軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十話 前哨戦

第百四十話 前哨戦

帝都を出発して、約5時間後。

目的の平原に到着し、兵達と荷物を下ろしていく。

すぐに魔法と人力で塹壕を掘り、土嚢を積み上げた。砲兵達は野戦砲をいつでも使えるように整備し、数人の騎士が気球を飛ばす。

自分も塹壕掘りを手伝う為、魔力を体内で循環。詠唱を終え、拳を地面に叩きつけた。

火花が散ったような音と光を発しながら、魔力が大地を這っていく。目の前の土が瞬く間に抉り取られ、その分が敵側に向かって積み上げられた。

塹壕の形は稲妻のようにジグザクしており、通路の中央へと『V』の字にしておく。更に、最も凹んでいる部分には溝も掘った。

これらは手榴弾対策である。塹壕近くにまで敵が肉薄してきた場合、爆弾を投げられるかもしれない。そうなった時、通路中央の凹みへ落として被害を防ぐのだ。ジグザクなのも、爆風で飛んだ破片が最低限の範囲で留まるようにする為である。

あちらにも火薬を使った武器があるのだ。手榴弾どころか、榴弾を撃ってくる可能性も考慮しなくては。

兵士が前後に跳び出しやすいよう、塹壕の壁に段差をつくる。そうしていると、気球部隊から伝令がやってきた。

「ご報告します!北東約2.5キロの地点に、ギルバート侯爵の旗を確認。相手も塹壕を掘っていると思われます!」

「……数は?」

「詳しい人数は不明です!ですが、馬はほとんどおりませんでした!」

「わかりました。では同じ報告を、アナスタシア殿に。その後クリス陛下がいらっしゃる本陣に伝えてください」

「はっ!」

駆けていく伝令を見送りながら、眉間へと寄りそうになる眉をどうにか抑えた。兵士達が見ている。不景気な顔はできない。

やはり、ギルバート侯爵も早めに現地入りしていたか。

しかし馬が少ないとなると……隊を分けたと考えるのが妥当だろう。

部隊の移動は、人数が少ない程素早い。逆に、多ければ当然遅い。

グランドフリート侯爵家にあるハーフトラックにも限りがある。兵士全員を戦場に運ぶとなれば、時間がかかるはずだ。

先に運べるだけ運んで、先に陣地を作らせているのだろう。他の兵士達は、後から運ぶか、自分で歩かせるか。

こちらも銃を持っている以上、塹壕は不可欠である。既に塹壕を作り終えた自分達と戦わない為に、隊を分ける決断をしたのだ。

戦力の分散は、場合によっては愚策となる。思い切りが良いのか、それでもどうにかできるという、自信があるのか。

何にせよ、彼の決断を『愚策にする』のが自分達の仕事である。

第1と第2の列を兵士達と一緒に作った後、自分は作業を切り上げてアナスタシア殿の所へと向かう。

砲兵部隊の近くにある、ストラトス家の陣。その中では、机に地図を広げたアナスタシア殿が難しい顔をしていた。

「アナスタシア殿。第1列と第2列の塹壕が出来上がりました。現在、兵士達が堡塁と第3列の塹壕を作っています」

「ああ、ご苦労様」

地図から視線を上げず、アナスタシア殿が続ける。

「侯爵はやはり、この丘をとったか」

彼女が見つめる地図を、自分も覗き込む。

「元々、作戦会議の段階で都市からの距離的に丘はとられる想定でしたね」

「ああ。現在斥候が敵の数を探っているが、恐らくこちらと同数か少し多いぐらいだろう。噂を聞く限り、侯爵は防戦のプロだ。だからこそ、寡兵で私達と相対したくはないだろう。なんせ、練度が違うからな」

「教会領の兵士達は、それ程頼りないのですか?」

「というより、教会領以外の帝国兵が戦争慣れし過ぎている。野蛮過ぎるだろう、この国」

「聞かなかったことにします」

こちらのリアクションに、アナスタシア殿が小さく鼻を鳴らす。

「それより、あの丘にいる敵の数が6千以上となると、残り7千弱は後からやってくるのでしょうか?」

予測される敵兵数は、約1万3千人。対して、こちらは掻き集めても6千人を少し超える程度。

知ってはいたが、残酷な戦力差である。

……初陣以降、こちらの方が人数の多い戦場って幾つあったっけ。

「さぁな。だが私なら、馬鹿正直に全員を先行した部隊に合流させたりはしない。多少時間はかかっても、迂回させて相手の側面か後方にも兵を置くはずだ」

「定石ですね。塹壕をもっと横に伸ばしますか?」

「個人的には、2列は側面にも塹壕を用意しておきたい。しかし、その決定権は本陣にある……が、旦那様の名前を出せば将軍達も否と言えんだろう。使っても構わんか?」

「無論です。そちらはお願いします」

「心得た。それで、貴様は『例のアレ』をやるのか?」

不敵に笑うアナスタシア殿に、頷く。

「ええ。3時間程休憩したら、実行に移ります」

「そうか。ま、精々頑張れ。あるいは、先行部隊にギルバート侯爵がいるかもしれん。油断しないことだ」

「はい」

「ほう、3時間の御休息ですか」

にゅっ、と。そこまで無言でアナスタシア殿の傍に立っていたドロテアが、会話に加わってくる。

瞳をキランと輝かせ、彼女は自分とアナスタシア殿の顔を交互に見比べた。

「それはつまり、お嬢様をその間弄ぶ……と。大事な作戦前だと言うのに、なんとお盛んな。流石スケベ人竜とムッツリお嬢様ですね。しかも3時間ガッツリとは、ケダモノとしか言いようがありません」

「やかましいぞ駄メイド。私は忙しいんだ。乳繰り合っている暇などない」

ジトッとした目でドロテアを睨むアナスタシア殿だが、その顔はほんのり赤い。照れているのが丸わかりである。

そのリアクションに対し、満足気に頷くドロテア。彼女は乳姉妹のその様子に、こめかみにビキリと青筋を浮かべた。

「そうだ。私は相手してやれないので、貴様が代わりに寝てやるといい。我が乳姉妹よ」

「……へっ」

今度は、ドロテアがビシリと固まる。

そして、こちらの顔をチラリと見ると耳を赤くして視線を泳がせ始めた。

「な、何をおっしゃりますか。万が一にも私がお嬢様より先に妊娠するのは政治的によろしくないかと。ストラトス家内で無用な諍いが起きない為にも、そのようなお戯れはやめてください」

「おや。いつにも増して口がよく動くじゃないか。あの夜は必死に唇を押さえて、静かにしようと努力していたのに。まあ、結局ずいぶんと大声を出していたが」

「んなぁ……!?」

ニヤニヤと笑うアナスタシア殿に、ドロテアが反撃する。

「そ、それをおっしゃるのなら。今日のお嬢様は頭を働かせ過ぎなのでは?あの時は、理性などない獣のような声しか終始出ていなかったではないですか」

「ぐぉぉ……!?」

互いにうめき声を上げた後、こちらを軽く睨んでくる。

いや、僕は無実では?

「……この話はやめよう」

「……はい。私のボケ方が悪かったです」

「いや、まずボケるな。主人に対して。しかも戦の直前に」

「それは私に死ねとおっしゃっているのですか?」

「ボケないと死ぬのなら今すぐ死ね」

「ひどい!?」

いつものコントを繰り広げる2人だが、その顔は赤い。

チラチラとこちらに視線を向けては、すぐに逸らす。

なんだこの可愛い生き物ども。

「じゃあ2人とも。僕は休憩に入るので。漫才も程々にしてくださいね」

「ああ。ゆっくり休め。そしてこれは漫才ではない。私は旅芸人になった覚えはないぞ」

「そうです。私とお嬢様のこのやり取りは漫才ではなく、愛情表現です。とっても仲良し!!」

「黙れ駄メ」

「お嬢様!?せめて『イド』はつけてくださいませ!私のアイデンティティが!?」

「なぜ私が貴様の命令を聞かねばならん。立場をわきまえろ、たわけ」

「え?……なぜって、ベッドだとお嬢様はクソ雑魚ナメクジだから?」

「OKわかった。砲弾の気分を味わいたいのだな?砲身につめてやろう。今すぐに……!」

微笑ましそうに2人のやり取りを見るケネスにも声をかけ、天幕を後にする。

……いや冷静に考えて、あのやり取りを見て『和むなぁ』『安心するなぁ』って顔をするのは騎士としてやばくないか?

何にせよ、あの2人に付き合っていると無限に時間が消費されそうなので、自分の天幕に歩いていく。

この肉体は頑強だが、無限のスタミナや魔力があるわけではない。帝都からここまでの移動に加え、塹壕の用意もあったのだ。疲れはハッキリと感じている。

しっかりと休んで、備えねば。

自分用の天幕でレオに手伝ってもらい鎧を脱いだ後、持ち込んだ簡素なベッドで横になった。

疲れからか、あるいは直前に肩の力が一気に抜けたからか。すぐに意識は闇に落ちていく。

それから、『約5時間後』。

────どぉぉぉぉん……!!

空が真っ黒に染まった頃に、砲声が轟いた。

吠えたのは、敵陣地の大砲。それらが次々と火を吹き、鉛の塊を発射する。

彼我の距離は約2.5キロ。この世界の大砲では、そうそう当たる距離ではない。だが、撃たれてすぐ大きく陣地を動かすことができない以上、無視はできない。

すぐさま、ストラトス家の砲兵部隊が反撃の砲弾を放った。眠っていた兵士達が跳び起き、着の身着のまま銃を持って塹壕に跳び込んでいく。

砲撃に合わせて敵陣に接近するのが、今の戦の常識として帝国では浸透し始めていた。連合軍との戦いが、そうさせたのだろう。

敵の陣地がある方を見て、警戒を強める兵士達。彼らは皆、武器を構えながら緊張と恐怖で顔を強張らせているに違いない。

遂に、帝国の未来を左右する 大戦(おおいくさ) が始まったのだと。真っ先に敵兵と直接殺し合うのは自分達だと。兵士達は思っているのだろう。

そんな光景を森の中からチラリと見やり、すぐに意識を眼前へと移した。

クリス様派の軍が陣を敷いた場所から、500メートル程離れた位置。帝都側に位置する、敵陣地とは真逆の方角にあるそこで。

自分達はゆっくりと歩いていた。

僅かな月明かりのみが照らす森の中は、少数とはいえ松明が焚かれた陣地とは違い非常に視界が悪い。

その上自分達は鎧を泥や草で汚し、茶と緑のまだら模様の外套を纏っている。互いの姿すら、視認するのが難しかった。

頼りになるのは、江戸時代に『強盗提灯』と呼ばれた前方のみを照らすガン灯のみ。

すっかり草木が枯れた地面を進み、時折パキリと落ち葉や枝を踏んだ音がしては、そちらへすぐにガン灯を向けた。

まるで、本当に盗人である。あるいは、不名誉な逃亡兵か。

兜の下で苦笑したのも束の間、待ち人が来たらしい。

微かに感じた魔力の方角に、ガン灯を向ける。

ちょうど向こうも、ランタンをこちらに向けた所だった。

「こんばんは。ギルバート侯爵」

「うむ。こんばんは、クロノ殿」

まるで、友人に偶然出会ったかのように、互いにそう話しかけて。

ほぼ同時に、明かりを地面に落として両手で得物を握る。30メートル以上あった距離など、瞬く間に消し飛んだ。進路上の邪魔な木は鎧で打ち砕き、突進。

眼前には、フルプレートアーマーを黒く染め上げた『鉄血のギルバート』。帝国の英雄と呼ばれた男は、誇りなどない黒騎士の姿と成り果てている。

彼は地面を陥没させる程に左足を踏み込み、身の丈を越える鉄槌を振りかぶった。自分の魔剣と、彼のウォーハンマーが衝突する。

夜の森に響き渡る、巨大な金属同士がぶつかった、甲高くも骨を震わせる轟音。しかしそれは、砲声によって陣地には届かない。

衝撃で同じ分だけ相手を押しやり距離が開いた瞬間、互いの兵士達が銃声を響かせた。硝煙が舞い、マズルフラッシュが瞬く。

帝国の命運を分ける、 大戦(おおいくさ) の前哨戦。

その戦いにおいて、最初に相手の姿を見た戦士は────奇しくも両軍共に、一兵卒とは言えない立場の者達となった。