作品タイトル不明
第百五話 幼馴染
第百五話 幼馴染
『君、クリス様を口説かないと死ぬ呪いにでもかかっているの?』
『い、いや、口説いているつもりは……』
私室にて、グリンダの隣に座る。
最近買い替えた柔らかいソファーに体を預ける彼女に、冷や汗を垂らしながら首を横に振った。
『きちんと『友達』って部分を強調したし、恋愛ではなく友情からくる行動なわけで……』
『相手はそう思っていないと思うなー。というか、男女の友情って本当に成立するものなの?』
『す、する……んじゃない、ですかね?』
『でも君、友達だと思っているクリス様やシルベスタ卿のこと、普通に性的な眼で見ているよね?』
『誠に申し訳ございません』
『その潔さ見事なり。許してしんぜよう』
『ははー……!』
なんだろう。この、妻に浮気を疑われる夫みたいな状況。
いや、間違っていないのか?浮気相手、クリス様じゃなくアナスタシア殿やルーナさん達だけど。
『まあ、元々許す許さないって気持ちはないけどねー。いっそクリス様も抱いちゃえば?できれば私も混ぜて欲しいけど』
『待って?』
『男装の麗人でしかも皇帝。そんな激レア美少女の尻を独り占めしたいという、君の気持もわかる。しかし私とクロノ君は家族なわけだし、ここは財産の共有ということでだね』
『いや皇帝を財産にするな。というか、まずクリス様とそういう関係では……』
『でも、クリス様が本気で『抱いて』って言ってきたら、クロノ君断れる?』
『……断りますよ。どうにか』
あの人は、人生をクロステルマン帝国に、国家に捧げる気でいる。
その覚悟に、水を差すようなことをしたくない。たとえ本人が、誘ってきたのだとしても。
『うーん。でも私、政治には詳しくないけど……この状況まずくない?主に戦力バランス的な意味で』
『……まあ、はい』
彼女の懸念は尤もである。
ケネス達がグリンダと自分の子供に期待するのは、魔力が遺伝しやすいから。僕達の子供は、恐らく転生者相当の魔力持ちとなるだろう。
これでも、人間という枠の中では最強に近いという自覚はある。まだ、この肉体は15年しか生きていないというのに。
生涯を戦いに捧げてきたガルデン将軍。天才であり、かつ肉体の全盛期を迎えていたノリス国王。類稀なる技量を持ち、その上投薬により怪人化したカーラさん。
彼らと違い、自分はまだ成長途中である。戦士としての全盛期は、あと10年後か20年後か。
そんな存在が、これから幾人も生まれてくるかもしれない。子供は授かりものなので、断言はできないが。
もしも3人、4人とグリンダと自分の子が生まれ、更にアナスタシア殿との間にも……英雄と呼べる存在との子供も生まれてきたら、ストラトス家の戦力は格段に跳ね上がる。
子供を戦力と数えるのは嫌だし、そもそも子供達が一致団結できるかも不明だ。しかし、それは自分視点の話である。
よその貴族から見た場合……機甲化部隊のことも含めて、ストラトス家のみで帝国を引っ繰り返しかねない脅威だ。
国や領地を守ろうと、敵対してくる者。強い者の庇護下に入ろうと、すり寄ってくる者。状況を見ようと、風見鶏に徹する者。
帝国が、バラバラになるかもしれない。しかも、そういう場合は大抵中心となる家の意向なんて無視して、事態は動くのだ。
それを回避するには───。
『君だよ?帝国という屋敷に無事でいてもらわないと、貴族という柱は風雨にさらされて折れてしまうって言ったの』
『……はい』
皇帝を、皇室を強化すること。ストラトス家と互角以上の力を皇帝がもつことで、貴族達の頭を押さえる。それぐらいしか、自分には浮かばない。
だが、その……そういうのは、どうかな、とも思う。
アナスタシア殿と恋愛以外の理由で婚約したり、ルーナさん達との間に家の都合で子供を作ったりもしといて今更かもしれないが……。
『率直に言って、自分の種を使って皇帝の威光を強めろとか……かなりアレな発想では?』
『そんなことを素面で言う奴は、安全圏にいる第三者か、脳みそと下半身が直結しているかのどちらかだね』
『貴女が言い出したことですけど?』
『私は安全圏にいる第三者だし』
さらっと他人事宣言してくる愛する人に、ちょっと泣きそうになる。
口を『へ』の字にして睨む自分に、グリンダがクスクスと笑った。
『ま、そもそもクリス様は性別を隠しているって問題があるからね。そこをどうにかしないと、君と子作りどうこうも言っていられないけど』
『そう、それです。だからしかたない……!』
『……なんか、ノリが『学校に教科書忘れたから、宿題できなくてもしょうがない』って言う、小学生みたいだなぁ』
『そ、そんなこと……ないですよ?』
『目を逸らしながら言ってもなー。私の目を見つめながら言ってほしいなー』
『……グリンダ、愛しています』
『はいはい。私もだよー』
精一杯キリッとした顔で彼女を見つめるが、手をひらひらとされてしまった。
『何にせよ、彼女のことはきちんと『そういう相手』として見てあげて。恋愛か友情かは知らないけど、君がクリス様のことを大切に思っているのはわかっているよ。そのことを理由に、私がクロノ君のことを嫌いになるなんてないから。安心してね』
『グリンダ……』
『それと、ドッキングしちゃう時は私も是非呼んでね。あの服の上からでもわかるプリッとしたお尻は、絶対に直揉みしたい……!』
『グリンダ?』
『……クロノ君。愛しているよ!』
『はいはい。僕もですよ』
相変わらずな彼女に、ため息をついて。
小一時間ほど、他愛のない話に興じるのだった。
* * *
「で、私と貴殿の結婚式はいつやるのだ」
翌朝。挨拶もそこそこにアナスタシア殿からそんなことを言われた。
「え、いや。婚約したばかりなのですが……」
「そうは言っても、互いに結婚していてもおかしくない年齢だ。普通の婚約でもない以上、さっさと済ませてしまった方が良いだろう」
あっさりとそう告げるアナスタシア殿に、思わず頬が引きつる。
「もっとこう……お互いを知る時間を作るとか、絆を深めるとか……」
「私はオールダー家の女で、貴殿はストラトス家の当主だ。そこらの村人でもあるまいし、そんなまどろっこしいことは不要だろう」
そう言ってから、彼女はニヤリと不敵に笑った。
「それとも、私とデートでもしたかったのか?生憎と、そういうのは苦手でな。立場上何度か見合いをしたが、男女で庭園やら貴族街の茶屋に行って何が楽しいのやら、さっぱりわからん。そういう行為を否定する気はないが、趣味ではない」
「お嬢様は昔から、そういうことに関して他の御令嬢と話が合いませんでしたものね……」
突然、アナスタシア殿の乳姉妹であるメイドがしみじみと呟く。
「おい。待て」
「あれはそう、お嬢様が5歳の頃。他の御令嬢がおままごとや花冠で遊ぶ中、1人だけカマキリの卵がついた木の枝を見つけて、そのまま机の引き出しに……」
「やめろ。本当にやめろ」
「確かに、あれは思い出したくない光景でしたね。申し訳ございません」
「違う、そこじゃない。いや、それもだがそうじゃない。私のそういう、子供時代の話を許可なく喋るんじゃぁない……!」
頬を引きつらせるアナスタシア殿に、メイドはニッコリと笑みを浮かべる。
「お任せください。この『ドロテア・フォン・スターク』、お嬢様の愛らしいエピソードでもって、クロノ様の篭絡を援護いたします……!」
「やめろ。そんな役目を頼んだ覚えはない」
「わかっております……お嬢様は昔から照れ屋さんでしたから。そう、あれは8歳の頃……」
「待て!貴様は既に私のメイドである前に、クロノ殿の、ストラトス家の使用人だ。当主とその婚約者が会話している中で、メイドが勝手に発言して良い理由などない……!」
「いえ、どうぞ。続けてください」
「貴様ぁ!」
アナスタシア殿が、凄まじい形相でこちらを睨みつけてくる。
いや、だってこれから結婚する人のことをきちんと知っておきたいし。貴族の結婚とは言え、互いのことを無知である必要などないのだ。むしろ、今後の為に理解する心は大事である。
という、理論武装を今用意した。この完璧超人の面白エピソードとか、正直気になるし。
「ふふふ……お嬢様!クロノ様がお嬢様の過去に食いついています!これは篭絡への道にまた一歩近づきましたね!このまま、ストラトス家の乗っ取りに邁進しましょう!」
「……もう、好きにしてくれ……!」
全てを諦めたのか、アナスタシア殿が顔を覆ってしまった。
これからされる思い出話を想像してか、彼女の耳が髪の色と同じぐらい真っ赤になっている。
それを気にした様子もなく、紫がかった銀髪をボブカットにしたメイドは、得意げに話を続けた。
「あれは8歳の頃、お嬢様は聖書を初めてお読みになり、それに触発されてご自分が登場する神話を新たに執筆なさったのです。それは見事な出来栄えで。御父上を始めとした城の方々に語ってまわ───」
「それはライン越えだぞ貴様ぁ!」
「お嬢様!?おやめください!当主であるクロノ様の前ですよ!?」
「貴様が言うかぁ!!」
「いひゃいですおひょうひゃまぁ!?」
メイドの頬を『みょーん』と引っ張り、過去話を必死に妨害するアナスタシア殿。わちゃわちゃと揉み合う2人に、つい噴き出してしまう。
何というか……この人はこの人で、思ったよりも愉快な女性らしい。
「それを言うのならなぁ!ドロテア、貴様のポンコツ話を私だって持っているのだぞ!それを語っても良いのか!」
「お嬢様。今はクロノ様を篭絡する時。私の可愛さをアピールする意味はないかと」
「貴様のは可愛さよりも残念さが勝る話ばかりだろうがぁ!」
こうしていると、本当に姉妹みたいな2人である。
……その、とある部分も、姉妹みたいというか。
お胸の立派な美女が、姦しく取っ組み合いする光景って、良いと思う。
ストラトス家の当主として、アナスタシア殿の婚約者として、彼女らの会話を聞き逃すまいとやや前のめりにしっかりと様子を観察することにした。