軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十話 笑う者など

第七十話 笑う者など

哄笑と怒号が響く戦場から、少しだけ離れた場所。

帝国軍の食料を積んだハーフトラックが並ぶそこへと、到着する。

「若様?どうしてここに……」

こちらの姿を見て、近くのハーフトラックの窓からレオが顔を出す。

他にも何事かと、ストラトス家の騎士やグランドフリート家の者達が視線を自分に向けた。

「ここへ敵がくるかもしれません。警戒を。相手は貴族すら狂わせる薬物を使っています。水や食料に混ぜられる危険があります」

「なっ……」

レオを始め、騎士達が目を見開く。

詳しく説明している暇はないと、視線を巡らせながら続けた。

「自分はギルバート侯爵より、『黒蛆』を警戒せよと言われ後方の護衛にきました。各員、不審な人物がいないか注意してください」

「はいっ!」

両家の騎士達が力強く返事をし、武器を手に周囲を警戒する。

「念のため、ここを囲う壁を高くしたいのですが、良いでしょうか?」

「勿論です。よろしくお願いします」

この場所の責任者であるギルバート侯爵傘下の男爵に声をかけた後、土壁へと向かう。

『黒蛆』の者達なら、騎士以上の身体能力を発揮してもおかしくはない。だが、それでも壁を越えるのなら多少は目立つはずだ。それを発見できれば良い。

魔法を使い、壁を高くし、堀を深くする。ついでに物見用の櫓もどきを土で作り、そこに兵士を何人か配置した。

自分も壁の上に立ち、周囲を見回す。

予測が外れ、ここには襲撃がないのならそれで良し。他の地点で何かされるかもしれないが、水や食料に手を出されるのだけは避けないといけない。

なにせ、王都までの道のりで一切の補給ができない可能性が高いのである。

略奪のことではなく、井戸の水や川の水が使えないということだ。近くの街や村で、武力を背景にしつつも穏便に金銭で食料を買うこともできないだろう。

なんせ、どこに薬が仕込まれているかわからないのだ。自軍の兵士を纏めて発狂させる国に踏み込んで、そこの物を飲み食いする度胸はない。

帝国とて、決して余裕のある状況ではないのだ。比較的食料が余りやすい帝都やその周辺から食材を搔き集め、燻製や塩漬け、缶詰などにして持ってきている。

今後も後方から物資が輸送されてくる予定だが、まずここを守らなければ明日はない。

この一戦に勝利しても、王都に辿り着く前に撤退しなければならなくなるのだ。

できれば、杞憂であってほしい。敵がただの破滅主義者で、こちらの物資に何か仕込もうなんて考えないというのが、理想である。

いや、そもそもこの状況自体、理想からほど遠いのだが。

しかし、その願いを嘲笑うように。

「アハハハハハハハハ!!」

哄笑が、響き渡る。

「なんだこいつら!?」

「敵襲!敵襲ぅ!」

物見に立っていた者達が、大声で味方に敵の襲来を告げる。

だが、数が少ない。左右の丘に陣取った友軍の目もあって、後ろや側面を突いてくる敵は少数であるとは、思っていた。

それにしても、せいぜい30人程度の小部隊。馬にも乗っておらず、徒歩でこちらに向かってきている。

これも陽動か……?

そう疑ったのも束の間、すぐにその脅威に気づく。

速い。しかも全員、泥と草で汚れているが上等な鎧を身に纏っている。

まさか……!

「敵は狂っているが貴族のみの部隊だ!足を狙え!壁を越えさせるな!」

そう大声で告げ、壁の向こうへと跳びおりる。

魔力は枯渇寸前。壁の補強で、もはや魔法1つまともに使えない。接近戦しかないか……!

「アハハハぁぁああ!」

「このっ……!」

先頭が振り下ろした斧を、大剣で受け止める。

重い。近衛騎士に匹敵……下手をすれば上回る膂力だ。

感じられる魔力量からして、下級貴族であろうに。薬物でリミッターが外れているにしても、違和感のあるパワーだ。

強引に弾き返し、袈裟懸けに斬りかかる。

鋼の鎧を容易く刃が食い破るも、その下に肉に刀身が触れ相手の奇妙な膂力の正体に気づいた。

リミッターが外れているだけではない。この感触は、カーラさんの……!

「おおっ!」

構わず剣を振り抜き、斜めに両断する。タイヤのような感触がする筋繊維を引き千切り、鋼のような骨を叩き割った。

直後、両側から別の貴族達が斬りかかってくる。

「しぃ……!」

剣を振り抜いた姿勢から、そのまま横回転。振り下ろされた相手の剣を纏めて粉砕した。

無手となるや否や、徒手空拳で殴り掛かってくる敵貴族達。バックステップで回避し、左手で散弾銃を抜く。

この距離なら狙わずともどこかに当たると、2発続けて発砲。左手側の貴族が、右肩と脇腹に一粒弾を受けよろめいた。

もう1人が拳を振り上げるも、その眼前に切っ先を『置く』。

理性を失い突っ込んできた貴族が、刀身にぶつかり大きく仰け反った。兜が割れその下の顔が露わとなる。

「アハァ……!」

予想通り、楽しそうな笑みを浮かべた顔。そして、灰色の肌。

白目と黒目が反転し、割れた額からどす黒い血を流して彼は再び腕を振り回してきた。

左足を軸に横回転して回避し、すれ違い様に肘鉄を後頭部へ叩き込む。鎧に包まれた肘が無防備な頭蓋骨を砕き、脳を破壊した。

続けて肩と脇腹を撃たれた貴族が殴り掛かってくるも、右手で大上段から振り下ろした大剣を叩き込む。

脳天から股までを両断し、沈黙させた。勢い余って、切っ先が地面にぶつかりクレーターを作る。

驚異的な身体能力だが、あの時のカーラさん程ではない。視線を壁の方に向ければ、既に残りの敵貴族達が張り付こうとしている。

「撃て、撃てぇ!」

「槍はやめろ!どうせ効かん!」

前線とは違い、逆に銃やクロスボウが主体となって迎撃している。平民の敵兵と違い、フルプレートを纏った貴族……それも謎の強化を受けた者達相手では、騎士の膂力で振るう槍では効果がない。

装甲の厚い頭や胴体ではなく、手足を狙い騎士達がライフルを放つ。侯爵家にも銃を回していたのが、役立つとは。

すぐに自分も迎撃に加わり、壁に張り付いている敵貴族の足を掴んで引っぺがす。

「クロノ男爵!?そこは危のうございます!」

「構いません!そのまま撃ち続けてください!」

「し、しかし!」

「この鎧なら大丈夫です!」

「構わん!若様ごと撃て!あの方がこの程度で死ぬか!」

射線上に跳び込んできた自分に侯爵家の者達が困惑するも、レオ達は気にすることなく銃を撃ちまくる。

それに苦笑しそうになるが、残念なことにその余裕がない。

「アハハハ!アハハハハハハ!」

「ガァアアアアア!!」

足を握りつぶされたにもかかわらず、笑いながら跳びかかってくる敵貴族。その顔面を柄頭で殴り飛ばし、続けて首を刀身で刎ねた。

弾切れの銃をホルスターにねじ込み、空いた左手で今しがた討ち取った貴族の腕を掴む。

強引に振り回し、背後から斬りかかってきた貴族にぶつけた。衝撃でよろめいた所を、まとめて両断する。

派手な鎧で暴れていたからか、敵貴族達の目がこちらに集まりだした。

丁度いい。このまま奴らを引き付ける……!

「レオ!最低限の人員だけ壁の上で迎撃!それ以外は周囲の警戒!『黒蛆』を近づけるな!」

「はい!」

雑な指示だが、若手のホープとも言うべき騎士は頷いてくれた。

振り下ろされた敵の剣を刀身で受け、斜め後ろから突き出された槍の穂先を左手で掴んで止める。

脳天に叩き込まれた斧を兜で防ぎ、膝を僅かにたわめた後跳躍。自分を取り囲む敵貴族どもを蹴散らし、強引に距離をとった。ついでに、槍も1本奪う。

この者達もある意味本命だろうが、やはり最も警戒すべきは『黒蛆』だ。

発狂した貴族達が食料を滅茶苦茶にしたらそれはそれで良し。彼らが防がれても、その混乱をついて物資に薬を仕込ませられれば良し。

なんとも嫌らしい手だ。策と呼びたくない所業である。

向かってくる敵貴族達に、左手の槍を投擲。ボッ、という音をたてて空気を引き裂いたそれが、先頭の貴族を貫く。

鎧ごと心臓を破壊し、そのまま貫通して別の貴族の肩鎧も打ち砕いた。

両手で剣の柄を握り、こちらからも踏み込む。

左斜め前から斬りかかってきた者を両断し、返す刀で右側の貴族の腕を切り落とす。続けて左肩から正面に立つ貴族にぶつかり、質量と出力差で吹き飛ばした。

立ち止まるわけにはいかないが、引き離し過ぎてもいけない。こいつらがまともに思考しているとは思えない以上、興味を引かなければ……!

「■■■■■■■■───ッ!!」

「アハハハハハハハ───ッ!!」

雄叫びと笑い声がぶつかり合い、鋼と肉が潰れる音が混ざっていく。

そんな中、魔力の揺らぎを感じ取った。

直後、砂煙が土壁に向かって飛んでいく。まるで意思を持っているかのような指向性をもっており、瞬く間に防壁の一角を包み込んだ。

見た事がない魔法だが、恐らく……!

「『黒蛆』が来ます!」

そう、警告するのがやっとだった。横合いから繰り出された槍を、身を捻って回避。ほぼ同時に柄頭で相手の顔面を殴りつけるも、耐えられた。

兜も顔面も砕いたのに、まだ動く。笑いながら腰にしがみついたその貴族に続き、四方八方から敵貴族が跳びかかってくる。

「■■■■■■■■ッ!」

剣を振り回して切り刻めば、胴が裂かれたまま彼らはしがみついてきた。

武器を持つ者は間合いも考えずにただこちらへと叩きつけ、無手の者は鎧に噛み付いてきた。

「■■■■……!」

唸り声を上げ、手近な頭を握りつぶす。続けて剣を逆手に持ち、引っ掻くような軌道で刀身を動かした。

更に蹴りも織り交ぜて四肢の全てを使い、拘束を振り払う。

血と肉片と唾液に汚れながら、視線を土煙の中へ。レオ達が銃を撃っているが、アレでは当たっているかわからない。

兎に角、煙を───。

「グレネード!」

聞こえてきた声に、咄嗟に近くの死体を盾にする。

直後、土煙が内側から爆発した。爆風に視界が晴れると共に、肉片も僅かに飛来する。

「っ……!?」

「なにが……!」

混乱する『黒蛆』と侯爵家の騎士達。そこへ、鎧にストラトス家の紋章を刻んだ者達が駆けてくる。

「撃て撃て撃てぇ!」

「地上にいる味方は若様だ!散弾じゃ傷1つつかん!」

「ライフルでもな!気兼ねなく撃ちまくれぇ!」

……家臣達の中で、僕はどうなっているのか。

グレネードを近くに投げつけられた身としては文句の1つも言いたいが、あの状況では仕方がないと口を閉じる。

代わりに、振り向きざまに剣を敵貴族の胴体に叩きつけ腹を引き裂いた。

ケネスが人員をこっちに回してくれたらしい。いくら相手が頑丈とは言え、ライフルやショットガンで撃たれればダメージを受ける。

『黒蛆』は排除した。他にもいるかもしれないが、このまま……?

敵貴族の一部が、突然倒れだす。兜の隙間から血と泡を溢れさせ、痙攣しながら地面に転がっていった。

「なぜ……?」

「アハハハハハハハ!」

「この、邪魔だ!」

斧を振り上げてきた敵貴族の両腕を切り飛ばし、顔面を殴りつける。そのまま斜め下に腕を振り抜き、地面に叩きつけた。

自分が後方の守りに加わって、約15分後。周囲の敵を殲滅。

そこから更に1時間後。ホーロス王国軍本隊との戦闘も終了した。

殺した数だけ見れば、帝国軍の圧勝と言える。しかし王国軍の死体が積み上げられた戦場を前に、帝国軍で喜びの声を上げるのはごく少数であった。

雨が、降り始める。

血と泥が混ざり合う地面が、生き残った者達の心情を表しているようだった。