作品タイトル不明
第百九話 戦場の女神
第百九話 戦場の女神
雄叫びを上げ、駆ける2体の竜。
一歩踏み出す度に大地が砕け、空が揺れる。ギラギラとした瞳からは、明確な殺意が発せられていた。
戦場のあらゆる生命をすくみ上らせる、怪物共の進撃。塹壕を掘っていた兵士も、魔法を使おうとしていた貴族もたたらを踏む。
その中で、こちらもまた踏み出す。
「■■■■■■■───ッッ!!」
拡声魔法を使い、喉を震わせ雄叫びを上げる。
竜共の声に負けてはいられない。こんなもので、士気を崩されてたまるものか。
敵の狙いは明白。正面に竜を押し出し、銃への対策にしたいのだろう。その間に左右から騎兵を迂回させ、側面や背後から攻撃するというシンプルなものだ。
そしてシンプルだからこそ、王道。崩しがたい。
であれば、この身が竜の歩みを遅らせる。
『GGGGYYYYYYAAAAA───ッッッ!!!』
3つ首の竜が咆哮を上げ、口腔に魔力を集束。雄叫びという名の詠唱を終え、怪物はブレスを放った。
地を這うように、扇状に広がる業火。津波のように押し寄せるそれに、走りながら剣を振りかぶる。
「オオオオオオッ!」
土を蹴散らし、腰を捻り、力を肩から順に剣へと流し込む。
袈裟懸けに放った斬撃が烈風を生み出し、土砂を巻き上げ炎の壁に風穴を開けた。
業火を切り開いて跳び込めば、眼前には1つ首の竜。
怪物は真っすぐにこちらを睨みつけ、右前足を勢いよく振るってきた。
顔面へと迫る爪に大剣を合わせ、右手側に受け流す。その衝撃のまま、横回転。勢いよく左足を踏み出し、地面を蹴って加速する。
脇を駆け抜けようとする自分に、1つ首の竜がぐるりと身を捻った。瞬間、上から振り下ろされる左前脚。
虫のように踏み潰さんと繰り出された前脚を、更に左方向へ跳ねることで回避する。砲弾でも降ってきたような衝撃が発生し、抉られた地面から土と石が飛来した。
鎧に礫が当たり、硬質な音を上げる。それが耳障りだとばかりに、3つ首の竜が目を血走らせて跳びかかってきた。
『GGGGAAAAAッッッ!!!』
バックステップで踏みつけを回避し、土煙の中で下がってきた中央の頭に剣を振るう。鼻先を切っ先がかすめるも、竜が首を引っ込めたことで避けられた。そして間髪容れずに、弧を描いて噛み付きにくる。
フックの要領で繰り出された噛み付きは、後ろへ逃げれば他2つの顎に飲まれるは必至。
ならばと、前へと踏み出す。
3つ首の竜の懐へと駆ければ、背後で巨大な口が地面を抉り飛ばす音がした。衝撃波に背中を押されながら、勢いそのまま大樹がごとき竜の足へと剣を叩き込む。
魔剣が鱗を叩き割り、その下の分厚い肉を引き裂いた。血飛沫を置き去りに走ると、眼前には太い尾が迫っている。
咄嗟にスライディングで下を潜り抜ければ、視界の端で1つ首の竜がこちらへと跳びかかっているのが見えた。
右手の剣を地面に叩きつけ、その反動で自身を跳ね上げる。宙を舞う自分のすぐ下で、巨大な爪が地面に突き刺さった。
『GAGAGYGYGAGAGAA───ッ!』
詠唱……!
突き立てられた竜の爪が赤熱し、瞬く間に大地を溶かし始める。
刹那、轟音を上げて地面が弾け飛んだ。発生した地割れから炎が噴出し、人の大きさ程もある岩が土に混ざって宙を舞う。
空中で身を捻り、飛び散る石を足場に跳躍。1つ首の上をとろうとする。
だが、この身を影が覆った。すぐさま見上げれば、3つ首の竜が自分よりも更に上へと跳び上がっている。
屋敷程もある巨体が、こちらを見下ろしていた。開かれた全ての口に魔力が集束し、放たれる。
「っ!」
足場にしていた岩に剣を突き立て、回転。即席の盾にするも、秒と持たずに打ち砕かれた。破片と共に地面へと叩きつけられ、全身がバラバラになったような衝撃が襲う。
視界が明滅し、耳鳴りが頭を刺すように響いた。鎧越しに振動を感じて、地面を左腕で殴りつけながら跳ね起きる。
反動で自身を打ち上げ、2本の足で着地。回転しながら減速し、今しがた自分のいた位置を踏み砕く1つ首の竜へと剣を向ける。
だが、立ち止まっている暇はない。腰だめの構えに切り替え、疾走。真上から降ってきた3つ首の四肢から逃れ、怪物共を視界に納めようとする。
こちらを睨む竜共の目には、強い憤怒に染まっていた。それでも理性は残っているのか、2体は別方向へと駆けてこちらを狙ってくる。
3つ首の突進を潜り抜けるように避ければ、横合いから迫る炎。それを跳んで回避した直後に、反転した3つ首が長い尾を鞭のように振り下ろしてきた。
大剣を頭上に掲げ、刀身を斜めに傾ける。強い衝撃が両腕を襲った直後、真横の地面が弾け飛んだ。
風圧と飛び散る石礫によろめいた所へ、1つ首の竜が大口を開けて噛み付きにくる。痺れる腕を強引に動かし、迫る牙へと大剣を叩き込んだ。
硬質な、それでいて腹に重く響く巨大な鉄塊同士がぶつかったような音。反動でこちらの体が押しやられながらも、1つ首の竜が悲鳴を上げた。
だがそれをかき消すように、3つ首の竜が雄叫びを上げ、横薙ぎに尾を振るってくる。
地面を抉り飛ばし、土を巻き上げながら迫る一撃。回避も受け流しも間に合わないと、剣を盾代わりに受け止めた。
「ぐ、ぅぅ……!」
打ち上げられるでもなく、地面を水平に吹き飛ばされる。踵が土を抉り、上体が反った。その隙を逃さんと、1つ首の竜が口から血を流しながらもブレスを吐く。
踏ん張るのをやめ、衝撃に身を任せ体を宙に浮かせる。続けて地面へと回転斬りを叩き込み、上へと跳んだ。
紅い炎が地面を舐めとっていくのを見下ろしながら、竜共からそれぞれ十数メートル離れた位置に着地。ずん、と両足が地面へと僅かにめり込ませながら、剣を構え直す。
「ふぅぅ……!」
兜の下で息を吐きだす自分を睨む、2体の竜。あちらも、どうやら息を整えているらしい。
2対1。文字通りの頭数を無視しても、不利と言わざるを得ないだろう。
竜共は他の全てが些事だと言わんばかりに、この戦場で自分だけを睨みつけている。
この身を自分達の『敵』だと認識しているのか、はたまた帝都で戦った双頭の竜は奴らの親兄弟か何かなのか。それは、わからない。
何にせよ、この2体の化け物はこの身のみを注視している。
呼吸を整え、再び雄叫びを上げて互いに駆け出した。3つ首の竜が強靭な四肢と尻尾を使い、地面を弾き飛ばしながら跳びかかってくる。
それを右方向に避ければ、回り込んできた1つ首が左前脚を振るってきた。
鋭い爪を剣で受け流しながら下を潜り抜け、弧を描くような軌道で疾走。3つ首の背後を取りに行く。
そうはさせじと、3つ首の竜が体を捻り6対の瞳でこちらを睨みつけた。その巨大な口がガキリと音をたてて開かれ、鋭い牙を剥き出しにこちらへと振るわれる。
もはや噛み付きというよりも、頭突きに近い。こちらを粉砕せんと迫るそれらを、前へ跳び込むことで回避した。
だが、それを読んでいたらしい。3つ首の竜は頭を地面に叩き込んだ直後、前転でもするように体を持ち上げる。
出来上がったスペースに跳び込む、1つ首。掬い上げるように振るわれた爪に、どうにか刀身を合わせた。
轟音を上げて弾き飛ばされ、宙を舞う。無防備な状況の自分へ、四肢で地面を踏みしめた3つ首が顔を向けた。
口腔に集束する魔力。間髪容れずに、ブレスの3連射が襲い掛かる。
大剣を盾にして受ければ、刀身と籠手ごしに腕の肉が焼けるのがわかった。不幸中の幸いか、ブレスを受けた衝撃で後ろに飛ばされ長くは燃やされなかった。
「ぐぅ、ぅぅ……!」
激痛に、疲労とは別の汗が兜の下で流れる。歯を食いしばって悲鳴を飲み込み、痛み以外の感覚がない指で柄を握り直した。
1対1なら、と。そのような思考が一瞬でも脳裏をよぎる。
しかしそれはありえない。ここは戦場であり、正々堂々と戦う場面など極稀だ。
故に。
『GGGGGYYYYYAAAAAAA───ッッッ!!!』
3つ首の竜が、雄叫びを上げてこちらへと跳びかかる。
しかし、その巨体が突如『爆ぜた』。
───ドォォン……!
間延びした炸裂音が、遠くから聞こえてくる。
そして巨大な鉛の塊が、雨のように降り注ぎ始めた。
巻き込まれまいと、距離を取りながら両腕へと魔力を集中させる。油断せず竜共に視線を固定しておくが、奴らの姿は舞い上がる土煙にほとんど見えなくなっていた。
『GGGGGAAAAAAA───ッ!?』
怪物の悲鳴が大気を揺らすも、鳴り響く砲声に飲み込まれた。
これは、一騎討ちではない。故に、こちらも1人で戦ってやるつもりなど毛頭ない。
自分が奴らの足を止めている間に、戦場の女神がドレスアップを終えたのだ。
帝国軍の後方では砲兵部隊の気球が飛び、戦車隊がキュラキュラと音をたてて前進する。
砲弾が、竜の肉体ごと地面を耕し始めた。