軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十七話 ホーロスへ

第六十七話 ホーロスへ

ホーロスへの報復戦争が元老院にて可決。正式な宣戦布告の使者が送り出された。

ある貴族はこう言った。熱に浮かされたように、あるいは祭りを楽しむ子供のように。

『ようやく夏が来たのだ』と。

気温もだいぶ上がってきた中、帝都の中を軍隊が進んでいく。

戴冠式に使ったメイン通りの修復が終わり、綺麗な石畳に兵士達の足音が響いた。

通り沿いには、あの時と同じように民衆が集まっている。兵士達の家族もいるのだろうが、大半が無関係な住民達だ。そんなところも、戴冠式の時と同じである。

帝都においては、こうした出陣も1つのイベントなのだ。娯楽がない故か、それとも文化の違いか。あるいは、これも士気を上げる手段の1つなのか。それは、自分にはまだわからない。

だが、通りを進む兵士達の顔は心なしか誇らしげである。

今回が初陣となる若者達は、大人達が語った武勇伝に感化され、『自分こそ次の英雄になるのだ』と夢を抱いているのかもしれない。

従軍経験のある者達は、征服した街や村での『補給』の味を思い出し、その甘露をまたしゃぶろうと涎を垂らしているのかもしれない。

……しかし、どこか重い空気を背負った兵士達もいる。

初陣の緊張でそうなっている若者もいるが、向こう傷のある古強者までもがどんよりとした顔で歩いていた。

恐らく、オールダーの敗戦を経験した者達だろう。

もはや、帝国は絶対強者ではない。圧倒的兵数でただ敵を蹂躙するだけが戦争ではないのだと、身をもって知った者達である。

一般兵が此度の戦における、両軍の兵数を知っているとは思えない。それでも、歴戦故に空気で察するのだ。

……クリス様が、堂々とパレードの中心にいてくださって良かった。

新しい皇帝が、自ら戦に出陣する。ならばそれは勝ち戦のはずだと、兵士達が信じてくれる。彼女の表情が青白いものだったら、この段階で脱走兵が続出していたかもしれない。

このパレードが士気を高める一助になると信じ、自分も兜を脱いでチャリオットの上から民衆に手を振った。

若干不本意ではあるものの、この顔は帝都においてよく知られている。

『人竜』などというあだ名が出回っているぐらいだ。彼らの恐れる怪物が共に戦うのだと知れば、多少は兵士達を鼓舞するかもしれない。

ついでに帝都の住民達もこれが勝ち戦だと考え、経済を回してくれたら万々歳だ。いずれ帝都の市場にも食い込むストラトス家としては、こんな所でこの街の景気が沈んでもらっては困る。

営業スマイルを浮かべる自分を見て、民衆の中で僅かにどよめきが広がった。

「なるほど。あの白銀の鎧で『銀竜』ってことか」

「噂じゃ、アレを着て例のドラゴンと戦ったって話だぜ。ドラゴンの爪も炎も、弾いちまうんだとか」

「おい見ろよあの剣。本当にあんなでかいの振り回すのかよ」

「人竜様じゃなかったら、ふかしだろって思うぜ……むしろ、あの剣でも小さいんじゃないか?」

「ちげぇねぇ。きっと、戦場じゃ柱みてぇにでかい剣を振り回すんだ」

「……なあ。思ったんだけどよ。あの鎧の色合いって、なんかクリス陛下の……」

「しっ!バカ、聞こえるぞ!」

「うおおおおおおお!やはり!やはり彼こそが愛の戦士!!」

「あのウェイトレス怖い物なしか」

……なんか言われているが、うちの騎士達に聞こえていないので、ヨシ!

まあ、この金色で縁取られ、青いラインが入った鎧を見た瞬間ケネスとレオが倒れ、連鎖してグリンダ以外の面々が痙攣、嘔吐、眩暈の症状に苦しんでいたが。

今は落ち着いているので、大丈夫だろう。

チラリと家臣達の表情を窺うが、特に気にしている様子はない。レオ達若手はハーフトラックの方に向かっており、街の外で待機中だが、ケネス達比較的古参の騎士はむしろ満面の笑みを浮かべていた。

というのも。

「なあ。人竜様の隣にいる美女って誰だ?」

「さあ。でもクリス陛下の親衛隊でもないよな、パレード中だし。……どういう関係だ?」

「あ、俺あの2人が仲良さそうに街を歩いているの見たぞ」

「俺も俺も。レストランで一緒に食事してた。その後も手を繋いで歩いていたぜ」

「もしかして、アレが噂の帝都に雨を降らせたっていう女騎士……?」

「ほーん。そう言えば、騎士様の家の娘って、よく貴族様と結婚するんだっけ?」

「私は何も見ていない。私は何も見ない」

「大丈夫かこのウェイトレス」

自分の隣には、グリンダがいるので。

「……なぜ、新参の騎士である私が若様の隣にいるのでしょうか」

同じく営業スマイルを浮かべ、小さく手を振りながらグリンダが呟く。

「グリンダも大事な戦力ですので。士気高揚の一助になってもらおうかと」

彼女の噂も帝都ではそこそこ広まっているのだ。容姿についてはあまり語られていないが、『もしや彼女が』と民衆や兵士が思ってくれればそれで良い。

今回、自分は馬ではなくチャリオットを帝城の倉から借りて乗っている。というのも、鎧が重すぎて我が愛馬では耐えられなかったのだ。

〈ブホォォ……!〉

そんな鳴き声とともに、騎乗しようとした自分にゆっくりと首を横に振った愛馬の顔を、忘れられない。

まあ、名前は忘れたのだが。なんなら、名前がやたら長かったので、面倒になり『我が愛馬』呼びしているだけだし。

閑話休題。グリンダも騎乗が下手なので、だったらついでにと同じチャリオットに乗せたのである。

「はあ……だからと言って、隣である必要はないのでは?」

「だって、ケネス達の精神がそうしないと壊れそうだったから……」

「それはわかりますが、これだとまるで私が若様の奥さんみたいですよ?」

「それで良いじゃないか」

ぼそりと、ケネスが後ろからそんな事を言ってくる。

その瞳は、暗く淀んでいた。なのに、妙に目力が強い。

「グリンダが若様の妻……次代の光……」

「ストラトス家、万歳……ストラトス家、万歳……」

「主よ。我らが父よ。どうか、若様が女体に溺れるご加護を……」

とんでもない事になっていた。うちの騎士達、本当にどこかで大き目の休暇を与えないとダメな気がする。

あと神様もそんな人を色欲に叩き落す願いをされても、困るんじゃなかろうか。

「……まったく。事情はわかりました。若様の隣にいます」

「すみません。大変だと思うけど、頑張って笑顔を維持してください」

「地味に疲れますね、これ」

やたら装飾のついたチャリオットに乗っていると、デートの時に見た博物館の物を思い出す。

そう言えば、アレもこれと同じぐらい派手だって。

そう思いながら、チラリとグリンダの方に視線を向けた。

「……いっそ、本当に結婚しちゃいます?」

「私のような者に、若様は勿体なさ過ぎますよー」

これぞ営業スマイルという顔で、グリンダはさらりと躱す。

それに小さく肩をすくめ、民衆へのサービスに戻った。

「あの位置。なるほど、あの女騎士が人竜様の本命か」

「はぁん。陛下の親衛隊とは、あくまでプレイの一環って事か」

「マジかよ。ちょっとショックだぜ。人竜様は二刀流だったのかよ……」

「ま、お貴族様なんだから子供作らないとだもんな。俺らみたいに、『真実の愛』だけってのはきついだろう」

「え、お前そうだったの……?」

「おい。俺ちゃんとカミさんいるんだけど……」

「は?お前……俺との愛は嘘だったってのか……!?」

「おいバカやめろ。パレード中に騒ぐな。衛兵にぶん殴られんぞ」

「あの女を消せば……お二人の愛は……!」

「おい誰かこの馬鹿を止めるの手伝え!巻き添えで人竜様の怒りを買うぞ!」

……何とも、騒がしい出陣式である。

自分が言えた義理ではないが、とても戦争に行く空気ではない。だが、辛気臭い顔で行軍するよりはマシだろう。

わいわいがやがやと、住民達が騒がしく軍隊を見送り、兵士達もそれを受けて胸を張り背筋を伸ばした。これが自分達の晴れ舞台だと、意気揚々と足を動かす。

この景色が、きっとこの国の首都における夏の風物詩なのだろう。

そうして帝都正門から出た後、外で待機していたハーフトラックと合流。クリス様の演説の後。

僕達は、ホーロスとの戦に向かうのだった。

* * *

今回の行軍は、兎にも角にもスピード重視である。

飲み水を含めた食料や衣服、寝床等々。重たい荷物はハーフトラックに詰め込めるだけ詰め込んだ。

馬をありったけ用意し、荷馬車の上に兵士達も乗せる。少しでも馬車や徒歩の者達が進みやすいよう、荒れた街道をロードローラーに換装したハーフトラック2台が先行し均していた。

道中の街や村には立ち寄らない。『補給』を楽しみにしていた兵士達には各家の騎士達が睨みをきかせ、黙らせた。

この大陸では同じ国の土地でも、領主が違えば平然と略奪を行う。

だが、そんな非効率的な事をさせる暇はない。なんなら、敵国でも暫くはなしである。

今回の戦争では、ホーロス王国の支配など考えない。というか、そんな余裕はない。

国境を越えた後、最短ルートで王都を目指す。王城にいるであろうティキ国王を討ち、サーシャ王妃を捕らえるのが帝国軍の目標だ。

もしも王城から2名が逃げたというのであれば、それを各国に喧伝するまで。

戴冠式での裏切りという、帝国を嫌っている他の国々でも思わず縁を切るような真似をしたのだ。その上で王城を落とされたとなれば、もはやホーロス王家の名前と言葉に力はないも同然となる。

幸い、あの国とは最近まで同盟関係にあったおかげで、王都までのルートは帝国も把握済み。

後はどれだけ手早く国境の守りを突破し、王都に攻め込めるか。

通常、城や砦の攻城戦は長期戦を想定するものである。なんせ、制圧して統治に使うのだ。包囲したら、壊し過ぎない程度に追い詰めるのが定石である。

だが、今回は統治の事は考えない。

王城を陥落させたら、後の事は東側の貴族達に丸投げする予定だ。クリス様とグランドフリート家、そしてストラトス家は、すぐさま帝都に帰還しオールダー・スネイル連合に備える。

……自分達が見ていない所で、あのオールダーで行われた略奪と虐殺がホーロスで起こるのだ。

その事を少しでも安心した自分が、嫌になる。外道に堕ちた身だが、それでもそんな己が好きになれるはずもない。

全くもって吐き気がする。そうした愚痴をグリンダにこぼすと、妙に嬉しそうにするのは本当に不思議だ。

話を戻す。サーシャ王妃が王都から脱出していた場合、自分達にとっては少し厄介だ。

彼女が発言力を失い、クリス様の性別を公表しても誰の耳に届かないのなら良し。されど、不安の芽ではある。

是非とも、サーシャ王妃はティキ国王と共に城を枕にするつもりで戦ってほしいものだ。

……最悪は、王妃が降伏しどこかの家に捕虜とされる場合である。

どうにか、戦場のどさくさに紛れて殺さなければならない。クリス様の秘密を守るには、それしかないのだ。

暗殺者や野盗の思考であるが、仕方がない。

重いため息をこぼしながら、今はハーフトラックの火夫役を務める。

───帝都を出発して、既に4日が経過。

ホーロスとの国境は、目と鼻の先にまで迫っていた。