作品タイトル不明
第百十一話 サプライズ
第百十一話 サプライズ
戦闘が終わり、諸々の処理に移る。
戦死者の埋葬。戦利品の剥ぎ取り。消耗した物資等の確認。敵貴族を含めた捕虜の扱い等々。
各々が忙しなく動く中、自分はストラトスの陣幕に一旦顔を出した後、負傷者の治療に回る。
魔力が残り1割ぐらいまで減った所で、他の治癒魔法使いや薬師に後を任せて再びアナスタシア殿の所へと向かった。
トリアージできる程の医学知識はないが、パッと見ですぐに死ぬような者はこちらで治療している。手遅れだった者もいるが……。
何にせよ、今回は勝利したのである。胸を張ってストラトスの陣幕に戻れば、戦車隊や砲兵隊が肩を組んで歌い、飲み、騒いでいた。
その様子に思わず苦笑していると、アナスタシア殿が呆れた顔で近づいてくる。
「お疲れ様、とでも言えば良いのかな。よくもまあ、自分の兵以外の面倒までみる。他家からの好感度稼ぎか?言っておくが、普通の貴族は平民の兵士を治療されても大して感謝はせんぞ。0とまでは言わんがな」
「半分は、おっしゃる通りですね。もう半分は個人的な感情の問題です」
「そうかね。それで仕事を押し付けられる身としては、たまったものじゃないがな」
ポスリと、書類の束をこちらの胸に押し付けてくるアナスタシア殿。
「残っている弾薬のリストと、戦車隊の損耗に関するものだ。これといった負傷者はいないが、戦車1両が故障。自走はできるが、後できちんとした修理が必要だそうだ」
「ありがとうございます、アナスタシア殿」
「まったく。婚約者をここまで働かせる嫁ぎ先があったとはな」
皮肉気に笑うアナスタシア殿の斜め後ろで、ドロテアさんが頷く。
「ええ。『しょうがない奴め』とツンデレするお嬢様は、大変可愛らしかったです。それをご覧になられないとは、ご主人様も損をしたものですね」
「おい。そのリストから1発分引いておけ」
「まあまあまあ」
どこから取り出したのか、ライフルに弾を装填しようとするアナスタシア殿を止める。青筋を浮かべて乳姉妹を見る彼女の目は、『ガチ』だった。
ライフルを取り上げ、弾丸を抜いてから近くにいたケネスに預ける。
「それでは、僕はクリス陛下の陣幕へ向かい報告を行います。こちらの方は、もう暫くアナスタシア殿にお願いします。ケネス、彼女の補佐を頼みますよ」
「はっ!お任せください」
「ふん……私は婚約者である前に、人質のつもりでこの 戦(いくさ) についてきたのだがな」
「おお……流石ですお嬢様。聖書に記される『ツンデレ』をここまで体現するとは……このドロテア、感服しました……!必ずやこのことは日記に残しておきます」
「そこをどけケネス。そいつを殴れん」
「奥方様!?奥方様落ち着いてくだされ!せめて、せめて素手で!銃床で人を殴ると、当たり所によっては死んでしまいます!」
「知ってる」
「者どもぉおお!手伝えぇえええ!奥方様ご乱心!奥方様ご乱心!」
元気だなー、と思いながら、ストラトスの陣幕を後にする。アナスタシア殿やドロテアさんも、随分と家に馴染んだものだ。
書類を確認しながらクリス様の天幕に向かうと、見張りの親衛隊に声をかけられる。
「すみません、クロノ伯爵。今お時間よろしいでしょうか?」
「はい?これから軍議ですが……」
「その前に、診てもらいたい方がいるのです」
「……わかりました」
「ありがとうございます」
神妙な顔でそう告げる親衛隊、レジーナ卿に頷き彼女についていく。
ただ事ではないらしい。会議用の天幕の隣にある、クリス様の居住用天幕へと案内された。
そこへ入ると。
「よく来てくれたクロノ殿!シャルロット殿を診てくれ!」
「ふっ。そう慌てる必要はありませぬことですわよクリス様陛下……!」
顔を真っ青にしたクリス様と、大量のあぶら汗を流して優雅ぶろうとしているレッドドリル令嬢がいた。
そのトンチキ侯爵令嬢は、なんと左腕の肘から先がなくなっている。
……いや何を呑気に紅茶飲んでんだこの猪娘。
「ぐ、グランドフリート侯爵家たるもの、つ、常によゆゆゆゆ……!」
「紅茶のカップを置いてください。傷口をこちらに」
止血はしているようだが、控えめに言って重傷だ。空になっているカップを置かせ、シャルロット嬢の左側で片膝をつく。
「こ、これはクロノ様。本日もご機嫌うるわしゅうのことですのわよ……!」
「後で頭の方も診ますね」
「いや、頭部に負傷はありませんのことのわよ?」
じゃあ言語が怪しいのはシンプルにやせ我慢の結果か。
内心で呆れながら、傷口に手をかざして詠唱を行う。1割だけでも、魔力を残しておいて良かった。
「『治癒』」
最後の一節を唱えれば、彼女の左腕を光が包み込む。
数秒程で、血に濡れた包帯が解け白く綺麗な腕が現れた。シャルロット嬢は目を真ん丸にしながら己の左腕を動かし、指をグーパーと開閉させる。
「おお!流石ですわクロノ様!シャルロット・フォン・グランドフリート!完全復活ですわ~!」
「完全じゃありません。骨が少し弱くなっているかもしれないので、安静にしてください。もう1回千切れますよ」
「なんですと!?」
まあ、嘘だが。
このままもう1戦しても問題ない程度には、治っている。だがそれはそれとして、この猪娘を脅しておくことにした。
慎重に己の左手を撫でるシャルロット嬢に、クリス様がため息をつく。
「ありがとう、クロノ殿。シャルロット嬢が左腕を失った状態でこっちに戻ってきた時は、本当にどうなるかと……」
「親衛隊の方の治癒魔法なら、これぐらい死にはしませんわ。クロノ様が急いで治療が必要な者達を治している間、ワタクシはここで待っていましたの」
「シャルロット様。腕を欠損する程の大怪我は、失血によるショック死もありえます。間違いなく即刻治療が必要な状態ですので、僕の所へ来てください」
「そこはグランドフリート侯爵家ですもの!ワタクシなら、あの状態でも1週間は大丈夫ですわー!それに、一刻も早くご報告せねばならないこともありましたし」
「腕千切りますよ?」
「シンプルに脅迫ですわ!?クリス様、クロノ様がご乱心ですわ!」
「乱心しているのは君だよ……」
「なんと!」
「なんとじゃありませんよ。貴女クリス様の婚約者で、未来の皇妃でしょうに」
「……それもそうでしたわ!滅茶苦茶士気に関わりますわね!」
「何なら陛下と侯爵家との関係悪化も有り得るので、ご自愛ください」
「反省しますわ!いや、本当にごめんなさいですわ……。ちょっとだけ、冷静な判断ができていなかったみたいですの」
気まずそうにシャルロット嬢が目を逸らす。
まあ、左腕がもげたら大抵の人間は思考力が低下する。自分だって、同じ状況になったら冷静な判断はできそうにない。
本気で反省しているようなので、自分からの小言はここまでにしておく。
「しかし、貴女がここまでの負傷をするとは」
「ええ。流石はモルステッドの魔法騎兵でしたわ。彼らのランスチャージは、ワタクシでも受けきれませんでした。槍を肘に受けたと思ったら、引きちぎられておりましたわ。士気も凄まじいものでしたし」
「……ごめん。シャルロット殿。また、君に無理をさせてしまった」
申し訳なさそうなクリス様に、シャルロット嬢は満面の笑みで己の胴鎧を叩く。
「問題ありませんわ!ワタクシはクリス様の婚約者ですもの!帝国の為ならば、手足の1本や2本、惜しくありませんわ!貴方様とワタクシは一心同体!気になさる必要なんて皆無でしてよ!」
「シャルロット殿……!」
「……はっ!?一心同体って、エッチな意味ではありませんわよ!?そんなはしたない……!でも、もしもクリス様が今すぐとおっしゃるのなら……キャッ♡」
「シャルロット殿……」
感動しかけたクリス様だが、ブンブンとドリルヘアーを振り回す侯爵令嬢に何とも言えない顔になっていた。残念でもなく当然というか、とても残念な令嬢である。
それはそれとして、彼女の善性も責任感も本物なので、クリス様は罪悪感で胸を押さえていた。
「お二人とも。これより軍議があります。そういった話は、また後程に」
「う、うん。その通りだね、クロノ殿」
「これは……嫉妬!?クロノ様はやはりクリス様のことを……いえ、まさかこれはワタクシに対して……!?そんな、ワタクシにはクリス様という、心に決めたお方が……!」
いやんいやんと、ヘドバンかと疑うレベルでドリルを振り回すシャルロット嬢。
……出血のし過ぎで、思考能力が落ちたままなのかもしれない。近くの親衛隊に、きちんと診察するように伝えておく。
自分の直感と、治癒魔法使いとして経験は『いや、戦闘の脳内麻薬が影響しているとはいえ、これはほぼ素』と言っている気がするが。
……大丈夫か、グランドフリート家。
何はともあれ、治療は終わったのでさっさと天幕を後にするとしよう。
「あ、クロノ殿」
「はい?どうかなされましたか?もしや、他にも治療すべき方が」
「……いや、大丈夫。これは軍議の時に教えるよ。絶対に皆驚くから、楽しみにしていてね!」
「はあ……?では、一旦失礼します。また後程」
何やら嬉しそうなクリス様に疑問を抱きながらも、彼女の天幕を出た。
会議用の天幕へと移動し、他の貴族達と軽く挨拶をして回る……のだが。
「げ、ゲーマウス伯爵……?」
戦闘前に挨拶した老人の顔からは、更に生気が抜け落ちていた。
鎧に目立った傷はないが、まるで今にも死にそうな顔色をしている。
「これは、ストラトス伯爵……」
「その、大丈夫ですか?まさか、どこかお怪我を……」
「いいえ。まったくの無傷でございます」
「そ、それは良かった……ただ、その……顔色が……」
「無傷で、終わってしまったのです……」
落ちくぼんだ瞳に失意の念を滲ませながら、彼は続ける。
「ストラトス家のお力、誠に見事でございました……。戦争の在り方は変わったのだと、実感しましたぞ……。それでも、この老骨にもまだ、できることはあると思っていたのですが……」
ゲーマウス伯爵が落ち込んでいる理由がわかり、そっと目を逸らす。
「せっかく中央に配置して頂いたのに、我らはただ、敵のいない場所を歩くだけ……逃げていく敵兵の背中に、矢と魔法を放つだけ。これでは、これでは我らの潔白など……」
「そ、それは……」
「陛下の婚約者であらせられる、シャルロット様も戦いで重傷を負ったというのに、儂は……儂は……」
もはやこちらの姿も見えていない様子で、ゲーマウス伯爵が項垂れてしまう。
なんと声をかければ良いものか。彼を慰めようにも、自分が何を言っても嫌味にしかならない。
戦闘前にゲーマウス伯爵から『手柄が欲しい』と遠回しに言われてはいたが、その為に何かする義理もないし、そもそもタイミング的にできることなどなかった。
とはいえ、これはあまりにも……。
気まずさから視線を反らしていると、クリス様が天幕へと入ってくる。後ろには、破損した鎧姿からドレスに着替えたシャルロット嬢もいた。
一斉に彼女らへと貴族達が首を垂れた後、軍議が始まる。
それぞれから戦果や被害の報告がされていく中、ゲーマウス伯爵はずっと『まだだ……まだ、戦争は終わっていない。手柄を、挽回の機会を……』と呟いていた。
幽鬼の一種とでも言うべき姿の彼をよそに、会議は進み。
クリス様が、自分の傍に立つ人物。シャルロット嬢へと視線を向けた。
「皆。此度の戦闘において、敵軍の総大将はモルステッド王国の王太子が務めていた。彼は戦いの終盤、自ら前線に出て我が方へと突撃したのだが……」
ドレス姿の侯爵令嬢が、ドヤ顔でその御立派な胸を張る。
「ボクの婚約者、シャルロット殿が見事に捕縛してくれた!この場での戦いは、我々の完全勝利だ!」
一瞬その場の貴族達が驚愕で固まるも、すぐに拍手をする。
自分も掌を打ち合わせ、祝福した。なるほど、先程『絶対に皆驚く』と言っていたのは、これか。シャルロット嬢が戦った騎兵部隊の士気が高かったのも、頷ける。
しかし敵国の王太子を捕縛するとは。とんでもない大手柄である。クリス様は『友人』の活躍を素直に喜んでいるようだが、下手をするとグランドフリート侯爵家の発言力が強くなりすぎるか?ストラトス家と侯爵家で、歪ながらバランスを取れれば彼女の政権も安定するだろうか……。
何にせよ、これは交渉次第で戦争を終わらせ───。
瞬間、視界の端で何かが動き、それはそのまま後ろへと倒れていった。
咄嗟に、倒れていく『人物』を抱き留める。
「ゲーマウス伯爵!」
「我が家の……未来、が……」
「ゲーマウス伯爵ぅぅぅ!!」
自分の腕の中で、1人の老人が意識を手放した。
驚かせ過ぎです、クリス様!!