軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話 迷いと決意

第二十八話 迷いと決意

庭からの謎の臭いがすると、ちょっとした騒動になった夜。

自分はいつもの部屋で、グリンダと顔を合わせていた。

『で、私に何か言う事は?』

『誠に申し訳ありませんでした』

『よろしい。まあ、おおよその事情はシルベスタ卿の話から察しはついていたけど』

胸の下で腕を組んだメイドに、頭を下げる次期当主。他の家臣達にはおよそ見せられない光景である。

いつも通りの、2人切りだからできる事だ。

『それにしても、よくお館様がこうして私達が会うのを許可したね』

『いや、父上の許可は得ていない。僕が偶然この部屋で黄昏ていたら、偶然グリンダがやってきて世間話をしているだけ……という事になっている』

『へえ……君がそういう風に計らってくれたんだ?』

『いや、ケネスとアレックスがもの凄い早口で『じゃ、そういう事で』って今の設定を言ってきた』

『そんなこったろうと思ったよ』

やれやれと、グリンダが半笑いで肩をすくめる。

『お館様の親バカっぷりは、流石にどうかと思うよ。いっそ、私は君と子供を作る気がないと宣言でもする?』

『それをやった場合、貴女は騎士の誰かに嫁ぐ事になりますよ』

『嫉妬かな?』

『どうしてそうなるんですか……』

からかう様に笑うグリンダに、今度はこちらが肩をすくめた。

『いやはや。あの皇太子殿下が来てから、メイド達が『若様が真実の愛に目覚めたらどうしよう』って心配していたからね。ま、少しだけ腐った趣味に目覚めかけている人もいたけど』

『騎士達にも心配されましたよ……』

『無理もないよ。だって皇太子殿下、女の子みたいな顔だし。というか、実際の性別は女の子なんじゃない?』

グリンダが片目を閉じ、口角を吊り上げながら問いかけてくる。

この声音は、ほぼ確信を得ている時のそれだ。5年も付き合いがあれば、それがわかる。

『ご明察。よく気づけましたね』

『あの尻で男は嘘だよ』

『なるほど。絶対に僕以外の前では言わないでくださいね?』

『嫉妬かな?』

『警告ですよバカ野郎』

『残念、今は野郎じゃありませーん』

両掌でその爆乳を軽く持ち上げ、強調してくるグリンダ。

彼女からそっと視線を逸らし、小さく咳払いをする。

『不敬というのもありますが、ストラトス家はあの方に賭ける事にしました。武力でも経済でも依存させて、領地の保護と発展を目指します』

『へー、最終目標は関白?』

『流石にそこまでの展望はありませんよ。帝国が寿命を迎えそうなので、大慌てで動いているだけですから。これが最善手なのかもわかっていません。僕も、父上も』

『そうかい。ま、その為に君は皇太子殿下にハニートラップをしているわけだし。頑張りなよ』

『いや、誰が誰にハニトラ仕掛けているんですか』

『え?違うの?』

『違うに決まっているでしょうに』

疑う様に見上げてくるグリンダに、小さくため息をはく。

『領地を付きっ切りで案内したのは、あの方に野望を持って頂く為です』

『野望を抱かせる為に、デートして誘惑したんじゃないんだ』

『デートですらありませんよ……プレゼンみたいなものです。滅茶苦茶緊張しました』

『へー』

何故か、グリンダがニヤニヤと笑ってくる。人の苦労話がそんなに楽しいか。

……シルベスタ卿の件で迷惑をかけたので、実際に楽しんでいるかもしれない。

その場合、こちらに文句を言う権利はないが。

『なぁんだ。私は、君がとうとう初デートを経験できたんだと思って、お祝いしてあげるつもりだったのに』

『余計なお世話です。というか、あの方にハニトラって効くんですかね……凄く聡明な方ですし。いや、まずハニトラなら自分より父上の方が向いている気がしますけど。顔的に』

『聡明な人間でも、性欲には勝てないのさ……。風俗の沼に沈む有名大学出の若手社長さんとか、結構いたし』

『そんな光景まで見ていたとか、どんだけ通っていたんですか……』

『まあまあ。それはおいておいて、皇太子殿下ってそんなに頭が良いの?』

露骨に話題を変えてきたグリンダに、頷いて返す。

『ええ。1を聞いて10を知るを体現した様な人です。もしも21世紀に生まれていたら、それこそ有名大学に通って将来は凄い学者さんになっていたと思いますよ』

『それほどなんだ』

『ただ、価値観まで僕らに近いのが危なっかしいですけどね。前世の気分で喋っても、共感できてしまうぐらいですから』

『……へぇ』

『ハニトラと言うのなら、こっちが飲まれかけましたよ。喋っていて、本当に楽しかったですから。ま、地頭の差でそのうち僕は置いてけぼりにされそうですけど』

『君も私も、力以外は普通の人だからね』

『ええ。ですが、クリス殿下が皇帝の地位につくと覚悟を決めてくださって本当に良かった。そうだ。グリンダも今度、殿下と話してみませんか?気安い方ですので、騎士の娘でも公の場でなければ───』

『いや、いいよ』

こちらの言葉を遮り、彼女が立ち上がる。

『私も殿下も、忙しいからね。それより、聞かないといけない事があったんだ』

『はい?あ、工場で何かありましたか?』

『いいや。そうじゃなくってね』

グリンダは机を回り込んで、こちらの隣に来たかと思えば。

『大丈夫?たまってない?』

『……っ!?』

とんでもない事を聞いてきた。

悪戯っぽく笑う彼女の視線は、こちらの下半身に向けられている。

『な、なにを!』

『いやさ。戦場帰りって昂るらしいし。それでいて殿下やその親衛隊みたいな、美人さんばっかりな環境にいたでしょ?私は、若様の若いリビドーが暴走して殿下達に粗相をしないか心配なんだよ。メイドとしてね』

『よ、余計なお世話です!自分でその、そういうのはですね……!』

『本当はプロの人にお願いするのが楽だし確実なんだけど、お館様が許可しないからね。だから』

グリンダの白い指が、黒いメイド服の胸元に伸びる。

───プチリ。

ボタンの外れる音が、妙に響いた。

『子作りはしないけど……それ以外の事なら、手伝ってあげるよ』

襟のリボンタイは締まったまま、メイド服の胸元のボタンが3つ外される。

元々ミチミチと音がしそうだったのが、解放されたからか。途端に白いレースとそれ以上に白い肌が露になる。

『なっ、なぁ……!?』

『ほら、私は前世が男でしょ?だから、どういう事をされたら気持ちいいかもわかるんだ。それに、私にだって若人が将来恥をかかない為に一肌脱ぐぐらいの気概はあるよ。だから、任せて』

耳元に桜色の唇が寄せられ、甘ったるい声が脳に染み込んでいく。

『いや、でも、そういうのは悪いというか』

『大丈夫。クロノは何もしなくて良いから』

僅かに残った理性で抵抗しようとするも、白魚の様な指がこちらの手の甲を軽く押さえて。

そのまま指先にかけて撫でられた時には、もう自分は頷いていた。

* * *

翌日、父上の執務室にて。

父上、クリス殿下、シルベスタ卿、自分の4人が集まっていた。

「この様な早い時間からお呼びたてしてしまい、申し訳ございません。クリス殿下」

「いいや。気にしないでくれ、カール子爵。むしろ、こうして匿ってくれた事に、改めて感謝させてほしい」

「いえいえ。帝国貴族として、当然の事をしたまでです」

「……そうか。なら、『帝国を継ぐもの』として、言わせてもらう。ここからはお互い、単刀直入に行かせてもらいたい。国の有事だ。不要な腹の探り合いは、なしにしよう」

殿下のその言葉に、父上は営業スマイルを引っ込めた。

「では、その様に。早速本題に入らせて頂きますが、クリス殿下はこの帝国を治める覚悟がおありですか?」

「ああ。その為なら、兄上や姉上と矛を交える事も辞さない」

「その結果、血を分けた家族を殺す事になるかもしれませんが」

「……本音を言えば、出来れば殺さずに済ませたい。だが、それも難しい所まできている。もし戦場で彼らの首を討ち取った兵士がいたなら、ボクは叱責ではなく称賛を送ると誓おう」

その碧眼で真っすぐ見返してくる殿下に、父上はそっけなく頷く。

「そうですか。では、殿下が皇帝になる事を一先ずの目標にさせて頂きます」

「うむ。ストラトス家には大いに助けてもらう。先の撤退戦の事も含めて、必ず報いるつもりだ」

「ありがとうございます。さて。それでは現在の我が家の状況ですが───」

そう言って、父上が机に地図を広げ木製の駒を配置していく。

自分もそれを手伝い、あっという間に周辺の勢力図がわかりやすくなった。

「……凄まじいな。随分と正確な地図だが、例の気球とやらを使ったのか?」

「はい。土魔法で作る『物見丘』より高く、そして相手に気づかれる可能性が低いですから。元々商人達から聞いて作っていた地図に書き込む事で、周辺貴族の領都までの道とその間の砦や村の配置は把握しています」

「これは興味本位の質問なのだが、あの気球は攻撃には使えるのか?相手陣地の上まで行って、油壷でも落とせばかなり効果的だと思うのだが」

「難しいですね。領内の人気がない場所で何度か試しましたが、まず真っすぐ飛ぶ事すら出来ませんでした」

「なるほど、高い所ほど風が強いものな」

「更に、積載重量と飛行できる時間の問題もあります。クロノ級の魔力持ちでなければ、通常自陣から敵陣までの飛行は不可能。それをさせるぐらいなら普通にぶつけた方が効果的ですし」

「そもそも、敵の魔法の射程範囲か」

「はい。魔法が届かない距離での飛行は、かなり危険です。およそ実戦では使えません」

「わかった。すまない、話を戻してくれ」

打てば響くというか、立て板に水というか。

この2人、早口かつ間も短い。一応文章にして記録しているのだが、今生のチートボディでもギリギリである。せめてポールペンが欲しい。

必死にペンを動かす自分をよそに、父上と殿下は話を続ける。

「現在我が領に攻めてきている3つの男爵家と1つの子爵家。彼らは最短で翌朝には領境に到達すると考えられます」

「意外と遅いな」

「彼らとしては、殿下にストラトス家の領都に入った後に戦を起こしたかったでしょうから。しかし、ハーフトラック等やシュヴァルツ卿などの要因で予想以上に早く御身は我が館に到着した。その差でしょう」

「なるほど。して、どの様に迎撃する?」

「伯爵家が動く前に片を付けます。彼の家は、まだ風見鶏のつもりだ。どの陣営が勝つか、見定めてから動く為に今回参戦しなかったのでしょう。そして、子分達がストラトス家を切り分けた辺りで上前をはねにくる。双方に良い顔をし、仲裁のふりをして」

「では、どの様に速攻をしかける?ハーフトラックか?」

「その通りです。ストラトス家が出せる兵力は、最大で200人。私と50人、クロノと20人、ケネスと50人、そして殿下の親衛隊が30人の我が領民と共に各方面で戦っていただきたい。残りの兵士はストラトス領の防衛、及び予備戦力に残します」

「そうか」

「お待ちください」

そこまで無言だったシルベスタ卿が、小さく挙手をする。

「我らは殿下の護衛。最低限はクリス皇太子殿下の傍にいる必要があります」

「リゼ、ならばボク自ら戦場に出る。ここが正念場だ。帝都に向かう前に、時間をかけてはいられない」

「しかし」

「これは命令だ。結果的に、ボクが長生きする選択となる。わかってくれ」

「……御意」

不承不承と言った様子ながら、シルベスタ卿が引き下がる。

「ありがとうございます、殿下」

「いや。続けてくれ」

「はっ。馬とハーフトラックで『ライフル砲』……殿下達が撤退戦にて見た、ライフル銃を大型化した物を牽引。敵の戦列に風穴をあけ、混乱させた所を銃兵達で追撃。更に騎士達や親衛隊の方々で突撃し一気に敵貴族の首を獲ります」

「ライフル砲……。砲で戦列を崩し、銃で敵兵が持ち直すのを妨害。続けて騎兵や魔法使いで一気に押し流す。新しい戦術だな」

「本当は騎兵をもっと揃えて行いたい戦術ですが、今はこれでいきます。初戦にて敵の主力部隊を打ち破った後は、そのまま各領都を制圧。これは貴族の館を叩けばそれで終わります」

「残った騎士達や親族が抵抗する可能性は?」

「相手の情報伝達速度より、こちらの方が速く動く事で連携をさせずに潰します。そちらは、私とケネスが自分の持ち場を終えた後にやっておきます。殿下達は、担当の敵貴族を叩いた後はこの川へ向かって頂きたい」

「川?」

地図上の、青く塗った部分を父上が指さす。

「『蒸気船』という、ハーフトラックと同じ技術を使った船があります。それならば、川の流れに逆らって移動が可能です。これを使い、一気にストラトス領まで帰還。その後、予備戦力から抽出した少数精鋭と親衛隊、そしてクロノを連れて帝都に向かってください。我らはここで地盤を固め、御身の力となりましょう」

「……ボクらだけで帝都を奪還しろと?」

「クロノがいれば可能な計算です。そもそも、帝都で発生した戦闘は他国の軍が関わったもの。かなり混乱しているはずです。皇帝陛下の崩御と、フリッツ皇子の事実上の売国もありますから余計に。そこへ本来国境から帝都まで到達できない日数で、御身が帰ってくる。これを予想しておくのは、不可能かと」

「混乱の隙をつき、帝城を奪い返せという事か。短期間で兄上を捕縛、ないし殺害できれば、兵士や騎士達は少なくとも大きな抵抗はしない……か」

「無論、確実ではありません。万が一それらは難しいと判断した時は、帝都にて御身の正統性を喧伝するだけしてストラトス領にお戻りください。フリッツ皇子の地盤は、現在とても不安定です。元老院達が揃って日和見を決め込めば、帝国に広がる炎は弱火になります」

「わかった。その案でいこう」

必死にペンを動かしている間に、結論が出た様だ。

だが、会議が終わったわけではない。親衛隊の誰を動かすかや、兵糧の事。それ以外にも、確認しなければならない事は山ほどある。

「そう言えば、殿下。重要な事をお聞きするのを忘れていました」

地図から顔をあげ、父上が淡々とした声でクリス殿下へと問いかける。

「御身は、実は女性だとクロノから聞いております」

一瞬、シルベスタ卿の雰囲気が変わった。

帯剣こそしていないが、素手でも彼女は戦える訓練をしている。戦闘態勢に入りかけたシルベスタ卿に対し、こちらも反射で拳を握りかけた。

だが、それを双方のトップが制する。

「いい。落ち着け、リゼ」

「控えろ、クロノ」

「はっ」

「……失礼しました」

軽く手をあげてシルベスタ卿を下がらせると、クリス殿下は父上へと視線を戻す。

「その通りだ、カール子爵。ボクは女だ」

「帝国において、いいえこの大陸において。当主の地位に女性がつくのは『他に継承権を持つ者がいない』場合か、『継承権を持つ者が政を行える状態ではない』場合のどちらかです。そして、御身やフリッツ皇子の他にも、継承権をもつ皇族はいらっしゃる」

「そうだな。だが、ハッキリ言って彼らに帝国を任せる事はできない。統治者としての教育を受けた者はほとんどおらず、いても他国や教会に入った者ばかりだ」

「帝国が帝国であるには、玉座には御身に座って頂く他ございません。しかし、性別が露見すればそれは不可能になる。故に」

普段見せる温和な顔でも、気の抜けた親バカの顔でもない。

どこまでも機械的で、冷酷な、為政者の顔で彼は続けた。

「女を捨てる覚悟はおありですか?一生、自身の性別を隠し通す。それで本当に良いのですね?」

「愚問だな、カール子爵」

その氷の様な瞳に、クリス殿下は怯む事なく、それどころか不敵な笑みさえ浮かべてみせた。

「ボクは、クリス・フォン・クロステルマン。帝国の皇子である。コーネリアス皇帝の息子だ。その事実が覆る事は、絶対にない」

昨日、殿下が浮かべた、自分やシルベスタ卿達に向けた歳相応の笑顔を思い出す。

彼女の性自認は、恐らく女性だ。肉体と同じく、少女のそれである。

それが、この様な覚悟をもたねばならない。

「───承知しました。無粋な質問をしてしまい、申し訳ありません」

深く頭を下げる父上に、クリス殿下は鷹揚に頷く。

「構わない。軍議を続けよう」

「はっ」

再びペンを動かし、記録を取りながら、あの日平原にて死んだ皇帝の事を思う。

貴方はなぜ、彼女にこんな重みを背負わせたのだ。才能に惚れ込んだとは、言わせない。

クリス殿下の才は、為政者というよりそれを補佐する立場か、あるいは研究者にこそ相応しいものである。

そもそも、彼女が皇太子指名されたのはまだ物心がつく前だったはずだ。

もはや聞き出す事も、不敬覚悟で怒声を浴びせる事もできない場所にいる人物に、内心で恨み言を呟く。

決して、表に出しはしない。本人が既に覚悟を決めているのなら、他人がとやかく言う事ほど無粋な事はないのだから。

今はただ、ストラトス家の長男として。そして彼女の戦友として動くのみ。

まずは───記録をきちんと取るとしよう。

自分でも解読に少し時間がかかりそうな字になりながら、必死に知恵者達の会話に耳を傾けた。