作品タイトル不明
第百八話 四重奏
第百八話 四重奏
『行ってきます。グリンダ』
『うん。君の帰りを、待っているよ』
屋敷の自室にて、お腹の膨らみが目立ち始めた彼女と優しく抱き合った後。
寒空の下、兵を連れて歩み出した。
とうとう12月となり、冷たい風が大陸を包み込んでいる。
それでもこちら側はまだ南側なので、多少はマシかもしれない。少なくとも、自分達がこれから向かう場所よりは。
領都の民達に見送られて、ハーフトラックに乗り出発する。
ストラトス家兵士、56名。クリス様親衛隊、10名。将軍達とその護衛、60名。義勇兵、960名。
総大将であるクリス様を含めて、合計1087名。
かつてのストラトス家では考えられない大軍であり、皇帝の率いる軍隊としてはあまりにも小勢であった。
戦場となる北方で、既に現地貴族達による徴兵が行われている。その指揮権を、クリス様と将軍達が引き継ぐ予定だ。
更に、少し遅れて蒸気船も川を上り武器や食料を載せて出発する。例の『置き土産』も、その中に入っている。
急遽増産したハーフトラックもあって、1千人以上の部隊でもかなりの移動速度だ。
もっとも、ただでさえ乗り心地が悪いのに、ストラトス領の外へ出れば道が荒れているので、クリス様や将軍達のように貴族の中でも特に高貴な方々はグロッキーな様子である。
「やれやれ」
そんな中、高貴な身分であるはずなのに、なんら堪えた様子のない美女が隣に座っている。
ストラトス家戦力、56名の内の1人。赤い髪を肩にかかるぐらいにまで伸ばした彼女は、黒と金で彩られた軍服姿でその長い足を組んでいた。
「まさか、私まで駆り出されるとはな」
アナスタシア・フォン・オールダー。我が婚約者殿である。
「このようなか弱い乙女を、寒空の下戦地へと向かわせるとは。我が婚約者はとんでもない男だよ」
「か弱い乙女は、人が出征中に領地の乗っ取りとか考えないと思います」
「ああ、なんて酷い男だ……私のような小心者が、そんなことを企てるわけないじゃないか……」
ハーフトラックの音で、肩が触れ合っているお互いの声しか聞こえない。
それなのにわざとらしい演技をするアナスタシア殿に、若干の呆れをこめた目を向ける。
「どうだか。故あらばやる。貴女はそういう人でしょうに」
「本当に誤解だよ、旦那様。ただそうだな。私はストラトス家の人間として、『いかなる場合』も想定しないといけない。それだけだよ」
不敵な笑みを浮かべるアナスタシア殿に、軽く肩をすくめる。
「貴女が何だかんだ義理堅い人だし、身内と認めた相手には甘いのも知っています。別に、本気で普段から乗っ取りを画策しているとは思っていません」
「おや、随分と私を買ってくれているじゃないか。そうとも。私はどこぞの外道騎兵と違い、受けた恩を忘れはしないし、忘れたふりもしない」
「ドロテアさんから聞いているので、その辺は信じています」
「忘れろ。私に関する全ての情報を忘れろ」
視界の端で、同じハーフトラックに乗っている銀髪メイドがサムズアップしてきた。それにこちらも親指を立てる。
何だかんだ、彼女とも名前で呼び合う仲になっていた。家名を呼ぶのはご実家の方々が可哀そうだからとかでは、たぶんない。恐らく。メイビー。
「ですが、僕が領地を空けている間貴女が残っていれば、オールダーの者達が何か企むかもしれませんし、企んでいなくとも疑いをもつ者がストラトス側に現れます。そしてもし争いが起きたら……アナスタシア殿。貴女はどちらにつきますか?」
「……ふむ。それは高度に柔軟性をもち、臨機応変な対応が必要な状況だ。この場では、とても答えを出せそうにない」
「父上みたいなことを言いますね」
「ぶち殺すぞ淫乱トカゲ」
「誰がトカゲか、黒歴史製造機」
「淫乱は自覚しているのだな、スケベ人竜」
「……け、けしかけたのは貴女達ですし?」
若干気まずくなって、視線を逸らす。
でなければ、ついハーフトラックの振動で揺れる彼女の巨乳に視線が吸い寄せられそうなので。
「だからと言って、連れてきた7人を纏めて孕ませるのは予想外過ぎるだろう……日を分けて年単位で、と考えていたのに。まさかほぼ初日で命中させるとは。しかも全員に」
「皆さん、とても魅力的な女性だったから……!」
「責めるつもりは毛頭ないが、正直ひく」
「くっ……!」
仕方がなかったのだ。『オールダーはもうストラトス家と1つだ』と内外にアピールするのに、血の繋がりというのは大きな意味をもつ。
しかも相手が美女ばかりで、スタイルも良しとなれば……こう、ね?この若い体は、色々と元気になってしまうのです。
僕は、悪くない!
「このスケベ人竜。大陸中を自分の血筋にする気か……?」
「ぼ、僕だって無差別に関係を持つわけじゃありませんし……!」
ケネスかアナスタシア殿に紹介された人以外とは、寝ていないし。清純 系(・) 領主だし。
……だめだ。自分でもびっくりする程無理がある!
既に30人近く子供が生まれそうな状態であり、『系』で誤魔化せる範囲とっくに過ぎていた。
クリス様基準でも如何わしい呼ばわりされる。ちょっと、自己弁護できない有り様であった。
ついでに、彼女にも最近少しだけ避けられている気がする。その度に、シルベスタ卿や親衛隊の皆さんがサポートしてくれるが……クリス様は顔を真っ赤にして、まともに視線も合わせてくれない。
少し、いや。かなりショックである。純粋さの塊みたいなあのお方から、そんな対応をされるとは。
僕は……ストラトス家の淫乱人竜です……!
「繁殖計画をしっかり立てないと、本気でやばいことになるな。こいつ……」
「繁殖計画って、そんな馬や牛じゃないんだから」
「黙れ淫乱トカゲ」
「トカゲは、せめてトカゲはやめてください……!人という字は、入れて……!」
自分達のそんなちょっとアレな会話とは関係なく、ハーフトラックは進んでいく。
戦場へと。流れた血でも融かせない、冷たい大地へと。
「それはそうと、なんで連合軍の軍服なんですか?」
「せっかく作ったのに、着ないと勿体ないだろう。寒冷地用のもあるんだぞ?」
「……貧乏性?」
「マジでぶち殺すぞスケベ人竜」
* * *
クロステルマン帝国の北部。見慣れぬ地だが、観光なんぞしている暇はない。
モルステッド王国との最前線には、既に徴兵された兵達が集められていた。
その数、およそ3千。自分達を含めても、4千を僅かに超える程度。
帝国の弱体化と、冬場という状況に、これだけ集めるのが精一杯であった。
すぐに作戦会議が行われ、同時にモルステッド王国との使者によるやり取りも行われた。
あらかじめ話も進んでおり、すぐに決戦の日取りが決まる。と言っても、仲良く話し合って決めたわけではない。
ギルバート侯爵が、外交筋から散々にモルステッド国王を挑発したからである。
ただでさえ、彼の国は纏まりを欠いた状態だ。大国の侯爵相手とは言え、一国の王が馬鹿にされて黙っているわけにはいかない。
モルステッド国王は、できうる限り兵を集めた。元々王国は、ある程度帝国で暴れて冬になったら撤退する、というのを毎年繰り返している。撤退前に一当てしたいという、思惑もあったのだろう。
何にせよ、両国はお互いのトップが戦場に赴き、兵を集めて戦闘態勢をとった。
兵達が陣を組み、大砲や気球の準備も進められていく。
場所は、何もない平地。草木もろくに生えていない、茶色の大地である。所々、枯れ木が残っている程度だ。
馬が走るには、ちょうど良い。騎兵大国であるモルステッド王国にとって、理想的な戦場と言えた。唯一向こうに不都合なのは、戦闘開始地点が通常より遠いことぐらいだ。それも、騎兵の機動力を考えれば、気にする程ではあるまい。
遠く離れた位置に、敵軍が集まっている。流石に本陣の位置まではわからないが、斥候の情報では8千から1万だとか。
帝国の倍以上の戦力。籠城して戦うならともかく、平地での戦いでこの兵数差は厳しい。
そんなことを考えながら、現地での最終確認を含めた軍議を終え、ストラトス家の陣幕へと戻ろうとする。
その途中で、1人の男性に声をかけられた。
「ストラトス伯爵。少し、よろしいでしょうか」
「貴方は……」
振り返った先には、痩せこけた老人が立っていた。
身にまとう豪奢な鎧に反して、生気のない顔をしている。今にも倒れそうな姿をした彼は、帝国である程度名が知れていた。
残念なことに、悪い意味で。
「ゲーマウス伯爵」
『ウージー・フォン・ゲーマウス』。かつては、帝国の北側を代表する大貴族であった。
数年もすれば辺境伯に任命されるやも……などと噂されていたゲーマウス家だが、今は……。
「後日、どうか落ち着いた場所でお話する機会を頂きたいのです。……帝都にて、フリッツ皇子の最期に立ち会ったという、貴方と」
フリッツ・フォン・クロステルマン。彼の妻は、ゲーマウス家の娘であった。
裏切り者の一派として、ゲーマウス家は帝国内で白い目を向けられている。元々はフリッツ皇子の奥方の兄が家督を継いでいたはずだが、諸々の事情により今は先代であったウージー殿が、代理という形で伯爵を再び名乗っている。
「……それは……わかりました。詳しい日時は、まだ決められませんが」
「ありがとうございます。モルステッド王国との戦いにおいて、我らは汚名を返上する為に粉骨砕身して帝国の為に働く所存です」
「ええ。ゲーマウス家のお働きを、期待しております。共にモルステッド王国を打ち倒しましょう」
互いに敬礼をして、その場を離れる。
自分がストラトス家の陣に戻り鎧を身にまとった頃には、既にクリス様が親衛隊を連れて戦場の中心へと向かっていた。
モルステッド王国側も、挨拶の為に同じく中心に向かっている。
だが、アレは……。
「どうした、旦那様よ」
「いえ。あちら側の総大将は、まさかモルステッド国王じゃない……?」
「なに?」
目を細める自分の斜め後ろで、アナスタシア殿が低い声で呟く。
「どういうつもりだ。この状況下で王が自ら出陣しないなど、統治に大きな悪影響が出るぞ。……ならば、誰が総大将についている」
「わかりません。ただ、王家の旗は見えています。もしかしたら、モルステッド王国の王子でしょうか?」
「ありえる。だが、それでもおかしい。息子の箔付けに使う戦場ではない。いくら相手の方が数で勝っているとは言え、現職の王が立たねばならない場面だぞ、これは。家臣や国民からの心証を悪くする。それとも、もう玉座を息子に譲るのか?家臣達に、引きずり降ろされたとでも?」
「さあ……前にお会いした時、精神的に何やら追い詰められているご様子でしたが、それが原因でしょうか?」
「少なくとも、それが直接的な原因ではないだろう。あの男は見栄っ張りな性格だ。その上何かと先王と比較されていることもあって、武功を挙げる機会に飢えている。怯えて王都に引っ込んでいるとは思えん。いや……まさか……」
何やら、アナスタシア殿は『答え』が見えてきたらしい。
だが生憎と、これ以上アレコレと相手の内部事情を考えている余裕はなさそうだ。
「クリス様とモルステッドの総大将が接触。もうすぐ戦闘が始まります。総員、戦闘用意」
「はっ!」
「アナスタシア殿。僕が部隊を離れている間、ストラトス家の指揮をお願いします」
「私は構わんが、本気か?裏切る可能性を考えていないわけではあるまい」
「この状況で、貴女が本気で裏切るわけないでしょう。この場にオールダーの民はいない」
「ふん。他の兵士達が納得するのなら、良いのだがね」
「心配無用ですぞ、奥方様」
彼女の言葉に、ケネスがニッカリと笑う。
「我らはもう、貴女様を信じております。ストラトス家に『合う』お人だ。能力も申し分ない。安心して、命を預けられる」
「……変わった領主の下には、変わった騎士と兵がつくものだな」
若干呆れた顔のアナスタシア殿に、うちの騎士達が苦笑した。
「ええ。それはもう。当主に就任したばかりの若君が、ただの兵士のように剣を担いで前線へ跳び出してしまう家ですので」
「まったく、誰に似たのやら」
「とんでもない問題児ですな」
古参の騎士達がこちらを見てくるので、兜を被り答える。
「それは勿論、帝国でも五指に入る魔法騎兵に似たのでしょう。彼の背中を見て、育ちましたので」
「まったく。性格は全然違うのに、そういう所だけはそっくりだ」
「戦場で騎士を置いてけぼりにするなんて、とんでもないことなのですがな」
そう言いながら、ケネス達の顔は楽しそうに笑っていた。
彼らの言う通り、領主が敵の矢が届く位置に自ら突っ込むなどまともではない。貴族とは本来、騎士や兵達に守られながら魔法の使うのが戦場での仕事だ。
魔法騎兵も、大半が騎士や、貴族家の次男三男。家の頂点に立つ者がつく兵科ではない。
それでもやるのが、ストラトス家の当主である。
「だったら、追い付いてみてください。追い付けるものなら、ですが」
「はっはっは!本当に、そういう所は御父上にそっくりだ!」
「これは儂らも、必死に走らねばなりませんな!」
「やれやれ。隠居も考えている爺共に、なんと酷い領主様だ」
「おい、俺を爺にいれるなよ」
「うるせぇ、あと9カ月ぐらいしたらひ孫が生まれるくせに、若者ぶるな」
そうして笑う男達の中で、赤の女王は不敵に笑う。
「けっこう。この変わり者どもめ。戦場に立つのであれば、そうでなければならん。どこか頭のネジが外れた奴ほど、良い働きをする地獄だ。存分に走らせてやるから覚悟しろ」
肩にかけた厚手のコートを翻し、ぐつぐつと煮えたぎるような瞳をした彼女。
これで『か弱い乙女』を自称するなど、詐欺も甚だしい。まったくもって、頼りになる指揮官だ。
「……奥方様の方が、カール様に似ている気がする」
「然り。あの『人殺しサイコー』って目とか」
「そこの2人。最前列だぞ、喜べ」
「げっ」
「うう、儂は最近腰が……その役目は別の者に……」
「皆さん。漫才していないで、構えてください。───始まりますよ」
両軍の総大将が別れ、それぞれの陣へと戻っていく。
闘争が始まるのだ。血で血を洗い、冷たい大地を踏み砕いて殺し合う、この世の地獄が生まれるのだ。
まったくもって、好きになれない空気である。どうにかこうにか、余裕に満ちた風を装ったが。いつになっても、戦場には慣れる気がしない。机に向かって、書類の山と戦う方が性に合っている。
だが、やらねば。守らねばならないものが、多くある。
開戦の角笛が、両軍から鳴り響いた。
その直後に戦場を飲み込んだ、巨大な音。
大気を引き裂き、鼓膜を破らんばかりのそれは、兵士達の怒号ではなかった。
砲声でも、馬の嘶きでもない。
『GGGGGGAAAAAAA───ッッッ!!!』
雄叫び。しかし、自分のものではない。
この身が上げた声すらもかき消す、四重奏。
背後からそれを浴びせられて、大慌てで道を空けるモルステッドの兵士達。しかし間に合わなかった歩兵の一部が、容赦なく踏み潰された。
焦げ茶色の、日の光をギラギラと反射する鱗。丸太何本分かという太さの、強靭な四肢。
屋敷が歩いているのかと思うような巨体を揺らして進む、2体の怪物。
1つの頭と、3つの頭。合計4つの頭が、鋭い牙を剝き出しにして再び雄叫びを上げる。
『GGGGGGGAAAAAAAA───ッッッ!!!』
ドラゴン。それが2体、戦場へと投入された。