軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十八話 戦場の哄笑

第六十八話 戦場の哄笑

帝都を出発して、5日目。

ホーロス王国との国境からほど近い位置にて、一旦軍を休めることになった。

速度が大事な戦とは言え、疲労で兵士達が戦えないようでは意味がない。よって、国境を越えるのは明日となる。

帝国軍が掻き集めた戦力、約1万人。それだけの人数が野営するとなると、もはや街が移動していると言っても過言ではない。

あちこちで天幕が張られ、ついてきた商人達が兵士達を相手に笑顔で声を張り上げている。

まだ昼間だと言うのに娼婦達と専用の天幕に消えていく兵士達も多く、皆英気を養えているようだ。

「それでは、会議に行ってきます。ケネス、何かあった時は指揮を頼みます。グリンダ、有事の際は彼の指示に従ってください」

「はっ」

「承知しました」

自分の天幕を離れ、軍の中央にあるクリス様の陣へと向かう。

首から下だけ鎧を纏い、兜と大剣はケネス達に預けてきた。それでも、やはり目立つ。

やたら視線を向けられながらも本陣の前に到着し、護身用の短剣と銃を親衛隊に預け中へ入った。

広い陣幕の中には、既に数人の貴族が待機している。彼らに会釈した後、まずギルバート侯爵へ話しかけた。

「ギルバート侯爵、お疲れ様です」

「うむ。クロノ殿もご苦労。これ程の物資の輸送が恙なく済んだのは、クロノ殿の……ストラトス家の功績が大きい。見事であったぞ」

「恐れ入ります」

49台のハーフトラック。一部をロードローラーに換装した車両を使っているが、これら全ての運転手がストラトス家の騎士というわけではない。

もとより、クリス様派閥へのハーフトラックの販売は決まっていた。その一環として、ギルバート侯爵を始めとした同じ派閥の貴族の騎士達に、レオ達が講習を行っていたのである。

それがこのような形で役立つとは。戴冠式の前日までは、思いもしなかった。

「これも、ギルバート侯爵の騎士達が優秀であったからこそです」

「かの人竜にそう言ってもらえたのなら、奴らの努力も報われるだろう。しかし、本当にアレは良い物だ。今回の移動はかなりハイペースだったが、脱走した者や脱落者がとても少ない。大抵は、まず荷馬車が壊れるか紛失するのだがな」

どこか遠い目をしながら髭を撫でる侯爵に、苦笑を返す。

正直、街道と言ってもかなり荒れている物が多い。この世界基準ではそうでもないのだろうが、荷車の車軸が壊れるのも納得の有り様だ。

先行する工兵部隊に、ロードローラーを貸し出したのはやはり正解だったらしい。

その後、他の貴族達にも挨拶を済ませた頃。クリス様が天幕の中に入ってきた。

「皆、待たせたな。早速だが、軍議を始めるとしよう」

「はっ」

中央に置かれた大きな机に、地図が広げられる。

更にその上へ、カツカツと子気味良い音と共に駒が並べられた。

「明日の戦では、この位置に我ら帝国軍総勢1万が陣を敷く予定です。左右を高い丘で挟まれており、敵軍が大勢で迂回してくる可能性は低いかと」

「それぞれの丘に、帝国軍が2千人ずつおります。簡単に高所を敵に奪わせはしません。既に斥候が確認済みですが、王国軍はまだ少し遠い位置にいるようです」

「中央にクリス様とグランドフリート侯爵。及び10の貴族家による合計4千人の部隊があります。そして1千人ずつの部隊が両脇を守っております」

「また、中央の4千人の内1千人は予備戦力としてやや後方に配置しています」

左右の丘に2千人ずつの4千人。中央に4千人。そして中央の両翼を1千人ずつで2千人。

……ストラトス家が子爵だった頃の人口、1千人ぐらいだったかな。

改めて、とんでもない数である。これでも本来の帝国からすれば少ない扱いなのだから、呆れた軍事力だ。

「ホーロス王国軍は我らが陣を敷く位置から、約400メートルの位置にて迎撃態勢をとるかと」

「あちら側に丘や山はありませんが、近くに大きな川があります。土魔法にて大規模な陣地を構築されれば、長期戦になるかもしれません」

「斥候の情報では、移動している王国軍の数はおよそ7千人。後から3千人が加わるか、あるいは大回りしてこちらの側面を狙う可能性もあります。無論、王都の守りを固めていることも考慮しています」

「帝国が多くの敵を抱えていることは相手も承知のはず。騎兵を中心とした部隊でもって、開戦後すぐ敵に大きな打撃を与えねばなりません」

次々と将軍達がクリス様や他の貴族達へと説明を行う。

そこから、どこの部隊からどれだけの騎兵を出すか。土魔法で壁と堀を作る場合の持ち回りはどうするか。捕虜の扱い、及び捕虜になった場合の扱いはどうなるか。といったことについて、話し合っていく。

既に帝都の会議で行った内容だが、移動中の予期せぬ損耗も考慮しなくてはならない。脱落者や脱走兵は少ないが、それでも『0』ではないのだ。

「───では、クロノ男爵。貴方とストラトス家の部隊には、遊撃と魔法騎兵達によってできた敵陣地の穴を押し広げる役を頼みますぞ」

「はい。お任せください」

将軍からの言葉に、深く頷く。

ストラトス家の参戦人数は少ない。その分、質では他を圧倒する自信がある。

身軽かつ強力な矛として、戦場を駆けまわるのが役割だ。

1時間程の会議が終わり、各自配下へと情報を共有しにいく。自分もケネス達の所へ戻ることにした。

クリス様が何か話したそうにしていたが、仕事の話ならともかく私用での会話はタイミングを考えるべきである。

命懸けで戦う場で、『クロノ男爵は陛下の愛人だから贔屓されたのだ』と疑われては困るのだ。

人竜と恐れられていても、戦場での恐怖は容易く平時に感じたものを吹き飛ばす。そう、昔ケネスから教わった。

事務的な挨拶だけ済ませ、クリス様の陣を後にする。

こちらはこちらで、やることが多いのだ。少しだけ大股で、自分の天幕へと向かう。

まずは、物資の確認、グリンダがやってくれているが、ハーフトラックの点検も含まれるのだ。彼女とレオ達だけでは足りない。そちらを手伝わないと。

トイレの用意はケネス達がやってくれるとして、後は他の部隊との境界線もきっちりしておかないと……。

この世界、戦場におけるトイレは『その辺に掘った穴』でも上等な方である。なんなら、その辺で大も小も済ませている者も多い。

うちの陣地では、緊急時以外たちしょんはご法度である。土魔法でキッチリ深い穴を作って、同じく魔法で壁を用意。ついでに板を使って屋根を作り、布を使って扉の代わりにする。

トイレの中には使い捨ての紙束と、入り口近くに手洗い用の樽も置かねば……。ケネスは衛生管理をしっかりしてくれるから、大丈夫とは思うけど。

それ以外にも食事の用意やらなんやら、手配せねばならないことが多い。

会議が終わってすぐに酒を飲み始めた他の貴族の姿が、ちょっとだけ羨ましくなりながら仕事へと向かった。

……うちだって、10年後には人が育って、彼らみたいに『よきにはからえ』で済ませられるようになる……はず。

そう、自分に言い聞かせることにした。

* * *

つっっっ……かれたぁ!

日もとっくに暮れた頃に、やっと椅子でゆっくりと休むことができた。昼食も片手にサンドイッチ、片手に書類の有り様だったので、ようやく一息つける。

「お疲れ様です、若様。しかしその……働き過ぎでは?」

眉を八の字にしたケネスが、水の入ったコップを持ってきてくれる。

「いえ。帝国にとっても、ストラトス家にとっても大事な時期ですから。今が頑張り時ですので」

速攻が必要な戦というのもあるが、ハーフトラックや銃の宣伝としても大事な戦である。

皇領に作った工場産の車両や鉄砲が、無事に機能してくれるかどうかで今後の売り上げが大きく変わるはずだ。ここで『戦う前からほとんど使い物にならない』なんてことになっては、大損である。

せっかくの宣伝のチャンス。ここを逃してなるものか……!

戦争は、儲からない。だが、平時の輸送や防備の売買は儲かる。

特にハーフトラックは人や物の移動だけではない。道の舗装、農作業、開拓等々。活躍する場面は多岐にわたる。

この便利さを、帝国に広めるのだ!

「……すみません。少し、焦っていたようです」

うん。我ながら変なテンションだわ。

大事な時期なのは間違いないが、それにしても冷静さを欠いている。それを自覚し、ちょっと反省した。

「水、ありがとうございます。いただきます」

ケネスからコップを受け取り、水を一気に飲む。温いはずなのに、夏の日中動き回った影響かとても美味しく感じた。

「いえいえ。若様が働いている手前、我々が休むのは気が引けたのですが……できることもないのに体力を無駄に消費してはいかんと、陣の中におりましたからな。感謝されるなどとても……」

「いいえ。その判断に感謝します。明日はホーロス王国と直接剣を交えることとなるので、皆には体力を温存してほしいので」

「はぁ……若様がいつか過労で倒れないか、家臣一同心配ですぞ」

「このぐらいなら、問題ありません」

「ぬぅ……これが若さというやつですか」

ケネスが、少し困ったように呟く。体力のことを言っているのか、あるいは動き続ける姿を言っているのか。両方かもしれない。

「ま、兎に角食事にしましょう」

心配そうな老騎士に手をひらひらと振り、夕食にありつくのだった。

比較的落ち着いたストラトス家の陣地とは違い、あちこちの天幕から騒がしい声が響く。

酒に酔った者達の笑い声や歌声、偶に怒声。まるで居酒屋と縁日を足したような空気が、そこにあった。

……はたして、この中で明日生き残れる者は何人いるのだろう。

そんなことを考えながら、眠りについた。

* * *

翌日。休みは終わりだと朝から忙しなく全軍が動き、あらかじめ斥候達が確保していた場所に向かう。

予定通りの配置についたクロステルマン帝国軍。それに対し、ホーロス王国軍はやや想定外の位置についた。

妙に、近い。

想定では400メートル程の距離だったが、今は200メートル前後。しかもろくに防衛陣地を築いている様子がない。

……なにやら、嫌な予感がする。

兜を被り、大剣を肩に担ぎながら眉間に皺をよせた。

「ケネス、警戒を。なにか妙です」

「ですな。王国の奴ら、最初から矢を相手の本陣目掛けて撃ち合う気ですかね。それに、前列の兵士達に怯えの様子がないのも気がかりです」

双眼鏡で相手の陣を見るケネスに、頷く。

普通、最前列に立つ兵士はもっと強張った顔をするものだ。少なくとも、オールダーの戦ではそうだった。アレだけ士気の高かった、彼らでもそうなるのである。

しかし、ホーロス王国軍は誰も彼もヘラヘラと笑っていた。覚悟の決まった不敵な笑みでもなければ、己の武力に自惚れた者の顔でもない。

……まさか……いや、流石に……。

チラリと本陣の方を見るが、敵が近い分後退する様子はない。当たり前と言えば、当たり前だ。

下手に後退すれば、相手を恐れていることになる。貴族達のプライドもあるが、それ以上に軍を規則正しく後ろへ下げるには士気も練度も足りていない。

田舎のチンピラみたいに、メンチを切り合うような状態になってしまった。

ないとは思うが、『最悪の事態』を考えると対策を用意する必要がある。もしも自分の予想が正しければ、相手は槍で手足を貫かれても止まらない。

「グリンダ。合図を出したら、最大出力で魔法を……グリンダ?」

そこで、隣に立つメイド兼騎士の様子に気づく。

「……!」

栗色の髪を布で頭ごとくるむように纏めた彼女は、兜を抱えたまま真っ青な顔をしていた。

頬には汗が伝い、唇は硬く引き結ばれている。

「グリンダ」

「っ、はい!」

「まずは、呼吸を。意識して呼吸をしてください」

「は、はい……!」

ゆっくりと深呼吸する彼女に、ケネスがカラカラと笑う。

「そう言えば、きちんとした戦は初めてだったな!これがお前の初陣か!」

「はい……その……」

少し、目を泳がせた後に。

「殺し合う、んですよね?これから」

「何を当たり前のことを。ま、新兵にはよくある心境か。すぐに慣れる。最初はまず、若様と我らが作る土壁の後ろに隠れよ。それだけ考えれば良い。後は、おって指示を出す」

「……はい」

ケネスの言葉に、グリンダは何か言いかけるも、ただ頷くだけを選んだ。

「グリンダ」

そっと、鎧越しに彼女の肩に触れる。

「辛いと思う。吐きたくなると思う。どうしても無理だと思ったら、ハーフトラックで休んでいてください」

「若様、それは」

「次期当主としての判断です」

驚いた顔をするケネスに、そう答える。

きっと、彼が思っている以上にグリンダの内心は荒れているはずだ。この世界で生まれ育った記憶しかないケネスに、これをわかれと言うのが無茶である。21世紀の日本の記憶を持つ者にとって、これはかなりきつい。

思えば、自分が最初に人を殺した時も酷いものだった。

グリンダを純粋に気遣っているのもあるが、万が一にも彼女が『戦闘を止めようと動く』のが怖い。

彼女が武力行使で両軍の間に割って入れば、大混乱が起きる。それだけは避けねば。

ケネスは少し考えた後、グリンダにニッカリと笑いかけ、『安心せい!そう簡単に死ぬようなことはない!』と励まそうとしている。恐らく、死の恐怖で魔法を誤射しないか心配になったのだ。

だが彼女の場合、自分が死ぬことよりも相手を殺すことにストレスを感じている。

この世界の、とりわけクロステルマンの騎士とは、文化が違うのだ。

グリンダが昨夜も含めてここまで普通の様子だったので、油断していた自分のミスである。指揮官であり彼女の同郷として、もっとフォローしてやるべきだった。

しかし、時間はもうない。クリス様と将軍達が、両軍の中間地点に向かっている。

この大陸の国同士における戦争の作法として、最初は両軍の大将が戦場の中央に赴き、口上を述べ合うのが普通であった。

オールダーとの戦でも、国境を越えた直後の戦闘はそうだったはず。自分は後方をのんびり進んでいたので、よく知らないが。

この口上の後に、互いの大将が自陣に戻り陣地の本格的な構築に移るのだ。自分達の場合、クリス様が戻り次第魔法で土の壁と堀を作る予定である。

いや、予定で あ(・) っ(・) た(・) 。

「アハハハハハハハハハハハハハ!!」

「……は?」

笑い声が、響き渡る。1人2人ではない。ホーロス王国軍全体が、一斉に笑い出したのだ。

大気が震え、帝国軍まで飲み込む哄笑。口を大きく開けて、彼らは何がおかしいのか笑っている。

そして、それが合図であったかのように。ホーロス王国『全軍』が、突然走り出した。

口上の前に、全軍突撃を行ったのだ。矢の撃ち合いも、魔法の撃ち合いすらもなしに。誰も彼もが槍や剣を手に突っ込んできたのである。

「アハハハ!」

「アハハハハハハハハ!」

「アハハハハハハハハハハハハハ!!」

哄笑が、戦場に響き渡る。

まるでこの場所が、喜劇の舞台であるかのように。