軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十九話 いってきます

第百三十九話 いってきます

結婚式から、数日。決戦の時は、刻一刻と近づいていた。

帝都の中を、馬に乗ったクリス様と兵士達が進む。

戦いの地はこちらの将軍とギルバート侯爵が書面にて協議した結果、アダム様が現在占領しているゼーレンと帝都の中間地点にある平野となった。

そこへの移動時間を考えると、少しだけ出発が早い。だが、それも理由あってのことである。

此度の戦は内乱である為、前口上が終わるまで陣地の用意をしないという、縛りがない。

ゆえに、数で劣るこちらは早くに決戦の地へと到着し、自陣を固めたいという狙いがあった。

可能ならば、相手陣地として予測される場所に何か罠の1つでも仕込みたいが……そこまでの余裕はあるまい。

相手はギルバート侯爵だ。絶対にこちらの思い通りにはさせてくれない。

用意できるだけの銃弾と食料。それ以外にも様々な物を掻き集めた。無論、帝都の民が飢えない程度に。

はたしてこれが、最良の選択だったのか。どこか見落としがあるのではないか。やるべきことは他にあったのではないか。

不安が胸の奥で渦巻き、今からでも作戦を練り直すべきではと叫びたくなる。だが、もう遅い。そして、代わりに何ができるかも浮かばない。

今日、自分達は帝都を発つ。この戦いに勝つ為に。帝国に、何よりストラトス領に平穏をもたらす為に。

街道を進む軍隊。普段の帝都であれば、出陣に合わせてお祭りのように出店が建ち並ぶ。あちこちで串焼きや安酒が、常とは少しだけ違う値段で売られているはずだ。

だが今は冬で、何よりつい最近この街は襲撃を受けたばかり。

各店舗にも余裕はなく、住民達の懐は北方の雪原のように寒い状況にある。

それらの理由から、今回の出陣式では出店を出す商人はごく僅かだ。それも地域に密着しているタイプの商店が、付き合いで少しだけ品物を出している程度。

だが、集まった民衆の熱気はこれまでの出陣パレードにも劣らない。

「ぶっ殺せー!アダムを殺してくれー!」

「俺の妻と息子の仇を!仇をとってください!」

「反逆者に死を!裏切り者達に死を!」

「俺の家から奪われたもんを、全部取り返してくれー!」

「家族を燃やされた!店も家も燃やされた!奴らの全てを燃やしちまえ!」

「どうか……どうか、攫われた私達の娘を救い出してください……!」

「クリス陛下万歳!人竜伯爵万歳!お二人の未来に栄光あれ!」

「アダムの首を!アダムの首を帝都に!俺の家族を奪った男に死を!」

「卑怯者のアダムに死を!不忠者のギルバートに鉄槌を!」

「地獄に堕とせ!帝国の敵を地獄に叩き堕とせぇ!」

民衆が願うのは、復讐。

当たり前と言えば、当たり前の話だ。誰だって家族を、財産を、未来を奪われたのなら。相手の死を望まずにはいられない。

帝国において。否、この世界の大陸において。自国であっても『補給』の標的にされることはよくある。内乱となれば、たとえ同じ国に属していても敵対陣営の街や村なら積極的に焼くのが常だ。

だが、だから納得できるかと言われれば、誰もが『NO』と叫ぶだろう。自分とて、彼らと同じ状況ならば殺意に心を焼かれるはずだ。それこそ、狂う程に。

熱狂する民衆から報復の代行を願われる兵士達の表情は、十人十色であった。

ある者は鼻息荒く胸を張り、ある者は熱量と殺気に怯え、ある者は我関せずと平然としている。

シャルロット嬢と馬を並べて歩いているクリス様は、大丈夫だろうか。兵士達が間にいるので彼女の表情は見えないが、恐らく精神に余裕はないだろう。

フリッツ皇子のご家族に、クリス様がこっそりと手紙とお金を送っていると、ジェラルド卿から『噂』として聞いた。それ程に、家族への情が深いお人だ。

アダム様はもう、アダム様でない可能性が高い。だが、少なくとも療養中に会った彼は、病気に苛まれながらも好青年であった。

自身が最も辛い状況だったろうに、彼は自分達を笑顔で迎え入れ、貴族として相応しい選択をしたのである。並大抵な精神力ではできない。もしもコーネリアス皇帝と教会領の企みがなければ、皇位につくのに相応しい人物だったかもしれなかった。

クリス様も、彼とはこれまで敵対することもなく、何度か話したことがあったらしい。

その相手が、死んだはずの父親に全てを奪われ、こうして民衆から死を望まれている。

何より、これから自身の指揮でアダム様を討たねばならない。

はたして、どれ程の重圧か。大聖堂で職務に励む彼女は気丈に振舞っていたが……いざ戦いが目の前に迫った今、どのような心境なのだろう。

シャルロット嬢や親衛隊が、彼女を支えてくれることを祈るばかりだ。

何にせよ、自分に今できることは……ハーフトラックの荷台に立ち、剣を掲げることぐらいである。

民衆が、その行動に沸いた。人竜よ、敵を食い殺せと。その爪と炎で蹂躙せよと。殺意を押し付けてくる。

隣で帝都の民をつまらなそうに睥睨していたアナスタシア殿が、少し呆れた顔でこちらを見てきた。

今日は黒地に金の装飾が入った軍服姿であり、その上から厚手のコートを羽織っている。

ドレス姿や私服姿も似合っているが、不思議と自分にはこの格好の彼女が1番しっくりくる気がした。

「旦那様よ。サービス精神旺盛なのは良いが、あまり奴らの炎に燃料を与えてくれるな。こんな所で暴動なんて起こされては、今後の計画に支障が出る」

「これ以上のパフォーマンスをするつもりはありませんよ。それより、アナスタシア殿こそ、もう少し表情を気にした方が良いかと」

「貴様が甘い分、私が冷たい方が良い。何より、ここの奴らに笑顔を振りまける程、私も大人ではないのでな」

そう、彼女は皮肉気に笑う。

奪われてばかりだったオールダーの人々にとって、奪ってばかりの帝国人。それも安全な後方にいた帝都の民が、自分達の番になって怒り狂う姿には、思う所があるのだろう。

ストラトス家がオールダーにある程度受け入れられているのは、国境近くで自らも血を流してきた家というのも、理由の1つかもしれない。

「まあ。帝都の民も去年から今年は色々あったので……多少は、優しい目で見てあげてください」

「……良いだろう。旦那様にそう言われては、妻として無下にもできまい」

モルステッド王国軍に一時占拠され、ホーロス王国に火事を起こされ、怪人化したカーラさんが大暴れしたのだ。言う程『安全な後方』でもない帝都である。

営業スマイルを浮かべたアナスタシア殿が、鎧に包まれたこちらの左手を軽く抱きながら、民衆に手を振り返した。

一層沸き立つ民衆。その中を進んでいく軍隊。

前世ではテレビの向こう側であった光景に、随分と自分も慣れてしまったものである。

だが、未だ殺し合いには慣れていない。

押し付けられた殺意を、義憤へと変えられたらもう少し楽なのだろうが……それができる性分でもなかった。

この胸に宿る、愛する者達からもらった熱だけで……この寒々しい大地を、駆け抜けるとしよう。

帝都を囲う壁に部隊が到着し、アダム様によって壊されたままの門を潜って外に。

歩兵は小隊指揮官の命令に従い、次々とハーフトラックへ搭乗していく。

ここからは時間との勝負だ。為政者としての威信の為にのんびりと進軍できていた先程までと違い、以降は急がねばならない。

塹壕の幅と数が、戦争の結果を左右する。矛を交えるのだけが戦争ではない。誰が最初に言ったのか、兵士の仕事とは『走ることと穴を掘ること』だ。

自分達も荷台部分に屋根がついているハーフトラックへと、移ろうとする。

その時、一瞬だけ慣れ親しんだ魔力を感じた気がした。

「え……」

視線を、城壁の上へと向ける。

まるで自分に手を伸ばしたかのような、魔力の奔流。焦りも敵意ものっていないそれは、間違いなく……。

「どうした、旦那様よ。何かあったか」

「……いいえ」

相手も、返事を期待してはいまい。急いでいると知っているだろうから。

まったく。身重なのだから、あまり無理をしないでほしいのに。あの城壁の階段は何段あるのやら。

「行きましょう」

兜と剣をケネス達に預け、ハーフトラックに乗り込む。

城壁の上に立つ人に、屋根を挟んだ状態で視線を向けた。

「……いってきます」

──いってらっしゃい。

決戦の地へと、全車両が走り出す。

敵軍よりは少ないが、それでも大勢の兵士を乗せ。その武器と食料も乗せ。大砲も牽引して。

今にも雪が降ってきそうな空の下を、砂埃をたてながら車列は進む。

ただいまと、後で胸を張って言う為に。