識のもと、皆が頭を捻り細部を詰めて行き───。

王都へと街道を沿って突き進み、ぶん殴ることが決定した。

* * *

会議が終わり、それぞれと挨拶を済ませた後天幕を出ようとする。

だが、シルベスタ卿に呼び止められた。

「クロノ殿。お借りした銃について、お聞きしたいことがあります。少々お時間をいただけませんか?」

いつもの無表情な彼女の視線が、一瞬クリス様に向けられる。

今もなお青い顔をする主君と、友として語らい心を癒してほしい。そう言っているも同然であった。

グリンダの方も心配だが、先に総大将の方と話すべきだろう。自分にクリス様の心を 解(ほぐ) せるかはわからないが、それでも他人と話して楽になることもある。

そう考え、シルベスタ卿の言葉に頷いた。