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作品タイトル不明

第百十二話 戦争の行方

第百十二話 戦争の行方

ゲーマウス伯爵が気絶したのもあって、会議は一時中断となった。

それぞれの貴族が自分の天幕に戻っていき、伯爵もお付きの者達によって運ばれていく。

クリス様、シャルロット嬢、シルベスタ卿、そして自分の4人が残った天幕で、我らが皇帝陛下は気まずそうに冷や汗を流していた。

「あの……これ、ボクのせい……かな?」

「まあ……この件について、御身が罪悪感を抱く必要はないかと」

本当に、仕方がなかったとしか言いようがない。

シャルロット嬢が手柄を上げたことに、そして戦争が早期終結するかもしれないということに、クリス様が喜ぶのは当然である。

それ故に、ちょっとしたサプライズを……と考えるのも、間違いではない。

何より、この件で優先されるべきはゲーマウス伯爵ではなく、血を流して戦い武功を上げたシャルロット嬢だ。彼には同情するが、功績も現在の社会的信用も違い過ぎる。

よって、クリス様に落ち度はない。それでもあえて言うとしたら……。

「ただ、ゲーマウス伯爵の様子にはもう少し気にかけておいた方が良いかと……」

「うん……」

今は落ち目とは言え、ゲーマウス伯爵家は北の大貴族である。その動向について、皇帝陛下はある程度知っておくべきだし、彼の内心を読む努力も必要だ。

と言っても、先帝陛下が亡くなって急遽即位したクリス様にそこまでやれという方が、無理な話だけど。

「しかし、困りましたわね」

シャルロット嬢が、頬に手を当てて小さくため息をつく。

「ワタクシの戦功を誰かにお譲りするつもりはありませんが、ゲーマウス伯爵家は窮地にあります。周囲から未だモルステッド王国と繋がっているのではないか、という視線にさらされ続け、このままでは本当に彼の国へ寝返ってしまうかもしれませんわ」

「そうですね……追い詰められた人間は、何をするかわかりません」

冷静に考えれば、このタイミングで帝国からモルステッド王国へ鞍替えなどするはずがない。

クロステルマン帝国は、クリス様の性別問題を除き亡国の窮地から脱しつつある。むしろ逆に、ホーロス王国やオールダー王国を滅ぼしたぐらいだ。更に、スネイル公国も『偶然にも突然に』内乱が発生している。もはや帝国包囲網は機能していない。

先の戦いによって、モルステッド王国との力関係も明白になった。勘の良い者達なら、雪も、雪解けでぬかるんだ地面もない、夏の間にハーフトラック等で王都まで侵攻が可能と気づくだろう。

見えている情報だけで考えれば、本気で帝国が動けば彼の国に勝ち目はない。

だがそれがわかっていても、何かに縋らざるを得ない状況というのは、あるのだ。

「たしか、ゲーマウス伯爵家の領地にはモルステッド王国からの攻撃が他の家と比べて少なかったとか。……ワタクシはあの方達が裏切っているとは思っていませんが、侯爵家の人間としては疑いの目を向けざるを得ませんわね」

そう。ゲーマウス伯爵家は、ここ数年モルステッド王国からの侵攻で、ほとんど被害を受けていない。

あの家が石壁を大量に作り、監視塔を配備したから……という理由なのだろうが、フリッツ皇子との関係が周囲からの目を厳しくしている。

何より、帝国貴族も一枚岩ではない。これを機に、ゲーマウス伯爵家の土地や財産を狙う周辺貴族も多いのだ。彼らは、常に彼の家を狙っている。

そうでなくとも、本当に内通している可能性を考慮して警戒するのは、周辺貴族にとって義務とさえ言えることだ。近所にそんな家があったら、力を削いでおきたいのは当然である。

「未だにゲーマウス伯爵家がその家格を保っていられるのは、ご子息とお孫様……前当主と次期当主だった方々が、モルステッド王国の部隊へ突撃し、名誉の戦死を遂げたからにすぎません」

やや厳しい口調でそう告げる、シャルロット嬢。

現在当主代理をしているゲーマウス伯爵は、本来隠居した身だ。その彼がこうして前線に出ているのは、『戦場で指揮できる人間が他にいない』からである。

彼のご子息とお孫さんは、少数の部隊でモルステッド王国の部隊に突撃。戦死なされた。

死ぬとわかっていて、むしろ死ぬ為に突撃したのである。付き従った騎士や兵士達は少なく、その上老人ばかりだったとか。死んだ後、家族に報酬を遺す為に、彼らも一緒に逝ったのであろう。

下手に勝てば、『八百長だ』『スパイを信用させる為の演技だ』と言われかねない。

血を流さねばならなかったのだ。一族の、それも本家の血を。

ゲーマウス伯爵家に残っている直系は、あのご老人とまだ幼いひ孫が2人の計3人。

今の伯爵家と婚姻関係を結びたがる家など、ろくなのがいない。商人達も、沈没の危険がある船からはとっくに逃げ始めている。政治的にも、血の継承的にも、そして経済的にもゲーマウス伯爵家は窮地に立たされていた。

この戦いで戦果を挙げなければと、彼が必死だったのも納得である。

でなければ、ゲーマウス伯爵家の没落は免れない。下手をすれば、断絶も有り得る。

「ですがクリス様。ワタクシが言えた立場では……いいえ。ワタクシだからこそ、あえて言わせて頂きます」

いつになく鋭い視線を、シャルロット嬢がクリス様に向ける。

「『例の作戦』の用意はクロノ様が進めていらっしゃいますが、もしも彼の国の王太子殿下の身柄で戦争が終結する場合……これ以上、『今は』モルステッド王国とことを構えるつもりはない。それで、よろしいですわね?」

「……うん」

クリス様が、静かに頷く。

「彼らの為に、これ以上臣民に血を流させるわけにはいかない。皇帝として、停戦交渉をきちんと進めるよ」

「……辛いお役目とは思いますが、交渉の成功を祈らせて頂きますわ」

「そうだね……」

クリス様の顔は暗い。お優しい方だ。ゲーマウス伯爵家の事情を、考えてしまっているのだろう。

そして、このままモルステッド王国との戦いが終わった場合……『フリッツ皇子のご家族の救出』も、難しくなる。

まさか、停戦交渉中や停戦直後に強襲するわけにもいくまい。かと言って、交渉の場で彼らの返還も主張できないだろう。裏切り者の為に敵国へ譲歩するなど、できるわけがない。やるとしたら、処刑の為ということになる。

前皇帝なら、それができたかもしれない。やらないだろうけど。

コーネリアス皇帝が強権を振るえたのは、本人が数々の『成果』を出していたから。そして、その結果国が栄えていたからだ。

残念ながら、クリス様にそれ程の力はない。貴族の中には、ストラトス家とグランドフリート家が担ぐ『神輿』としか見ていない者もいるとか。

そういう意味では、王太子の捕縛はクリス様にこそして欲しかったかもしれない。しかし彼女にそれを求めるのは、あまりに酷だ。彼女の本領は、裏方でこそ発揮される。

今にも泣きだしてしまいそうなクリス様と、侯爵家の令嬢として冷酷な顔を維持するシャルロット嬢。

2人ともどうにか理性で感情を押さえ込んでいるが……。

「恐れながら」

その『覚悟』が、必要になるかは、まだわからないのだ。

「そもそも、停戦交渉が成功するかもわかりません。『例の作戦』が必要になる可能性があります」

「そう、なの……?」

クリス様が、複雑そうな顔でこちらに問いかける。

「これから雪が両国の道を塞ぐとはいえ、王太子を捕縛したんだよ?降伏はしなくとも、暫くの間停戦に持ち込むぐらいはできるんじゃないかな……?」

「普通なら、そうかと。しかし此度の戦いは、普通ではありません。この重要な局面で、国王の求心力も怪しい状態だというのに、総大将が王太子殿下だった。これは、異常です」

戦闘前に、アナスタシア殿が感じていた疑問。それが何かを考えると、自分にもモルステッド国王の思惑が少しだけ見えてきた気がした。

魔女裁判の日。奇跡を偽装したあの日、彼はしきりに聖人認定を受けたがっていた。そして、家族で聖都に引っ越したいと。

彼1人ではなく、家族で、だ。

何故そう考えたのか。何故ああも必死だったのか。そこまではわからない。わからないが……。

「もしかしたらですが、交渉担当の者がすぐにこちらへ尋ねてくるかもしれません。それも、少々普通ではない態度で」

「え?それは、どういう」

「クリス陛下」

彼女の言葉を遮って、天幕の外からレジーナ卿が声をかけてくる。

「申し訳ございません。至急、お伝えしなければならないことが……」

「うん。大丈夫。何があったの?」

「はっ。モルステッド王国の外交官が、王太子殿下の返還について話をしたいと……その、少々血気盛んなご様子でした。もしもお会いになる場合は、ご注意を」

彼女の言葉に、クリス様とシャルロット嬢が目を丸くしてこちらを見てくる。

王太子の返還について、すぐさま交渉人がやってくるのはおかしなことではない。しかし、『血気盛ん』と表現される状態なのは異常である。

多少強気な態度なら、交渉の一環として有り得る話だ。しかし、親衛隊が言葉を濁す程となれば、もはや異常の範囲である。

「クロノ殿、何か知っているのか?」

「この違和感に気づいたのはアナスタシア殿が先なのですが……いや、でもこれはあくまで『予想』ですよ?」

「それでも教えてほしい。貴殿は、彼らの意図をどう思う?」

「確定情報ではありませんし、交渉の前に先入観を持ってほしくはありませんが、そこまでおっしゃられるのなら」

そう前置きして、言葉を続ける。

「モルステッド国王は、初めから王太子殿下を国に戻す気がなかった。彼は、息子にずっと国外にいてほしい……の、かもしれません」

勝ったのなら、帝国の一角を占領した総督として。

負けたのなら、身の安全が保障された捕虜として。

ここで『降伏しないのなら王太子の首を送り付ける』と言おうものなら、国としての信用を失う。戦場で討ち取ったのなら兎も角、捕虜なのだ。国賓扱いはしないが、衣食住の保障は絶対である。

たとえ敵国であろうとも。たとえ停戦の交渉が上手くいかなかったとしても。戦争に絶対はないし、戦後のことも考えねばならない。外交の窓口兼交渉の材料は必要である。

そういったこの大陸での常識を、モルステッド国王は期待したのかもしれない。

彼は、大事な息子を祖国から引き離しておきたかった。万が一にも帝国側から『王太子殿下をそちらにお返ししよう。だからこういう条約を』と持ち掛けられるわけにはいかないと、あえて無礼な使者を用意しておいた……の、かもしれない。

クリス様達にそんな説明をしたわけだが、結局はただの予想である。何度も言うが、確証なんてない。

これで大外れだったら、自分は赤っ恥をかくわけだ。しかし、それで済むのなら構わない。

ストラトス家の当主として、シャルロット嬢と同じく停戦交渉の成功を祈っている。クリス様が悲しむことになるのは、辛い。だがそれは『個人』の感想だ。

冬の間まともに攻め込めないのは、モルステッド王国を始めとした他の国も同じこと。その間に、クリス様の性別についてグランドフリート侯爵家への説得を済ませたい。

父上が調べている、アンジェロ枢機卿やウィリアムズ伯爵家のことも気になる。

フリッツ皇子のご家族については、別の機会での奪還を考えたい。

しかし、悲しきかな。

2時間後。モルステッド王国の外交官は肩を怒らせて帰っていった。それを見送る帝国の外交官や将軍達も、怒り半分、困惑半分という様子である。

戦争は、まだ続く。モルステッドの王太子を、こちらが抱えたまま。

降りしきる雪が、流れた血を覆い隠していく。