作品タイトル不明
第百十話 バケモノをケモノに
第百十話 バケモノをケモノに
竜とは、ドラゴンとは、地上における絶対強者である。
勇者教が大陸に広がるまでは、竜を神として信仰していた地域さえあった。
アーサーによる『巡礼の旅』という名の侵攻により、数々の国や宗教が倒され、その途中で竜さえも討ち取られた。
これにより、竜は『神』から『化け物』へと堕とされたのだ。
倒すべき、否、倒されるべき存在として聖書に描かれるようになった後、その絶対的な強さからいつしか『力の象徴』として扱われるようになる。
しかし、物体としてこの世に存在するのなら。
往々にして、一度『バケモノ』へと堕ちた存在は、再び人の手で『ケモノ』へと堕とされるのが常なのだ。
キュラキュラという音をたてて、進み出る小さな要塞。走りながらでも、これ程でかい的なら外さんと、戦車隊が砲弾を竜共に撃ち込んでいく。
砲声が轟くと同時に鱗が砕け、血肉が大地を濡らした。
どれだけ竜が強く、硬く、巨大だとしても。地上の生物が、砲弾を受けて無傷な道理などない。
『GGGGGYYYYYAAAAAAA───ッッッ!!!』
『GO、GGGGAAA……!?』
最初に放たれた砲兵隊の攻撃により、1つ首の左後ろ足、3つ首の尻尾と右わき腹は大きく抉られている。
滝のように血を流す化け物達は、状況がわからないながらも移動をしようとした。
しかし、そこに着弾する戦車隊の砲撃。行進間射撃にさらされ、竜共の巨体は大きく殴り飛ばされる。
5両の戦車が、容赦なく砲弾を撃ち込んでいるのだ。体勢を立て直す暇など与えられず、2体はその場で伏せることとなる。
そうして動きが止まったのなら、後は砲兵部隊の的当てだ。気球による補助を受け、鉛玉の雨が降る。
この身が立ち塞がったこともあり、竜共は戦場のど真ん中で止まっていた。つまり、巻き込んでしまう味方は周囲にいない。砲撃準備が整ったタイミングで自分が奴らから距離を取れば、後は撃ち放題だ。
地面が弾ける度に、その中に血と鱗が混ざる。かつては神と崇められ、化け物と恐れられた存在は、名もなき兵士達によって袋叩きにされていた。
砲撃の範囲から距離をとり、周囲を見回す。
モルステッド王国軍に目を向ければ、竜が駆けた後に続こうとしていた敵歩兵共が立ち往生していた。
彼らの予定では、竜によってこじ開けられた防衛線に、盾を構えた兵士達が雪崩れ込むつもりだったのだろう。
しかし竜共が足を止めたことで、彼らも進むことができなかった。今は、帝国軍による銃撃に晒されながら、先頭の部隊が必死にタワーシールドを構えている。
樫の木を使った盾を、更に鉄板で補強したのだろう。前列はそれを両手で構え、どうにか身を守ろうとしていた。
だが、その程度ではライフル弾を防ぎきることはできない。1発2発ならいざ知れず、何発も撃ちこまれれば盾も、盾を構えていた者も崩れ落ちていく。
彼らの後ろには、簡素な厚手の服と従来通りの盾を持った兵士しかいない。
次々と仲間が倒れていくのを見て、前列はより一層後退しようとするが、前進しようとする後列と揉み合いになっていた。その奥で、煌びやかな剣が振るわれているのがチラリと見える。
大混乱する王国軍の歩兵部隊。あちらは一旦放置で良いかと、視線を敵騎兵部隊に向ける。
戦場の両翼。魔法騎兵が帝国軍の左右から回り込もうと駆けているが、そこにはライフルとガトリングガンの歓迎が待っていた。
しかし、流石は大陸に名を轟かせるモルステッド騎兵。散開して銃撃による被害を最小限にしながら、突撃の機会を伺っているらしい。
魔物の血を引く馬は、兎に角速い。武装したハーフトラックが起動戦を仕掛けようと走っているが、足の差で引き離されている。このままでは、ハーフトラックや両翼の兵士達が食われかねない。
右翼はシャルロット嬢と義勇兵達が何とかするだろうと、左翼に爪先を向けた。
戦場の中心から完全に離脱する前に、チラリと竜共を見やる。
そこには、もう雄叫びを上げる存在などいなかった。砲声にそのうめき声すらもかき消され、ただの肉塊となり果てたケモノ共がいるだけ。
威風堂々たる姿は微塵も残らず、鉛の塊に地面ごと抉り飛ばされる。轟音と衝撃波が代わりに大気を揺らし、赤いモノが混ざった土を跳ね上げていた。
それを頭から浴びて、自分も走り出す。
竜殺しは、名もなき兵士達によって果たされた。もはや神話の時代は終わりを迎え、鉄と硝煙が戦場を支配する。
だがまだだ。まだ、剣の働き先は、残っている。
走りながらでも、両軍の士気が反転したのを感じ取れた。
2頭の竜が進み出たことで勝利を確信していたモルステッド王国軍は、戦場の中心に出来上がった惨状に腰が引けている。
逆に帝国軍は浮かれたように声を上げ、鉛玉と矢を敵軍に放っていた。倍以上の戦力差など、頭から抜け落ちてしまったらしい。
だからこそ、敵騎兵部隊はここを攻め時とする。むしろ、ここしかない。
折れそうな味方の士気を保つ為。そして、浮かれて攻撃の精度が落ちた敵軍へと突撃する為に。
指揮官と思しき、立派な羽飾りのついた兜を被った男が、槍を掲げている。
バラバラに散っていた騎兵達が、一斉に同じ方向へと走り出した。一息に密集していく姿は、もはや芸術的ですらある。
帝国軍がライフルによる迎撃を行うも、僅かに遅い。分厚い鉄の装甲を纏った軍馬と、それに乗った重厚な鎧を着た騎士達。
彼らをハチの巣にするには、命中する弾が少なすぎる。何発も叩き込まねば、彼らは止まらない。そして、単発銃である故に連射もできないのだ。
塹壕から出した顔を真っ青にした帝国兵達に、魔法騎兵達が呪文を唱え───。
軍馬の横腹へと、大剣が振るわれる。
「なっ」
「■■■■■■■───ッ!」
あっという間に、鏃のような陣形を組んで駆けていた騎兵部隊の、中央。そこ目掛けて走り、剣を振るった。
馬の首を刎ね、そのまま大剣を振り抜いて騎手の胴を両断。慣性のまま進む死体を置き去りに、次の騎兵を騎手の両手両足ごと馬体を縦に叩き割った。
血を正面から浴びながら、駆けていく騎兵共の中を更に前進。走る馬の後ろ足を切り飛ばしたところで、右横から突き進む馬と衝突した。
分厚い鎧同士がぶつかる音が響き、衝撃が骨に響く。体重差で弾き飛ばされそうになるも、地面を踏みしめて耐える。ぶつかった馬の方が骨折し、愛馬がつんのめったことで乗り手が宙を舞った。
寄りかかってくる軍馬を切り裂いてどかせば、駆けていた騎兵集団が陣形を乱した状態で走り抜けていく。自分とぶつかるのを避けたらしい。
だがそれでは、装填を終えた帝国兵達に横腹を晒すことになる。
如何に魔物の血を引く軍馬と言えど、全体を分厚い鎧で覆うことは難しい。ライフル弾に耐える程となれば、前面にのみ張り付けるのが精一杯だっただろう。
銃弾を弾くには薄い箇所に、次々と風穴が開けられ、優秀な馬達が次々と倒れ伏していった。
約半数が崩された状態で、しかし先頭集団は止まらない。魔法騎兵達は残った者だけで陣形を維持し、魔法を放つ。
炎が、風が、石が。塹壕にいる兵士達に殺到した。それに恐怖した兵士達が頭を引っ込め、ライフルの銃口も空を向く。
その好機を逃すまいと駆ける騎兵部隊。常識外れの膂力を持つ馬達の足でもって塹壕を跳び越え、陣の奥深くへと食い込もうと言うのだ。そうすれば、無暗に発砲はできまいと。
だが、既に堡塁から別の銃口が狙いを定めている。
そこから突き出されたライフルが、無防備な騎兵達を横から狙い撃った。
側面からの銃撃に、先頭を走っていた指揮官が倒れる。彼とその馬が障害物となって、他の馬達が足を緩め陣形も今度こそ崩壊した。
敵陣の中で、足を止めてしまった騎兵。それがどういう末路をたどるか、きっと彼らが最も知っている。
「おおおおおおお!」
「ぶっ殺せえええ!」
塹壕から跳び出した兵士達が、銃剣と槍で騎兵達に襲い掛かった。
魔法の詠唱も間に合わず、剣や槍で迎撃するモルステッド騎兵達。騎士や貴族で構成された魔法騎兵だけあって、1人で10人近く返り討ちにしている。
だが、銃剣を突き立てながら発砲する兵士もいるのだ。鎧を弾が貫通しよろめいた所を、引きずり降ろされる。
弾丸を耐える為に分厚くした鎧が仇となって、騎兵達は瞬く間に帝国兵の中へと埋もれていった。
それでも、魔物の血が入った馬が兵士達を押しのけて駆けていくこともある。己が背に乗る主を生きて帰そうと、半死半生の有り様で大地を蹴るのだ。
だが、逃がしはしない。
「どぉ、けええええ!」
血まみれになりながら、眼前に立ちふさがった自分へとレイピアを突き出すモルステッド騎兵。その切っ先を半身になって避け、馬の首に大剣を叩き込む。
そのまま肉も骨も引き裂いて、騎手の腹さえも両断した。
背後からどさりという音を聞き、次の相手へと走る。
手当たり次第に包囲を抜けようとする敵騎兵を切っていれば、遠くで爆炎が上がったのを視認した。
そこでは、戦場の中央にいたのとは別の、1つ首の竜が吹き飛ばされている。
帝都の一件で、モルステッド王国が竜を意図的に冬眠させ、伏兵にできることは知っていた。
だが奇襲とは、切り札である。2回も3回も、成功する方が稀なものだ。
あらかじめ斥候達に竜の存在を知らせておけば、魔力の流れから彼らが見つけてくれる。後は予想される隠し場所に爆弾を設置し、発破。それでも動くのなら、砲弾を叩き込む。
帝国軍の斜め後ろに出現した竜は、雄叫びを上げる間もなく肉塊となった。
そのことに、周囲の兵士達は気づきもしない。銃弾と銃剣で、容赦なく騎兵達を、大陸最強とまで言われたモルステッド魔法騎兵達を、めった刺しにしていく。
この辺りはもう大丈夫かと、近くの敵騎兵を両断して、視線を中央に向けた。
両翼が敵騎兵を迎撃している間に、中央の部隊が前進。原形をとどめていない『ケモノの死体』を避けて、戦車隊と帝国の歩兵部隊が王国軍へと向かっていた。
相手が放つ矢は鋼の装甲に弾かれ、接近しようとする魔法騎兵は歩兵達のライフルが迎え撃つ。
更には砲兵部隊の支援により、敵前線は崩壊。纏まった迎撃もできず、王国の兵士達がバラバラに逃げ出した。
それを見てか、生き残りの魔法騎兵も反転してどこかへ駆けていく。これ以上はやっていられるかと、全速力で戦線を離脱し始めたのだ。
だが、逃げ遅れもいる。
「ま、待て!降伏する!降伏する!」
帝国兵に囲まれた騎兵や、自分と相対した騎兵が、武器を捨て両手を上げた。
右翼の方でも、勝ち鬨が聞こえている。恐らく、こちらと似たような状態なのだろう。
中央では逃げる歩兵相手に帝国兵が暴れているが、戦車隊がこれ以上の追撃はしないと前進を止めた。
移動要塞の援護がないと気づいた帝国兵から、順に敵を追いかけるのをやめていく。アナスタシア殿が、深追いして被害を出すのを嫌ったのだ。
ありがたい。こんな所で下手に追撃なんぞしようものなら、帝国は『負ける』。
「へへっ、何が降伏だ!ぶっころ」
「やめてください」
「な、え……は、はい!」
「降伏した敵には、きちんとした対応をするように」
降伏した騎兵を蹴り飛ばし銃剣を振り上げた帝国兵の頬に、ぴったりと大剣をくっつける。
他にやらかしそうな者がいないかと、周囲を睨みつけた。この一帯の兵士達が真っ青な顔をする中、他の部隊から勝ち鬨が聞こえてくる。
だが熱狂する彼らの頭を冷やすように、空からふわりと白い物が降ってきた。
「帝国万歳!帝国ばんざ、って、つめてぇ!?」
「これは……」
武器を捨て馬から降りた敵騎兵に念の為剣を向け直しながら、自分も兵士達と同じく空へと視線を上げた。
雪が、降っている。
真っ白な雪が黒い大地を少しずつ、しかし確実に塗りつぶしにきた。
次第に勢いが増していき、風も強くなってくる。
冬将軍が、やってきたのだ。