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作品タイトル不明

第百十三話 冬の戦争

第百十三話 冬の戦争

モルステッド王国の外交官が帰った後、緊急で軍議が開かれた。

ゲーマウス伯爵も目覚めたようで、気絶前より幾分か血色が良くなった状態で出席している。

「皆、既に聞いていると思うが、モルステッド王国はまだ戦いを続けるつもりでいるらしい」

神妙な面持ちで、クリス様が続ける。

「例年通りなら、これから本格的に雪が強まるだろう。たとえ魔物の血を引いた軍馬でも、行軍は難しい程だ。よって、彼らが再びこちらへ攻め込んでくるのは来年の夏頃。早くとも雪が融けた春だろう」

この大陸の北側では、冬になるとかなりの雪が降る。

建物の1階部分が埋まるのは普通。日によっては2階部分まで埋まるとか。

それ程の雪なので、春になって融けた後でも地面は兵達がまともに歩ける状態ではなくなる。

魔物の血を引いた軍馬のみで構成した騎兵部隊なら、ある程度の行軍と戦闘は可能だろうが。

「北方の貴族諸君には、モルステッド王国の侵攻に備えつつ今年の冬を越してもらいたい。彼の国の王太子は、帝都に送り今後の状況次第で対応を考えていきたいと思う」

ここまでは、無難な内容だ。

時間はクロステルマン帝国に味方している。王太子を確保し、モルステッド王国の主力とも言える部隊を撃退したのだ。竜共と魔法騎兵部隊の喪失は、簡単に取り戻せるものではない。

対して、皇領とストラトス領ではハーフトラックや銃器の製造が続いている。次彼らが攻め込んできた時は、今回以上の火力を叩き込むことが可能だ。

しかし。

「その上で、これからモルステッド王国の王都強襲作戦について、説明させてもらう」

クリス様にとって、時間は敵だ。

いつまでもシャルロット嬢との結婚を先延ばしにすることはできない。侯爵家を説得するだけの時間と余裕を作らねばならなかった。

会議に参加していた貴族達がどよめく。その中の1人が、額に汗を浮かべながら恐る恐る挙手した。

「お言葉ながら、クリス陛下。冬季の遠征は危険すぎます。かつて、冬の間にモルステッド王国へと攻め込んだ貴族もおりました。しかし、彼らは戦う前に力尽きたのです。いかにハーフトラックという、新しい足があるとは言え、危険すぎるかと」

「勿論、それはわかっている。ハーフトラックならば雪上でもある程度走行可能だが、長い距離を進めば故障のリスクが高まる。道中でどんなトラブルが起きるかわからない」

「では……まさか人竜殿の、ストラトス伯爵の魔法で解決するつもりなのですか?いかに彼が優れた魔法使いでも、降りしきる雪を全て融かしながら進むことは不可能です」

「それも、わかっている。クロノ殿は素晴らしい魔法使いだが、流石にそこまで人の領域から逸脱しているとは思っていない」

「……では、いったい……?」

彼の言葉に、クリス様は深く頷いた。

「そろそろ、近くの河川港に『とある船』が到着しているはずだ。それを、皆で見に行くとしよう」

「は、はあ……」

彼女の言葉に従い、皆で川へと出発した。

しんしんと雪が降り積もる中、ハーフトラックに乗って進む。彼らの顔には、『なんで川に?』『船?帰りは船なのか?』とありありと書いてある。

───大きな都市とは、基本的に大きな川と近い距離にあることが多い。

物流であったり、用水の確保であったり、理由は様々だ。海が巨大な魔物達のせいで利用しづらいこの世界では、河川の重要性は前世以上である。

帝都も近くに大きな河川が流れており、ホーロス王国の手で燃やされかけた時は、グリンダがその水を使い消火活動を行った。

この大河は大陸を縦断する寸前までいく程に長い。そして上流に、北に向かっていけば、モルステッド王国の首都がある。

流石に隣接はしていないが、王都から数キロの地点に巨大な川が流れているのだ。

冬になるとこの川の水が凍り付き、一部が巨大な氷塊となって下流に、帝国の北側へと流れてくることもある。

それ程大きく立派な川があるのだ。ならば。

「これだ。この『砕氷船』でもって、我らはモルステッド王国の王都に攻め込む」

軍を率いて遡ることも、不可能ではない。

巨大な蒸気船が、河川港に停泊している。

ハーフトラックから降りた貴族達がそれを見上げ、何人かはポカンとした顔で口を半開きにしていた。

「これは……まるで城だ……」

誰かが、そう呟く。

生憎と、流石に城を名乗れる大きさはない。だが、戦車数両を頑張れば運搬できるサイズではある。

それが、2隻。大型のライフル砲を搭載したこの砕氷船こそ、父上が用意した3つ目の『置き土産』。

船底の前方をスプーンのような形で、頑丈な装甲で守るこの船。元々は帝国内でより幅広く商売をする為の運搬用に使う予定だった大型船を、春の終りから改造していたのだ。

そう、父上はモルステッド王国を冬に叩くことまで考えて、あの頃から準備していたのである。

流石に、完成の目途が立ったのは10月頃だったが。それでも十分な速度である。なんせ、本来なら比較的浅い海で使う予定だったわけだし。1回分解して、これを使える川幅の所まで運搬して組み立て直したのだ。

「この船は特殊な改造が施されており、分厚い氷で覆われた大河を上流へ向かって進むことができる。戦車隊とハーフトラックを乗せ、王都近くまで進軍。彼らの喉元に、刃をつきつける」

圧倒された様子の貴族達を前に、クリス様が続ける。

こういったことが得意な人ではないので、その表情は若干頼りない。

だが、雪のカーテンがそれを誤魔化してくれる。

「流石に、そのまま占領することは不可能だ。しかし『冬季でもこちらは攻め込むことができる』という事実が、彼らの肝を冷やすだろう。それこそ、この大河に裸で跳び込んだような心境となるはずだ」

必死に表情を取り繕って、彼女は貴族達を見回した。

「ボクは、これ以上帝都を空けておくことができない。だから、諸君らに頼みたい。雪の城壁の内側で安心している者達の頭を、殴りつけに行く者はこの中にいないか。歴代の皇帝の誰もなし得なかった冬季の進軍を果たす、勇者はいないか」

その問いかけに、集まった北方の貴族達が咄嗟に顔を見合わせる。

不安を抱いて当然だ。見たこともない船で、未知の手段で敵国の首都へ攻め込む。普通なら、考えた奴の頭を疑う作戦だ。

だが、手を挙げる者が2人。

1人は、無論自分である。この船はストラトス家の物だ。それを当主が信じなくてどうする。

そして、もう1人は。

「行かせてください。儂に、ゲーマウス伯爵家に出撃許可を……!」

他の貴族達が防寒具を着こむ中、鎧の上から厚手のマントを羽織っただけの老人。

ウージー・フォン・ゲーマウス伯爵。戦争継続を聞き多少血色が良くなったとは言え、それでもいつ倒れてもおかしくない様子だった彼は、今はギラギラとその瞳を輝かせている。

ゲーマウス伯爵の参戦を聞き、北方の貴族達が慌てる。

「お、お待ちください!ストラトス伯爵は兎も角、ゲーマウス伯爵は……!」

「そうです。彼はモルステッド王国と繋がっている可能性がある。土壇場で後ろから刺してくるかもしれません」

「彼の参戦は禁止するべきです。そうでなくとも、ゲーマウス伯爵の御歳では……」

「では、誰がこの船に乗るのだ」

クリス様の言葉に、止めようとしていた者達が視線を逸らした。

「そ、それは……」

「ゲーマウス伯爵家は、確かにフリッツ兄上と深いつながりがある。しかし、前当主と次期当主だった者達が、帝国への忠誠を示した。そして今、臨時当主である彼が勇敢にも手を挙げたのだ」

彼女が、その海のように青い瞳を燃え上がらせる。

「彼の勇気を否定したいのなら、汝らが勇気を示せ。そして彼と共にモルステッドの王都へ向かい、その戦いぶりを見定めれば良い」

ゲーマウス伯爵家は、十分に忠誠を見せている。

それでも疑われているのは、一度ついた疑念が拭えないからか、これを機に彼の家から搾り取りたいからか。あるいは、ただ彼の家が気に入らないから、という者もいるかもしれない。

北の貴族達はなおも食い下がる。前当主と次期当主だった者達は真に帝国の為を思っていたが、この老人もそうであるとは限らない、と。

クリス様は先程と同じことを告げる。ならば共に行き、見定めよと。

そしてこれも先程と同じく、彼らは明確な返答をすることができなかった。

「……この場で参戦を決めたのは、ストラトス伯爵とゲーマウス伯爵。彼らのみだ。それが、事実である」

クリス様は、改めてこの場に集った貴族達を見回した。

「ならば、これ以上の言葉は無用!彼らの船出に、喝采を!彼らの武運に、祈りを!」

彼女の言葉に、1人の老人が涙を流した。

そんな彼に、そっとハンカチを差し出す。

この寒さだ。涙が凍ってしまう前に、拭ってしまった方が良い。

* * *

「ほ、本当に行くの?やっぱりやめた方が良いと思うな……!」

「えぇ……」

それぞれが天幕に戻る中、クリス様に彼女の陣幕へと連れ込まれたと思ったらこれだ。

河川港で、最後の方は皇帝の威厳がちょっと出ていたのに、今は寒さで震えるチワワのようである。

「だ、だって!まだ河川に浮かぶ氷塊を破壊して進める確証はないんでしょ!?」

「一応、魔法で氷を出してそれを砕く実験には成功していますが」

「それでも、凍り付いた大河までは実験できていないでしょ!もしも座礁して、そのまま立ち往生ってなったら……」

「座礁して身動きがとれなくなった場合、砕氷船は破棄。爆破した後、通ってきた場所を載せてある小型の蒸気船を使い撤退します。かなりの損失ではありますが、死にはしません」

「通ってきた箇所が、また氷で塞がれるかもしれないじゃないか!」

「戦車やハーフトラックを載せた大型船は無理でも、通常の蒸気船サイズの通り道なら魔法でこじ開けられるかと。それも無理な場合、氷の上を進みます。それを想定した装備は、整えてあります」

「でも……でも……!」

「クリス様」

あわあわと、宙を彷徨う彼女の手をとる。

「ぁ……」

「前にも言いましたが、僕はかなり強いです。だから、信じてください」

ゆっくりと、クリス様の手を低い位置に移動させた。

先程まで外にいたから、お互い手袋をしている。おかげで、躊躇なくその手を握ることができた。

素手だと少し、気恥ずかしい。

「戦友が、親友が、自信をもって戦場に行くのです。どうか、信じてはくださいませんか。貴女には、笑顔で見送ってもらいたいのです。その方が、運が良くなる気がするので」

怖がっている友人をそう慰めれば、どうやら伝わったらしい。

彼女の手の震えが、止まっていた。

「ついでに、フリッツ皇子のご家族も助けてきます。まあ、これはあくまで余裕があったら、ですが」

「……ボクの為に、無理をするの?」

「まさか。友情の為に、家を放り出すことはできませんから。何度も言いますが、ついでです。ついでで、救えそうなら救う。それだけですから。僕だって自分の命は惜しい」

上目遣いで尋ねてくるクリス様に、苦笑を浮かべて首を横に振る。

「ですがそうですね。友の願いを叶えて帰還した暁には、何か御馳走してください。もしもダメだった時は、こちらが何か美味しい物を御馳走しますから。それが、慰めになると良いのですけど」

「……それ、結局なにか食べることにならない?ボク、そんな食いしん坊じゃないんだけど」

「友人とは、祝いごとの時は一緒に馬鹿笑いしながら酒を飲み、悲しいことが起きた時は肩を組んで酒を飲むものだと聞きますよ?」

「それ、お酒好きが取りあえず飲む理由を探しているだけじゃない?」

「僕もそう思います。そしてお酒はあまり好きではないので、何か食べる時はお酒じゃなく、果実水にしましょう」

「もう……結局答えになっていないじゃないか」

呆れたような顔をした後、クリス様が笑う。笑ってくれる。

「……わかった。帝城の料理人達に頼んで、クロノ殿のお腹が破裂するぐらい料理を用意しておくから。楽しみにしておいて」

「その量を出された場合、僕は全力で他の人も巻き込みますよ。死にたくないので」

「親友が用意した料理を、他の人に食べさせちゃうの?」

「友情の為に、死にたくはないので」

クスクスと互いに笑った後、手を離し視線を天幕の外へと向ける。

「ぁ……」

「レジーナ卿。入る時にお預けした物を、こちらに渡して頂きたいのですが」

天幕の出入口からひょっこりと顔を出した彼女が、シルベスタ卿に視線を向ける。

隊長が頷いたことで、レジーナ卿は木箱を抱えてこちらにやってきた。

「弾薬は抜いてありますが、一応武器ですので。見張りの彼女に会議中は持っていてもらいました」

「それは……?」

レジーナ卿から木箱を受け取り、クリス様に蓋を開いて見せる。

「ソードオフショットガン……これを、貴女に持っていてもらいたいのです」

「これって、クロノ殿の?」

「これは別の物ですね。御身が持っていても良いように、装飾を施してあります。まあ、型自体は僕の使っている銃と同じですが」

流石に1から用意するのは、すぐにできなかったと笑って誤魔化す。

「親衛隊の皆様を疑うわけではありません。彼女らは優秀な護衛です。ただそれでも、少しでも生還率を上げる為に。銃を携帯していてほしい」

もしもシルベスタ卿達の守りを突破してくる者がいるとしたら、カーラさん達のような凄腕の暗殺者か、ガルデン将軍のような英雄だろう。

そんな相手にも多少なりともダメージを与えられる手持ち武器となれば、これぐらいしか思いつかなかった。

「ついでに、皇帝陛下御用達となれば、うちの良い宣伝になるので」

小さく肩をすくめてそう付け足したのだが、クリス様に聞こえていたのかどうか。

彼女は目を見開いて銃を見つめた後、両手で箱から取り出す。

「……良いの?ボクが貰って」

「はい。というより、こちらがお願いしている立場なのですが」

「あの……アナスタシア殿は、どうなの?」

「彼女ですか?今の所銃は持っていませんね。偶にライフルや拳銃を戯れに持つことはありますが」

「ふーん……クロノ殿と同じ銃は、ボクだけなんだ」

「え?いえ、ケネスも持っていますけど」

「そ、それは別だから……!」

頬を膨らませて、クリス様がこっちを軽く睨む。

まったく覇気はないが、それでも若干冷や汗が出てきた。

「くどいようですが、これは友情の証兼、銃器メーカーとしての宣伝狙いですからね?他意はありませんからね?」

「わかっているよ。わかっているけど……大切に、するね」

静かに微笑んで、ショットガンを胸に抱きしめるクリス様。

まるで恋する乙女みたいな顔の彼女に、ついこちらの心臓まで高鳴ってしまう。

気まずくなって視線を逸らすと……。

「クロノ殿」

「っ!?」

シルベスタ卿が、いつの間にかかなり近くにいた。

無表情の麗人が、ガッシリとこちらの肩を掴んでくる。

「責任、取りましょうか。この淫乱トカゲ」

「トカゲじゃないし誤解ですが!?」

「黙れ。脱げ。脱皮しなさい」

「ご乱心!親衛隊隊長ご乱心!保護者の方!クリス様、シルベスタ卿を止めてください!」

「えへへ……♪」

「バカな、聞こえていない!?この距離で!?」

「暴れないでください。暴れないでください。暴れるな」

「いやー!?誰か、誰かぁああ!?」

「た、隊長!流石にまだまずいですよ……!」

「レジーナ卿!もっと強く止めてください!あと『まだ』ってなに!?」

「こちらから破廉恥の気配がしましたわー!クリス様と破廉恥するのはワタクシでしてよぉおおおおお!」

「いのし、いやシャルロット殿!良い所に!」

「今猪って言いかけませんでした?というか、リーゼロッテ様がクロノ様のお洋服を脱がせようと!?クリス様の前で!?そ、そういうプレイですの!?」

「違います。いや、本当に」

この後、再起動した保母さんがどうにか暴走女騎士とレッドドリル令嬢を止めてくれた。

本当に大丈夫か、この国。