軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十八話 生きる意思

第百三十八話 生きる意思

結婚式が無事に終わり、解散となった。

正式な婚姻とは言い難いが、お忍びとは言え皇帝陛下が列席した上での式である。万が一自分に何かあっても、ストラトス家の継承権で混乱が起きることは防げるはずだ。

もっとも、死ぬ気なんて毛頭ない。

生きて帰る。その思いが、強まった気がした。

「というわけで。ここからが本番。ここからが勝負です」

「ケネス」

「はい」

「ちょっと、黙ろうか」

「いやです!」

夜。湯浴みを済ませた直後にやってきた老騎士が、無駄に元気よくそう答えた。

「あのですね。僕も決して、その……そういうことをしないとは言っていないのです。ただ、もう少しムードを大切にしたいというか」

「なぁにがムード!なぁにが精神的な繋がりですか!若い男なんぞ、肉体的な繋がりしか考えられんもんでしょう!騎士の収穫時なんですぞ!?」

「収穫時言うんじゃありません。本当に、そんなだから貴族の間で『真実の愛』が流行るんですよ」

「あー!あー!聞きたくありませぬ!その単語を聞くと、眩暈と腹痛と血尿と血便が……!」

「重傷……」

「わかっております……!クロノ様とクリス陛下は、お尻愛ではなかったと。ヒップのYOUとか言い合う関係ではなかったと……!」

「不敬……」

「それでも……トラウマは!消えない!」

「やかましい」

「はい。ケネス、声をちょっと小さくします」

とうとう一人称が自身の名前になった老騎士。退職とか、考えた方が良いのではなかろうか。

「まあ、そういうわけで」

「どういうわけで?」

「レッツ、初夜ですぞ!ストラトスの人竜の力、奥方様に見せつけるのです!」

「ストラトス家が変態一族みたいに言わないでください」

「え、褒めているのに……」

しゅん、と眉を『八』の字にするケネス。

うん。騎士の価値観として褒めているのは何となく察している。そうじゃなかったら、家名を侮辱された以上全力パンチしないといけなかったし。

次はないぞ貴様???

「まあまあ。無駄話はこれぐらいで。せっかく湯浴みしたのに、体が冷めてしまいますからな。寝室に。何はともあれ寝室に」

「こいつ……」

無駄に良い笑顔でこちらの背を押してくるケネスに、逆らう理由もないので素直に足を動かす。

言ってやりたいことは山のようにあるが、それは後日でもいい。

だって……まあ……したいし。

ストラトス家は変態一族ではないが、そもそも人類は9割9分変態である。地球の変態種として、君臨してきたのだ。

よって、自分がおかしいのではない。理論武装は完璧である。人類皆スケベ。

そんなこんなで、借りている寝室へと案内される。

「では、ごゆるりと」

ケネスが目を閉じ、ゆっくりと扉を開ける。促されるままに中へ入れば、彼は有無を言わさぬ勢いで扉を閉めた。

そして。

────ぶぉおおおおおおお!

なんか、管楽器に出迎えられた。

……なんで?

「お嬢様とご主人様のご結婚。改めておめでとうございます」

無駄にキリっとした顔で、大きな管楽器を持っているドロテアさん。

いつものメイド服姿な彼女が、誇らしげに楽器を掲げた。

「初夜の最中、行為が上手くいかず変な空気が流れてしまうこともあるとか。そんな時は、使用人が余興をして場を盛り上げるのが習わしです」

「ちょっと知らない習わしですね……」

「早速お嬢様が亀のようにこもってしまっていますので、顔を出させる為に私が演奏をいたしましょう」

「あ、本当だ」

燭台に照らされた室内。ベッドがこんもりと膨らんでおり、そこからアナスタシア殿の魔力を感じ取る。

「……少し、少し時間をくれ。そうだ。素数。素数を数えるから。そうすればきっと気分が落ち着く」

「はぁ~……このツンデレ乙女、この段階でまぁだヘタレております。でも大丈夫です。私のこのチューバで、見事お嬢様のテンションをぶち上がらせてみせましょう!それはもう、一匹の獣となるように!」

その楽器、チューバだったんだ。でかい管楽器だなー、とは思っていたんだけど。

まあ、それはそれとして。

「ドロテアさん」

「はい、ご主人様。何か曲のリクエストが?」

「楽器を片付けてください」

「なんと」

夜中になんつうもん吹いてんだこの駄メイド。

露骨に不満そうな顔で、ドロテアさんがケースにチューバをしまう。いやケースまででかいな。どうやって持ち込んだんだ。

「ふぅ。やれやれ、ご主人様は怖がるお嬢様を無理矢理押し倒すのがお好みでしたか。なにが元女王だ。お前は俺様のメスだぜー、と。そうしたいのですね」

「人聞きが悪すぎる」

オールダーの兵達に聞かれたらワンチャン謀反されるのでやめてほしい。いやマジで。

「仕方がありませんね。ではお嬢様、ご武運を。ドロテア・フォン・スタークはクールに去るとしましょう」

ケースを台車に乗せ、ゴロゴロと押して行くドロテアさん。

彼女が扉を開け、こちらを振り返る。左手の人差し指と中指を揃って立てながら。

「アデゥー!」

バチコーン、とウインクをしてきた。

そうして部屋から去ろうとする彼女だが、顔を前に戻した瞬間硬直する。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。

「どこへ行こうと言うのですか?」

「ぐ、グリンダ様……!?」

妊娠中の我が愛しの人が、そこにいた。

彼女の登場に、ドロテアさんが震えながら数歩後ずさる。

「な、何故御身がこのような場所に……!」

それはそう。早く寝なさい。大事な時期なんだから。

内心で放ったこちらのツッコミを察しているだろうに、グリンダは柔らかく微笑んでいる。

「いえいえ。スターク家の方から、ドロテア様に言伝を頼まれていたのを、すっかり忘れていまして」

「じ、実家から……私の実家から、なんと……」

「内容は、たった一言。たった一言です」

がくがくと震えるドロテアさんが、更に数歩後退する。

……うちのメイド達の中で、はたしてグリンダはどういう立場なのだろうか。畏怖の対象っぽくなってない?

「それは、いったい……!」

ポン、と。ドロテアさんの肩にグリンダの手が乗せられる。

「やれ」

「くぅん……」

情けない犬の鳴き声を出して、回れ右して戻ってきたドロテアさんは、そのままベッドの中にもぐりこんだ。

中から、『邪魔だ。出てけ』とか『そう言わずにお嬢様。ここで籠城しましょう』とか聞こえてくる。うーん、いつもの。

満足気に頷くグリンダに近づいて、小声で話しかけた。

「グリンダ」

「若様。これで相手はまな板の上の鯉。いかようにも調理して、美味しく頂いてしまってください。そして後日、感想を教えてくださいませ」

『妊娠中なんだから、自重して』

『ちぇー』

2人だけに聞こえる声量で、日本語を使う。

『私も元女王様とその乳姉妹のメイドさんのお尻を堪能したいのに……あんまりな扱いじゃないかな?クロノ君。私、これでも前当主の命の恩人だよ?』

『それ以上に、僕の大切な人です。ご自愛ください』

『……今から他の女の人を抱くのに、それ言う?』

『その件は誠に申し訳ございません……!』

離婚だけは、離婚だけは勘弁してください……!捨てないで……!

頬に冷や汗を伝わせる自分に、グリンダがクスリと笑う。

『怒ってないよ。むしろそうしろって言ったの、私だからね』

『それは、そうかもですが……』

『君が私のことを大切にしてくれている。それだけで、十分だよ』

こちらの胸を、彼女は人差し指で軽くついてくる。

『伝えなきゃいけないことは伝えたから。私はもう寝るね。お休み、クロノ君』

そう、グリンダがほほ笑む。

彼女の笑みは、何の影もない。太陽のように、とても綺麗なものだった。

『……健気に言っているけど、もしやアナスタシア殿の尻を見に来ただけなのでは?』

ちょっとジトっとした目を向けると、首を90度ぐらい曲げて下手くそな口笛を吹きだした。

図星かい。

「でーは若様ー。おやすみなさいませ~」

おほほほほ、などと似合わない笑い方をしながら、扉を閉めるグリンダ。彼女の魔力が遠ざかっていくのを確認した後、ベッドに視線を戻す。

そこでは。

「でーい!暑苦しい!離れろこの駄メイド!」

「お嬢様。知り合いの家では、冬は眠る時に犬を抱いて暖をとることがあるそうです。ここは犬のように従順で高い忠誠心をもつ私で暖をとってください。こう、ぎゅって抱きしめて」

「貴様のどこが従順だ、バカ犬!」

「きゃいん」

いつものコントが、布団の下で繰り広げられていた。

ギシギシと揺れるベッドが、こんなにも色気がないと思えることってあるんだ……。

つい肩の力が抜けてしまうも、自身の頬を叩いて意識を切り替える。

これも当主の務め。あと個人的な欲望の為。心を鬼にする。

ずんずんとベッドに近づき、掛け布団を強引に引きはがした。

「……あっ」

突然視界が明るくなったからか、目をパチクリとさせるアナスタシア殿。その頬は、ほんのりと赤く染まっていた。

彼女の装いは、ドレス姿でも軍服でもない。薄い青のネグリジェを身に纏っており、上質な生地ながらも胸の先端や股間が透けて見えてしまっている。

瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にして、アナスタシア殿が胸と股を隠した。

そんな彼女の隣では、着崩れたメイド服姿のドロテアさんもいる。

リボンタイが半端に解け、鎖骨が細いチラリと見えていた。めくれ上がったロングスカートからは、黒いニーソックスとガーターベルトに彩られた、真っ白な太腿が露出している。

彼女は彼女で、すぐにベッドの上で座り直すとすました顔で襟やスカートを正し始めた。

「ま、待て旦那様。よく考えたら、あれだ。もうすぐ大事な戦なわけだし、その、こういうことは正式な結婚式を迎えた後にだな。あ、いや。この駄メイドは好きにして良い。存分に蹂躙してしまって良いから」

「わわわわわ私は、あくまでメイドですので。おヘタレ様、もといお嬢様より先にそういうことをするのはダメですから。お嬢様が後日だと言うのなら、私も必然的に別の日とさせて頂きたく。何なら今日はお嬢様だけペロリとですね」

「……本気で嫌なら、それで構いません」

ベッドの端に腰かけ、彼女らに問いかける。

「無理矢理、そういうことをするのは嫌ですから。でも」

安心させるように、アナスタシア殿達に小さく笑いかけた。

「大切にします。それは、信じてください」

赤い髪の女王は、数秒程視線を彷徨わせた後。隣の乳姉妹の手をきゅっと握る。

緊張した面持ちで、2人の乙女がゆっくりと動き出した。

* * *

翌日。

「昨夜はお楽しみでしたね」

ニヤニヤと笑いながら、グリンダがそう揶揄ってきた。

彼女の寝室として借りている部屋にて、ベッドで上体を浅く起こしている側に、自分も腰かける。

妊娠中である為、グリンダの身の回りの世話をしているメイドが、優雅に一礼して部屋を出て行った。

『言い方がおっさん過ぎますよ、グリンダ』

『えー?でも実際前世はオジサンだしねー』

ケラケラと笑う彼女に、少し安心する。

この人に愛想をつかされたら、本気で凹む自信があるので。

『……ね。戦場には、アナスタシア様も行くの?』

落ち着いた声音で、彼女がそう尋ねてくる。

『……はい。アナスタシア殿の砲手としての腕は、超一流です。何年も訓練してきたストラトス家の騎士や兵士以上に、彼女の砲撃は正確だ』

『大切な戦だしねー。何より、君って部隊の指揮とかできないし。ブレインとしても参加は必須かー』

『できないのではありません。する余裕がないだけです』

『んー?でも君の指示って、自分が突っ込むから後よろしく……以外なくない?』

『……け、結果的にそうなっているだけですから』

旗色が悪いと、視線を横に逸らす。

これでも父上やアレックス、そしてケネスから教わっているので、下手というわけではないのだ。

ただ、自分が経験してきた戦場がどれもこれも普通ではないものばかりなのである。

まだ部隊の指揮は経験が浅いというのに、まともな戦いに遭遇したことがない。何故か、毎回と言って良い程に頭のおかしい敵がこちらへ突っ込んでくるのである。

『……ま。君がなんて言おうと、あの方は戦場に行きそうだけどね』

『それは、そうですね』

本人も言っていた通り、コーネリアス皇帝への恨みもあるのだろう。

オールダー人にとって、先帝は悪魔や外道という言葉ですら足りない。父上に対してすら抱かなかった感情を、彼女らはコーネリアス皇帝に向けている。

その遺体を国の為とは言え綺麗に保管していたのが、むしろ驚きな程だ。それだけのことを、彼はオールダーにやっている。戦争だからとは、言えない程のことを。

だが、アナスタシア殿が戦場についてくるのは、きっとそれだけではない。

『愛されてるねー、クロノ君。ラブラブな新婚さんだ』

『嫌な新婚旅行になりそうですけどね』

なんだかんだ、情に厚い人なのである。アナスタシア殿という人は。

きっと、彼女が自分に向ける感情は『恋』ではない。

だが、『愛』はあるのだと思う。

それが敬愛なのか、親愛なのかは、わからない。だがそれでも、1人の人間として認めてくれているのだと思う。

だからこそ、彼女は限界ギリギリまで見捨てない。冷徹な女王に見えて、その内側は夏の青空のような人なのだ。

『私は、今回もついていけないや』

そっと、彼女が自身のお腹を撫でる。

1つの命が入っている、大きなお腹。それを撫でる手つきは、どこまでも優しい。

しかしグリンダの表情には、悔しさがほのかに滲んでいた。

『お館様……カール様には、言われていたんだけどね。私も大事な戦力なんだから、今は妊娠するなって』

『……そう言えば、言っていましたね』

『なんなら、君もケネスさん相手に似たようなこと言っていなかったっけ?』

『……まあ、はい』

またも目を逸らした自分に、グリンダが笑う。

『結局、その通りになっちゃったねー。私も一緒についていけていたら、君をもっと楽させてあげられたのに』

『……力になら、なっていますよ』

『うん?』

首を傾げるグリンダの肩を抱きよせる。

ガラス細工に触れるよりも気を遣って、ゆっくりと。しかし、絶対に離さないように。

『貴女がいるから。貴女と、その子がいるから。絶対に生きて帰るって。そう思えるんです』

生きる意思と、死ぬ覚悟。

どちらが強いかなんて、自分にはわからない。

だが、元々死ぬ覚悟なんて持っていないのだ。まだ、ゲーマウス伯爵や、帝城で戦った守備隊のような気持ちで戦うことなんてできない。

今の自分には、これしかにないのだ。そして、十分だとも思っている。

『待っていてください、グリンダ。僕達の家で。絶対に、帰ってきますから』

『……うん。待ってる。この子が生まれるまでには、戻ってきてね』

『必ず』

互いの熱を感じながら、ゆっくりと顔を近づける。

その口づけは、結婚式でしたのと比べて、唇が触れ合うだけの挨拶めいたものであった。

だけど、その熱は。きっと、あの時の口づけにも負けていない。

この思いが、自分を守ってくれる。

『……そう言えば』

『どうしたの、クロノ君』

『ドロテアがグリンダのことをやけに怖がっているというか、畏怖している様子だったけど……なにをしたの?』

『え?私が知っているスケベ知識を本に纏めて、ストラトス家に関わるメイドさん達に配ったら自然とああなったよ?』

……グリンダが持つそういう知識を、全部本にしたの?

キョトンとした顔の愛する人から、視線を天井に移す。

それを、うちのメイドは全員持っているのか。しかも最近加入したオールダーのメイド達まで。

恐らく、その知識は次の代にも継承されるし、自分達の子供にも伝わるだろう。家臣達からしたら、お家の繁栄に繋がる重要な書物だろうし。

……うん。

『ストラトス家は、変態一族になるかもしれない』

『いまさら?』

まるで現在も変態一族みたいに言わないで頂きたい……!

グリンダのお腹を、優しく撫でる。

強く……生きてね……!!