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作品タイトル不明

閑話 新・ストラトス領の人々

閑話 新・ストラトス領の人々

サイド なし

ストラトス領は、本来帝国では珍しくない、地方の子爵家であった。

しかし今は、大陸でもかなり特異な地となっている。

「どっこいせ……」

冷たい風を受け、白い息を吐きながら男達が薪を背負って森を歩く。

彼らは、本来のストラトス領の人間ではない。ほんの少し前に彼の家へと戦争をしかけ、瞬く間に逆侵攻された土地の領民である。

そんな彼らの傍には、ストラトス家の騎士達が立っていた。

厚手のコートと手袋に、ライフルを装備した姿は、あまり騎士らしくない。『らしい』装備と言えば、腰にさげた長剣ぐらいだ。

そんな騎士達を横目に歩く男達の1人が、石に躓いて転ぶ。

すると、すぐさま騎士の1人が駆け寄って。

「おい、大丈夫か?立てるか?」

「へ、へえ……大丈夫です、騎士様……!」

まるで気のいいあんちゃんのような距離感で心配する騎士に、転んだ男の方が戸惑う。

言動まで、彼らは騎士らしくなかった。

森へ柴刈りに行っていた男達が帰還し、数時間後。日もすっかり沈んだ頃、彼らは村の酒場で一杯やっていた。

豆や干し肉、そしてチーズをつまみに、彼らは上機嫌に酒を飲む。

これまでの冬を比べて、遥かに充実した晩酌。冷えたからだを酒で温め、赤ら顔で家に帰った後、顔を真っ赤にした奥さんを見て真っ青になるのがこの村の男達である。

「しっかし、ストラトス家の騎士様ってのは変わってんな」

エールをぐいっと飲んだ後に、森から帰る途中で転んだ男がそう呟く。

「騎士様達が柴刈り中護衛についてくれるなんて、今までなかったぜ。しかも転んだのに怒鳴るでも殴るでもなく心配されちまって、逆に怖かったぜあんなの」

その男の言葉に、別の男が頷く。

「んだなぁ。ストラトス家の騎士様の中に、元々この辺にいた騎士様がいたけんど、すげぇ戸惑っていたのがわかったなぁ」

「あれは痛快だったな!普段威張り散らしていた奴が、ストラトス家の騎士様達に囲まれたら半泣きになってんだもんよぉ!」

「ばっか、声がでけぇぞ!」

大声で笑うこれまた別の男に、転んだ男が慌てた様子で小突く。

「なんでぇ。別にいいじゃねぇか。こんな時間に、こんな所を騎士様が通りがかるわけねぇって」

「それでもだよ。もしもストラトス家の騎士様に聞かれでもして、『騎士を軽んじた』って思われたらどうすんだ……!」

冷や汗を流す彼に、大声で笑った男は鼻を鳴らす。

「そりゃあお前。お優しいストラトス家の騎士様だ。笑って聞き流してくれるんじゃねぇの?それに、俺が言ってんのは元々この辺にいた騎士様だぜ」

「あのなぁ……いや、そうか。お前はそういや、あの戦いに参加していなかったもんな……」

転んだ男が、大きくため息をついた。

「な、なんだよ。俺だって徴兵はされていたんだぞ。ストラトス家の通り道に配属されていなかっただけで。それを偉そうに……」

「いいや、運が良いって思っただけだよ。俺も、お前も」

酒をもう一口飲んで、転んだ男は続ける。

アルコールを摂取しているというのに、彼の顔は真っ青になっていた。

「……あの、騎士様が持っている鉄の筒。アレが使われる所、見たことあるか」

「いや、ねぇけど……」

彼の様子からただごとじゃないと察したのか、笑っていた男の顔が少し引きつる。

「俺はな……見たことがあるが、見えなかったよ」

「……は?どういう意味だよ」

「言葉通りの意味さ。見ていたはずなのに、何が起きたのかさっぱりだったんだよ」

いつの間にか、騒がしかった酒場から彼ら以外の声が消えている。

ある者は何かを思い出した様子で縮こまり、ある者はカップを両手で抱えて動かなくなり、ある者は周囲の様子に戸惑った顔で視線を右往左往させていた。

「あの日、俺はストラトス家に攻め込む部隊にいた。さあ、これから戦うぞって時、突然どぉん……って大きな音がしてよ。突然、隣の奴が倒れたんだ」

「……そりゃあ、魔法だろ?騎士様だって、貴族様みたいに魔法が使えるそうじゃねぇか」

「俺も、アレが魔法なのか、また別の力なのかはわからねぇ。でも、とても恐ろしいものだってのはわかった。あの音がする度に、誰かが死ぬ。よくわからないうちに、体が弾け飛ぶ」

震える手で、転んだ男は酒を飲む。

「誰が、いつ、どうやって死んだのかもわからねぇ。突然体に穴が開いて、動かなくなる。矢で死んだ奴も、槍で死んだ奴も、魔法で死んだ奴も俺は見てきた。でもあんなのは……人間の、死に方じゃねぇ」

「お前、何言って……」

「俺はもう、あの音を聞きたくねぇ……!あの音をもしもまた聞いたら、俺は、俺は……!」

恐怖を誤魔化す為か、転んだ男はカップに残っていた酒を一気に飲み干した。

「はぁ……ストラトス家の領地になって、俺達の生活は随分と良くなった。森で獣や魔物に食い殺されることは減ったし、畑だってわけわかんねぇ鉄の馬車で耕してもらえた。俺達は恐ろしい『なにか』の支配下にいるんだろうけど……良い暮らしができている」

空になったカップを机に置いて、転んだ男は続ける。

「村を囲っている、材料がよくわかんねぇ壁。あの内側にいる間は、騎士様に守ってもらっているうちは、安全なんだ。敵になっちゃいけねぇんだ」

「…………」

転んだ男。この村で、最も多く徴兵されたことがある男。

そんな人物の語る『恐怖』を、笑い飛ばすことなど酒場の誰もできなかった。

「……ま、なんだ」

静まり返った酒場で、彼は笑う。

「騎士様に逆らわないってのは、変わらねぇんだ!去年と違って冬でも腹いっぱい食えて、温かく過ごせる!楽しまなきゃ損だろ損!」

「そ、そうだな!てか、お前が変なことを言うからじゃねぇか!」

「そうだそうだ!」

「奢れー!白けさせた分奢りやがれー!」

「うるせぇ!そんなことしたらかみさんに家から追い出されるわ!凍死しろってのかてめぇら!」

酒場に笑い声が戻り、店主がこっそりと胸を撫で下ろす。

彼らの日常は、血の臭いとは随分と遠ざかっていた。

* * *

ストラトス領、領都。

そこには様々な施設が建ち並ぶ。

銀行という名の、巨大な貯金箱。薬師達の技術を吸い上げて作った、平民用の病院。蒸気機関で動く、大型の工場。

その他多くの施設を繋ぐ、蒸気機関搭載のバス。他の貴族家から見たら、何とも奇妙に見える場所だった。自動車を走らせる為に道は長く大きく作られているので、それ程雑多な感じはしていないが。

だがこれらの建物と違い、あまり他の貴族には紹介されない、珍しい施設がある。

そこでは、今日も多くの子供達が勉学に励んでいた。

教室の隅に暖炉を設置して温かくしながら、教師が前方の壁に取り付けられた巨大な黒い板に白い文字を書いていく。

ローマンコンクリートの実験の副産物。石灰などを用いて作られた、黒板とチョークであった。

子供達は教師の解説を聞きながら、ノートに羽ペンで板書し、時折手を挙げて質問する。

21世紀の人間が見れば、使っている道具や服装以外は特に珍しくもない光景。しかし、この世界の人間からすれば非常に奇妙な光景であった。

学校。領民達には公明正大な領主と謳われ、敵からは恐怖と嫌悪、そして畏怖の目で見られていたストラトス家前領主。カールをして『危険物』と呼んだ施設である。

昼休みを告げる鐘が聞こえてくると、生徒達は我先にとノートや羽ペンを片付け、『給食』の準備に入った。

先程まで眠そうにしていた生徒まで溌溂とした様子で動く姿に小さくため息をつきながら、教師もまたチョークを置いて指をハンカチで拭う。

この場所ではもう見慣れた、日常の景色であった。

昼休み。給食を食べ終わった生徒達が、思い思いに遊んでいる。

校庭で革と布でできたボールを追いかける者達もいれば、図書室で本を読む者達もいた。

そんな中、校庭の隅でぼんやりと空を眺めながら喋る3人の少年達もいる。

「なあ、知ってるかー。先輩達、今は騎士様の秘書として働いているんだってよー」

少年の1人が、間延びした声で喋る。

「すげえよなー。騎士様の秘書だぜー?俺この学校に来るまで、秘書って言葉も知らなかったぜー」

「だろうな。というか、ストラトス領だけだろ。俺らみたいな農民の子供まで読み書きを勉強できるのって」

その隣にいるつり目の少年が、少しだけ眉間に皺を寄せて答える。

「ありがたいことだけど、家のことが心配だな……今年は戦争でハーフトラックが引っ張りだこだから、長期休暇でも実家に帰れず寮で過ごすことになるし」

「お前さん真面目だなー。俺は家に帰りたくねーよー。畑仕事大変だもん。家にいても、三男って理由だけで奴隷みたいな扱いだぜー?」

「その奴隷自体も、最近じゃ変わっているけどな。というか、くれぐれも元奴隷だった奴らのことを『差別』するなよ。校長先生が滅茶苦茶怒るぞ。そもそも『元奴隷』って言葉自体、仲間内だけじゃ禁止な」

「んだなー。あの校長先生、すっごい美人だから怒ると怖いんだよなー。胸ないけど」

「バカ野郎!それが良いんだろうが!」

「おー?お前さん校長先生が好みなんだっけー?でも、校長先生ってたしか恋人ができたって噂がー」

「やめろ。聞きたくない。俺の方が……俺の方が先に好きだったのに、こんなことがあってたまるか……!俺は現実を否定する……!」

「お、おー?」

つり目の少年が、薄っすらと涙をためて吠える。その様子に、間延びした声の少年は冷や汗を流しながら半歩引いた。

話題を変えようと、ここまで話に加わっていないもう1人の友人へと視線を向けた。

「ブロー。お前さんは、家に帰りたいとか、帰りたくないとかあるんかー?」

その問いかけに、その少年は少しむすっとした顔で答えた。

「ブローって、略すなよ。後追加で3文字ぐらいつけろよな」

「いいじゃんかー。ブローって格好いいじゃ~ん。それより、家の方はどうな~ん?」

「ったく……僕はどっちでも良いかな。家は兄弟がたくさんいて賑やかだけど、こっちも人が多いし。寂しくはないよ」

「おー……お前さんの家、何人兄弟だっけ?」

「5人。んで、母親が2人いる」

「ブローのお父さん金持ちだから、奥さんを複数娶っているんだっけな。羨ましい」

復活したらしいつり目の少年に、ブローと呼ばれた少年が小さくため息をつく。

「でも子供としては結構大変だよ。父さんと母さん達で、偶に気まずい空気の時があるし。そういう所は、寮で暮らしている方が気楽かなー」

「商人の家も大変なんだなー」

「そう言えば、ブローも将来は商人になるのか?親の後を継いで」

「だからブローって呼ぶな。そうだなー……でも僕、銃に興味あるから正直迷う」

「銃って、あの火薬で鉛玉飛ばすやつかー?俺あれ最初、魔法だと思ったー」

「俺も。というか、大半の人は仕組みを知らないんじゃないか?俺らも詳しくは知らないし。というか、お前兵隊になるの?大変って聞くぞ」

「でも飯は美味いって聞くぞー。俺、給食大好きだから、兵隊になろうかなー」

「いや、僕は運動がそんな好きじゃないし。兵隊はちょっとな……鉄砲を一般でも売買できるのなら、商人になって銃の販売をしたいんだけど」

「へー……ま、ストラトス領って色んな法律や取り組みをどんどん試しているし、その内鉄砲の販売にも踏み切る可能性はあるんじゃないか?」

「そーだなー。今は戦争で需要が凄いけど、その内鉄砲は民間にも売られたりするかもなー。在庫を抱えておくのも、損だしなー」

「だと良いんだけど……」

ブロー少年が、ため息まじりに空を見上げる。

「せめて、僕にも銃を撃たせてくれないかなー。なんだか、凄いことをひらめきそうなんだよ。銃にはもっと、可能性があると思うんだ」

「ほーん」

「兵隊以外で銃を撃つ機会なんて、まだまだなさそうだが……ま、頑張れよ」

そんな会話をしていると、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。

「おー、もう行かなきゃかー」

「だな。ほらブロー。いつまでも黄昏てないで、行くぞ」

「だから、ブローって呼ぶなよ!」

眉をつり上げて、彼は大きな声で告げる。

「僕はブローニンク!ブローニンクだ!」

どこぞの人竜がその名を聞けば、思わず二度見したかもしれない。

しかし、彼と『とある伝説の設計家』は全くの別人である。1文字違いで綴りが異なり、そもそもこの少年に名字はなく今のが名前なのだから。

はたして、この少年がどのように銃器と関わっていくのか。それはまだ、誰にもわからない。

* * *

旧オールダー領。

そこの元王城には、今も多くの武官や文官が働いている。

城の1階にある食堂は、昼時ということもあって人で賑わっていた。

「はあ……」

「どうしたよ、そんなため息ついて」

文官と武官が、2人並んで昼食をとっている。

彼らは幼馴染であり、仕事は異なるが今でも友人関係であった。

兄弟同然に育った文官の青年に、武官の青年が問いかける。

「いや……何というかさ。今って、随分と豊かだよなって」

「まあ、そうだな」

温かい室内を見回し、武官は頷く。そして、フォークでくるりと麺を巻いてストラトス式スープパスタ───ラーメンを一口頬張った。

「美味くて温かい飯に、温かい室内。そんなしけたため息が出る環境じゃねぇだろう」

「だからだよ……俺達、何の為に頑張っていたんだろうな」

彼の言葉に、武官は少しだけ目を細める。

「お前……」

「戦争に勝てば、憎い帝国をぶっ飛ばせば、暮らしが良くなる。ジジババや赤子を山に捨てなくて済むし、カビの生えたパンを巡って親兄弟で殺し合うこともなくなる。そう思っていたんだ」

文官の彼は、自分の手にある白いパンを見つめた。

「でも、戦争に負けて、ノリス陛下もガルデン将軍も亡くなって。それなのに、なんで生活が良くなってんだ……彼らの死は、いったい……」

「それ以上は言うな。飯がまずくなる」

武官の青年が、厚切りのハムにかぶりついた。

「……悪い」

「思うところは、そりゃあ皆あるさ。でも、俺らは生きている。生きているんなら、飯を食って、働いて、寝て、また飯を食う。そんで家族を養っていかなきゃならん。俯いている暇なんかあるかよ」

「……そうか。そうだな」

武官の彼は、あの日……ノリス国王が討たれた日、戦場にいた。

嵐の中森へと駆けていくノリス国王と人竜を見送り、そのすぐ後に王が討たれたと聞いたのだ。

彼らは、王家に仕えている法衣貴族である。正しく主君と呼ぶべき相手を守ることができなかった悔しさは、文官の彼以上にあった。

「俺がうじうじ言ってもしょうがない。午後も仕事があるんだ。しっかり食って、力をつけないと」

「おう、そうしとけ。それはそうと、ソーセージ貰っていいか?」

「良いわけないだろう!?飯の恨みは重いからな!?」

「ちぇー。ま、確かにその通りだ。飯の恨みは重い。だからこそ、飯の感謝も重く大きくあるべき……か」

武官の青年が、大きめのスプーンでラーメンのスープを飲む。

「俺達はこれから、ストラトス家に仕えるわけだが……どうよ、そっちの仕事は」

「さっきも言っただろう。午後も仕事が待っているさ。今日も残業になりそうだよ。あー……娘が来週3歳の誕生日なんだけど、その日は定時で帰れるかなー……」

「仕事の内容は?雑務ばっかり押し付けられたりしてんのか?」

「いいや。そりゃあ、新しく増えた仕事とか覚えるまでは雑務も多いが、それでもほとんど『マニュアルを読みながらやれ』って感じだよ。ごりっごりに、財務やら何やらに関わっているさ」

「やっぱりか……」

文官の彼が落ち込んでいたのも、ストラトス家の統治に携わっている故である。

人や物、そして金の流れに目を回し、同時に人々の暮らしが良くなっていることを数字で知ってしまった。

だからこそ、ショックも大きかったのである。

「俺はてっきり、敗戦したら武官は良くて最前線の一兵卒。最悪適当な罪で処刑されると思っていた。だが、今はストラトス家の騎士達と同じ待遇で治安維持に動いている」

「こっちも、閑職に回されるか、そうじゃなきゃクビだと思っていたさ。ところが、役職は変わっていないし、仕事の量と重要さはむしろ増している。ついでに給料も上がった」

「……おかしいよな、これ」

「おかしさしかないだろう」

文官の青年が、サラダをもしゃもしゃと食べる。

「これはどういう意図でのことだ?それ程ストラトス家は人手が足りていないのか?」

「カール・フォン・ストラトスがこの前まで当主だった家だぞ?あの悪魔が牛耳っていたんだ。そんな手抜かりするはずがない」

「やめろ。その名前を出すな……!呪われる……!」

武官の青年が、冷や汗を流しながら周囲を見回す。

「そ、そこまでか……」

「騎士や兵士の間では、奴の所業は有名だ。人竜の方が誠実で人間的なんだから、笑い話にもならん……!」

「ま、まあ兎に角。人手不足と言っても、そこまで深刻じゃないはずだ。となると……」

コーヒーで唇を濡らしてから、文官の青年が続けた。

「人竜に、『血濡れの銀竜』に嫁いだアナスタシア様が、よほど頑張ってくれたのだろうな……」

「ああ……」

彼らは、沈痛な面持ちで赤毛の女王の顔を思い出す。

「あの怪物を誑し込み、ここまで掌の上で踊らせるとは。流石としか言いようがない。おかげで、オールダーの民は今年の冬を元気に越えることができる」

「だが、兄君の仇であるあの化け物と婚約など……きっと、毎晩人目のつかぬ所で、涙を流しているに違いない……」

2人はコーヒーを一気に飲んで、これ以上の弱音を流し込んだ。

「あの方が頑張ってくださっている。俺達も、オールダーの未来の為に全力を尽くすとしよう」

「おう。しかしその為には、やはり人竜の力が必要だ」

武官の青年が、スープをぐびりと飲む。

「人竜の力は凄まじい。俺はあの戦場で、奴の戦いを見た。アレは人の領分を越えている。まさに、人の形をしているだけで本質は竜そのもの。あの血をオールダーに取り入れねば、未来はない」

「だろうな。俺も、平原での戦いでは兵士を1人でも多く見せるってことで、城壁の上で槍持って立っていたが……正直、漏らしたよ」

「恥じることはない。あの戦場にいた者なら、大と小を纏めて漏らしても笑いはせんよ」

「いや、大は漏らしていないが?というか俺まだ食っているから、あんまストレートに言うなよ」

「すまん。それで、例の件……お前の妹もアナスタシア様経由で人竜の所へ行ったらしいが……どう思う?いけそうか?」

「わからん。兄の目から見ても器量良しだし、乳と尻もでかい。俺と違って気が強いから、人竜を過度に恐れることも、恨みを出すこともないだろう。だが、奴はクリス皇帝と『真実の愛』で有名だからな……」

「アナスタシア様が上手くとりなしてくだされば良いが……」

「ノリス陛下も、女性と美少年で、やや美少年の方を多く抱いていたからな……主君の『真実の愛』というのは、家臣としては勘弁願いたいものだよ」

「ああ。ノリス陛下、別に美少年だけを相手にしていたわけじゃないぞ?主に美少年ってだけで、わりとガチムチもイケる口だったらしい」

「やめろ。食事中だって言ってんだろ」

「すまんすまん」

既にスープまで飲み切った武官の青年が、苦笑を浮かべる。

しかし、すぐに表情を引き締めた。

「送り込んだ7人の内、せめて1人だけでも人竜の血を持ち帰ってほしいものだ……。いずれ生まれるだろう、ストラトスの……人竜の後継者。それと張り合うまではいかずとも、無視できない存在がいてもらわねば次の世代がどうなるかわからん」

「だろうな。こればっかりは、神のみぞ知るというやつだ。いや、魔女裁判で奇跡を起こした人竜なら、わかるかもな」

「……正直、あの時の光景がなければ、俺はここまで人竜の支配下になることを受け入れることはできなかったよ」

「安心しろ。それはお前だけじゃない。あいつは……あのお方は、神に選ばれし存在なのかもしれない」

アナスタシアは、絹による防弾性を吹聴していない。彼女が教皇聖下を聖都から呼び、自身もあの場で祈っている。

奇跡の否定は連合軍の士気を多少上げたかもしれないが、それ以上に統率を乱す可能性があったのだ。

「兎に角、俺は妹を信じるよ。あいつは敬虔だ。シスター服まで鞄に入れているぐらいだしな」

「そうかい。俺には4歳の頃うんこ漏らして泣いている姿しか浮かばんからな。あの子が人竜を誑し込めるとは、正直思えん」

「だからさぁ」

「はっはっは!怒るなって!そうだ。何なら、お前の妹が人竜の血を持ち帰ったら、何でも好きな物を奢ってやるぞ!」

「言ったな?なら今日から毎日、教会で神様に祈るとするよ」

「おーおー。仕事でそんな暇あるのならなー」

なお。

この武官の青年が涙目で薄い財布を手に帰宅するはめになったのは、これから1カ月後のことである。

ちなみに、文官の青年は無事3歳の娘の誕生日に定時で家に帰ることができた。でもパパ臭いと言われて、ちょっと泣いた。