軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十九話 鎧袖一触

第二十九話 鎧袖一触

父上とクリス殿下の会議の、翌日。

すぐに作戦は開始された。

「若様。応急処置はしましたが……」

「ええ、わかっています」

眉を『八』の字にしたアレックスに、頷く。

自分が身に纏う鎧と、右手に握る大剣。どちらも見た目こそ万全な状態であるが、ガルデン将軍とノリス国王との戦いで負った損傷はまだ残っていた。

特に剣の方は、力技で無理矢理歪んでいた部分を真っすぐにしただけである。1度、帝都の職人に見てもらう必要がありそうだ。

しかし、それらは帝都を奪還してからである。フリッツ皇子が玉座にいる間は、出来ない。

「今はこれで十分です。ありがとうございます」

「いえ。どうかお気を付けて」

「若様」

彼の後ろから、グリンダが前へ歩み出る。

「私も屋敷にて御身の無事を祈っています。どうか、生きて帰ってきてください」

「え、あ、はい。うん。も、もちろんです」

そっと目を逸らす。この前の事があって、今は彼女の顔を直視できない。

だが、視線を向けた先にはニヤニヤと笑うアレックスとメイド達がいた。……見せ物ちゃうぞ、おい。

頬を引きつらせていると、グリンダが鎧の胸に手を当て体重を預けてくる。

ふわり、と。鼻を石鹸の香りがくすぐった。

『動揺し過ぎじゃないかな、童貞君』

『……うるさいですね。その、しょうがないでしょう……!』

『はいはい。帰ってきたらまたしてあげるから、無事に戻ってくるんだよ?』

『なっ……!?ま、まあ?元々、生きて帰るつもりですし……!そういうの、関係なく……!』

アレックス達に負けず劣らず腹の立つ顔で笑うグリンダから逃れる様に、数歩下がる。

顔が熱い。耳まで赤くなっていると自覚する。

「クロノ殿!」

背後から聞こえてきた元気な声に、慌てて振り返る。

「殿下」

姿勢を正した自分に対し、彼女は軽く手を挙げて楽にして良いと言ってきた。

「改めて、礼を言いにきた。クロノ殿がいなければ、こうして今もボクは生きている事もなかっただろう」

「いいえ。我らストラトス家も、御身がいなければ暗い道を行く事になったかもしれません」

「そう言ってもらえると嬉しい……いや、嬉しがっていいのか?それは」

「さあ……?」

互いに首を傾げた後、苦笑する。

「では、また領境で」

「はい。ご武運を。親衛隊の方々も、お気をつけて」

「うむ」

「はっ!クロノ殿も、どうかご無事で」

クリス殿下と、シルベスタ卿達親衛隊が去っていく。

それを見送った辺りで、グリンダがこちらの腰布を引っ張ってきた。

「ん?」

「……ご武運を」

何故か若干不機嫌そうな彼女に、疑問を抱きながらも頷いて返した。

* * *

ハーフトラックで移動する事、約2時間。自分達が担当する男爵の領地へと侵入する。

地図によりある程度相手の進軍ルートを予測出来ているのと、時折気球を飛ばして確認しているのですれ違ってしまう事はない。

それでも、『もしも』を考えて緊張する。領境の村々はある程度防備を固めているが、軍隊が本気で潰しにくればひとたまりもない。

脳裏にオールダー王国で見た光景がよぎる。

「若様、敵が見えたと報告が」

「わかりました」

だからか、斥候からの報告に対し戦う恐怖よりも安心が勝った。

「ハーフトラック停車。総員戦闘用意。僕も鎧を着ます。手伝ってください」

「はっ」

普段農業用に使っているせいか、泥の臭いが強いトラックから降り土魔法で堀と壁を作っていく。

速攻で片を付ける予定だが、念には念を入れた方が良い。

自分についている兵士達もライフルを構え、配置につく。父上達の所と違い、大砲は持ってきていない。

重くて進軍が遅くなるのもあるが、自分がいてそれが必要になる段階で作戦は失敗だからであった。

……今度は、勝てるかどうかの不安が胸に押し寄せる。

もしも相手に、ガルデン将軍やノリス国王の様な猛者がいたら。可能性は限りなく低いが、ゼロではない。

剣を握る手がギチギチと音をたてる。兜を被っていて良かった。兵士達に、今にも吐きそうな顔を見られずに済む。

万が一、自分が負けそうな敵であればすぐにストラトス領に戻らねばならない。そして、グリンダと予備戦力と連携し誘い込んだ敵軍を撃滅……という準備は一応してあった。

だが、それをするという事は帝都への進軍がかなり遅れる。1日時間が経つ事にフリッツ皇子が帝都の掌握を進める今、致命的と言っても過言ではない。そもそも、あの英雄と怪物並みの相手がいたらこちらの被害は……いや、そもそも自分自身も……。

そうこうしている間に、敵軍の姿が見えてくる。

左手を軽く上げれば、うちの兵士達がストラトス家の旗を掲げた。それに対し、男爵軍は停止。遠目でも、驚いているのがわかる。

急いでいるのもあるが、相手が動揺しているうちに終わらせたい。拡声魔法を使い、数歩前に出て男爵へと呼びかける。

「我が名はクロノ・フォン・ストラトス!カールの息子なり!この帝国の有事に乱を起こした逆賊どもよ!今降伏するのなら、貴族として名誉ある死をくれてやる!」

吠えながら、そのまま足を進める。兵士達は土壁の向こうに待機させ、単独で敵へと近づいていった。

男爵が、同じく拡声魔法を使い言い返してくる。

「黙れ、青二才が!貴様らこそ、クリス殿下を、オールダーとの戦での敗因を庇いおって!帝国を弱らせているのはストラトス家の方だ!このアウル男爵家が成敗してくれる!」

彼の言葉に合わせ、敵兵士達が声を張り上げた。恐らく、騎士達が『吠えろ』と指示したのだろう。

男爵軍、およそ80人。こちらは20人。戦力差は歴然だ。兵士達の士気を高めれば勝てると、判断したらしい。

だが、それに構わず更に歩を進めた。

自分の視力ならば、3百メートル先の男爵の顔もハッキリ見える。兜こそ被っているが、面頬は上げた状態だ。

彼らの軍も、こちらに近づいている。弓矢の射程まで進んでくるつもりだ。

単独で歩いてくる自分に、男爵が眉をよせる。

可能なら、敵も味方も死者は少なく済ませたい。人道的な理由ではなく、人も大切な『資源』なのだ。

何より、うちの兵士達には敵兵の護送や領都の制圧に必要なのである。ここで戦わせて、数を減らしたくはない。

だがそんな事情を男爵が知るわけもないので、彼は不可解そうにこちらを見ている。

「貴様こそ降伏する気になったか、カールの倅!後ろの兵どもを下げるのであれば、殺さずに教会送りとしてやるぞ!」

「否ッ!もはや問答は無用!これより貴様らを討伐する!」

「……英雄気取りのバカが」

拡声魔法が残っている故、吐き捨てる様な小声がこちらにまで届いた。

その魔法も効果を終え、男爵は槍を掲げて自軍の兵士達に命令を下す。

「者ども!弓を構えよ!あのバカを射殺してしまえ!槍兵!合図をしたら前へ出ろ!我が声を聞き逃すでないぞ!」

「だ、男爵様!」

「なんだ!良いから、騎士は全員で壁と堀を」

「前に!もう、奴が!近くに!」

「は?」

気の抜けた声が、聞こえてきたのとほぼ同時。

土煙を背後に作りながら一息に距離を詰め、呑気に弓やクロスボウを構えようとしていた男爵軍の前へとやってくる。

揃いも揃って、なにをテレポーテーションでも見た様な顔をしているのか。自分は、ただ走って近づいただけだろうに。

───英雄も怪物も、彼らの中にはいないのか。

「■■■■■■■■■───ッッ!!」

「ひっ!?」

「あ、あああああ!?」

走ってきた勢いのまま跳躍し、男爵が乗る馬の前へと着地した。

彼の馬が嘶きをあげ、棹立ちになる。それでも落馬しないのは流石だが、この場では判断ミスとしか言えない。

着地の衝撃で土煙が舞う中、眼前の馬の腹へと剣を横薙ぎに振るう。馬具も肉も引き裂いて、その先の男爵の両腿まで切断。切っ先が彼の胴鎧も引き裂いて、腸を地面にばら撒いた。

「あ、がぁああ!?」

風圧で土煙が晴れた直後、男爵の悲鳴が響き渡る。

「アウル男爵!?」

「お、おのれぇ!」

両断された馬と共に倒れた男爵を見て、2人の騎士が慌てて槍をこちらに向けてきた。

だが、それも遅い。穂先が突き出されるより先に右手側の騎士の腕を切り飛ばし、左手側の騎士の得物を掴んで強引に引き寄せた。

間髪入れずに槍の柄から手を離し、バランスを崩した騎士の頭を掴む。

そのまま指に力を籠めれば、ぱきゃり、という音と共に兜ごと彼の頭部は潰れた。掌を開けば、血と肉が混じった物が尾を引き、布と革の防具に包まれた体が地面に転がる。

「は……は?」

「え、あの……え?」

ぽかんとした様子で、男爵軍はただこちらを見ていた。徴兵されただけの者達に、この状況を理解しろという方が無茶である。

先ほどの雄叫びで腰を抜かすか耳を押さえて蹲っている者ばかりであり、立っているのは比較的離れた位置にいた者だけだ。

「わ、わた、わたしの、わたしのお腹ぁぁ……!」

まろび出た腸を手に、仰向けになったまま焦点の合わない目で呟く男爵。

彼の首を刎ねて楽にしてやった後、腕を失って絶叫をあげる騎士の頭も叩き割る。

男爵と騎士2人を排除。見回したが、他に指揮官はいないらしい。残りの騎士は領都か……面倒な。

何はともあれ、血に濡れた剣を掲げる。

「ストラトス家の勝利である!アウル男爵の民達よ、武器を捨てよ!さすれば殺しはしない!」

さて……男爵の領都が防衛態勢に入る前に、攻め落とさないと。

大声で威圧すれば、周囲の兵達が素直に従ってくれたのは幸運である。あいにくと、本当に急いでいるので。

───それから、男爵の領都に向かい館を制圧したのは3時間後の事であった。